笠原一輝のユビキタス情報局

90nmプロセスとLongRun2で復活をかけるTransmeta
~90nm版Efficeonは10月中にテープアウト




Transmeta 副会長兼CTOのデビット・ディッツェル氏

 TransmetaがEfficeonをついに発表したというのは、Microprcoessor Forumのレポートでお伝えした通りだ。

 発表会が行なわれた翌日、同社は第3四半期の決算を発表したが、その結果はかなり厳しいものだった。Efficeonで復活を目指すTransmetaだが、その道のりは決して平坦ではない。しかし、TransmetaはEfficeonのみならず、いくつかの隠し球を徐々に繰り出すことで復活への道を確実にしようとしている。


●第3四半期の決算で、株式市場の期待を裏切ってしまったTransmeta

 Efficeon発表の翌日、Transmetaは第3四半期の決算を発表した。それによれば、第3四半期の売り上げは268万ドル、売り上げにかかったコストが307万ドル、さらに会社の運営コストが2,336万ドルで、トータルで2,375万ドルの赤字を計上した、という。

 第3四半期時点のTransmetaのキャッシュフロー(手元にある現金)は7,443万ドルとなっており、証券なども含めた資産の合計は1億2,683万ドルとなっている。今後も、この赤字が続き、かつ新しい資金調達ができないとすれば、5~6四半期程度で会社が破綻してしまう計算になるだけに、かなり深刻な状況だといえる。

 Efficeonの出荷が開始されていない第3四半期の段階では、Transmetaの製品はCrusoeだけと考えられるので、ASP(Average Sales Price)で売り上げを割ってみればある程度の出荷数を想像することができる。

 Microprocessor Forumのレポートにおいて、同社の副会長兼CTOのデビット・ディッツェル氏が「現在のCrusoeのASPは60ドルを下回る」と発言したことをお伝えしたが、仮にASPが50ドルだったとすればCrusoeは53,600個、仮にもっと低くて40ドルだったとすれば67,000個、さらに低く見積もって30ドルだとしても89,000個しか出荷していないことになる。

 それでは、Efficeonになって、この状況が大きく改善するかと言えば、それも難しい状況だ。例えば、ASPが彼らの狙い通りに100ドルになった場合、10万個を売っても売り上げは1,000万ドルにしかならない。

 実際、決算報告書で明らかにされたレポートによれば、彼らの売り上げ予測は現状と同じか、50%アップに収まるとされており、それはEfficeonがどの程度の立ち上がりを見せるのかにかかっているという。

 こうした厳しい決算の結果、株式市場はすぐ反応を示している。Efficeonを発表した翌日の15日には、Transmetaの株価は4.96ドルまで上昇していたが、決算発表後の16日には16.94%下げの4.12ドルまで下落した。9月12日以降、Transmetaの株価は2ドル付近からあがり続けていた。これは言うまでもなくEfficeonがリリースされることに対する期待だった。ところが、Transmetaの厳しい第3四半期の決算は、そうした株式市場の期待を裏切る結果となってしまった。

●Transmetaの収益に大きな影響を与えるEfficeonのダイサイズ

 ただ、今回の第3四半期決算は、CrusoeからEfficeonへの移行寸前のタイミングというTransmetaにとって一番厳しい状況の中での決算だったともいえる。Transmetaにとっては、これからどういう戦略を打ち出すか、それが生き残る上で重要なポイントとなってくる。

Efficeonの表と裏

 もちろん、彼ら自身が決算報告書の中で説明しているとおり、Transmetaが復活するには、Efficeonがどの程度早く立ち上がるかにかかっている。

 TransmetaはEfficeon採用の意向を明らかにしている大手OEMベンダとして、シャープ、HP、富士通の3社をあげたが、業界筋の情報によれば、この中ですでに製品としてのリリースを予定しているベンダはシャープとHPのみで、富士通は可能性を探っている段階であると伝えている。

 Efficeonの発表会では、シャープは実機を参考展示したが、富士通は開発初期段階のレベルのものを展示しただけで、実機はできていないという現状を考えると、すぐにマシンがでてくるという段階になうことは明らかだ。

 現在シャープはMURAMASA(PC-MM1-H5/4/3シリーズ)にCrusoeを搭載しているが、Efficeonの発表会では現行のMURAMASAとほぼ同じボディにEfficeonを搭載してきたことを考えると、シャープから発売されるEfficeon搭載PCは現行のMURAMASAの延長線上にあるマシンだと考えるのが妥当だろう。

 また、業界筋の情報によれば、HPも現在Tablet PCとして発売しているCompaq Tablet PC TC 1000の延長線上にある製品に、Efficeonの採用を検討しているらしい。

 こうした製品は、いわゆるウルトラポータブルやミニノートと呼ばれる製品であり、日本以外の市場占有率は1%に満たないと言われている。今後も急激に拡大するタイプの製品でないことを考えると、Efficeonの出荷数が急激に伸びるとは考えにくい。

Efficeonのダイサイズを説明するスライド。CrusoeのTM5800では55平方mmだったダイサイズが、第一世代のEfficeonでは119平方mmに増大している。90nmプロセスでは68平方mmへと微細化される

 もう1つ、Transmetaにとって厳しいのは、Efficeonのダイサイズがかなり大きいことだ。0.13μmプロセスルールで製造されるCrusoe TM5800のダイサイズは55平方mmとかなり小さかった。これに対して、Efficeonの1MBキャッシュ版であるTM8600は119平方mmとなっており、TM5800の倍以上になっている。演算機を11個も内蔵し、L2キャッシュを1MBに増やしたため、ダイサイズがここまで大きくなるのは不可避なのだ。

 ダイサイズが倍になると、1つのウェハからとれるダイの数は半分になる計算だ。ダイサイズが大きくなればなるほど欠陥率が上がって、良好なダイの数はさらに減ることになり、実際には1/3~1/4程度になると予想される。

 Transmetaが生産を委託しているファウンダリでは、ウェハの数に対して課金するので、1つのウェハからとれるダイが1/3~1/4になってしまえば、ダイの製造コストは大まかにいって3~4倍程度になることになる。

 ただし、CPUを製造するコストには、ダイの製造コスト以外にも、完成したダイのテストコストやパッケージのコストなどがかかってくるので、ダイサイズの製造コストが3~4倍になったからといって、CPUトータルの製造コストが3~4倍になるわけではない。しかし、確実に数十%程度のコスト上昇は避けられないはずだ。

●CPU向けに高性能なプロセスルールが必要になるので富士通と契約した

 256bit化による性能向上とのトレードオフともいえるダイサイズの増大だが、解決するには90nmプロセスルールへの微細化を待たなくてはならない。Transmetaにとって明るい見通しがあるとすれば、この90nmプロセスルールの開発がかなり順調に進んでいるということだ。

 第2世代のEfficeonとなる90nmプロセスルールのTM8800/8500/8820シリーズは、富士通があきる野市に所有しているファブで生産される。Transmetaが、従来のCrusoeで利用してきたTSMCに代えて、富士通のファブを選択した背景には、TSMCのような巨大ファウンダリーが、CPUのような高速に動作するシリコンを製造するのに向かなくなってきているという事情が関係している。

 TSMCなどの巨大ファウンダリーでは、CPUだけでなく、ASICやDSP、無線LANのチップなどそれこそあらゆるチップを製造している。このため、製造プロセス技術はCPUやGPUのような、高速なシリコン向けに最適化されているわけではなく、どのようなチップでもある程度対応できるように設計されている。

 だが、どんどん高速化が進むCPUを製造するには、CPU向けに“カリカリに”最適化されたプロセスルールが必要となってきているのだ。このため、これまでTSMCを利用してきたCPUメーカーは、他へ移動する動きを見せ始めている。例えば、VIAの子会社であるCentaur Technologyは90nmプロセスでIBMのファブを利用することを検討しているし、NVIDIAもすでにIBMと契約している。

 Transmetaもそうした他のベンダと同じ見解を持っているようだ。「一般のファウンダリではCPUだけでなく、他のASICなどにも対応する必要があるため、そのプロセスルールはどうしても一般的なデザインにせざるをえない。

 しかし、今後90nm、65nm、45nmと進むにつれて、高速で高性能なトランジスタが必要になるのは明白で、富士通はそれを持っている。「彼らはメインフレーム向けCPUの製造で長い経験を持っており、高性能なトランジスタを持っている」(ディッツェル氏)と、高性能なCPUを製造するには富士通との契約が必要だったことを説明した。

 ただし、「90nmプロセスルールの最初の製品は富士通のあきる野のファブで製造する。しかし、TSMCとの関係は今後も続けるつもりだ」(ディッツェル氏)とも述べ、今後もTSMCの90nmプロセスルールを併用する可能性を示唆した。

 TSMCを今後も使い続ける理由はコストだろう。多くの工場を持つTSMCはウェハ1枚あたりのコストで他社のファブを下回っており、おそらく富士通のあきる野ファブに比べて安価に製造できると思われる。そこで、高性能を必要とする上位モデルはあきる野で、メインストリーム向けやバリュー向け、あるいはCrusoeはTSMCで、と2つのファブを平行して利用することになるだろう。

●90nmプロセスルールのシリコンは2週間のうちにテープアウト

 富士通がファウンダリサービス向けに用意している、90nmプロセスルール“CS100A”には、トランジスタゲート長の違いで3つのモデルがある。

 ゲート長が80nmのタイプLL、ゲート長が60nmのタイプG、ゲート長が60nmのタイプHPとあるが、ディッツェル氏によればTransmetaが利用するプロセスルールは、この3つのいずれでもないという。

 「当社が利用する90nmプロセスルールはHP-Eと呼ばれる特別版だ。富士通がSPARC64の製造に利用するのと同じハイパフォーマンスのプロセスルールになる」(ディッツェル氏)と説明している。HP-Eという名前の通り、おそらくタイプHPの拡張版となると予想され、ゲート長は60nmあるいはそれ以下ということになるだろう。

Efficeonのロードマップ。90nmプロセスのEfficeonは2004年の後半に大量出荷

 90nmプロセスへの移行は、順調に進められているようだ。「90nmプロセスルール版Efficeonは、基本的には0.13μm版のシュリンク版となる。機能などはほぼ同等だ」(ディッツェル氏)との言葉通り、90nmプロセス版ではプロセスルールへのマイグレーションとバリデーションが主な作業となるため、全く新しいアーキテクチャだった第1世代のEfficeonに比べて立ち上げは圧倒的に早くなる。

 「ベストケースではここ2週間のうちに90nmプロセスルールのEfficeonがあきる野テクノロジセンターでテープアウトする予定だ」(ディッツェル氏)と、まもなくファーストシリコンができあがってくる予定であるという。これは業界関係者が考えていたよりも早いスケジュールであり、注目される動きだといえる。

 なお、同社の社長兼CEOのマシュー・ペリー氏は「90nm版Efficeonは、2004年の後半に大量出荷する」と明言しており、うまくいけば来年の今頃には90nm Efficeonが市場に出回っている可能性もある。


●新たな収益の柱として期待されるLongRun2のライセンス

 ディッツェル氏は、富士通のCS100AのHP-Eタイプという高性能なプロセスルールの利用を明らかにしたが、ゲート長はファウンダリに利用されるものよりも短くなっている。

Vtが低ければCPUは高速に動くことができるが漏れ電流が増大する。Vtが高ければ漏れ電流は減少するが、CPUは低速でしか動かない。LongRun2はそうした状況を動的に切り替えることで、漏れ電流の減少を実現する

 ゲート長が短くなればなるほど、Vt(しきい電圧)を下げる必要がでてくるが、それはカレントの漏れ電流(リーケーリパワー)の増大を招き、結果として消費電力の増大を招く。Vtが低い高性能のプロセスルールを利用することで、処理能力は向上するかわりに消費電力が上がってしまっては、低消費電力を売りにしているEfficeonにとって、本末転倒になってしまう。

 「そこが最大のポイントだ。だから我々は90nmプロセスルール世代でLongRun2を導入するのだ」と、ディッツェル氏は強調する。LongRun2により、トランジスタのVtをソフトウェアで動的にコントロールする。現在のほとんどのプロセッサではVtは固定されている。Vtを下げれば下げるほど高いクロックで動かすことが可能になるが、その反面カレント時やスタンバイ時の漏れ電流が増大することになる。

 そこで、LongRun2では、Vtを動的に多段階で変更していくことで問題を回避する。例えばLongRunの機能でCPUクロックが下がっている場合など、Vtが低い必要がないときには、Vtをあげて漏れ電流を減少させる。これにより、CPUを高速に動かすことと、低消費電力ということを両立させられるという。

 「LongRun2を利用するために我々は回路に対してわずかな改良を加えたが、ほんとうにわずかだ」(ディッツェル氏)という。こうしたこともあり、Transmetaでは、このLongRun2の技術を他社にライセンスすることも検討しているという。

 「発表してから、私のところには多くの問い合わせの電話がかかってきた。まだ具体的な話にはなっていないが、基本的には他社にもライセンスする方向で話を進めている」とディッツェル氏は述べており、さらに「きっと最初のライセンシーは日本の会社になるだろう」と、具体的に日本のどこかのベンダと話を進めていることを示唆している。

 Transmetaは、このLongRun2のライセンスによる収入を、Efficeonとならぶ収益の柱にしたいという意向を、第3四半期の決算発表のなかで明らかにしており、今後も他の半導体ベンダと話を進めていくという。

 実際、漏れ電流の問題に困っているベンダは、たくさんあり、成功すればビジネスチャンスは大きいかもしれない。ディッツェル氏によれば、彼らがこれまでに語ったLongRun2は「10%程度でしかない」(ディッツェル氏)とのことであり、まだまだ何か隠し球があることをにおわせている。

 まだまだ秘密のベールをすべて取り去ったわけではないLongRun2と、好調な90nmプロセスのEfficeon。この2つこそがTransmeta復活のための秘密兵器なのだ。

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(2003年10月18日)

[Reported by 笠原一輝]


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