というのも、今年、セイコーエプソンは6月24日に、念願の東証一部へと上場、さらに、販売会社であるエプソン販売も今年7月に設立20周年という節目の年を迎えたからだ。
●ラッキーセブンとサブロークン セイコーエプソンの草間三郎社長は、上場後に開催した記者懇親会の席上、「上場は長年の夢だった」と語り、ITバブル崩壊、業績悪化などの影響を受けて2001年秋に一度上場を断念した経緯や、その後の企業体質強化に取り組んだ末、昨年半ばに上場を再度決定したことなどを振り返った。「結果としてはいいタイミングに上場できた。上場以降、社員の志気も上がっている」と、上場によって社内の雰囲気が大きく変わっていることを訴えた。3,000円台の高い株価も依然として維持しつづけている。 実は、草間社長にとって、上場に関して、2つの思わぬ出来事があった。 一つは、セイコーエプソンに与えられた証券コードの「6724」。 これは、企業側の要望によって決められる番号ではなく、証券コード協議会によって自動的に決定されるもの。この番号が、偶然にも上場日である6月24日の間に「ラッキーセブン」の数字が入る「6724」ということになったのだ。これはエピソードとして、草間社長自身があちこちの会合や面談などで披露している話である。 そして、もう一つは、上場初値が公募・売り出し価格の2,600円を大幅に上回る3,690円になったことである。 しかも、この数字を読み下せば「サブロークン(3690)」となる。草間社長のファーストネームは「三郎」。草間社長にとってはうれしい偶然だったはずだ。
●社員との対話に時間を割くエプソン販売
IT産業も20年を経過し、数年前から20周年を迎える企業が相次いでおり、それに合わせた記念イベントが行なわれることも多い。だが、エプソン販売の場合は、特別な社内式典や、エンドユーザー向けキャンペーンなどを一切行なわず、まさに地味な20周年を迎えている。 エプソン販売の真道昌良社長は、「最初からひっそりとやるつもりでいた。その分、社員との対話に時間を割いている」と話す。 事実、今年9月までの期間をかけて、全拠点の社員との対話集会を拠点別に実施。真道社長自身も全国を行脚しているところだ。ここでは、これまでのエプソン販売と、将来のエプソン販売のゆくえについて、文字通り膝をつきあわせて議論を繰り返しているという。 確かに、セイコーエプソンの上場は、対外的な要素が強く働くイベント。それに対して、エプソン販売の20周年は社内行事とも位置づけられるものだ。その結果、対照的ともいえる取り組みになったのも頷ける。 だが、両社のベクトルは一本化されている。そして、それは、エプソンそのものが上場/20周年とは別の意味で大きな節目を迎えていることとつながっている。
●次代を担うホームプロジェクタ
これまでにもプロジェクタ事業へは企業向けを中心に取り組んできた同社だが、今回の発表は家庭市場向けの専用製品として開発したものだ。そして、いよいよこの製品によって、ホームエンターテイメント市場に本腰を入れる狼煙を上げた。 発表の席で、真道社長が「画像のカラリオ、映像のドリーミオ」として、今回の「ドリーミオ EMP-TW10」を第1号製品に、カラリオと並ぶ、同社の次代の大きな事業の柱として、この分野を戦略的に攻める姿勢を明らかにしたのも見逃せない。 実は、ここ数カ月の間、真道社長と会話をした人たちから、「最近、真道社長はプロジェクタの話ばかりをする」という話を聞いていた。どうも、真道社長の頭の中では、しばらくの間は、プロジェクタ事業が、かなりのウエイトを占めていたようだ。それだけ今回の製品発表に力を注いでいたのがわかる。
この建設は、2001年から着工を開始したが、景気低迷などの影響を受けて、外装が完成した段階で工事を中断していたものだ。 同工場は、プロジェクタに用いられる高温ポリシリコンTFT液晶パネル生産のための施設。エプソンとしては初めて300mm(12インチ)ウェハー石英ガラスによる最先端の高温ポリシリコンTFT液晶パネル製造技術を導入し、まずは月産2,000ウェハーの規模で稼働させる考えだ。 つまり、エプソンが、企業向けのデータプロジェクタ、家庭向けのホームプロジェクタ事業に本腰を入れるため、欠かすことができない重要な施設だといえるのだ。
●第3フェーズに突入するエプソン販売 こうした上場、20周年、そして新たな製品投入といった一連の動きを捉えて、セイコーエプソンの草間社長も、「今後は、開かれた企業としての責任を新たに持つことが必要」と話す。また、エプソン販売の真道社長は、「いよいよエプソンが第3フェーズに突入したともいえるのではないか」とも語る。エプソン販売とセイコーエプソンでは、立場が異なるが、いずれにしろエプソンが新たなフェーズに入ろうとしていることは、これらのエプソングループの幹部の声からも明らかだ。 エプソン販売を中心に、エプソングループが節目に置かれている意味を見直してみよう。 セイコーエプソンの国内営業を担当していたエプソン販売は、草創期には財務会計専用オフコンやミニプリンタの販売で事業基盤をつくりあげた。いわゆる専門分野や特定ユーザーなどを対象とした製品群による事業展開だ。 これが第2フェーズになり大きく変化した。ここでは、PC-286シリーズに代表される98互換機によるパソコン事業への本格参入、独自のインクジェット技術を背景にしたコンシューマ向けプリンター事業への展開などが主軸となった。エプソンブランドが幅広く浸透した時代ともいえ、業績もここで一気に拡大した。 では、これからの第3フェーズはどうなるのか。 その一つの回答が、先頃発表した家庭向け液晶プロジェクタである。これまでの液晶プロジェクタ事業は、企業向けが中心であったことから、第2フェーズの主力ルートであったパソコン系のディーラールートによる販売が中心であった。だが、先頃発表したdreamioが目指すホームエンターテイメント領域は、家電量販店でもAV系の専門売り場が中心となる製品だ。また、コンテンツホルダーやAV機器関連メーカーとの連動も重要な取り組みになってくる。 これまでのパソコン的な売り方から脱皮する必要性に迫られているともいえるのだ。
同時に、主力となっているプリンタ事業も、同様に「脱パソコン」が大きなテーマだ。 周知のようにエプソンは、昨年来、デジダルフォトリンク構想のなかで、パソコンを介さずにデジカメや各種メディアとプリンタを直接接続するダイレクトプリントへの取り組みを強化している。それにあわせて、パソコン中心のマーケティング、営業戦略から、デジタルフォトを核とした提案活動へとシフトしはじめてるのだ。 玩具メーカーやコンテンツホルダーとの協業が増えているのもそうした表れの一つだ。 「競合相手が、プリンタメーカー、パソコンメーカーから、フィルムメーカーやAV関連メーカーへと広がっている」(真道社長)ともいえる。 つまり、第3フェーズのエプソンは、パソコンから分離独立した形で、あらゆる製品展開をすすめていくことになりそうだ。 「これからは単体製品の強みをアピールするだけでなく、様々な製品を組み合わせた提案が求められる。そのためには、エプソン販売自身が他社ブランドの製品を積極的に扱う必要性も出てくるだろう。一方で、これまで主力だったパソコン売り場以外にもエプソンの製品が出ていくことになる。当社としては、そのための努力もしていかなくてはならない」と真道社長は語る。
●インクジェットプリンタも次世代へと突入
それが主力のインクジェットプリンタだ。 エプソンは、今年秋以降、インクジェットプリンタにおける顔料系インクの製品ラインアップを強化する考えだ。 セイコーエプソンの木村登志男副社長は、「年末には、顔料系インクを採用したプリンタの製品ラインアップを一気に強化する」と言及、さらに「来年には半数以上が顔料系インクになる」と、今年から来年にかけて、主力製品が染料系から顔料系へと大きくシフトしていく可能性を示唆した。 エプソン販売の真道社長も、「耐水性や100年保存といった長期保存性といった特徴をもつ顔料系インクは当社の技術的優位性を発揮できるもの。現時点では詳細は明らかにはできないが、今年秋以降は顔料系インクのプリンタを一気に増やすことになる」と異口同音に語る。 これまでの染料系インクプリンタでは、キヤノンと激しい争いを繰り広げてきた。そして、新たな勢力として、プリンタ複合機分野において日本HPが一気に攻勢をかけはじめている。 デジタルカメラの浸透とともに、カメラメーカーとしてのデジタル画像での優位性を発揮しようとするキヤノン、米国で実績をもつ複合機戦略とともに低価格路線を打ち出す日本HPに対して、エプソンは顔料系インクで今年の年末商戦は勝負しようというわけだ。 プリンタ市場のトップシェメーカーであるエプソンが、トップシェアを維持するためには、顔料系インクの優位性を徹底的に訴え、認知度を向上させることが重要な戦略になることは間違いない。 ここでもエプソンは、まさに大きな節目を迎えようとしているわけだ。 今年秋以降、エプソンの新戦略は目白押しだ。これらの新たな取り組みが成功するのかどうか。まずは、今年の年末商戦から来年春までに一つの回答がでるのではないだろうか。
□関連記事 (2003年9月1日)
[Text by 大河原克行]
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