森山和道の「ヒトと機械の境界面」

ROBODEX2003レポート
~セミナーではこんな話が繰り広げられた編



 パーソナルロボットの展示会「ROBODEX 2003」が4月3日~6日の日程でパシフィコ横浜にて開催された。38出展(企業19、団体2、大学等13、地方行政1、海外2、個人1)、95種類のロボットが登場したROBODEXでは「ROBODEX FORUM:ロボットと暮らす新しい社会、始まる」と題されたセミナーも併催された。




■「役に立たないモノなどないのです」

 まず、基調講演は『ロボットと人間~物とは人間にとって何か~』と題し、東工大名誉教授で、現在は(株)自在研究所の森政弘氏が行なった。現在の森氏は「ロボコン博士」としても知られる人物だが、東工大時代は、多くの研究者達を育てた。現在でもその流れは各企業へと受け継がれている。

 森氏は物と人間の付き合い方は、「内側の問題」であると述べた。「内側の問題」とは、外界を捉える人間の側の問題だ、ということだ。たとえば最近の学生は氷が溶けると何になるかという問いに対して「水になります」と答えるばかりで「春になる」と答えるものは非常に減ったという。また、鳥が電線に止まって、なぜ落ちないのかという問いに対するレポートは、重心の話ばかりだった。だが中に一人、「鳥は落ちても飛べばいいと考えているから」という回答のものがあったそうだ。これが森氏の言う内側の問題である。つまり、考え方次第だということだ。

 森氏は、ロボットとの付き合い方も「内側の問題」であると語り、話はロボコン(=ロボットコンテスト)へと移った。森氏がロボコンを始めた理由は、学生に感嘆符、感動を与えたいと考えたためだ。その結果、どうなったかを具体的に表すために、森氏は、八戸中というロボコンを行なっている学校での生徒の作文を聴衆に示した。

 作文冒頭には、「苦しく楽しかったロボコンも終わりです」と書かれていた。「苦しく楽しかった」とは何とも矛盾した表現だが、生徒の気持ちをよく表しているではないか。やはり苦しくないと達成感や、喜び、本当の楽しみは生まれてこないのだ。また、ロボコンの場合、チームで1つのロボットを創る。その間には仲間の個性の発見がある。当然喧嘩もあるが、葛藤しながら共通の目標に向かって進んでいくことを学び、義務教育を終えた生徒達は人生に自信を持って社会に出ていけるようになる。

ロボコンの歴史

 生徒達はロボットを創る過程で、ネジ1つが何の役に立つのかを学ぶ。そのことによって、ドアの閉め方まで変わってくるという。どこをどう動かすと壊れやすいのかということが分かってくるからだ。つまり、内側が変わってくるのである。その結果、部品1つ1つが役に立つということを生徒達は体感し、役に立たない物などないのだということを、自然と学んでいくのだという。

 森氏は「あらゆる物は役に立たないのではなく、役立てることができないだけなのです。大昔はあらゆる物が役に立たなかった。たとえば電気もそうです。ですが人間が役に立ててきたのです。物を先生として人間が育つことができるのです」と述べ、ロボットからは色んなことを学ぶことができると講演をまとめた。実際に聞いてないと今ひとつ伝わらないかもしれないが、非常に説得力があり、面白い講演だった。


■ロボットで地域振興 課題は独自色と地域連携

左から矢田立郎・神戸市市長、岡崎洋・神奈川県知事、梶原拓・岐阜県知事

 3日に行なわれた<セッション1>では、「ロボットが変える地域振興 ~ロボット特区、ロボットプロジェクトの力」と題され、岐阜県の梶原拓知事、神奈川県の岡崎洋知事、神戸市の矢田立郎市長、そして福岡の山崎広太郎市長がVTRで出演した。司会はニッポン放送の森田耕次記者。

 まず梶原・岐阜県知事が早稲田大学などと協力しているソフトピアなどの取り組みを述べた。岡崎・神奈川県知事はNPO法人・国際レスキューシステムや、(独)防災科学技術研究所や地震防災フロンティア研究機構などと進めているレスキューロボットなどの話をした。現在、文部科学省は「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」を進めているのである。

 「ロボット王国」を標榜する神戸・矢田市長は阪神大震災のときの映像を見せ、神奈川と協力して進めているレスキューロボットの話をやはり述べた。また、神戸ではロボットを使った教育にも力を入れているという。福岡はロボット特区としての意気込みを述べたが、まだどれも始まったばかりで、あまり議論らしい議論はなかった。

 ただ、岐阜は年間4億円ほどをロボット研究に投じて、「ながら」などヒューマノイドの他、デジタルマイスターという取り組みをしている。これは陶磁器に絵付けをするといった職人芸をロボット化し、地場産業の手助けをしようというものだ。ROBODEXでも展示を行なっていた。また、手術の練習台となる患者ロボットなども創っているという。梶原知事は歯に衣着せぬ発言で知られているが、今回も、国には戦略がないが、今後は、地域が連携しながらお互いの個性を伸ばしていくことが重要だと檄を飛ばした。

岐阜の「ながら」 絵付けロボット

■家庭にネットワーク・ロボットを入れるためには

山根一眞氏

 <セッション2>は司会にノンフィクション作家の山根一眞氏を迎え、『第一回 ロボットビジネス会議 ~ネットワークにロボットが繋がる時、新たなサービスが生まれる~』と題して行なわれた。登壇者は(株)本田技術研究所・和光基礎技術研究センターの配川有二 主任研究員、三菱重工(株)神戸造船所の日浦亮太氏、(株)富士通研究所ペリフェラルシステム研究所の神田真司 主任研究員、ソニー(株)インテリジェント・ダイナミクス研究所の表雅則氏の4氏。

 まず、それぞれが、ASIMO、Wakamaru、MARON-1、SDRについて説明した。ASIMOについては先日の機能向上版について述べられ(記事を参照)、今後は、「人とロボットと情報を時空を超えて結びつけることで新しい価値を創造していきたい」とされた。

 Wakamaruは記者会見とほぼ内容が同じ。「ちょっとおせっかいなロボット」をイメージし、たとえば朝、起こしに来たり、食事中に会話に参加するといった様子のビデオを披露し、コンテンツ提供企業と提携、ネットワーク経由でセキュリティ、健康管理、教育、娯楽、チケット手配などのサービスを提供したいと夢を語った。

 携帯で外部から操作できる点が売りの「MARON-1」についても、会場で展示していたことと講演内容がほぼ同様だった。

三菱重工の日浦氏、ホンダの配川氏 富士通の神田氏、ソニーの表氏 MARONの機能の概念図

 注目はSDRについての表氏の話。MARON-1などネットワークに繋ぐタイプのロボットの今後について、富士通の神田氏が「コンテンツ課金等の問題もある」と述べて話を締めくくったのに対し、ソニー・表氏は「たとえばSDRの会話の中に広告を入れるということもありえる」と述べた。また、ユーザーとの会話をすることによって、ユーザー個人の好みを探り、それに応じたサービスを展開することもできるのではないかとも発言した。

 だが、これではまるで「スパイ」である。ウェブブラウザのクッキーとはまたわけが違う。また、会話の中に広告とは、露骨にスポンサー商品の宣伝をするホームドラマや、映画「トゥルーマンショー」のワンシーンのようで、笑えない冗談だ。

 確かにネットワークに繋がるロボットならば、そういう手でコストを回収するという手もあるかもしれない。だが、改めて、ロボットのように能動的に動き回る存在が家庭に入ることの問題点が逆に露わになったと筆者は感じた。

 もっとも、実際にそういう機能が実装されてもユーザーの選択で切ることはできるだろうし、そもそも、あのソニーがそのような露骨な手段を実際に取るとは考えにくい。「ネットワークに繋がる」ということには、いろいろな可能性があるということだと現状では捉えておくべきだろう。表氏も、物理的に動くロボットの場合、今までにないセキュリティの問題が発生すると言及した。

 4氏の話を受け、司会の山根氏は「ロボットに対して真面目すぎるな」とコメント。既に7,000万台のケータイが普及している現状、たとえばチケットをネット経由で取るといったことを考えた場合、なぜロボットにわざわざそれをやらせなければならないのか、人が自分でやれば良いではないかと質問を投げかけた。

 これに対し4氏はそれぞれ、人間はヒト型のものとのコミュニケーションを好み、またロボットを介したほうがややこしい操作をしなくてすむ、いわば秘書を使うようなものであるといったことを答えた。

 また、ホンダの配川氏は携帯やウェアラブルのように常時身につけているものではなく、「必要なときだけやってくる」点が意外と重要なのではないかと発言。確かに、そうかもしれない。たとえば秘書にしても、ペットにしても、常時そばにいられると鬱陶しい。だが、必要なときにはそばにいて欲しい。ロボットならばそれが可能かもしれない。

 また、山根氏はロボット経由でロボットにチケットを取らせるといったアリガチな用途に対しても、「ロボット経由だったら必ずチケットが取れるってわけでもないんでしょ? 意味ないですよね」と切り捨てたが、逆に取れば、「ロボット経由ならば必ずチケットが取れる」という状態にすればいいということだ。

 ロボットを家庭に入れるということはおそらく、単に「ロボット」を売るだけではなく、「ロボットがいる生活」というものを売る、ということだろう。つまり、高級乗用車や時計と同じで、「ロボットを持つ」ということそのものが、ステイタスになる必要があるのではないか。

 チケットの話に戻すと、たとえば一部の、ステイタス扱いされているカードを経由させれば、普通は取れない人気チケットが取れるし、通常は受けられないサービスが受けられる。それと同様に、ステイタス・カードならぬステイタス・ロボットを創ればいいのではなかろうか。気分的にも、実利的にも役立ち、所有の喜びをオーナーに感じさせるようなロボットだ。どちらにせよロボットは維持費もかかる。年会費のようなものだ。

 閑話休題。いずれにせよ、山根氏が厳しく指摘したように、各メーカーは本気で家庭にロボットを普及させるためには「家庭用ロボットのコンセプトをもっと鋭く」打ち出す必要がある。

■ごめんなさい、聞いてないセッションもあります

 4日に実施された、<セッション3>「9・11以降のロボット開発 ~ロボットが世界を救う。レスキューロボット開発から人道的活動へ」、<セッション4>「ロボット“レオナルド”とDr.シンシア・ブラジール ~ロボットは人間の友達になれますか?~」は残念ながら聴講していない。というわけでその報告は他媒体におまかせしたい。

■SDRの価格は1,000万円以上!? ロボット産業はどんな形態になるのか

 開催2日目となる4日に行なわれた<セッション5>は『討論 どうする日本のロボット産業 ~人間共存型ロボットは新たな産業となるか~』と題され、ソニーの土井利忠常務、東京大学大学院情報理工学系研究科の井上博允教授、カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授で、産総研デジタルヒューマン研究センター長を務める金出武雄氏が登場。司会は朝日の服部桂氏。


ROBODEXの生みの親でもあるソニー・土井利忠常務。ポロシャツの襟にはアトム。土井氏はアトムファンとしても知られ、今度のアニメには声優としても出演しているとか 司会を務めた服部桂氏

 まずこのパネルは、タイトルに偽りありで、中身はほとんど産業の話にならなかった。そもそも司会にも産業に対する興味が欠けていたのではないか。

土井氏が講演しながらホワイトボードに書いたロボット分類

 さて、中身のほうだが、まず土井常務がROBODEXに登場するロボットを分類し、それぞれの将来展望がどの程度あるか、会場に挙手を求めるところから始まった。まずはその表をご覧頂こう。

 これを見ると、やや不思議に感じるのがSDRなどをWakamaruやifbotなどと分けて、敢えて1つ別のカテゴリとしているところである。一般的にはSDRなどはホームロボットに属すると分類されるのが普通ではないだろうか。

 このへんはソニーの身びいきを感じると同時に、見えないコンピュータ(いわゆるユビキタスだと思えばいい)と同じカテゴリとしているところに、今後の戦略、考え方がなんとなく透けて見えるような気がするのは考えすぎだろうか。

 この図の横の数字のうち、赤は今後、もっとも有力だと思われるものは何かという問いに対して、会場が挙手した人数である。もっとも、厳密なものではない。

 土井氏は、「子どもの頃からの記憶を共有し、人生のパートナーとなれるようなロボットを作りたいが、まだそこまでできないので、エンターテインメントからやっている」と述べた。また、SDRの商品化についても、もともとは昨年のうちに発売したかったが、価格が当初考えていた「高級乗用車1台分」よりもさらに高く、「外国産の高級乗用車並」になってしまうことから、発売のタイミングを見合わせているのだという。

 土井氏はこのとき、「ソニーが40億50億のビジネスをしても仕方がない」という言い方をした。これらの発言から、ソニーがどういうソロバンを弾いたか、ある程度の見当がつく。「外国産高級乗用車」といっても色々あるが、おそらく1,000万~1,500万円といった数字だろう。仮に1,000万円としよう。500台売れれば50億円である。

果たしてSDRを一般人が手に入れる日は来るのか……

 もっとも、ロボットビジネス、ロボット産業という観点で見ると、ロボットは売っておしまいといった売り切り商品には絶対にならないので、こういった適当な計算があてはまるかどうかはまた別問題である。

 車を買うときのことを考えてみよう。車はディーラーズルームでのんびりお茶とか飲みながら選んで、いろいろアクセサリをつけたりもするし、内装をカスタマイズしたりもする。ガソリンスタンドや駐車場など維持費もかかるし、車検も当然必要だ。最後は廃車にするときの処理も必要である。そしてこれら全てに人間が必要だし、流通コストもかかる。

 逆に言えば、こうしないとロボットも産業にはならない。車の場合、製品原価は35~45%程度で、残りは流通コストやマージンだと聞いたことがあるが、ロボットの場合も同様のビジネスモデルになるのではないだろうか。産業として考えた場合、ロボットに関係する人間は、メーカー内だけには留まらないのである。ロボットのコンテンツといった話が最近出始めたが、そのへんも含めるのならばさらに業界は膨らむだろう。ゲームがソフトベンダーがないと成立しないようなものだ。

東京大学大学院情報理工学系研究科 井上博允教授 カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授、産総研デジタルヒューマン研究センター長の金出武雄氏

 その後の話題もこの図をもとにして行なわれることになった。東大の井上教授は本誌でもたびたびレポートしているHRPのプロジェクトリーダーである。最初、汎用ロボットの未来が明るいとする人の人数が少なかったことに対して、「では30年後ならどうか」と会場に再度問いかけ、挙手させたのが横の青の数字だ。現在は確かにできないことも多いが、将来は伸びていく可能性もある。

 そもそも、技術は共通している点も多い。土井氏の分類のうち、どれかが伸びれば、他のものも一緒に発展することになるだろう。また、土井氏自身も述べていたが、30年後にはこの分類はほとんど意味をなさなくなっていると思われる。

 次に、以前からビジョンの研究を行ない、'73年には世界で初めて自動顔認識システムを開発し、最近ではCMUの無人自動車などの業績で世界的に有名な金出氏は、'95年以降に取り組んでいる、多数のカメラを使って、現実を仮想化する「仮想化現実(Virtualized Reality)」という研究について述べた。

 金出氏はスーパーボウルの様子を多数のカメラで撮影、バーチャル化して、全米中継にも出演したという。取りあえず、人体や環境など「現実」を計算機で扱えるようにデータ化するという試みだと考えればいい。

 金出氏はロボットとは何かと考える上で視点を変えるべきだという。金出氏によれば、実世界を知覚、情報処理して、実世界に働き返すことができれば、それはロボットであるという。つまりロボットとはITなどよりも大きな範囲をフォローする技術であり(「ロボット≧IT」と言っているそうだ)、これまではロボットを狭く捉えすぎているという。「最大のIT応用は環境化されたロボットである」というのが金出氏の考え方なのだ。

 また、ソニーの土井氏はコンピュータが人間より賢くなることは絶対にないという意見をたびたび表明していることでも有名だが、逆に金出氏は「ロボットは絶対に人間よりも賢くなる。感情を持つこともできるようになる」と断言した。氏によれば、人間は一見いい加減な制御しかやっていないように見えているが、そうではないという。また、「生物をまねる必要はあるが、生物のとおりの素材などでやらなくてはいけないということではない」と述べ、この点では土井氏といくらかやりとりがあった。

 講演は、「人は道具(機械に)何を求めるか。人にはできないことを求めている。では、人間は他人に何を求めるか。自分にもできるけど自分はしたくないことを求めている。自分ができることは、実は他人にやらせたがらない。自分ができないことを他人がやる場合は、『職業』に帰着させて納得しているというのが私の考え方だ」と続いた。

 ヒューマノイドの用途を考える上で、この視点は重要である。人間は、ヒューマノイドに対して自分ができない能力を求める一方、無意識のうちにヒューマノイドを人間と同一視し、自分ができることはして欲しくないと望む。既にこの傾向は現れつつあるが、人間がヒューマノイドに対して望むことに大矛盾が隠されているのである。だからこそ、というわけでもないのだろうが、ロボット技術のもっとも大きな市場は、日常に埋め込まれた見えないコンピュータにこそあるという。

 土井氏と金出氏のコンピュータ(そして生物)に対する考え方が違う点は誰に目にも明白だったが、最後は、それを全て飲み込んで井上教授が(本題であるはずの)日本のロボット産業に関する考え方を述べ、パネルを締めくくった。

■バリアフリー、ユニバーサルな環境で働き始めるロボットたち

(財)共用品推進機構運営委員・高嶋健夫氏

 5日に行なわれた<セッション6>では「共用ロボットの誕生」と題して、神奈川工科大学・福祉システム工学科の山本圭治郎教授、松下電工・融合技術研究所の北野幸彦主幹技師、滋賀医科大学付属病院の松田昌之教授が登壇した。司会は(財)共用品推進機構運営委員の高嶋健夫氏がつとめた。

 まず山本教授は介助用パワーアシストスーツの技術面、現状、課題について述べた。山本研究室のアシストスーツは、あくまでアシストが目的だ。つまり、介護する人の負担を減らすためのパワードスーツである。力は筋肉に付けられた硬さセンサで取り、人体が25kgの力を発揮していた場合は25kg分の力を機械が出力するという機構になっている。

神奈川工科大学・福祉システム工学科 山本圭治郎教授 パワーアシストスーツの制御システム

 特徴は、介護される側には機械がないことだ。アクチュエーターには柔らかさを出すために空気カフが使われているが、メカはCPU含め、全て後ろに回されている。ただしこの機構だと、膝をある一定角度以上曲げることができないことは自明だ。今後はこの点や、現在アシストしていない肩への補助、アクチュエーターの小型化などが目標だとまとめた。

 なお、筆者が個人的に取材したところ、既に次世代機は製作していたのだが、トラブルがあってROBODEXには間に合わなかったのだという。だが、そう時間をおかず、新型アシストスーツが見られそうである。

 松下の北野氏、滋賀医科大学の松田氏は、松下電工が展示していた病院内搬送用ロボットについて講演。患者のレントゲンフィルムなどは、意外とかさばり、重いのだという。それをある程度自律で動き回るロボットにやらすことができれば、病院のコスト削減にも繋がるのではないかということで、'98年からロボット開発に取り組んでいた松下電工と思いが一致。開発・実証研究に至ったという。なお、なぜ松下電工がロボットかについては「ロボットのいる空間」を創造したいというコンセプトがあったためだそうだ。

 なお、SOKで警備ロボットを開発している下笹氏によれば、荷物の搬送をロボットにやらせようという話は、やはりあちらでも出ているという。考えることは誰でも同じ、ということだろう。

 ただ、こうしたロボットは、これまでにも何度も開発されているような気もする。だが、なかなか根付かない。その理由はなんなのか。そこを突き詰めて考えなければ、本当の意味で成功する日はまだ遠いのではないかと思うのだが。

■ヒューマノイドの「T型フォード」を目指して ~5年後のヒューマノイドの仕事

産総研・比留川博久ヒューマノイド研究グループ長

 <セッション7>は『5年後のヒューマノイドの仕事 ~働くヒューマノイドが、私たちの職場に現れる~』と題して、産総研・知能システム研究部門 比留川博久ヒューマノイド研究グループ長が講演した。本誌読者には、HRP-2(Promet)の研究リーダーの1人だと言ったほうが分かりやすいだろう。これがまた面白い講演だった。

 面白いというのは、興味深いというのもあるが、何よりも会場の笑いの絶えない講演だった、ということだ。Humanoidという言葉の定義を皮切りに話し始めた比留川氏は、HRPの間に「なぜ2足歩行なのか、と100万回聞かれた」という。その結果「車輪で十分だろ」という人には、健常者と車椅子との自由・不自由を例に出して答え、さらに「4足のほうが安定していていい」という人に対しては「じゃああなたはどうして四つんばいで歩かないんですか」と問い返すことにしたという。その結果、話が一言で終わるようになった、という。

 さらにヒューマノイドブームのピークは「今週」であり、およそ年間10億円以上の資金が必要となるヒューマノイド研究開発ではスポンサーが必須であること、もしここで研究開発がストップしたら官民合わせて数百億円を投じてきたロボット開発における日本のアドバンテージが失われるといったことを理由として、5年後にはなんとか実用に耐えるロボットを開発する必要があると述べた。

 つまりヒューマノイド研究がいつまで続くか分からない現状、遠大な目標を掲げるのもいいが、その間に適度に成果を市場に出して、一定の資金回収を行なわないとまずいぞ、ということだ。取りあえずの市場はソニー土井氏の発言とは違い、年間10億円くらいの売り上げがあればいいのではないかという。

 では、どんなロボットを開発する必要があるのか。比留川氏はヒューマノイドは実は単に二足歩行すればいいわけではないとし、以下のようなロボットを作り出す必要があると述べた。

 「通常環境の路面を踏破し、階段と梯子を踏破し、自律的に移動経路を決定し、転倒しても機能は喪失せず、再び起きあがって歩行し、小さな障害物は跨ぎ越え、狭隘部を潜り抜け、ドアを自分で開閉し、片腕で体を支えながら作業できるようなヒューマノイド」

 つまり、「行って帰ってこれるロボット」だ。そうすればヒューマノイドはある程度使えるようになるという。そして、それは現状を鑑みると「多分実現可能」だとまとめた。

講演の合間に見せたHRPでの耐衝撃実験の様子。足だけのユニットを使った転倒制御はもちろんだが、実はHRP-2の尻を蹴るといった試験もしたのだという。なお、蹴ったのは空手の有段者で、部品が一部壊れてしまったそうだ T型フォードへのロードマップ。現在は4,000万円クラスのロボットが10台程度といった市場規模が、今後どうなるか。この図のようにうまくいくかどうか。なお図の解釈について「100万円なら100万台売れるということじゃない。100万台売れれば100万円台でロボットが作れるようになるということだ」と釘を差した

 比留川氏らの究極の目標はヒューマノイドにおけるT型フォードを作ることだという。安く、誰でも手に入れられるようなロボットだ。そして、人の欲望をかなえてくれるようなものである。もしそれが実現できれば、車が20世紀を代表する商品であるように、もしかしたらロボットは21世紀最大の商品になれるかもしれない。目標は、製品が出ず研究費が枯渇する悪夢の時期を回避し、「2010年をレイバーヒューマノイド元年に」すること。果たしてうまくいくかどうか。期待しよう。しかし、「レイバー」とは。

■ヒト型ロボットをみているとき、あなたの脳内では何が起こっているのか?

ソニーの藤田雅博 主任研究員

 <セッション8>はソニーにおけるロボット研究の顔的存在の藤田雅博 主任研究員が登壇。ヒト型ロボットがヒト型であることは認知科学的にも意味があるという話と、SDR-4X IIの現在の能力、可能性について述べた。

 まずは、自律型ロボットが夢だが技術的課題が多く、そこへ至るまでの「ブリッジ」としてエンターテイメントを選んでいる、という話から始まった。途中、「MUTANT」と呼ばれていた頃('97年)のAIBO試作機の画像を見せ(ずいぶん昔の話のような気もするが、たった6年前だ)、自分で動くロボットは普通の機械と違うという点を強調。

 また、産業用ロボットでは技術的要求が「高い」のに比べて、エンターテイメントロボットの場合、低いレベルから高いレベルまで範囲が「広い」ことが特徴だという。もちろんエンターテイメントを用途とすると、安全性や信頼性の障壁が実用ロボットに比べて低く設定できる点も、技術面が未熟な現在では有利に働く。

 「ヒト型」の理由について藤田氏は「ミラーニューロン」の話などを出して説明した。ミラーニューロンとは自分自身の動作に関する細胞なのだが、対象の動作を見たときにも反応するという不思議な特徴を持つ神経細胞群のことだ。つまり、他人の動作を鏡(ミラー)のように頭のなかに映し出すような反応を示す細胞である。もともとはサルで発見されたのだが、現在ではMEGを使った研究などによって、人間にも存在することがほぼ確認されている。

 つまりどういうことかというと、脳のなかではどうやら、ある行動が、モダリティによらない状態でモデル化されて表現されており、それは、自分の動作だけではなく、それに近いものを見たときにも反応するようにできているということだ。

 もっと具体的に言おう。相手が目の前で食べ物を手でつまむ。すると、あなたが自分の手で食べ物を手でつまんだときに反応する部位が反応を示すということだ。

 ここまで言えば分かるだろうが、これと同じことが、ヒト型ロボットの動作を見たときのあなたの脳内では起こっているのではないかということだ。つまり、ヒト型ロボットがダンスを踊ると、あなたの脳は、他の形のロボットが動いているのを見たときとは、本質的に違う反応を示しているのかもしれないということである。

ヒト型ロボットを見たときにはミラーニューロンが発火するが、ヒト型以外のロボットの場合はそうではないかも!?

 このあとはSDR-4X IIの技術説明が続いた。SDR-4X IIは頑強性を上げただけではなく、新機能として「エンターテインメント対話」「マップビルディング・照合機能」を持っているという。会場ではSDR-4X IIが障害物を認識して避けるという動作デモが行なわれていたが、実は障害物を避けるというよりむしろ、自分が歩ける場所を発見しながら歩いているのだという。そしてその機能を使ってマップを作ることが、実際のマンションのなかでの動作テストの様子で示された。

マンション内をモデルにして通行可能なルートを検出するところ

 SDR-4X IIはヒトの顔を認識、声がした方向に顔を向けることもできる。ただし、SDRの視野は50度程度と狭いので、声の方向を向くと、それまでに見ていたところが見えなくなってしまう。そのために「短期記憶」を使っているそうだ。

SDR-4X IIが人の顔を検出する仕組み

短期記憶によって人の顔の位置や声の方向を確認する

 会話に関しては、記憶を用いた会話、「誰それがこう言ってましたよ」といったような伝言を用いた対話、あらかじめ決めたシナリオを使った対話、相手の言葉を使ったフレーズ駆動型対話を組み合わせている。

 マップビルディング・照合とはランドマークを使ったデモなどのことだ。ランドマークの配置を学習、記憶と照合し、自分の相対的位置を割り出したり、到達経路を作り出したりする。また、その機能を使って、特定の場所(部屋)に意味を持たせることができ、あるいはステージを作りだして、パフォーマンスを行なわせることができる。現在SDRは、10の歌を歌い、動きは1,000パターン、200のシナリオ対話を持つという。

 SDRは、普段はパートナー兼エンターテナーであるが、ステージのような非日常ではタレントのようなものとしてキャラクター設定されている。今後はさらに、ネットワークに繋がることで、新しい機能をダウンロードしたり、また、ネットワーク経由で外部からアクセスするといった方向が考えられる。ただ、ここまでは素人でも分かることだ。もう少し突っ込んだ、ソニーならではの方向性を話してもらいたかった。


最後は「メンテナンスモード」に入っていたSDRを連れてきて、「もう帰らなくちゃ」。ソニーにしかできない演出だ

■ロボット進化はヒト進化の一部か

 最終日、当初予定されていたイーメックス(株)による人工筋肉の講演は中止となった。最後の<セッション10>は『脳とバイオロジーとロボット ~脳研究とシステムバイオロジーが描くロボットの未来像~』をテーマに、司会:立花隆氏、パネリストはATR人間情報科学研究所 第三研究室の川人光男(かわと・みつお)室長、ERATO北野共生システムプロジェクトの北野宏明氏、理化学研究所脳科学総合研究センター 動的認知行動研究チームの谷淳(たに・じゅん)チームリーダーがつとめた。

 まずパネリストが喋るまでに、立花隆氏が延々と自らの考えを述べた。はっきり言って、ムダに長すぎだと感じた。まずはROBODEXで見るロボットの世界がロボットの全部だと思っている人たち、それは間違っていると始まったのだが、当たり前のことである。

 ROBODEXはパーソナルロボットの博覧会として行なわれているのだから。また「プレデター」や「ドラゴンランナー」といった軍事ロボットの話を喜々として喋る様子にも違和感を感じざるを得なかった。災害レスキュー用ロボットと軍事ロボットが起源を一にしていること、米国で盛んに研究されていることが分かれば十分ではなかろうか。

評論家・立花隆氏。手書きのOHPを示しながら講演

ATR人間情報科学研究所・川人光男氏

 さて実際のパネルとは違って、さっさとパネリストの話に移ろう。ATRの川人氏は「脳を創る」というアプローチでロボットを使って研究している。つまり川人氏は、ロボットを研究しているわけではなく、「脳研究のツール」としてヒト型ロボットを使っている。知能は環境とワンセットであり、体なしでは無意味だという考え方からだ。川人氏は、脳を見て、機能の場所や構成する物質が分かっても機能・情報処理は分からないと考え、15年ほど前から現在のような研究「計算論的神経科学」を進めている。

 使っているロボットは、DB(Dynamic Brain)という名前だ。模倣という行為は実は非常に高度な知能を必要とすることが最近分かりつつあるが、DBは運動技能を模倣によって学習し、「カチャーシ」という沖縄の舞踊を踊ったり、ドラムを叩いたり、棒立てをしたりするロボットとしてメディアでもたびたび紹介されている。

 現在では24の「芸」を持つそうだ。眼球運動視覚系には特に工夫があり、それぞれの眼球に2自由度があり、ジャイロを使った人工前庭器官を持つ。また、中心窩と周辺視用にそれぞれ別のカメラを使い(望遠レンズと広角レンズ)、計4台のカメラで構成されている。人間の目のように特定のものに注目したり、目標を追いかけることができる。

ヒューマノイドDB(Dynamic Brain)。人の動きを模倣して学習する

DBによる学習の一例。エアホッケー。だんだん強くなる

DBの目と視野

 もちろん、DBは芸を見せるためのロボットではない。川人氏らは、人間は、「小脳内部モデルの教師あり学習」「大脳皮質確率的内部モデルの教師なし学習」「大脳基底核の強化学習」などを組み合わせて動きを学んでいると考えている。ロボットによる視覚運動変換(棒立てなど、見まね学習)、視覚追跡ターゲットの内部モデル構築、エアホッケーなどの強化学習などは、そのモデルの検証なのだ。

 川人氏がやっている「計算論的神経科学」とは、「脳の機能を、その機能と同じ方法で実現できる計算機のプログラムあるいは人工的な機械をつくれる程度に、深く本質的に理解することを目指すアプローチ」だという。この一部、「脳の機能を計算機あるいは機械で実現する」ということならば人工知能、ロボットと全く同じだが、それではつまらない、という。やはり目標は、脳の情報処理メカニズムの解明なのだ。

 また、そこからこれまでにはないロボットが出てくる可能性もある。川人氏は、既存のロボットが使っているZMPではないモデルで歩くロボットや、強化学習によって起きあがるロボットのビデオなどを示した。

膝を曲げずに歩くロボットと、起きあがりを学習するロボット

 川人氏は、計算論的神経科学によってヒト型ロボットを実現する計画を、「アトム計画」と呼んでいるそうだ。今後は、時間と空間を超えたコミュニケーションのためにロボットを使う時代がきっと来るという。また、もし本気で日本が産業としてヒューマノイドを捉えるのであれば、ちまちましたことをやるのではなく、30年後などを目標として毎年500億円を投資して、本気でアトムを目指すといった戦略が必要だと述べた。講演終了後、会場からは自然と拍手が沸き上がった。

 続いて、北野氏はPINOで有名だが最近はシステムバイオロジーという研究を進めている。最近、ゲノムやタンパク質など、生物の部品や代謝経路などが徐々に解明されてきた。それを要素として捉えて、全体をシステムとして理解しようという研究だ。その結果、生物ならではのロバスト性などの秘密が分かるかもしれないという。

ERATO北野共生システムプロジェクト・北野宏明氏 理研・脳科学総合研究センター 動的認知行動研究チーム谷淳氏

果たしてロボットの未来は……

 理研の谷氏は、また違ったアプローチの話をした。「ロボットの『心』について考える」というテーマだ。谷氏が最初、ロボットを見たときに「これは冷蔵庫です」とロボットに言われたのだそうだ。確かにそれは冷蔵庫だったのが、ロボットが冷蔵庫とは何か理解して言っていたとは考えにくい。つまり、ロボットは世界に対するイメージを持つことができるのか、平たく言えば考えることができるのかといった問題だ。

 果たしてロボットは経験を通して、世界に対して自発的イメージを持つことができるのだろうか。谷氏はAという行動とBという行動を、ニューラルネットで動くロボットが切り替えるときのパターンに注目し、そのときの情報処理に着目して研究を進めているそうだ。

 それに対して立花氏はAIの研究で知られるミンスキーのA脳B脳の話を持ち出し、現在のロボットには内部世界がない、将来、ロボットをさらに魅力ある商品、儲かる商品にしたいのであれば、その辺の問題を解決する必要があると受けた。

 いずれにせよ、色々な芸をすることは、本当のロボットの進化には繋がらない。もっと根本的なところで進化していくべきであり、根本的なところの研究が必要だという点はもっともである。


■こんな展示もあったROBODEX

 セミナーのレポートは以上だ。なお私見はあくまで私見であり、各講演者の意見とは違うものもあるだろうことをお断りしておく。聴取者のなかには違う意見を持つ人もあるだろう。

 最後に、いくつか細かい展示の紹介をしておく。

この連載はもともとインタフェースについての書くことになっているので、これについてはもう少し詳しく説明しておこう。背中にはPC、HMDにはロボットからの画像と警報情報が表示され、腕のグローブにはLED、右胸には小さなカメラが仕込まれていて、腕の振りに合わせてロボットに装備した消化器の方向などを指示することができるようになっている。現在のものは試作で、SOKの正式な防弾チョッキなどに装備するのはまだ先になる予定だという。ロボットはより賢くなり、人間はよりロボット化するのかもしれない

これは東京理科大の顔ロボットに張り付ける前の顔のガワ。実は、もともとはこういう綺麗な顔として創っているのだが、その下のアクチュエーターに張り付けるときに、ああいう顔になってしまうのだという。また、眉根の部分は薄くしたり、ほっぺたのところは逆に肉厚にしたりといった工夫を凝らしているそうだ。やがてはもうちょっと怖くない顔になるのかも…… (有)擬人機工藝の澤田毅氏が展示していた、GAME BOYを使ってロボット操作するシステム。ブロック状のものの中には車輪がついており、赤外線でコントロールすることができ、また組み合わせたり、周囲の環境をある程度教え込むこともできるという 日本工学院の学生教育用ロボット。3台のロボットが協調して荷物を運ぶ。基本的には多関節のマニピュレーターなどもこういうことを行なっている

早稲田大学のフルートを吹くロボット。教授と共演中。人間でもフルートを吹くのは難しいということを思いだそう なぜか番竜ブースではミスユニバース日本代表が登場。今回、FOMAを使って遠隔操作デモを行なったヴァージンメガストアとの絡みらしい 松下電工の病院搬送システムではナースのコスプレ

では、また来年

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【4月2日】ロボットの総合博覧会「ROBODEX2003」開催
~燃料電池を搭載するロボットなどが初展示
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0402/robodex.htm

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(2003年4月9日)

[Reported by 森山和道]


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