Centrinoの無線LANモジュール「Intel PRO/Wireless 2100A」

 昨日、IntelはCentrinoモバイル・テクノロジを発表した。Intelにとって、クライアント向けプロセッサ関連における新しいブランド名の導入は、'93年に導入されたPentium以来、実に10年ぶりということになる。

 「Centrino」というブランド名は中心を意味する“Center”と、限りなく質量が0に近い中性の素粒子を指し示す“Neutrino”を組み合わせた造語で、機動性や軽量なイメージを持たせるためのブランド名だ。

 IntelはCentrinoにおいて、CPUのみならず、チップセット、無線LANモジュールの3つをまとめて1つのブランド名としている。「Centrinoの謎を解く」の第4回目となる本レポートでは、“Centrino”というブランド名の後ろに隠されている、Intelの本当の狙いについて考えていきたい。



●IntelがCentrinoで本当にねらっていることは“独占”なのか?

 昨年の6月頃、IntelがBaniasでCPUだけでなく、チップセットや無線LANモジュールもあわせたプラットフォームにもブランド名を導入しようと検討しているという記事を筆者が書いた後で、ある業界関係者から、「Intelはそこまでしてチップセット、はたまた今回は無線LANまで独占したいんですかね?」と聞かれた覚えがある。ちなみに、そうした感想を抱いたのはその人だけではないようで、そういう批判をしている人も少なくないのも事実だ。

 確かにそういう面がないとは言わないが、Intelが本当にCentrinoで狙っているのはそういうことではないと思う。なぜならば、彼らはモバイル向けのチップセットですでに大部分のシェアを握っているし、無線LANはそもそもバーゲン価格で、それで儲かるとはとても思えないからだ。

●“Unwire(ワイヤレスである)”という言葉の意味

 IntelはCentrinoのブランド名をプロモートするために、巨額のブランドプロモーション費用を使ったり、Intel InsideプログラムによってOEMメーカーに対してより多くの広告宣伝費を負担しており、それはIntelがかなり本気でCentrinoをプロモーションしようと考えていることの裏返しだ。

 それでは、すでに述べたように、チップセットや無線LANの市場を独占したいというのが本当の目的ではないとすれば、なぜIntelはCentrinoという複雑なブランド名を導入したかったのだろうか?

 その理由はIntelがCentrinoのキャンペーンに利用している「Unwire」というスローガンに隠されていると思う。IntelはUnwire(つながっていない)という言葉で強調したいのは、Centrino(およびPentium M)を搭載したノートPCはワイヤレスであるということだ。それには、バッテリ駆動時間が延びてACアダプタのコードなしで使えるということと、無線LANでネットワークをワイヤレスで使えるという2つの意味が込められている。

●急速に進行する携帯電話とノートPCの融合

 Intelがこうしたキャンペーンを行なうのは、ノートPCに無線機能が搭載されることが、今後、ノートPCが生き残っていくために必要であるとIntelが考えているからだと筆者は思う。

 というのも、ここ数年のうちに確実にPCと携帯電話の垣根が無くなる、つまりPCと携帯電話の融合が起こり、どれをPC、どれを携帯電話と呼ぶことができなくなる時代がくる可能性が高いからだ。

 すでにその動きは始まっている。携帯電話にはアプリケーションプロセッサが搭載されている。現在はARMアーキテクチャのCPUが採用されており、IntelのXScaleやTIなどのアプリケーションプロセッサが搭載されている。

 すでにWebサイトの閲覧についても、テキストベースだけでなく、画像を表示させたり、動画を再生することなども可能になっている。そうした意味では、“できること”という意味ではPCとの差を急速に縮めているのが現状だ。

 PC側も急速に携帯電話に近づいていく。それが今回のCentrinoだ。Centrinoにより、PCは無線機能を標準で備えるようになる。おそらく2004年の末までには、すべてのノートPCが無線機能を備えるようになるだろう。

 しかも、両者の無線機能の違いも急速になくなっていく可能性が高い。というのも、PCに携帯電話の無線を、逆に携帯電話に無線LANの無線をという動きが今後急速に立ち上がってくる可能性があるからだ。

 たとえば、IEEE 802.11委員会議長のスチュアート・ケリー氏(フィリップスセミコンダクター)は「今年中には、ある携帯電話ベンダがIEEE 802.11ベースの無線LANを携帯電話に搭載する」と明言しており、今年から来年にかけて無線LAN機能を持った携帯電話というのが登場してくる可能性がある。

 もちろん、PCの側にも携帯電話のベースバンドを搭載する動きはでてくるだろう。すでに日本ではPHSを内蔵したノートPCが何年も前からあるが、その動きが世界レベルで出てくる可能性がある。すでにIntelは、GSMや3Gの携帯電話のユーザー認証に利用されるSIMカードで、無線LANとGPRS(GSMベースのデータ通信)のユーザー認証を同時に行なう仕組みの開発を行なっていることをIDFの技術セッションで説明している。これにBluetoothのヘッドセットでもつけてみれば、もはやPCが携帯電話になるとしか言いようがない。

●モバイル機器におけるx86アーキテクチャの占有度を高めたいIntel

 無線の差が無くなれば、携帯電話とノートPCのハードウェアにおける差は、LCDの大きさのみとなる。このLCDの大きさというノートPCのアドバンテージは、高速データ通信時に非常に大きな意味を持っている。

 小さなディスプレイしか持たない携帯電話では、3Gのような高速なデータ通信が可能になっても、それ単体で大量のデータをやりとりすることに意味を感じるのかという疑問を呈する人もいる。筆者も3Gが普及しない理由の1つにディスプレイが小さいため、せっかく3Gの広帯域幅を生かすアプリケーションが作れないということがあると思う。

 例えば、ハンドセットをBluetoothで分離する形式にして、大きなディスプレイを持つ3Gの携帯機器を作れば、その弱点は克服できるかもしれないが、そうなると、ノートPCとの差は、“ウィンテル”アーキテクチャか否か、というところになってしまう。

 逆のことも起こりうる。ノートPCのLCDを小さくしていって、軽くしていったらどうなるだろう。実はすでにこのことは起き始めている。日本ではソニーが発売しているバイオUはその代表的な製品であるし、米国ではCrusoeを搭載したOQOの超小型PCなどの動きが始まっている。これらが無線機能を搭載すれば、Windowsが動作する携帯電話だって、決して夢ではないだろう。これを携帯電話と呼ぶのか、PCと呼ぶのか、もはや差別化は不可能だ。

 となれば、両者の差はアーキテクチャの違いのみとなる。つまり、非ウィンテルであるのか、ウィンテルであるのかである。果たして、そうなったときに機器ベンダは、どちらのアーキテクチャを採用するのだろうか? ここが大きなポイントだ。

 Intelにとっては、ウィンテルになってほしいに決まっている。理由は簡単だ。XScaleのようなx86ではない製品ではIntelはアーキテクチャを握っているわけではないので、価格はあまり高く設定できない。しかし、x86では、Intelはほとんど自由な価格設定が可能だ。たとえば、Pentium M 1.60GHzは600ドルを超えるという価格設定がされているが、製造原価は100ドルは超えていないはずだ。その収益率は、x86ではないCPUに比べて明らかに高い。

 このように、今後は“ワイヤレス”であることはモバイル機器にとって、もはや必須条件となる。つまり“無線を持たざるもの、モバイル機器にあらず”という状況は今後確実にやってくるし、そのためにはCPUなどに無線の機能を統合していく必要がある。

 だが、CPUに無線の機能を統合するのは、もう1、2世代先になる可能性が高い。Intelは昨年春のIDFにおいて“Radio Free Intel”と呼ばれる、CPUなどのシリコンに無線の機能を統合する構想を明らかにしているが、これは今すぐというわけではなく、おそらく90nmプロセス世代や65nmプロセス世代など、もう少し先の話になる。

 そこで、ワイヤレスの機能を包含するために、プラットフォームにブランド名をつけるという、新しい戦略に出たのだ。これがIntelがCentrinoで本当に狙っていることだろう。

●日本のモバイル機器ベンダにとっては大きなチャンスでもある

 こうしたストーリーが現実のものとなるならば、携帯情報端末の市場においてDellが生き残るのか、あるいはNokiaが生き残るのか、という戦いになる。

 もちろん、Intelにはいくつか解決しなければならない問題がある。例えば、バイオU101に対して提供したような、超低電圧版Celeronのようなソリューションを、今後大規模に提供していく気があるのかどうかという点だ。

 携帯電話機器ベンダとの競争に打ち勝っていき、携帯機器の大部分がx86アーキテクチャとなるためには、より低消費電力のCPUを投入し、バイオUや、さらにそれを上回るような製品を市場に投入していく必要がある。

 特に、日本市場で、日本PCベンダと組み、魅力的な製品をリリースしていくということは、Intelにとって大きなチャンスとなりうる。なにしろ、日本のPCベンダは、携帯電話機メーカーもかねており、いち早くPCと携帯の融合した製品というのを出すことが可能だからだ。また、日本のPC/携帯電話機ベンダにとっても、欧米のノキアやモトローラなどに比べると出遅れている市場で巻き返すチャンスでもある。

 Microsoftとの協力も必要となるだろう。Intelなり、Transmetaなりが、携帯電話にも搭載可能な、低消費電力のx86プロセッサーを作った場合、ライトなOS、でもフルWindowsというOSが必ず必要になる。例えば、“Windows XP Phone Edition”のような製品だ。これは筆者の予想にすぎないが、おそらくMicrosoftはそうしたより小さな携帯機器向けのOSというのを作ってくるのではないだろうか。

 今後、ワイヤレスの高速データ通信において、どのような無線技術が主流になるのか、Intelが盛んに強調するように、今後たくさんのホットスポットができて、それで通信するようになるのか、それとも携帯電話会社が思い描くように、急速に3Gへのシフトが起きて、そちらが主流となるのか、それも勝敗に大きな影響を与えるだろう。

 Intelの思い描くようにホットスポットが普及する、というストーリーが現実のものとなれば、Intel側に有利だろうし、そうならなければ、携帯電話機器ベンダ側に有利になる。この行方はまだまだ混沌としている、というのが現状ではないだろうか。

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【3月12日】【短期集中連載】Centrioの謎を解く
第3回:ベンチマークで検証するCentrinoの実力
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0312/cent03.htm
【3月11日】【短期集中連載】Centrioの謎を解く
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0311/cent02.htm
【3月10日】【短期集中連載】Centrinoの謎を解く
第1回:BaniasことPentium Mの秘密に迫る
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0310/cent01.htm

(2003年3月13日)

[Reported by 笠原一輝@ユービック・コンピューティング]


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