昨日の第1回では、Centrinoモバイルテクノロジの最も重要な要素であるCPUのPentium Mプロセッサについて説明した。2回目となる本日は、CPUに次いで重要な要素といえるチップセットについて説明していきたい。 Pentium M用のチップセットとして用意されているのは、単体型のIntel 855PMと、グラフィックス統合型のIntel 855GMの2製品となっている。多くの人はIntel 855PMの統合版が、Intel 855GMだと思っているのかもしれないが、実はこの2つのチップセット、まったく別のチップセットなのだ。
Centrinoモバイルテクノロジは、CPUのPentium M、チップセットのIntel 855ファミリー、無線LANのIntel PRO/Wireless 2100ファミリーの3つから構成されていることはこれまでも説明してきたとおりだが、そのうち、CPUに次いで重要な位置を占めているのはIntel 855チップセットだ。現時点では、Pentium Mに対応したサードパーティのチップセットは準備が整っておらず、事実上Intel 855しか選択肢がないからだ。 Intel 855チップセットには、単体型とグラフィックス統合型の2つのチップセットが用意されており、前者がIntel 855PM、後者がIntel 855GMとなる。それぞれのスペックに関しては以下の表の通りだ。なお、Intel 855GMに内蔵されているグラフィックスコアは、Intel Extreme Graphics2と呼ばれるPortraコアベースのもので、基本的にはIntel 830Mなどに内蔵されているものの発展系となっており、ハードウェアT&Lエンジンは内蔵せず、レンダリングエンジンは2パイプライン/1テクスチャユニット、エンジンクロックは200MHz、LVDSトランスミッタ内蔵というスペックになっている。 【各チップのスペック】
このスペック表を見る限り、Intel 855PMとIntel 855GMの差は、グラフィックスコアを内蔵しているのか、そうでないのかだけにしか見えないだろう。 だが、実際には、2つのチップセットはスペックではわからない大きな差がある。それが消費電力だ。Intel 855GMの熱設計時に利用されるピーク時の消費電力である熱設計消費電力(TDPtyp)が3.2Wで、バッテリ駆動時間に大きな影響を与える平均消費電力が1.7W程度であるのに対して、Intel 855PMのそれはTDPtypが2W台の前半、平均消費電力が1W以下と、消費電力の点で差があるのだ。 グラフィックスコアがないのだから当たり前だろう、という声もでてくると思うが、それが実は当たり前でもない。たとえば、モバイルPentium III-M用のIntel 830Mファミリーは、グラフィックスなし版のIntel 830MPと、グラフィックス内蔵版のIntel 830M/MGがあるが、TDPtypはともに3.8Wと公開されている。Intel 830Mのデータシートを見ても、グラフィックス有効時のTDPtypは3.8Wと公開されているのみで、グラフィックスコアを無効にした場合のデータは公開されていない。 OEMメーカー筋の情報によれば、この場合、もちろん若干下がるが、実はあまり差がないのだという。そうしたことを考えると、Intel 855GMとIntel 855PMの消費電力がこれだけ違うというのは十分驚くに値することなのだ。 それでは、なぜ同じ“Intel 855”という型番がついているのに、2つのチップセットはこんなにも消費電力が異なるのだろうか? そのヒントは、両チップセットの開発コードネームに隠されている。
その秘密を解き明かすには、両製品の開発コードネーム(Intel 855PM=Odem、Intel 855GM=Montara-GM)をインターネットの検索サイトなどで検索してみるとよい。Centrinoに関する記事に混じって、前者はイスラエルに関するWebサイトがリストアップされるだろうし、後者は米国の地名に関するWebサイトがヒットするだろう。 実は、Intel 855PMは、Pentium Mのデザインを行なったイスラエルの設計チームが同時に設計している(だからこそOdemというイスラエルの地名がコードネームになっている)。これに対して、Montara-GMは米国オレゴン州のヒルズボロにあるIA-32の設計チームが設計を行なっている。 もともと、Intel 855GMは、必ずしもPentium M専用というわけではない。というのも、モバイルPentium 4-M用のチップセットであるIntel 852GM(Montara-GML)と同じダイを利用しているからだ。後述することになるが、実はモバイルPentium 4-MのシステムバスとPentium Mのシステムバスの違いは、電圧と追加の省電力機能だけだ。従って、Pentium 4用のチップセットは容易にPentium M用として利用することが可能だ。 つまりIntel 855GMは、Intel 852GMでは省略されていた機能(AGP 4Xに対応し、レンダリングエンジンが2P1Tとなる。Intel 852は1P1T、グラフィックスエンジンクロックもIntel 852GMは133MHzと低い)が追加されたバージョンであり、そもそもPentium M専用というわけではないのだ。 これに対して、Intel 855PMの方は、回路設計の優秀さで知られるイスラエルの開発チームがスクラッチからPentium M用に設計したチップセットだ。イスラエルチームの優れた回路設計テクニック、たとえばPentium Mにも利用されている先進のクロックゲーティング(回路の使っていない部分のクロックを落として細かく省電力を行なう機能)なが採用されていると想像できる。 あるOEMメーカーのエンジニアも「Intel 855PMはすごい。Centrinoノートでバッテリ駆動時間が延びているのは、Pentium Mのおかげということもあるが、Intel 855PMの優秀さは群を抜いている」と、Intel 855PMを絶賛している。
Pentium Mのシステムバスは、電気信号にGTL+を利用するなど基本的にはモバイルPentium 4-Mのシステムバスと互換性がある。ただ、大きな違いとしてPentium Mのシステムバスは、電圧がモバイルPentium 4-Mの電圧(1.3V)に比べて1.05Vと低く抑えられている。また、省電力機能が追加されており、データがやりとりされていない時には、システムバスの電力を切るなどして、より低消費電力で動作するように設計されている。 であれば、たとえば「Intel 855PMやIntel 855GMをモバイルPentium 4-M用チップセットとして使えないの?」とか、逆に「Intel 852GMをPentium M用チップセットとして使えないの?」などという疑問がでてくるだろう。 おそらく可能だ。すでに述べたように、Intel 855GMとIntel 852GMは基本的に同じダイを利用しており、おそらくIntel 855GMはIntel 852GMの選別品だ。グラフィックスコアが高速で回るものがIntel 855GMに、そうでないものがIntel 852GMとして利用されている可能性が高い。 だとすると、たとえばIntel 852GMをPentium Mのチップセットとして使うのは、やってできないことはないはずだ。ただし、Intelはそういう組み合わせではバリデーション(動作検証)していないため、動作の保証はOEMメーカーが行なわなければならない。チップセットの価格を抑える以外にはあまりメリットはないということができるだろう。ただ、Intel 855GMとIntel 852GMは価格がかなり違うようなので、コストに敏感なメーカーは、そうしたチャレンジを行なってくる可能性があるかもしれない。
さて、すでに述べたように、TDPにおいても、平均消費電力においても、Intel 855PMとIntel 855GMは、Intel 830Mなどと比較して省電力になっている。たとえば、TDPで比較してみるとIntel 830Mが3.8Wであるのに対して、Intel 855GMは3.2W、Intel 855PMは2W台の前半となっている。平均消費電力でもIntel 830Mが2W以下であるのに対して、Intel 855GMは1.7W以下、Intel 855PMに至っては1W以下となっている。このように、明らかに従来製品に比べて省電力になっている秘密はどこにあるのだろうか? 1つには従来製品に比べて省電力を細かく行なっているということがある。クロックゲーティングは従来製品よりもさらに細かく行なわれているし、使っていないメモリセルへの信号線のクロックを落として消費電力を行なう「Dynamic CKE」機能などにより、平均消費電力を押さえている(Dynamic CKE自体はIntel 830Mでも採用されていた)。 だが、もっともキーになっているのは、ノースブリッジに供給されるコア電圧が1.2Vと低めに抑えられていることだ。従来製品のチップセットであるIntel 830MやIntel 845MPでは、電圧が1.8Vになっており、Intel 855ファミリーの1.2Vというのは実に40%も電圧が下がっていることになる。電圧下落は、二乗で消費電力に効いていくるので、おそらくこれがIntel 855ファミリーが低消費電力である大きな理由だろう。 これだけ大幅な電圧の下落があるということは、Intel 855ファミリーのチップセットに利用されているプロセスルールは、明らかにIntel 830MやIntel 845MPに比べて微細化されていると考えていいだろう。 Intelは、チップセットには1世代前ないしは2世代前のプロセスルールを使うと言っていたが、Intel 830MやIntel 845MPは、Intel 815EMのような0.18μmプロセスルールのCPUが現役だったころのチップセットと同じ電圧となっている。従って、おそらく0.25μmプロセスである可能性が高い。だとすれば、今回の1.2VというIntel 855ファミリーの電圧から類推するに、0.18μmあたりに微細化された、そういうことではないだろうか。 このように、チップセットに関しても詳細にチェックしていくと、今回のCentrinoモバイルテクノロジは、単にCPUだけでなくプラットフォームレベルで全体的に省電力を目指すというIntelの考え方が見えてくるといえるのではないだろうか。 □関連記事 (2003年3月11日) [Reported by 笠原一輝@ユービック・コンピューティング]
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