元麻布春男の週刊PCホットライン

深夜電力で充電できるように進化したピークシフト



●電力需要のピークを下げるピークシフト機能

第3世代のピークシフトに対応したThinkPad R40
 昨年2月、このコラムで日本IBMがノートPCに導入したピークシフトプログラムを取り上げたことを覚えているだろうか。簡単に説明すると、ノートPCが内蔵するバッテリを利用して、電力消費のピーク時間にAC電力を利用しないようにするものだ。わが国の電力需要は、夏場(7月~9月)の午後1時から4時の間に急峻なピークがある。ピークシフトは、この電力消費のピーク時間帯を内蔵バッテリで駆動することで、ピークの山を少しでも低くしようという試みにほかならない。

 なぜ電力消費のピークを低くするべきなのか。そんなことをしても、電力会社を助けるだけで、ほかに何のメリットもない、と考える人がいるかもしれない。が、それはちょっと違う。電力消費のピークを抑えることは、環境の保全に役立つのである。

 電力は、水力、原子力、火力など様々な発電方式を組み合わせて供給されている。このうち水力と原子力は、電力需要に応じて電力供給量を調節することが難しい。そこで電力会社は、電力消費が増えると火力発電所の稼働率を高めることで、増大した電力需要に対応する。つまり、普段は低目に押さえられている火力発電所が、ピーク時にはフル稼働となることで、必要な電力消費をまかなっているわけだ。火力発電所の稼働率が上がると、二酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物といった有害物質の排出量が増加する。ピークの山を小さくすることは、こうした有害物質の排出量を抑えることでもあるのだ。

 ピークシフトプログラムを導入したノートPCは、電力ピークの間はバッテリで駆動される。そして、バッテリ残量が10%になったところでAC駆動に切り替わると同時に、バッテリの充電が始まる。つまりバッテリの残量が10%を切ると、電力消費はPCの駆動分とバッテリの充電分の和となるため、非常に高くなってしまう。これが間違ってもピーク時間にこないように設定せねばならない。これが昨年2月にお伝えしたピークシフトプログラムの概要だった。

●第3世代に進化したピークシフト

 あれから1年。ピークシフトプログラムは着実に進化を積み重ね、この1月に発表されたThinkPad R40搭載のものでフェーズ3(第3世代)に入っているという。そこで、この1年の進歩をうかがうために、日本IBM大和事業所を訪れた。応対してくださったのは、IBMポータブル・システムズ エンジニアリング・ソフトウェア開発の羽鳥正彦氏と、PC製品企画モービル製品グループでプロダクトマネージャーを務める大久保宣江氏のお二方である。

羽鳥正彦氏 大久保宣江氏 デモンストレーション中の画面

 さて、上述のように最初のピークシフトプログラム(フェーズ1)には、バッテリ駆動が終わりしだいバッテリの充電が開始される、という問題があった。もしバッテリ駆動を早く始めてしまうと、電力消費のピーク時間帯に充電が始まってしまうため、ピーク時間帯の電力消費を余計に高くしてしまう可能性があった。この問題は開発側では認識されていたが、第1世代が純粋にソフトウェアだけで実現されていたこともあって、今後の課題ということになっていた。

第1世代 第2世代 第3世代

 そこで、2002年6月発表のThinkPad R31に第2世代のピークシフトプログラムが採用されることになった。第2世代の改良点は充電をシャットダウン後にずらしたこと。バッテリ残量が10%になると、バッテリ駆動をやめAC駆動に移行することは第1世代と同じだが、AC駆動の開始と同時に充電をスタートさせることがなくなった。つまりバッテリ駆動が終わってAC駆動に移行してもバッテリは10%の余地を残してほぼ空っぽのままで、システムがシャットダウンされて初めてバッテリの充電が始まるのである。要するに、仕事が終わるまで充電はおあずけ、というわけだ。これなら、いつからバッテリ駆動をスタートさせるかということに、ことさら神経質になる必要はない。

 もう1つ第2世代から取り入れられたのがリチウムイオンバッテリへの対応だ。ピークシフトプログラムの対象となっているThinkPad Rシリーズは、いわゆるバリュークラスのノートPC。第1世代のピークシフトプログラムの対応機種であるThinkPad R31が搭載していたのはニッケル水素バッテリだった。が、リチウムイオンバッテリの方が充電効率が高く(熱となって失われる電力の度合いが小さい)、ピークシフトの効果も高い。リチウムイオンバッテリへの対応は、待望されていたことの一つだ。

 こうしたステップを踏まえて登場した第3世代のピークシフトプログラムでは、全対応機種がリチウムイオンバッテリ搭載モデルとなった。そして、大幅に自由度が高いものとなっている。ピークシフト時間の設定と、充電開始時間を自由に設定することができるようになったのである。これにより、たとえば充電を深夜に行なうことも可能だ。直接的な経済メリットがなかろうと環境に配慮することは、個人であろうと会社であろうと、社会の一員として当然のことであり、義務である。だが、バッテリの充電を深夜に行なうことができれば、環境へのダメージを低減できるだけでなく、割安な深夜電力の利用で経費の節約にもなる(深夜電力による経費の削減は電力会社との契約内容によっても異なるが)。

●ハードとソフトの協同で実現されたピークシフト

 経費の節約、ということで一つ断っておきたいのは、ピークシフトに対応した歴代のThinkPad Rシリーズは、ピークシフトに対応したことによるコストの上昇はない、ということだ。ThinkPadシリーズは全世界で販売されるもので、ローカルなエリアでのみ有効な機能を加えることでコストを上げることは認められないのである。これは第3世代のThinkPad R40でも変わらない。

 かといって、ピークシフトがハードウェア的なアシストを全く受けていないということでもない。ノートPCには、充電まわりを管理するために、CPU以外にマイクロコントローラを搭載している。ピークシフト対応機は、このマイクロコントローラのプログラムが非対応機と異なる。たとえば、一般のノートPCでは、ACアダプタ接続時、バッテリがフル充電でなければ自動的に充電を行なうようにマイクロコントローラがプログラムされている。しかし、ピークシフト対応機では、非対応機と同じ自動充電モード以外に、ACアダプタが接続されていても充電を行なわないピークシフトモードが用意されていたりするわけだ。

ピークシフトコントロールプログラムの画面。第1世代より設定が増えている バージョン情報 プログラムはタスクトレイに常駐し、背景色の変化で状態を知らせる

 また、いつからバッテリ駆動を始め、いつから充電をスタートさせるか、といった時間設定を行なうには、マイクロコントローラがPCのリアルタイムクロックを参照できなければならない。Windows上で動作するピークシフトコントロールプログラムは、自動充電モードとピークシフトモードの切り替えを行なったり、リアルタイムクロックによるマイクロコントローラの制御を行なうプログラムと考えられる。したがって、プログラムはタスクトレイに常駐しているが、常時何かのステータスを監視している、というわけではない。また、充電制御そのものはマイクロコントローラによって行なわれているため、CPUのステータス等は一切問わない。ノートPCが起動していようと、スタンバイ状態だろうと、あるいは完全にシャットダウンされていても、ACアダプタが接続されている限り、決まった時間になれば充電がスタートする。

 以上のようなわずかなハードウェアの変更は、コストに対するインパクトはないものの、各世代間のソフトウェア互換性は失われることになる。たとえば第1世代のピークシフト対応機に、第3世代のピークシフトコントロールプログラムを組み合わせて(ソフトウェアアップグレードによって)、深夜電力充電対応にする、ということは残念ながらできない。

 ピークシフトの利用で気になってくるのは、バッテリの寿命だ。第3世代のピークシフトコントロールプログラムでは、年間3カ月間(電力需要の高い7月から9月)ピークシフトすることを前提にしている。月曜日から金曜日までの5日間、3カ月利用するとして年間約60日、PCの寿命を4年として240回程度、深い充放電を繰り返すことになる。

 これがバッテリにどのような影響を与えるのかが気になるところだが、IBMによればバッテリに悪影響を与えることはほとんどないという。逆に、深い充放電を繰り返すことによって、バッテリを活性化する効果が期待できるとのことである。

 むしろ、バッテリ寿命に対して影響が大きいのは温度変化だ。現在、ピークシフトコントロールプログラムは、企業向けに担当営業者が配布する形をとっているが、これはノートPCを大量一括導入されるサイトで利用した方がピークシフトプログラムの効果が現れやすいことに加え、企業のデスクトップ置き換え方のノートPCの場合、ACアダプタが常時接続されていること、一定温度で利用されること、の2点が保証しやすいことが理由となっている。ピークシフトの対象となるノートPCがThinkPad Rシリーズなのは、こうした企業での一括大量導入で最もポピュラーな機種であるからだ。

□日本IBMのホームページ
http://www.ibm.co.jp/
□ピークシフトのホームページ
http://www-6.ibm.com/jp/pc/environment/peakshift.html
□関連記事
【2002年2月5日】【元麻布】パソコン電源もオフピーク。IBMの新しい電源制御プロジェクト
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0205/hot185.htm
【1月29日】IBM、ウルトラナビを搭載したThinkPad R40
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0129/ibm.htm

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(2003年2月26日)

[Text by 元麻布春男]


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