元麻布春男の週刊PCホットライン

パソコン電源もオフピーク。IBMの新しい電源制御プロジェクト


●地味なクライアントノートに新しい試み

ピークシフトプログラムを導入した実験機

 2月5日、日本IBMは、同社のノートPCブランドであるThinkPadシリーズの新製品、5機種22モデルと、デスクトップPCのNetVistaシリーズ5機種29モデルをそれぞれ発表した。中でも注目されるのは、今年で10周年を迎えるThinkPadシリーズ。今回新たにThinkPad R31シリーズが追加された。

 ThinkPad R31そのものは、ごく一般的な2スピンドルデザインのA4サイズノート。同じA4サイズでもハイエンドのAシリーズ、スリムタイプのTシリーズに対し、企業等での標準的なクライアント利用を意識したバリューラインのノートPCであり、ハードウェアスペックでマニアをひきつけるモデルではない。が、このR31の2モデルに、今回ちょっと変わったオプションが用意されている。それは「ピークシフト・コントロール・プログラム」と呼ばれるもの。その名前の通り、電力消費量のピークをずらすためのユーティリティプログラムのことだ。このユーティリティプログラムにより、電力消費のピークシフトに寄与しようというものである。


●夏の昼間が電力のピーク

 ご存知のように、わが国の電力消費量には明確なピークがある。それは真夏の7~9月の3カ月間、時間帯にして13~16時の3時間だ。このピーク期間、冷房の稼働率は最高潮に達する。甲子園で開催中の高校野球のTV観戦とあいまって、電力消費量の記録が塗り替えられたことがニュースになるのはこの頃だ(図1)。

 電力消費に大きなピークがあることには2つの大きな問題がある。1つは電力コストが上がること、もう1つは環境に対する影響だ。電力会社は、供給責任として、ピーク時にも停電することがないよう、発電設備を整えておかねばならない。しかし、電力消費に大きなピークがあるということは、非ピーク時には発電設備の多くが余剰な設備になってしまっている、ということでもある。実際、わが国の電力消費は、最大電力(ピーク)が増えつづけている一方で、年負荷率(発電設備の年間を通じた使用率)は低下する傾向にある。これは、ピークと非ピーク時の格差が広がっていることを意味する。この数年、消費電力の低い省エネタイプの電気製品の普及等により、年負荷率が下がっても、ピーク時の電力消費が減らなければ、電力会社はなお設備投資を続けなければならない。1年にして3ヶ月、1日のうちの3時間の需要を満たすために、余計な設備投資が要求され、これが発電コストを引き上げ、ひいては電気料金に跳ね返る。

 このように変動する電力消費をまかなうために、電力会社は様々な発電方式を組み合わせて電力の供給を行っている。そのうち、水力や原子力といった発電方式は、二酸化炭素、窒素酸化物、硫黄酸化物といった有害物質の排出という点で、環境に与える影響が少ない反面、需要に応じて発電量を調整することが難しい。ピーク時に急増する電力需要を満たすために主に用いられるのは、火力発電所等の稼働率を引き上げる方法だ。つまり、ピーク時の電力消費が大きいと、それだけ有害物質の排出という点で環境に与える影響が大きいことになる(図2)。

図1
月別に見た電気の使われ方、および夏季の一日の電気の使われ方
図2
ピーク時の発電方式別の供給量のグラフ


●ピーク時はバッテリ駆動し、電力消費を平準化

ピークシフト・コントロール・プログラムのコントロールパネル

 こうした問題を解決する方法は、ピークを均して、電力消費を平準化することだ。もちろん、これは産業界全体、あるいは消費者も含めて国全体で取り組まなければならない問題だが、PCもその手助けができるのではないか、というのがピークシフト・コントロール・プログラムの狙いである。このプロジェクトは日本IBMに加え、関西電力、東京電力、三洋電機ソフトウェアエナジーカンパニー、松下電池工業の4社が協力する形で現在推進されている。

 動作の基本的な仕組みは比較的単純だ。13~16時にくる電力消費のピーク時は、内蔵するバッテリでノートPCを駆動し、ピーク時が終わってから(16時以降に)充電しよう、ということである。使い方もシンプルで、ピークシフトさせる期間と、設定時間をセットするだけ。解除可能になっているのは、持ち運びを考慮してのものだ(持ち運んでバッテリ駆動をしようとした時に、バッテリが放電されていると都合が悪い)。対象OSは、Windows 98(Meも動作可)、Windows 2000、Windows XPの3つである。



●まずは移動の少ないデスクトップ代換機に導入

 現在、ピークシフト・コントロール・プログラムが提供されることになっているのは、発表されたThinkPad R31シリーズ12モデル中、大企業向けの2モデル。プログラムはプリインストールではなく、別途担当営業経由で引き渡す形となる(無償)。デスクトップPCの代用として、このクラスのノートPCを一括大量導入する企業ユーザーが想定されている。

 現時点でターゲットがこのように絞られている理由は、初めての試みであり、確実に動作と効果を保証できるユーザーに限定して展開したい、ということのようだ。基本的には空調の効いたオフィスで、継続的に使われるノートPCが前提であり、外に持ち出されるノートPCは今回のプログラムの対象からは除外されている。これは、バッテリの使用環境の変化(温度変化等)と定期的な充放電が組み合わされた場合の、バッテリ性能や寿命について、まだデータが少ないことからきている。

 また、上記の2モデルはいずれもCeleronにニッケル水素バッテリを組み合わせたものだが、これはこれらのモデルにバッテリのディスチャージ機能など、リチウムイオンバッテリ搭載モデルにはないハードウェア機能があることが理由である。現行のピークシフト・コントロール・プログラムは、このようにThinkPadの一部モデルのみが備えるハードウェア機能や、それを利用した専用のバッテリ管理プログラムが提供するAPIを利用しており、すべてのThinkPadで利用できるわけではない(ACPIやSpeedStepといった、他の省電力機構とは、完全に独立している)。が、少なくとも上記2モデルについていえば、ピークシフト・コントロール・プログラムのために、余分なコストが生じることはないし、失うものもないことになる(これがデスクトップPCなら、バッテリを加えるための余分なコストが必要になるし、リチウムイオンバッテリ搭載のノートPCでもマイナーな改修が必要になる)。むしろ、オフィスでクライアントとして使われるノートPCでは、ほとんど活用されることのない内蔵バッテリの有効利用法と見ることさえ可能だ。


●増加するノートPCの有効な活用法

ピークシフト・コントロール・プログラムの開発に携わった日本IBM ポータブル・システムズ 第一エンジニアリング・ソフトウェアの羽鳥正彦氏

 さて、現在のピークシフト・コントロール・プログラムができることは、定期的に1~3時間の間バッテリ駆動をし、それが終り次第(実際にはバッテリ残量が10%になったところで)、充電のサイクルに入る、という動作だ。この充電動作が4時以降になるよう、ピークシフト動作に入るタイミングを決める必要がある。たとえば、想定する利用形態でバッテリ駆動時間が1時間30分の場合、14時30分からピークシフト動作に入る設定にしておかねばならない(うっかり13時からピークシフトに入らせてしまうと、電力消費のピーク時間帯に充電動作が始まり、かえってピーク時の電力消費量を押し上げてしまう)。つまり、シフトできる時間は、バッテリ駆動時間分しかない。

 今後の改良点としてすでに考えられているのは、このシフト時間をもっと延ばすことだ。たとえば、バッテリの充電動作を夜間電力の時間帯まで延ばすことができれば、電力消費量の平準化に対する効果はさらに高くなる。

 と同時に、電力会社との契約によっては、深夜電力料金により、経費の節約にもつながる。日本IBMが試算したところによると、東京電力管内で、昼間電力と夜間電力の料金差を3:1と仮定すると、1,200台のノートPCをタイムシフトで深夜充電に切り替えた場合、年間で約20万円のコスト削減になるという。また、夜間電力の利用は環境にもやさしく、現在のニッケル水素バッテリで二酸化炭素の排出量が4%減、窒素酸化物排出量が17%減、硫黄酸化物排出量は20%減になるという試算も出ている。さらにエネルギー効率の高いリチウムイオンバッテリに対応すれば、一層のコスト削減と、有害物質排出量の削減が可能だ。

 わが国全体のエネルギー消費から見ると、ノートPCの充電時間をタイムシフトさせたところで、という見方もあるかもしれない。しかし、電子情報技術産業協会(JEITA)が5日発表したところによると、2001年の国内パソコン出荷は、台数ベースで2.3%減となる一方で、ノートPCが占める割合が過去最高の54%に達している。ノートPCが消費する電力といえども、ばかにできなくなってきている。

□日本IBMのホームページ
http://www.ibm.com/jp/
□ニュースリリース
http://www-6.ibm.com/jp/NewsDB.nsf/2002/02051
□関連記事
【2月5日】ThinkPad R31用にピークシフトコントロールプログラムを実用化
~電力需要の平準化で環境対策に寄与
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0205/ibm4.htm

バックナンバー

(2002年2月5日)

[Text by 元麻布春男]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp

Copyright (c) 2002 impress corporation All rights reserved.