毎回、IDFでは様々なプログラムやプロジェクトが公開される。今回のIDFで公開されたプログラムの1つに「Granite Peak」と呼ばれるものがある。名前だけ見ると、現在E7205という型番で販売されているPentium 4対応チップセットの開発コード名(Granite Bay)に似ているが、このGranite Peakはそうした製品とは全く関係がない。企業ユーザー向けに安定したプラットフォームを提供しようという、一種の運動である。 ●企業のPC管理を容易にするGranite Peak
企業のIT担当者を悩ますものの1つが、大量に導入されたPCの管理だ。それもすべて統一された機種であれば良いが、様々な機種が混じりあうと、頭痛のタネも増える。機種を統一しても、同じ機種やモデルでありながら、BIOSやチップセットのリビジョンといった細かな部分での違いや、初期に導入されているドライバのバージョン違い等で、個別に対応することを要求されたりもする。せっかく同じPCを全社的に導入しても、これでは苦労がちっとも減らない。 Granite Peakは、連続した6四半期(18カ月)の間、完全に同一のドライバイメージ(各種のドライバを1つのパッケージにまとめたもの)とチップセットを供給し続ける、というIntelのコミットメントだ。特にチップセットの変更に起因するドライバの変更が生じないことが保証される。これにより、プラットフォームの安定化を図り、企業に導入されるPCの機種を減らすことが可能となる。それも単にモデルナンバーが同じというだけでなく、システムの詳細にわたって同一性が保証されたPCで揃えられる。 ただし、このGranite PeakはすべてのIntel製品に対して適用されるものではない。Granite Peakが適用されるのは、Intelが「Stable Platform」と呼ぶ一定の組み合わせに限定される。Stable Platformという言葉そのものは、実はかなり前から存在し、企業向けにPCを供給するOEMや大口のユーザー企業には使われてきたもの。今回のGranite Peakは、Stable Platformを単なる約束ではなく、Intelが正式に保証するものにしよう、ということのようだ。 Granite Peakが適用される最初のプラットフォームは、デスクトップがSpringdaleチップセットを用いたもの、モバイルがCentrinoモバイルテクノロジプラットフォームだ。これらのプラットフォームが選ばれた理由は、フィーチャーセットが企業向けクライアントPC向きである、ということのようだ。また、Springdaleや855GMチップセットの場合、グラフィックスコアを内蔵しており、内蔵グラフィックスを利用することでディスプレイドライバもIntel製となり、よりプラットフォーム安定効果が高まる、ということもあるかもしれない。もちろん、Stable Platformに選ばれると18カ月間ドライバを変更できない以上、他のプラットフォームよりさらに念入りに事前テストされている、という安心感も期待できるだろう。
逆に、18カ月間にわたり同一チップセットの供給とドライバパッケージに変更を加えないことが保証されるからといって、この間、アップデートがないわけではない。新しいチップセットがリリースされることはあるだろうし、ドライバのバージョンアップもあるだろう。Granite Peakは、新しいチップセットがリリースされるようなことがあっても、Stable Platform対応チップセットの供給を18カ月の間に打ち切ることはない、というコミットメントであり、新しいドライバが出ても、古いドライバパッケージには手を加えない、というコミットメントなのである。 ●Intelがサードパーティを殺す? というわけでGranite Peakは、個人ユーザーにはあまりアピールしないかもしれないが、大企業のIT部門には喜ばれそうなプログラムだ。が、いくつか疑問がないわけではない。まず1つは、なぜIntelが行なうのか、ということだ。Intelはマザーボードやシャシーまで扱ってはいるが、ユーザー企業に直接PCを販売するわけではない。本来、ユーザー企業に対してプラットフォームの安定供給を保証するのは、PCベンダの役割であって、Intelの役割ではないハズ。余計なお世話ではないか。 IntelがGranite Peakを行なう理由は、結局チップセットの変更に伴うドライバ等の変更を抑止できるのは、チップセットの供給元であるIntel以外にない、ということのようだ。昔、PC業界が利幅も大きく優雅だった頃なら、PCベンダが自社の基準で審査しパスしたチップセットを、将来必要とされるであろう量まで見越して購入しておく、ということが可能だった。が、市場拡大による競争激化と利幅の縮小は、そうした行為を不可能にしてしまった。今は、いかに在庫を持たないかが、PCベンダ生き残りの条件となっている(そのチャンピオンがDellだ)。ならばIntelが行なうしかない、ということなのだろう。 もう1つ疑問に感じるのは、Intelのマーケティングがだんだんクローズドな方向に向かっているのではないか、ということだ。Granite Peakの恩恵を受けるには、CPUだけでなくチップセットもIntel製でなくてはならない。同様にCentrinoプラットフォームにしても、ロゴをつけるにはIntel製のCPU、Intel製のチップセット、Intel製の無線LANチップを揃える必要がある。 Intelは、Centrinoに含まれるCPU(Pentium M)だけが欲しいユーザーには喜んでCPUだけ売るという。CPUとチップセットが欲しいユーザーには、喜んでCPUとチップセットを売るという。しかし、すべてを揃えない限り、ノートPCにCentrinoのロゴをつけることはできない。ことがロゴの問題だけならたいしたことはないが、Intel Insideプログラムのように、TV広告等のキャンペーンが絡んでくると、笑って済ますことはできなくなるだろう。 Intelは、Centrinoプラットフォームは、単なるCPUだけでなく、プラットフォームとしてベストなユーザー体験ができるよう、最高のトータル性能を与えられるものとして入念に準備したものであるという。それはそうかもしれないが、この世界の進歩は速い。ひょっとするとIntelがプラットフォームを立ち上げた時点では最高性能のものであっても、1週間後にそれを上回る性能や機能を持ったサードパーティ製の製品が登場するかもしれない。PCベンダが無線LANチップだけサードパーティ製にしたいと思っても、Centrinoのロゴやキャンペーンまで考えると二の足を踏む、という状況は現れないだろうか。特に通信系は、国ごとに規則が異なるため、不安の大きい部分だ。 ●利便性と多様性の間で 日常の業務やテストにIntel純正のマザーボードを使っている筆者は、Intel製のCPUに純正のチップセットという組み合わせ愛用している(AMD製品をあまり使わない最大の理由は、AMD純正のマザーボードがないことだったりする)。が、それも数多くあるオプションの中から選択した結果であって、Intel純正しかなくなってしまうのは困る。 Granite PeakやCentrinoにより、サードパーティ製品が結果として排除されることになれば、市場の構成は多様性を失い、よりモノリシック(単一的)になるだろう。モノリシックな組織や社会は、突発的な事態にうまく対応できないことが多い。確かにIntelは優秀な会社で、優れたエンジニアを多く抱えているかもしれないが、決して万能ではないハズだ。Intelが気づかない切り口や視点によるアイデアがサードパーティから出てくることだってある。はたして、TransmetaがなかったとしてもCentrinoは登場しただろうか。IT業界のエコシステム(最近、Intelがよく使う言葉だ)の多様性を保つには、サードパーティの存在が欠かせない。 CentrinoやGranite Peakのように、すべてをパッケージ化する方向は、性能や機能の保証という点では都合がいいし、それはユーザーにも利益がないわけではない。が、あまりこの方向性が強くならないよう願いたいものだ。 □IDF Spring 2003のホームページ(英文)http://www.intel.com/idf/us/spr2003/index.htm (2003年2月22日)
[Text by 元麻布春男]
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