大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

なぜ、NECパソコンのデザインが変わったのか?



LaVie L

 NECの冬モデルパソコンのデザインが一新されたのは、同社パソコン事業戦略が大きく変わったことを表現する上で、最も象徴的な出来事だといえる。そして、この一連の新製品のデザインの軸となっているのは、「LaVie L」の最上位モデルの「LL750/4DW」に代表されるシルバースリムタイプである。LaVieシリーズのデザインを手がけたNECデザインのチーフザデイナー勝沼潤氏に、冬モデルのデザインコンセプト、新デザインに対する想い、そしてNEC社内の変化について語ってもらった。


●なぜ、NECのデザインは評価が低かったのか

 実は、今年6月の段階で一度、勝沼チーフデザイナーに会う機会があり、NECパソコンのデザインについての考え方や、将来のデザインの方向性などについて話を聞いた。その際、失礼ながら「NECのデザインは他社に比べると評価が低い。それはなぜか」という質問をした。

 これに対して、勝沼チーフデザイナーは2つの回答をした。ひとつは、「万人受けするデザインを指向していた嫌いがあったこと」だ。

 勝沼チーフデザイナーによると、デザイナーの間ではいくつかの挑戦的なデザインも用意するのだが、そのデザインが最後まで残ることは残念ながら皆無だったという。これには、NECの社内的な体質が大きく作用していたと判断せざるを得ない。

 過去の成功体験、そしてトップシェアメーカーとして、全方位的な製品を投入するというスタンスが求められていただけに、デザインも自然と万人受けする保守的なものになっていたことは否めない。

 前回の本コラムで、NECの冬モデルに対する姿勢などについて触れたが、そのなかで掲載したNECソリューションズ片山徹執行役員常務の「かつては、若手の意見が通りにくい環境があった」とするコメントは、実はこのデザインを巡る出来事を指している。いくら、若手がいいデザインを出してきても、最終的には万人受けするデザインの方が選択されてしまうという土壌があった。これでは残念ながら、ソニーやアップルのようなデザインは生まれない。

 アップルコンピュータは「iMacのデザインを生むために、長い年月と多くの投資をしてきている。これだけデザインに時間とコストをかけられるのはアップル以外にはない」と胸を張る。ここで重要なのは、長い年月と投資額の大きさではない。それだけの投資を行なえる土壌と、パソコンにはデザインが極めて重要な要素であるという認識が社内の文化として定着している点だ。NECもPC-9800シリーズを投入してから20年を経過して、ようやくその方向へと舵を切り始めたといえる。

 「デザイナーもこれまでは枠にはまりすぎていた嫌いがある。だが、今回の冬モデルからその枠を越えたデザインができるようになった」と勝沼チーフデザイナーは話す。


●デザイナーが腕を生かせるカテゴリー展開

勝沼チーフデザイナーがデザインした次世代パソコンPRISM。直接、製品化することを目的にしたものではないが、ロール型ディスプレイなどの次世代技術を想定している

 そして、もうひとつの回答は、質問に対する別の角度からのメッセージだった。

 「今年秋に発表する製品は、きっとこれまでのNECとは違ったデザインをお見せできるはずですよ」

 やはり、同じ時期の単独インタビューで片山執行役員常務は「夏モデルでは魅力的な製品を出すという点では結果が出せていない。だが、秋に発売するパソコンではNECがリスクテイクをした市場創造型の製品を出す」と言及していた。それが今回の一連の製品である。

 片山執行役員常務、そして勝沼チーフデザイナーのコメントから、NECが新たな製品コンセプトと、新たなデザインを採用した製品を投入するであろうことは薄々感じられた。

 それが今回の冬モデルである。冬モデルで見せたNECの製品コンセプトは、利用シーンを想定したカテゴリー別の製品定義にある。ファミリーはその最たるものであるし、“プチノート”のコンセプトで製品企画された「LaVie N」も、年齢層や利用層をかなり絞り込んだものともいえる。こうしたカテゴリー別の製品展開は、デザイナーにとって自由にデザインできる幅が広がる。

 「これまでのLaVieにも、LやC、Mといった、いくつかのモデルがあったが、それぞれの製品のユーザーターゲットはかなり近い形で重なりあっていた。そのため、デザインに利用シーンが反映しにくく、結果として、万人受けするものしか採用されなかった。だが、今回のように製品ごとにターゲットが明確になったことで、製品個別の利用層や利用シーンが明らかになってきた。つまり、デザイナーが力を発揮しやすい環境が整ってきたともいえる。デザインで表現できる可能性が3倍にも4倍にも広がった」

 極論すれば、今回のカテゴリー別製品定義は、保守的となりがちな万人受けするデザインを捨てられる製品展開ともいえるわけだ。


●3度目の挑戦で採用されたLaVieのデザイン

VALUESTAR L

 冬モデルのデザインの基本的なコンセプトは、LaVie Lの「シルバースリムタイプモデル」にある。これを基本として他のノートパソコンがデザインされている。そして、別のデザイナーが手がけたデスクトップパソコン「VALUESTAR」も、LaVie Lを一部参考にしたデザインが取り入れられている。

 このLaVie Lシルバースリムタイプの基本デザインは、勝沼チーフデザイナーがかねてから暖めてきたものだ。いや、暖めてきたというよりも3度目の挑戦だった、といった方が適切かもしれない。

 勝沼チーフデザイナーは、過去2回に渡って同様のデザインをNECのパソコン事業部門に提示している。しかし、残念ながら過去2回は採用されることはなかった。先にも触れたように、これを受け入れる土壌がNECの社内になかったのが原因だったといえる。

 そして、勝沼チーフデザイナーも「以前のデザインは、現行デザインに比べると力不足だった。デザインが完成されていなかった点があった」と自己反省する。

 だが今回は、社内の意識改革とデザイン完成度の高まりというタイミングが一致した。勝沼チーフデザイナーも「今度はもしかしたらいけるかも」との思いはあったという。

 シルバースリムタイプで掲げたのは、都会の洗練された生活空間での利用シーンだ。同時に上位モデルならではのエレガントさも追求し、さながらヤングエグゼクティブや、都内に住む独身個人ユーザーが利用するといったシーンを想定したデザインだといえる。また、カジュアルなイメージを持たせた下位モデルのホワイトスタンダードタイプでは、半透明の青いカラーをパームレスト部分に採用し、学生の生活シーンにもあった色彩を採用した。

 そして、ファミリー向けモデルではアットホームなイメージを持たせたオレンジを採用した。家族が集うリビングに置いた場合、暖色系の皮のソファ、ウッディな家具、フローリングなどの空間とも調和する色として選ばれた。この点ではデザイン部門と事業部門側とでは意見の大きな違いはなかったという。

LaVie L(LL550/4D) VALUESTAR F LaVie F

 色の違いがわかりやすいデザインの差だが、モデルごとにキーボードのトップの文字を変えたり、液晶サイズにあわせて微妙にデザインを変えているというこだわりもある。

 「個々の商品を見てもらうのではなく、ラインアップすべてを見て評価をしてほしい」と勝沼チーフデザイナーが話すのも、単なる色違いモデルを並べたわけではないからだ。細かいデザインの差は店頭で比べてみつけてもらうといいだろう。そのこだわりの発見が楽しいはずだ。


●変化の象徴的存在はLaVie Nのスタンド

LaVie N

 注目される製品のひとつにLaVie Nがある。陶器の器にミルクを注いだような雰囲気--これがLaVie Nのカラーイメージ。そして、“ニュートラル&ナチュラル”の2つの「N」がデザインコンセプトだ。

 この製品は、NECカスタマックスの女性スタッフの「プチノートを作ってほしい」という、勝沼チーフデザイナーへの依頼から始まった。ここでいうプチノートとは、単なる小さいという意味に留まらず、生活空間の中でパソコンということを意識せずに、インテリアなどにも自然に溶け込むような使い方ができるパソコンを指す。

 勝沼チーフデザイナーも当初はプチノートの表現がピンとこなかった。だが、話を聞くうちに、「プチノート」という言葉の意味以上に、大きなコンセプトを持った製品企画であることを理解した。

 そして、もうひとつ重要なポイントがある。

 「女性のためのパソコンではない。女性にも買ってもらえるパソコンを作ろう」

 一般的に、女性の方がインテリアなどにも気を遣う。その女性が受け入れてくれるようなパソコンを作れば男性にも売れるはず。「フランフランや無印良品などの製品を買っている人たちが、どんな空間で生活をしているのか。そして、彼らがほしいパソコンとはどんなデザインなのかを追求した」というのがLaVie Nだ。

 背面にもホワイトのカバーを付け、表裏どちらから見ても洗練されたデザインを実現した。また、LaVie Nを使わない時には、それをお洒落に立てかけるためのワイヤーのスタンドを標準添付品として用意した点もこれまでにない取り組みだ。

 「従来のNECならばこのスタンドに必ず電気的な仕掛けを用意するはず。充電ができたり、データの転送を可能にしたり、といったように。だが、あくまでも雑貨的な雰囲気にこだわりたかった。パソコンを置かないときには、雑誌や新聞を挟むといった使い方をしてもいいかなぁと」

 単なるスタンドであれば、それはコスト増につながる。この点で考えても従来のNECであれば、企画そのものが却下されたか、あるいは勝沼チーフデザイナーが指摘するように電気的な仕掛けをもったものにと変更されていただろう。だが今回は、パソコンの装置メーカーとしては、なんら差別化が図れないはずのワイヤーのスタンドを付属した。利用シーンを重視したからだ。

 そうした意味でも、LaVie Nのスタンドを採用した部分に、NECの変化が象徴されているといっても言い過ぎではないだろう。


●初のテザイナー主導のロゴ変更も

 もうひとつ見逃せないのが、LaVieのロゴを変更したことだ。

 勝沼チーフデザイナーはこう話す。「このラウンドフォルムのデザインが完成した時、従来のLaVieのロゴがどうも似合わない。どうしても、従来の固いイメージが残ってしまう。そこで新たなロゴを考えた」

 だが、デザイナーからロゴの変更が提案されたのは、同社のパソコン事業始まって以来のことだ。これまでは、本社主導で、しかも極めて少ない回数のロゴ変更しかない。このロゴ変更は、当然のことながら社内では大議論となった。だが、勝沼チーフデザイナーをはじめとするNECデザイン側はロゴ変更にこだわった。

 「自動車でも、バイクでも、新たなデザインが登場する際や、コンセプトを変更する際には、製品ロゴを変更することもある。パソコンでも同様のことをやってもいいのではないか」

 最終的には、NECデザイン側の提案が受け入れられることになった。LaVieの新しいロゴは、デザイナーが提案した初のロゴ変更という異例の出来事のなかで生まれたのだ。


●自己評価はわずか50点

 勝沼チーフデザイナーに冬モデルの自己採点をしてもらった。

 「いや、そんな質問は考えてなかったなぁ」と言った後、しばらくの沈黙。そして、その口からは「50点かなぁ」とかなり厳しい点数が帰ってきた。

 「今回のデザインを実現するために、多くの人が大変な努力をしてくれた。表面部分にネジをなくしたり、薄い半透明のパームレスト部を作ってくれたり、苦労を挙げればきりがない。それには大変感謝をしている。だが、まだまだ実現したいことがある。私の知識が足りない部分もあるし、もっと違う発想のデザインも必要だろう。そうした点を含めると、まだ50点程度」と、その理由を話す。

 来年前半にも発売される春モデルでも、いくつかの新たなデザインを考えているという。特に今回、新デザインの採用が見送られたLaVie MやJで新たなデザインが採用されるのは明らかだといえそうだ。

 「今後は、デザイナー側から提案していくということもやっていきたい」と、勝沼チーフデザイナーは今後の抱負を語る。これまでは、事業部門側からの依頼に沿ってデザインしたものばかりだったが、今後はデザイナーの提案によって商品企画が行なわれることがあるかもしれない。

 だが、筆者が気にしているのは、仮に今回のNECの冬モデルの売れ行きが芳しくなかった場合、まずデザインの善し悪しが指摘される可能性があることだ。その責任を追求され、また万人受けのデザインを優先するようになると、このNECの変化とそれにかけた努力は意味がなくなる。

 仮説とはいえ売れなかった場合の話で恐縮だが、この1年をかけて折角変わった“デザインを重視する”、あるいは“利用シーンにあわせたデザイン提案を行なう”というNECの新たなスタンスを、どんなことがあろうとも継続してほしいと思う。

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(2002年10月24日)

[Text by 大河原克行]


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