第144回:Pocket PCのコモディタイズを加速するマイクロソフト |
バイオU |
昨日、初めてソニーの発表会に出席してきた。ソニーの新製品に関しては、多くの媒体で詳しく報道されているから、ここで改めて紹介するまでもないだろう。このコラムを読んでいる読者の中には、かつてIBMが開発したウルトラマンPC「ParmTop PC 110」を思わせる「バイオU」に強い興味を引かれている人が多いと思うが、製品ライン全体の中で、隙間なくさまざまな分野のモデルを用意するソニーの勢いを強く感じた。
バイオUはWindows XPが動作するもっとも小さいPCを目指しているとのことだが、一方で新製品として登場したバイオノートGRやバイオノートVXといった商品も投入している。バイオノートGRは巨大な16.1インチのUXGA(1,600×1,200ドット)液晶パネルを搭載した、デスクトップPCと競合する製品。他社からもユーザーインターフェイスの面でデスクトップPCに対抗しうるノートPCがリリースされており、今後、小さいノートPCではなく大きいノートPCも注目すべき分野になってくるだろう。
バイオノートVX |
個人的に「こんな隙間にまで」と感心したのは、バイオノートVX。ソニーの商品企画担当者によると、「2kgの1スピンドルなんてイヤだ」あるいは「これだけサイズが大きいのであれば2スピンドルにすべき」といった意見が反応としてあったそうだ。しかし、14.1インチ液晶パネルで2kgというのは、剛性面などを考えると妥当なラインだろう。また2スピンドルにしてしまっては、この機種のユニークさがなくなってしまう。
バイオノートVXは、大きなスクリーン、フルサイズでロングストロークのキーボードといった操作性の面で快適性を持たせつつ、その上でバッテリと軽さ、薄さを目指したコンフォータブルなモバイル機器として、現在、他のベンダーには存在しない製品だ。昔で言えば、ThinkPad 560がもっとも近いコンセプトだろう。ただ、せっかく大きな液晶パネルを搭載しているのに、解像度がXGA(1,024×768ドット)しか選べないのは残念。これでSXGA+(1,400×1,050ドット)なら強く推薦できる製品になったと思うのだが。
●PDA市場は右肩上がり?
CLIE PEG-NR70 |
さて、そんなソニーが新しいバイオと共に発表したのが、折りたたみ式のカメラ付き新型CLIE「PEG-NR70」シリーズだった。その詳細はすでに報道されている通り。製品を手にしてみると、本当によく工夫された製品になっているのがわかる。サイズの大きな高精細のディスプレイに目が行きがちだが、工夫された入力手段も魅力だし、多少薄すぎて不安な気はするものの、全体の作りの良さを強く感じる。
なにより、他のPalm OSライセンシーがやらないことをやってくる点には好感が持てるが、やっぱり気になるのは、今後登場することが明らかになっているARM対応の新OSだろう。自分の財布からお金を出すことを考えると、すぐ目の前にプラットフォームが大きく変わる時が迫っているこの時期に新製品に手を出す気にはなかなかなれないという人が多いのではないか。今、この機械に投資しても、数カ月後にプロセッサが大きく進化してパラダイムが変わるとしたら……。そのときになって買おうと思う人は少なくないはずだ。
AV/ITを標榜し、さらにネットワークを家庭でのエンターテインメントに活用しようとしているソニーは、このCLIEの中にもカメラやオーディオ機能を実装し、コンシューマが唸るようなハードウェアとしての魅力を持つ製品を作ってきた。それはわかるのだが、今のPalm OS搭載機は過渡期にある。マルチメディアとブロードバンドネットワークの時代には、いかに2倍速になったとはいえDragonball Super VZのパワーではできることが限られてくる。自らの投資の保護という視点で見たとき、果たしてこの機種の購入者はその投資がどこまで保護されるのだろう? と考えてみたりする。いや、本当にハードウェアとしての出来は良いのだが。
コンシューマ向けのソニーに合わせたわけではないだろうが、マイクロソフトは12日、ビジネス市場でのPocket PCの展開に話題をフォーカスした「Pocket PC 2002 Business Review」を開催した。この中でマイクロソフトモビリティマーケティンググループの倉石英典氏は「PDA市場は常に右肩上がりの成長を続け、これからも伸び続ける」とのデータをIDCの資料から引用してアピールした。
しかし、我々の感覚からしてみると、PDAはまだまだ市場で市民権を得ていないように見える。石倉氏の示したグラフをよく見てみると、昨年の実績でPDAのユニット数はわずかに100万台。しかも、これはPocketPCの実績ではなく、1万円で購入できる低価格製品を含めたPDA全体の話なのだ。ワールドワイドでの出荷数を見ても1,265万台ほど。また、他の電子デバイスと比較すると、日本での売り上げがかなり小さいこともわかる。
そういえばソニーも、新型CLIE発表時には「Palmプラットフォームの製品は、ワールドワイドで見ると大きいが、日本での売り上げはまだまだ小さい」という話をしていた。モバイルコンピューティングに興味を持つ人にとってはPDAはポピュラーな存在だが、実際にはPDA市場はまだまだ立ち上がってもいない市場なのである。
●コモディタイズへの道を全速力で走らせるマイクロソフト
小さい市場ながらも、Pocket PCが強い関心を集めていられるのは、Pocket PCがPCとの高い親和性を持ち、高性能のプロセッサを搭載していることだ。現在の標準的なPocket PCのプロセッサはStrongARMの206MHz。これだけのパワーがあれば、さまざまなアプリケーションを実用的に走らせることができる。コンシューマ向けもビジネス用もだ。そして、その先に見える企業向け市場こそ、Pocket PCに参入するベンダーが見ているところだ。
しかし、Pocket PCが生み出すハードウェアとしての市場は、それほどハードウェアベンダーにとって魅力的なものではない。たとえ市場が右肩上がりで伸びていったとしても、そこには厳しい価格ばかりの競争が待っているからだ。
米Microsoft モビリティグループ・ワールドワイドマーケティングディレクターのビンセント・モンディロ氏は、Pocket PCに関する取り組みとして「ハードウェアベンダーの参入障壁の撤去」を真っ先に挙げた。
これまでもマイクロソフトはWindows CEをベースにしたさまざまなフォームファクタを作り、それらフォームファクタの基礎となるデザイン標準化することでハードウェアベンダーの参入障壁を引き下げる努力をしてきた。今後はさらに多彩なフォームファクタを提供することで、さまざまな分野の製品への参入を容易にするという。
これに呼応するように、インテルやTIなどから具体的なハードウェアのリファレンスデザインが提供されるようになってきた。これらを使えば、さらに開発に必要となるコストを引き下げ、より広範なハードウェアベンダーが参入可能になる。
またアイディアや電子デバイスとは別に得意分野を持つベンダーや、デザインと製造に関わる部分をすべてアウトソースしたいハードウェアベンダーに対するソリューションとして、ODM(元となるアイディアや仕様を元に、ハードウェアの設計から製造までを他社に依存する手法)が活発に行われる環境作りを進めていくのだとか。
言い換えれば、PCハードウェアと同じような市場パラダイムを、PDAや携帯電話などの分野にも持ち込もうというわけだ。これはプラットフォームを提供しているベンダーにとっては理想的なことである。マイクロソフトにしてみれば、Pocket PCが売れれば売れるほど、つまり数多くのライセンシーが競争して市場を広げるほどに、自社の収入は安定していく。
だからこそ、さまざまな技術を開発しては投入し、ハードウェアのデザインに関してもリファレンス作成に積極的に協力する。コモディタイズの加速により端末の価格が安くなり、市場が広がれば利益に直結する。その上、差別化のためにハードウェアベンダーが新しいアイディアを組み込んだり、あるいは有効な使い方を支援するためのソフトウェアを開発していったら、それを今度はマイクロソフトがプラットフォームとして組み込んでいく。そうすることで、どんどん高機能化、高性能化を果たしながら、同時にコストパフォーマンスを上げられる。
つまり、先行して技術投資を行い、開発を続けることでノウハウを蓄積しても、市場が立ち上がった頃には、台湾や中国に利益をさらわれていく。Pocket PCは言うまでもなく、ポケットに入るサイズでPCと同じような高い汎用性と機能を実現するプラットフォームという意味だが、僕にはPC市場の縮図としてのPocket PCに見えてならない。
●企業向けソリューションのビジネスとは言うが
もちろん、各Pocket PCハードウェアのベンダーも、そうした背景をわかっていないわけではない。だからこそ、片方でハードウェアの優位性をうたいながらも、真の戦場はモバイルコンピューティングを応用した企業向けソリューションにあると考えている。
だから、Pocket PCへの参入ベンダーのほとんどが、営業支援や在庫管理などの分野で、カスタムアプリケーションの開発が容易なプラットフォームを望んでいる。ハードウェアでたいした利益を出せなくなることは、十分に予測できるからだ。その上、ハードウェアベンダーがいくつかのモバイルソリューションを提供する中で、ノートPCやペンPC、携帯電話などがある中にPDAの居場所があるとの見方だ。
こうした市場観測を否定するつもりはないのだが、やはり気になるのは、ハードウェアベンダーがハードウェアで利益を出せなくなる構造が、Pocket PCでも現れそうなことである。利益を出すのが企業向けソリューションであったとしても、ハードウェアの事業で十分な利益を確保できなければ、次のハードウェアを生み出すアイディアや技術への投資を行なうことができない。たとえ何とか差別化を果たしたとしても、次のモデルサイクルでOSの中に機能として取り込まれたり、フォームファクタの要素として標準化されてしまう。つまりPocket PCの多くが、似たり寄ったりのスペックや形になって行きかねない。となれば、底の見えない価格競争へと入っていく可能性がある。
また、あるPocket PCベンダーが、自社のPocket PCと共に売り込むため、優れたアプリケーションセットとソリューションを提供したとしても、実際の営業の現場で自社のPocket PCを購入してもらえるとは限らなくなる。たとえそのベンダーのソリューションを選んでもらったとしても、クライアントとして動作するハードウェアは、どこの製品でも同じ。ならば、ハードウェアは他所から買うという話になる。そう、繰り返しになるがPCと同じなのだ。
この点について、セミナー終了後に富士通モバイルPC事業部長代理の五十嵐一浩氏にコメントを求めたところ「その通り、マイクロソフトはコモディタイズを加速させようとしている。これから、いやすでにPCと同じような状況に陥っている。ハードウェアで利益を確保するのは難しくなるだろう」と述べた。
Pocket LOOX |
富士通はXScaleベースでBluetoothを内蔵したPocket LOOXを当日に発表し、この市場に参入したばかりだ。なぜ茨の道に入ろうというのか。「企業向けにモバイルソリューションを提供するとき、利用される用途に応じて最適な端末は異なる。富士通にはPDAに相当するクライアントハードウェアが存在しなかったからPocket PC市場に参入した。これをクライアントとする企業向けソリューションは、すでにメニュー化していてすぐにでもシステムとして導入が可能な環境を整えている(五十嵐氏)」そのためのPocket LOOX、そのためのモバイルデバイスの隙間ないラインナップということだ。
しかし、そうした企業向けソリューションさえも、マイクロソフトはPocket PCプラットフォーム全体でメニュー化を進めようとしている。前出のマイクロソフト倉石氏は「企業向けにインスタントで提供できるソリューションのメニュー化を進める。モバイルストラテジックパートナーというプログラムをアナウンスし、サードベンダーと協力してさまざまなサービスをメニュー化し、あらゆる場面で最適なソリューションを素早く提供できることを目指す」と話した。
こうした話はコンシューマには無関係、とも言えない。Palm OS搭載機は別として、Pocket PC 2002に関して言えば、すべてのベンダーが企業向けで利益を得ようとしていると話している。発売当初はコンシューマが市場をリードするとしても、いずれは企業向けで利益を取れると思っているからこそ、製品開発にも投資が行われている。
しかし、その市場で競争が激しくなり、ハードウェア自体の付加価値を向上させることよりも価格の方が重要視されるようになってしまうと、ハードウェア自身の進化速度が鈍ってしまうかもしれない。プロセッサの速度やOSの機能は、黙っていてもそれぞれのベンダー側が機能アップさせていくだろうが、エンドユーザーが手に触れるハードウェアの革新が無ければ、コンシューマユーザーにとってはつまらない製品になってしまう。
どんな製品もコモディタイズは進むものだが、その速度があまりに速いと、本来の意図とは別に市場を壊してしまいかねない。また行き過ぎるほどの標準化は、各社の個性を失わさせる原因にもなる。
PocketPC 2002のポテンシャルに疑問を投げかけるつもりはないが、マイクロソフトはハードウェア製造者の立場をもう少し向上させてもいいのではないかと思う。そうしなければ、ハードウェア面での技術革新速度は鈍化への道をたどってしまうだろう。
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【3月11日ソニー、14.1インチ液晶搭載の薄型/軽量ノート「バイオノートVX」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0311/sony2.htm
【3月11日】ソニー、新バイオ/CLIE発表会で新モデルの開発を表明
~超小型のWindowsノート「バイオU」と小型AVノートPCをデモ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0311/sony3.htm
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~「Wingスタイル」のキーボード付きモデル
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0311/sony1.htm
【3月12日】富士通、XScale搭載の「Pocket LOOX」の開発を表明
~Bluetoothを標準搭載、OSはPocket PC 2002
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0312/fujitsu.htm
【3月12日】マイクロソフト、Pocket PC 2002セミナーでビジネス戦略を公表
~モバイル機器には3種のフォームファクターを用意
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0312/ms2.htm
(2002年3月13日)
[Text by 本田雅一]