第145回:音楽の持ち歩き方を規制せよ!? |
新しいJ-51系の端末から導入された「スーパーメール」はSKYメールとは異なり、192文字の受信通知にも料金がかかる(5月31日までは無料)ようになった。とはいえ、1通あたり最大で0.9円であり、かつサーバからの読み出しの自由度や最大文字数などを考えると、PC向けのメールを転送する相手としては、iモードメールや@mailよりも使いやすいと判断してJ-SH51を選んだ。「KDDIのCDMA 2000 1xサービスが始まるのに今さら2Gもないだろう」と知り合いに言われたが、必要性を感じていないのに3Gへ移行することもない。
J-SH51と言えば、SDカードスロットや動画撮影も可能なカメラを備えるなど多機能な端末だが、このあたりの機能を利用したいと思って選んだわけじゃない。単に興味本位で買ってみたというのが本音である。
しかし、この端末を購入した知り合い何人かに訊いてみると、カメラや音楽プレーヤとしての機能に魅力を感じて購入に踏み切ったという人が意外に多かった。音楽再生が5時間までできるというから、実用的と言えばその通り。根強いウォークマン需要(?)を感じざるを得ない。
●議論絶えない便利さと著作権保護のバランス
J-SH51のオーディオ機能は、SDカードにセキュアMP3で録音/再生を行なえるというもの。またPC用のSDカードリーダ/ライターとセキュアMP3対応の音楽管理ソフトを使えば、PC上のMP3をセキュアな形式にカプセル化し、SDカードに書き込むことでJ-SH51からの再生が可能になる。また、試しに手元にあるセキュアMMCを使ってみたところ、正常に認識して利用できた(もちろんメーカー保証外ではあるが)。セキュアではないMMCは所有していないため利用できるかどうかはわからない。
なお、J-SH51の説明書にはPCからセキュアMP3を書き込んだSDカードのデータを再生できるとは一言も書いていない。基本的にJ-SH51で録音した音楽を、J-SH51で再生できるだけの動作保証しかない。こうした仕様になっている原因のひとつにはサポートコストもあるだろう。しかし著作権に関する問題に、深入りしたくないという気持ちもあるのではないだろうか。
音楽業界や映画業界は、間違いなくPCを「著作権者の権利を侵害しコピーを量産する機械」として認識している。著作権保護のされていない音楽CDはもちろん、著作権保護技術が採用されているはずのDVDビデオでさえ、PCに取り込んで暗号化を簡単に外してしまうことができる。
健全な音楽産業あるいは映画産業が成り立っていく上で、著作権保護はなされるべきだと思う。しかし、行き過ぎた著作権保護も市場を小さくするだけで、消費者と著作権者(あるいは著作隣接権者)にとって良い話ではない。
ウォークマン文化は、好きな音楽を様々な場所で好きなときに聴ける、という、今では当たり前の使い方を生み出し市場を広げたハズだ。そのウォークマン文化はフラッシュメモリを使ったシリコンオーディオプレーヤや、PCネットワークと音楽プレーヤを融合させたNet MDによって、さらに使い勝手が改善されてきている。
常にPCが無いと仕事にならない僕の場合、気に入っている音楽のほとんどはハードディスク内に収めているし、多くのユーザーが似たような使い方をしているだろう。特にCDからハードディスクへの簡単な録音機能が、OSの標準機能として提供されるようになってからは爆発的にそうした使い方をするユーザーが増えたと思う。
さらにLANで音楽ファイルを共有すれば、家庭内のどのPCからでも音楽を楽しむことができるし、Windowsのファイル共有機能に対応し、Ethernet経由で音楽再生を行なう据え置き型オーディオプレーヤもある。またMP3やWMAを記録したCD-Rを再生可能なオーディオ機器も、特に珍しいものではなくなってしまった。
こうした変化によって、我が家では以前よりもずっと便利に、そして多くの音楽を楽しむようになっている。昔なら面倒と思っていたことも、今ならシンプルな作業で、より便利に音楽を聴けるようになり、結果的に音楽にかける金額は増えている。
しかし、著作権の保有者にとってみれば、こうした使い方はあまり面白いものではない。WinMXなどのPeer to Peerファイル交換ソフトによって大量に著作権が保護されていない音楽が飛び交っており、それが音楽出版社の収益を圧迫していると信じているからだ。
すでに何度も報じられているが、先週発売されたエイベックスの音楽ディスクにコピーコントロール技術が導入されたのも、そうした背景があるからだ。音楽出版社として少々の犠牲を払ってでもコピーコントロール技術を導入した方が収益性が高いと判断したのだと思う。(なお、その板はCompact Discではないため“音楽ディスク”と書いた。エイベックスはコピーコントロールCDと表記しているが、一般にCompact Discの略として知られている“CD”という言葉を、この“板”に使うべきではないと思う)
●本当に犠牲を払うのは誰だ?
コピーコントロールされたBoAの 「Every Heart -ミンナノキモチ-」 |
僕は基本的に著作権者の権利は守られるべきだと考えている。そのための仕組み作りには、業界を挙げて取り組むべきだし、必要ならばPC業界もそれに協力すべきだと思う。しかし一方で、利用者としての立場で意見を言わせてもらえば不便になってしまった音楽ディスクなど利用したくないとも思う。なぜなら、通常の音楽CDと比較してエイベックスのコピーコントロール機能付き音楽ディスクは、消費者にとって明らかにグレードダウンした品物であるからだ。
ひとつには音質の問題。彼らは音質低下はほとんど無いと話しているが、実際にこのCDではない音楽ディスクをCDプレーヤで再生させると、恐ろしいほど多くの読みとりエラーとジッターが再生中、定常的に発生する。エイベックスが先週発売したディスクは、人工的サウンドで録音品質もさほど良くないため、音質的な低下はほとんど感じないが、海外で発売された同様の技術を利用した音楽ディスクでは、明らかに音質の低下が認められた。そのディスクはその後、コピーコントロール機能が付加されていない音楽CDとして再発売されたのだが、聞き比べてみると音質の差はハッキリとわかる。
音質の問題はこれだけではない。CDのジャケットには「WindowsパソコンのCD-ROMドライブではエクストラトラックに収録されたオーディオを再生して楽しむことができます」と書かれている。これだけでは音質に関して何の情報も得られないが、実際には47Kbpsという非常に低いビットレートで記録された圧縮音声であり、いくらパソコンがオーディオ機器として2流以下とは言え、あまりにユーザーを馬鹿にした低品質の音しか出てこない。注意書きには、Windowsユーザー向けビットレートも記しておくべきだろう。
そして何より、本来の音楽CDが持っている情報のポータビリティ(可搬性)が失われてしまうのが問題だ。出張などには“一般的な”CDプレーヤ(何をもって一般的と言うのかその定義さえ曖昧だが)を持って行く必要が出てくる上、既存のシリコンオーディオプレーヤもダメ。PC上で音楽ファイルを管理してMDに書き出すことも不可能だから、Net MDの魅力もそのほとんどが失われる(ネット流通している曲ばかりを聞いているNet MDユーザーはあまりいないはずだ)。PCの性能や機能が向上し、音楽がより便利に楽しめるようになったのに、そのほとんどはNGなのだ。これまでの音楽を持ち歩きやすくするためのデジタル音楽デバイスは、その存在を否定されたも同然である。
エイベックスとしては、多少の批判は覚悟の上でコピーコントロール機能付き音楽ディスクの発売に踏み切ったのだろうが、本当に犠牲を強いられているのは、きちんとCDを購入して楽しんできた(PCを音楽に活用している)エンドユーザーなのである。
このほかにも、再生できないプレーヤのリストが公開されていない(我が家のカーオーディオでも再生できなかった。電話で互換性を問い合わせることは可能)にも関わらず、再生できないプレーヤのオーナーが音楽ディスクを返品できないという問題もある。少なくともコピーコントロールCDなどという、あたかもCDとの互換性があるように見せかける曖昧な表記はやめるべきだ。
エイベックスでは4月以降、さらに多くのコピーコントロール機能付き音楽ディスクをリリースしていくそうだが、販売店側も音楽CDとは別の場所に展示するなどの対策をしてほしいと思う。コピーコントロール機能付き音楽ディスクにはCompact Discロゴは印刷されていないが、ロゴを確認して購入する人は少ないだろう。
またオンラインのCD販売サイトは、わかりやすく音楽CDではないことを表記していないところもある。現実のCDショップではジャケットに貼られたステッカーを見れば、それがコピーコントロール機能付き音楽ディスクであることがわかる。しかし、オンラインのCD販売サイトで表示されるジャケット写真には、注意書きのステッカーは貼られていない。アマゾン、ヤフー、タワーレコードの各サイトをチェックしてみたが、コピーコントロール機能付き音楽ディスクであることを明記したサイトはアマゾンだけだった。
●ここまでやっても実効性には疑問符が
これらの問題は、あらかじめ海外の事例でわかっていたハズだが、それでも採用を強行したエイベックスには、それなりの言い分( http://www.avex.co.jp/ir/j_site/press/pop020228.html )がある。繰り返しになるが、これらの主張を否定するつもりは毛頭ない。元となる音楽著作権の保有者が、(消費者に不便を強いるとしても)コピーコントロール機能付き音楽ディスクでしか発売したくないというならば、消費者はそれを甘んじて受け入れるしかない。
だが、これだけの犠牲を払っているにも関わらず、コピーコントロール機能付き音楽ディスクをコピーすることは、それほど難しいことではない。ここでは詳しい話を書かないが、手元にあるCD-R/RWドライブで、特定CDライティングソフトを用いると、簡単にコピーしたり、ハードディスクへの取り込みを行なうことができてしまった(しかも、特にコピーするために何らかの工夫をしたわけでもない)。
さらにはレコード業界の天敵とも言える、Peer to Peerのネットワークには、発売直後から該当の音楽が流通していた。誰か1人がこうしたネットワークにリッピングデータを流してしまえば、いくらカジュアルコピー防止策を施してあっても意味はない。その後はねずみ算式にコピー可能な音楽データが拡がってしまう。このような実効性のない手法でエンドユーザーに負担を強いる音楽ディスクを僕は2度と購入しない。
問題の根は音楽CDに著作権管理機能が存在しないことであり、本来はフィリップスやソニーと音楽業界が話し合いを持ちながら、PCを含むデジタルコピー可能な機器の扱いルールを決め、CDとの互換性を保ちながら著作権保護の仕組み作りを業界全体で進めていくのがスジだ。もし、エイベックスがコピーされることをあらかじめ計画に織り込みながら、著作権保護の啓蒙を目的にこのような強硬手段に出たのであれば、エンドユーザーとしては実に迷惑な話。そのエネルギーのベクトルは他のところに向けられるべきである。
□エイベックスのホームページ
http://www.avex.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.avex.co.jp/ir/j_site/press/press020228.html
□コピーコントロールCDのQ&A
http://www.avexnet.or.jp/cccd/
□関連記事
【3月18日】藤本健の週刊 Digital Audio Laboratory(AV)
【特別編】AVEXにコピーコントロールCDについて聞く
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20020318/dal_a1.htm
(2002年3月13日)
[Text by 本田雅一]