イベントレポート
3つのOSの順当な更新を発表、落ち着いたWWDC基調講演
~久しぶりのOne more thing……は音楽聴き放題サービスのアナウンス
(2015/6/9 11:36)
米Appleは、サンフランシスコで開催中のWWDC(World Wide Developers Conference=世界開発者会議)の基調講演で、Mac向け、iOSデバイス向け、そしてApple Watch向けのバージョンアップスケジュールと、その機能の一部を明らかにした。三つのOSのいずれもが、会場に訪れた開発者をはじめとする世界中の契約開発者には同日より開発者向けβ版を提供する。また正式版はいずれも今秋に無償で提供される。
現行のOS XとiOSでは、一般ユーザーに対してもパブリックβリリースを提供するようになっている。現時点ではOS Xでは10.10.4が、iOSでは8.4がβ段階だ。次期OSにおいてもOS X、iOSのいずれも7月から一般ユーザー向けにβリリースの範囲を拡大する意向。iOSにおいてメジャーバージョンアップのβ版が一般ユーザーに提供されるのは初めてとなる。
次期OS Xは「OS X El Capitan」。
Mac製品向けのOS Xは「OS X El Capitan」と発表された。基調講演の中では、バージョンまでは言及されなかったが、10.11にあたるものと推測される。Mavericks以降は、カリフォルニア州の景勝地が開発コード名に、そして製品名となっている。El Capitanはヨセミテ国立公園内にある花崗岩の一枚岩。現行のOS X Yosemiteに含まれる壁紙の中にも、その姿を写したものが含まれている。
El Capitanをアナウンスしたクレイグ・フェデリギ上級副社長は、El Capitanのリリースを「Experience(体験)」と「Performance(性能)」に注力したと説明している。名称からもEl CapitanはYosemiteと関連が深い。過去のリリースを例に取れば、Leopard(10.5)に対するSnow Leopard(10.6)、Lion(10.7)に対するMountain Lion(10.8)といった位置付けとして、Yosemiteのブラッシュアップ版と捉えるのが正解だろう。
体験は、Spotlight検索と標準アプリケーション、ウィンドウの管理の改善がなされている。標準アプリのメールでは、現行版ではメール作成時はシングルタスクになってしまい、メール間での引用や画像の貼り付けなどで使い勝手が悪かった点などを改修する。標準ブラウザのSafariは、タブのピン留め機能を搭載することで、例えばTwitterのような開きっぱなしのWebサイトへのアクセス利便性を高める。
スクリーンの分割機能も追加される。Windows 8.1のユーザーなら、既に使っているかも知れない機能だが、1つの画面に2つのフルスクリーンアプリケーションが起動した状態を仮想デスクトップとして維持できるようになる。同時にアプリケーションやFinderの管理機能である「Mission Control」も拡張されて、ドラッグ&ドロップでアプリケーションを組み合わせて1スクリーンに納めることができる。
性能は、いくつかの動作速度の改善を例に紹介された。フェデリギ上級副社長によると、アプリケーションの起動は最大で1.4倍、アプリケーションの切り替えでは最大2倍、PDFファイルのプレビューでは最大4倍の速度向上が見込めるとしている。このあたりは余計なコードを減らすなど、OSの最適化をYosemiteから更に進めていると解釈するといいだろう。
また、iOS 8から搭載されている「Metal」がOS Xにも採用される。Open GLによるグラフィックス描画のボトルネックを減らして、性能向上に繋げるとしている。ユーザーサイドでは、速くなった、快適になったという感覚が伝わる程度だが、開発者サイドにとっては大きなメリットがあり、Adobeや EPIC GAMESが紹介されて、Metal for Macの搭載を歓迎した。
冒頭に述べたとおり、OS X El Capitanは基調講演の当日から契約開発者に向けて最初のプレビューリリースが提供される。7月には一般向けのパブリックβ版を提供し、今秋に正式版をリリースするというスケジュールになっている。
同社のサイトでは、既に日本語にも対応したOS X El Capitanのプレビューページが公開されている。
iPad向けに画面分割やピクチャー・イン・ピクチャーを追加するiOS 9
iOSは、順当にiOS 9として今秋にリリースされる見通し。El Capitan同様にFoundation(基礎固め)にフォーカスしつつ「Intelligence」、「Apps」、「iPad」をそれぞれ強化するとしている。
Intelligenceの部分は「Siri」だ。フェデリギ上級副社長によると、現在のSiriは1週間に約10億のリクエストを受けているという。iOS 9のSiriでは、Proactive Assistant機能を強化して、ユーザーの行動を先読みする形でより的確なサジェスチョンを与えるとしている。また検索のAPIを提供することで、問いかけに対して現在より多くの情報を提供できるようにする。
標準アプリケーションの「メモ」アプリは大幅に強化される。メモのフォーマットを変更できるツールバーを搭載するほか、地図やリンクあるいは写真を貼り付けたり、ドローイングツールを使って手書きのメモを残したりすることができるようになる。メモの一覧画面には、これらの写真がサムネール化されることで、一覧から目的のメモを見つけることが容易になる。メモ機能は、iOS 9だけでなくiCloud経由で同期されるOS X側のメモ機能も同様に強化される。
Mapsはこれまでアメリカ的とでもいうべき自動車を使うことを前提としたナビゲーションを優先していたが、ようやく(と言ってもいいと思う)鉄道などの公共交通機関を意識した機能強化が図られるようになった。具体的には主要都市の地下鉄を中心に、乗り換えの案内や出入り口の情報などを追加する。ただし初期段階では利用可能な都市が限定されており、ニューヨークやサンフランシスコなど北米8都市に加えてロンドンとベルリン。ほか中国はかなり手厚く、北京をはじめとする9都市以上がリストアップされている。本日の基調講演の中では、東京をはじめとする日本国内都市は含まれていない。
標準アプリケーションとして「News」が提供される。これは、New York TimesやESPNなどをコンテンツサプライヤーとして、ニュースのキュレーションサービスを行なうもの。サービス内では写真はもちろん動画も含めたコンテンツが提供される。興味のある分野を任意に追加していくことで、自分の嗜好にあわせたフィードが作成される。既存のアプリケーションとしてはFlipboardが近い。内容はコンテンツサプライヤー次第ということもあり、当初はアメリカ、イギリス、オーストラリアのみで先行提供される。
iPhone 6/6 Plusで利用できるApple Payは、今秋にもDISCOVERのクレジットチェーンをサポートする。これにより米国ではAMERICAN EXPRESS、VISA、Masterを含めたクレジットチェーンでの利用が可能になる。対応する店舗も増加している点も強調された。またSquareも非接触式の決済に対応するアダプタを出荷。同日より先行予約を受け付けるとしている。米国内で約100万カ所の非接触式決済レジが存在するとした。
また米国以外では初めて、イギリスでのApple Payのサービス開始を明らかにした。HSBCなどの大手銀行とクレジットチェーンから発行されているクレジット/デビットカードをApple Payに登録できる。今秋よりサービスを開始し、イギリス国内で約25万箇所の非接触式決済レジが使えるほか、公共交通機関にも対応する。ロンドンではすでに交通機関向け非接触式カードのオクトパスカードが導入されており、仕組みとしてはそれに相乗するものと推測される。
ある程度の前置きがないと説明の難しい部分もあるが、Apple PayはWalletサービスと呼ばれるものだ。結果として非接触式の決済を行なうこともできるが、例えばUberの利用など、実際にiPhone 6/6 Plusをかざさなくても、端末内部に収納されたカードのトークン化によりセキュアな決済を行なっている。これまで課題とされていた店舗の会員制度やポイント制度の同時利用にも、iOS 9では道を開くようだ。これまでPassbookだったアプリケーションを「Wallet」として、そこに登録された会員情報などのデータのやりとりを決済と同時に行なう仕組みを用意するとしている。
iOSデバイスの中でも、iPadに特化して強化される部分がある。スクリーンキーボードに、コピーやカット、ペーストなどのボタンを追加することで、よりPCライクな操作を可能にする。また、スクリーンキーボードで2本指のジェスチャを有効にすることで、ポインタを移動させることができるようになる。これにより、これまで画面上で範囲選択していた操作が、始点の設定から範囲指定までキーボード上の操作で可能になる。
また、マルチタスク機能も強化された。アプリケーションの切り替えは新しいユーザーインターフェイスになっている。画面を分割して、2つのアプリケーションを同一の画面で同時にアクティブに利用することができる。開発者には、マルチタスク用の新しいAPIが用意され、マルチタスクや画面分割利用時のウインドウ幅や表示のさせ方などを設定できるようになる。関連して、動画再生時のピクチャー・イン・ピクチャー機能も加わる。利用できる機能はiPadのモデルにより違いがあり、新しいマルチタスクの表示がiPad Air/Air 2/iPad mini 2/mini 3、ピクチャー・イン・ピクチャー機能も同様で、完全な画面分割の上で同時アクティブ動作ができるのはiPad Air 2のみとなっている。
そのほかにも、iOS 8から搭載されているHomeKit、HealthKitの強化、Car Playの無線接続対応、デバイス単体でのバージョンアップ時に必要となる空きストレージ容量の削減などがiOS 9での更新には盛り込まれている。これらは前述の内容も含めて追って詳細をお伝えする。
開発環境としては、昨年(2014年)発表されたプログラミング言語「Swift」がSwift 2へとバージョンアップする。合わせてオープンソース化も発表されて、会場ではこの日最大の歓声で迎えられた。Swift 2のリリースは年内を予定している。
iOS 9もプレビューリリースを同日から開発者向けに開始する。7月にはiOSのメジャーバージョンアップとしては初めてパブリックβ版を一般ユーザーにも提供する。正式リリースは今秋となる。
iOS 9へのアップグレード対象機種は、iPhoneは、iPhone 4s以降、iPadはiPad 2以降が対象となるが、前述したマルチタスク機能などは利用できる機種が限定される。ほか、第5世代iPod touchも対象。基本的にiOS 8が利用できている機種はすべてアップグレード対象になると考えて良い。
ネイティブアプリが開放されるWatch OS
今年から加わった第3のOSが、Apple Watchを対象とする「Watch OS」だ。発売から6週間あまりだが、はやくも次のバージョンアップについて触れられている。講演では明確にWatch OS 2として紹介された。
強化ポイントはいくつかあり、例えば文字盤で表示できる要素が増える。具体的には背景に好きな写真を貼り付けたり、タイムラプス動画を流したりすることができる。また、Complicationsと呼ばれる表示情報には、システム標準以外にも開発者による独自の情報を含めることができるようになる。
また、デジタルクラウンと呼ばれるリュウズを回すことで「Time Travel」というモードに入ることができる。これは時間を進めることで、盤面に表示している各種の情報をその時間に合った内容へと更新することが可能だ。より具体的には、進行させた時間時点でのスケジュールや天候、気温などの予想を盤面でも確認できる。そのほか、ナイトモードとして充電アダプタの接続時に時計やアラーム機能をセットできるようになる。
コミュニケーション機能では、Apple Watch側で友達などの追加が可能になるほか、Digital Touchと呼ばれるフリーハンドのメモ機能が複数色に対応する。そのほか、メールの着信に対しては、Apple Watchだけで簡単なリプライが可能になる。
Apple Payは、iOS 9でも紹介した会員制度やポイントなどのロイヤルティプログラムに対応。こちらもPassbookからの転換となる。ほかにも地図機能の強化や、Siriによる音声処理の向上などが含まれる。
開発者にとって大きいのは、これまでWatchKitというフレームワークに限定されてきた対応アプリケーションの開発が、ネイティブで行なえるようになる点だ。これによって最初に述べたComplicationsに、自らの開発したアプリケーションからの情報を直接表示できるようになったり、Apple Watchに搭載されている加速度センサー、心拍センサーなどを直接利用することができるようになる。
Watch OSも、同日より開発者向けのプレビューを開始。一般向けのβには言及がなく、正式リリースは今秋としている。
One more thing……は、音楽聴き放題のApple Music
最後に久しぶりの「One more thing…」として発表されたのが「Apple Music」だ。発表自体はやや冗長な感があったが、ざっくり言うと流行の定額聴き放題サービスにAppleのブランドで参入するということになる。昨年買収したBeatsが既に同様のサービスを提供しているが、この看板を掛け替えてさらに機能を追加してサービスを開始する。
サービスには3つの柱があり、1つはリコメンドのサービス。ユーザーのプレイリストや嗜好に合わせて、次々と音楽をプレイリストに加えていく。ユーザーはそれらを聞いてプラス評価、マイナス評価を加えてオススメの精度を上げていく仕組みだ。従来のiTunesではGeniusのミックスが自分の所有している曲限定だったのに対し、Apple Musicでは、約3,000万曲の中からオススメのプレイリストが作られる。さらに、Beatsのサービスでも提供されていたインターネットラジオとしてのサービス「Beats 1」。これらはいずれも新しい音楽との出会いを提供するものと言っていい。
もう1つがConnectと呼ばれるもので、こちらはアーティストがポータルを構える形になる。リスナーはアーティストのポータルをフォローすることで、制作のバックグラウンドや日常などアーティストをより深く知る情報が得られる仕組みだ。
Apple Musicは、米国をはじめとする100以上の国で6月30日からサービスを開始する。米国でのサービス料金は月あたり9.99ドル。家族契約の場合は、家族6人までで14.99ドル。家族契約であってもプレイリストなどはユーザー毎に独立している。導入時は3カ月間無料サービスが受けられる。このあたりは先行するSpotifyと同等だ。既に日本語サイトも用意されており、日本でのサービス導入もほぼ確実と見られるが、正式発表には至っていない。価格体系なども未発表。
Apple Musicは、現在のiTunesのサービスを拡張する形で、幅広いプラットホームで利用できることも特徴。iOSデバイスでは、サービス開始の6/30までにiOS 8.4へと更新されることで、ミュージックアプリが新しいミュージックアプリに変わって、Apple Musicが利用できる。OS XとWindowsでは、提供予定のiTunesの新バージョンに更新することで利用が可能になる。加えてAppleとしては初めてAndroid向けのアプリケーションを提供して、Android端末でもApple Musicの利用が可能だ。Androidアプリの提供は今秋を予定している。
約2時間20分というWWDCの中でも異例の長さとなる基調講演だった。全体としてはほぼ想定通りで、サプライズはないが堅実な内容だったと言える。一方で、言語以外のローカライズが未だに日本では立ち後れている感が否めない。
例えば今回の発表でも、地図の乗り換え案内などには、日本の都市が含まれてない。既にほかに優秀なアプリがあると言ってしまえばそれまでだが、やはり標準アプリケーションでのサポートの有無はユーザーの意識にとって大きい。Siriの検索も同様で、いつまでたってもジャイアンツの試合結果はサンフランシスコでタイガースもデトロイトだ。Newsのコンテンツサプライヤーなど、困難な事情も推測できないではないが、それなりの売上げを日本市場からも得ている以上、まだまだやるべきこと、できることはあるように感じる。
各OS毎の詳細なアップデート内容などは、順次掲載を続けていく。