【NSREC 2011レポート】
放射線に対する半導体チップの強さを評価する

NSREC 2011の講演会場に映し出されたスライド

会期:2011年7月26日~29日(現地時間)

会場:米国ネバダ州ラスベガス JW Marriott Resort & Spa



 プロセッサやメモリなどの半導体チップの放射線対策技術に関する世界最大の国際会議NSREC(Nuclear and Space Radiation Effects Conference)が米国ネバダ州ラスベガスで7月26日~29日に開催された。2日目である27日の午後には「データワークショップ(Data Workshop)」と呼ばれる珍しいセッションが実施されたので、内容をご紹介したい。

「データワークショップ」セッションの様子

 「データワークショップ」セッションとは、放射線に対する半導体チップの強さを測定し、その結果を発表するセッションである。発表は講演形式ではなく、ポスター形式。発表者は発表概要のテキストや図版、写真などをポスターにまとめ、所定の木板(ボード)にピンでとめておく。この作業はセッションの開始前に済ませて置かなければならない。発表者はセッションの開始時刻とともに、ポスターの前に立つ。参加者はポスターを読んで発表者に質問し、発表者が回答するという仕組みである。

 ポスター形式の発表セッションは通常「ポスターセッション」と呼ばれている。NSRECでも、3日目である28日の午後がポスターセッションに割り当てられた。「データワークショップ」が通常のポスターセッションと違うのは、テーマを「放射線による影響の測定結果」にしぼっていることだ。テーマを絞ったポスター講演というのは、かなり珍しい。

●コストの低い通常の半導体製品を航空・宇宙に使う

 通常の半導体製品には、放射線に対する強さが仕様として記述されていない。もちろん、耐放射線仕様の半導体製品は存在する。しかし耐放射線仕様の半導体製品は通常品に比べると、価格がかなり高い、性能が低い、品種数が少ない、といった弱点がある。

 そこで航空・宇宙用電子機器の開発コストを下げるために、比較的安価な産業用や民生用などの通常の半導体製品を載せてしまおうという動きが活発になってきている。ここで問題となるのが、産業用や民生用の半導体製品には放射線耐性に関するデータが存在してないことだ。

 米国の航空・宇宙産業の面白いところは、データが存在しないのであれば、データベースを独自に作れば良い、と考えて実際に行動していることである。NASA(the National Aeronautics and Space Administration)やNASA傘下のJPL(Jet Propulsion Laboratory)、国立研究所、大学、企業などが協同で半導体製品の放射線耐性を評価している。NSRECの「データワークショップ」セッションで公表されたのは、こういった評価結果の一部である。

●SEE効果、TID効果、DDD効果

 放射線が半導体に与える影響には、主に以下の3種類がある。

(1)シングル・イベント効果(SEE:Single Event Effect)
(2)トータル・イオン・ドーズ(TID:Total Ionizing Dose)効果
(3)はじき損傷(DDD:Displacement Damage Dose)効果

 (1)の「シングル・イベント効果(SEE:Single Event Effect)」は、荷電粒子あるいは電磁波が半導体チップ内を通過したときに起こる、さまざまな現象を指す。ロジック半導体で起こる代表的な現象がラッチアップであり、「シングル・イベント・ラッチアップ(SEL:Single Event Latch-up)」と呼ばれる。メモリ半導体で起こる代表的な現象がデータの反転であり、「シングル・イベント・アップセット(SEU:Single Event Up-set)」と呼ばれている。半導体チップの「ソフトエラー(Soft Error)」と称する一過性の不良現象には、SELやSEUなどが含まれる。

 (2)の「トータル・イオン・ドーズ(TID:Total Ionizing Dose)効果」は、荷電粒子あるいは電磁波を半導体チップが浴び続けることによる累積効果として現れる。不良症状は性能劣化で、最大動作周波数が低下したり、トランジスタのリーク電流が増加したり、トランジスタのしきい電圧が変化したり、メモリのデータ保持期間が短くなったりする。

 (3)の「はじき損傷(DDD:Displacement Damage Dose)効果」は、半導体チップ内に突入した粒子が半導体の原子核に衝突して玉突きのように原子核をはじき飛ばす現象を指す。不良症状としては性能劣化で、TID効果と類似している。ただしTID効果が電荷による電気的な効果を意味しているのに対し、DDDは粒子線と半導体原子の物理的な衝突による作用を意味している点が大きく異なる。なおプロセッサやメモリなどの半導体チップではDDDは起こりにくいのでTIDを問題とするのに対し、シリコン太陽電池セルではTIDが起こらないけれどもDDDが生じやすく、劣化の原因になるとされている。

●放射線の種類で影響の種類が違う

 以上の3つの効果はいずれも、放射線がシリコン半導体チップに突入したときに、放射線がシリコン半導体チップにどのくらいの割合でエネルギーを与えたか、あるいはシリコン半導体チップが放射線のエネルギーをどのくらい吸収したかによって影響の大きさが違う。この指標を「線エネルギー付与(LET:Linear Energy Transfer)」と呼んでおり、放射線の種類と、放射線を浴びる材料によってLETは変化する。

 プロセッサやメモリ、ロジック、ミクスドシグナルなどのシリコン半導体チップには、LETに一定のしきい値がある。このしきい値を超えるLETの放射線を浴びると、シングル・イベント効果(SEE)が発生するとされている。高いLETを有する放射線の代表例は陽子(プロトン)線と重イオン粒子線、アルファ線(ヘリウム原子核)である。これらの高LET放射線が照射される環境では、SEE対策を考慮することになる。

 一方、しきい値よりも低いLETの放射線を浴びると、SEEは発生しないものの、今度は浴びた放射線量の累積値によってTID効果が発生する。低いLETを有する放射線の代表例はX線とガンマ線、電子線(ベータ線)である。これらの低LET放射線が照射される環境では、TID効果への対策を考慮することになる。

●NANDフラッシュやA/D変換器などの市販チップで測定

 NSREC 2011の「データワークショップ」セッションでは、これらの効果を含めた放射線の影響が、どの程度の放射線量で起こるかを市販の半導体チップで評価し、その結果の発表が並んだ。主な発表を以下に示そう。最初の記号(W-X:Xは数字)は講演番号で、その後は発表の概要である。

W-5:MEI TechnologiesとNASAなどの共同研究チームが、市販の半導体チップでTID効果とDDD効果を測定し、評価した。TID評価の対象となった半導体製品はアナログデジタル(A/D)変換器やデジタルアナログ(D/A)変換器、NANDフラッシュメモリ、コンパレータ、マルチプレクサ、オペアンプ、3端子レギュレータ、リニアレギュレータなど。放射線にはガンマ線を使用した。DDD評価の対象となった半導体製品はバイポーラ・トランジスタやフォトカプラ、DC/DCコンバータ、アナログ・スイッチなど。放射線には陽子線あるいは電子線を使用した。

W-6:MEI TechnologiesとNASAなどの共同研究チームが、市販の半導体チップでSEEを測定し、評価した。評価対象の半導体製品はNANDフラッシュメモリやA/D変換器、D/A変換器、DC/DCコンバータ、FPGA、オペアンプ、パワーMOSFET、フリップフロップなど。放射線には重イオン粒子線を使用した。

W-7:ジェット推進研究所(JPL)とNorthrop Grumman Space Technologyの共同研究チームが、市販の半導体チップでTID効果を2009年~2011年に測定し、評価した。評価対象となったのは、A/D変換器、D/A変換器、オペアンプ、コンパレータ、基準電圧源など。放射線にはガンマ線を使用した。

W-9:Lockheed Martin Space Systemは、CMOS標準論理ICのSEEを評価した。評価対象となったのはHCC4011、HCC4013、HCC4066、HC4020である。放射線には重イオン粒子線を使用した。

W-17:Aerospaceは、高速差動伝送インターフェイスICのSEEを評価した。評価対象となったのはLVDS(Low Voltage Differencial Signaling)、CML(Current Mode Logic)、低電圧PECL(Positive Emitter Coupled Logic)のインターフェイスICである。放射線には重イオン粒子線と陽子線を使用した。

W-23:JPLは、NORフラッシュメモリのSEEとTID効果を評価した。対象となったのはSpansionの512Mbit NORフラッシュメモリである。SEE測定には重イオン粒子線を、TID効果測定にはガンマ線を使用した。

W-24:Technical University of Braunshuweigを中心とする研究グループはNANDフラッシュメモリのSEEを評価した。対象となったのはSamsung Electronicsの8Gbit SLC NANDフラッシュメモリと、Micron Technologyの8Gbit SLC NANDフラッシュメモリである。放射線には重イオン粒子線を使用し、1bitのデータが反転する不良と、複数ビットのデータが反転する不良を測定した。またシリコン・ダイを回転させ、回転角の依存性を調べた。

シリコン・ダイを回転させるセットアップ。回転角Θは水平方向の回転、回転角Ψは垂直方向の回転を示す(提供:Technical University of BraunshuweigのKai Grurmann氏)垂直方向の角度Ψとシングル・イベント・アップセット(SEU)の起こりやすさの関係。放射線の入射角が浅くなると、急激にSEUの発生確率が上昇する(提供:Technical University of BraunshuweigのKai Grurmann氏)

 このほかシリコン(Si)半導体だけなく、窒化ガリウム(GaN)化合物半導体や炭化シリコン(SiC)化合物半導体に放射線を照射して影響を評価した発表もあった。放射線の半導体影響に関して、これだけ大量の評価データが集まる機会はたぶん「データワークショップ」セッションのほかにはほとんどないだろう。高価な耐放射線チップではなく、安価な市販のチップを使って放射線に強いシステムを組む場合には、とても貴重なデータとなるに違いない。

(2011年 8月 4日)

[Reported by 福田 昭]