【ET2009 会場レポート】その2
x86ワンチップソリューション「Vortex86」ほか

【写真01】同社のページに行ってもこの鷹は出てこないのだが、イベントでは毎回登場。まだVortex86MX(PMX-1000)はラインナップされていない

会期:11月18~20日
会場:パシフィコ横浜



 国内の組み込み向けイベント「ET(Embedded Technology)2009」が11月18日~11月20日の会期でパシフィコ横浜で開催された。ここでは、そのほかET2009で気がついた展示物をご紹介したい。

●Vortex86上陸?

 SiS500ファミリーをベースに、パイプラインの見直しや周辺回路の強化などを行った台湾DM&PのVortex86ファミリーであるが、今回ETにはアイコップテクノロジーが出展。両者は基本的には同じで、Vortex 86ファミリーを展示した(写真01)。さて、今回の目玉は、先月まで“Coming Soon”として詳細が展示されなかったVortex86MXとPMX-1000(写真02)。両者の違いは、Vortex86MXが産業向けで-40℃~70℃の動作範囲を持つ(*1)のに対し、PMX-1000は民生用で0℃~60℃の動作範囲になるという点のみだそうだ(写真03)。

【写真02】PMX-1000搭載のMiniPCI Cardタイプモジュール【写真03】RS-232Cが5ポートとか、たっぷりのGPIOなど、さまざまな拡張性がVortexの魅力とも言える。確か4月のESCでは、1つのVortex86DXのPWMモジュールの先に16個のモーターを取り付けて動作制御を行なっている展示が行なわれていた

 Vortex86MXはVortex86DXと比べてCPUコアそのものは変わらないと言う。元々Vortexのベースとなるm6Pが、Cyrixの6x86とかAMDのK6をターゲットにしていたアーキテクチャで、これらよりやや性能は落ちるが発熱が遥かに少ない(要するに、IDTのWinChip C6と同じ方向性である)事を考えると、1GHz動作のPMX-1000なりVortex86MXは、恐らくVIAのC3/800MHzあたりの性能レンジになるのではないかと想像される。これはデスクトップとして使うには到底足りないし、ネットブック/ネットトップ向けとしてもかなり不足を感じるレベルであろうが、そういう目的に使うCPUではないから、それはそれで構わないのだろう。むしろ、完全にワンチップという点を評価すべきと思われる。

 実はx86系で、完全にワンチップのものは殆ど無い。例えばIntelの場合、TolapaiことEP80579がx86としては初のワンチップ構成であり、それ以前のものは少なくとも外部に1つ以上のチップセットが必要だった。まもなく投入されるPineViewにしても、外部にチップセットが必要となる。AMDは? というと、実はNSから買収したGeode GXや、これを元に作り直したGeode LXはノースブリッジ機能こそ統合しているものの、サウスブリッジが別に必要である。唯一、(もうすっかりAMDの歴史からも消え去りかかっている)AMD Elanファミリーのみがノースブリッジ/サウスブリッジを統合したワンチップの製品だが、ハイエンドのElan SC520でも内部のコアはAm5x86でしかも300MHzだったから、性能はVortex86よりも更に低い。VIAは? というと、ColdFusionというお化けがあるが、これはCPUとチップセットを無理やりMCMでワンパッケージにした製品だから話が別である。

 これ以外のSoCは? というと、Vortex86のベースとなったSiSの5xxシリーズやSTMicroelectronicsが発売していたSTPCシリーズが残るのみだが、STPCもハイエンドはやっぱりRiSEのm6Pコアを使っていたりするので、Vortex86の親戚みたいなものである。

【写真04】アイコップジャパンはDM&Pグループの一員ではあるが、Vortexだけを扱っているわけではなく、そんなわけでeBoxと名づけられたこの小型PCにしてもVortex以外にC7のULVを搭載したものなども混在する

 そんなわけで低価格、低発熱のx86が必要な場合にはVortex86ファミリーは悪い選択肢ではない。アイコップジャパンによれば2010年あたりはもう少し本格的に国内で販売することを考えているとか。Vortex86を搭載したボードあるいはコンパクトPC(写真04)をショップ売りすることも可能性があるといった話であった。

(*1)会場では-40℃~85℃と説明はされたのだが、製品ページによれば70℃とされている。
●新たなUSB 3.0 IP

 今年5月に開催されたSuperSpeed USB Developer Conference Tokyo 2009の折、USB 3.0をIPとして提供していたのはPLDAのみで、それ以前にIP提供をアナウンスしていたFRESCO LOGICFaraday Technologyと組んでシリコンの提供に切り替えてしまった。この結果、シリコンそのものはNEC、TI、富士通、FRESCO LOGICなどから順次提供されるが、IPはPLDAのみが提供、というちょっとお寒い状況であった。が、今回ET2009でInventureがUSB 3.0のIPを提供することが明らかにされた(写真05)。会場ではVirtex5上で動作デモが行なわれていたが、実際の提供開始は2010年に入ってからになる見込みだとか。

 USB 3.0に関しては、PC向けチップセットにコントローラが入る時期は早くても2010年末にずれこみそうで、当面はNECエレクトロニクスのホストコントローラの一人勝ちの状況が続きそうだが、それとは別にデバイス側も当面は例えばNECやTI、富士通なりのコントローラを使うとしても、長期的にはデバイス自身がUSB 3.0のコントローラを内蔵しないと価格面でこなれてくれないから、そういう意味でも複数のIPが登場し、手ごろな価格で供給されるようになるのは望ましいことであろう。

【写真05】あくまでもPIPE I/Fの上位層を担う形で、これはとかFresco Logicと同じ構造。DMA Masterの先はOCP I/Fを想定しているそうだ【写真06】FPGAだけでなくASICも(というか、ASICが)ターゲットとの話で、これも別に不思議ではない。65nmプロセスあたりがターゲットだそうである

●ユビキタスのQuickBoot

 ET2009開催直前の11月10日に、株式会社ユビキタスは記者発表会を開き、「QuickBoot」と呼ばれる新しい技術を公開したが、今回ETではこれを全面的に展示した。QuickBootとは何か? というと、電源投入後1秒でアプリケーションが起動するという仕組み。実際、動画を見ていただくとわかるが、テーブルタップの電源をOff→Onしてほぼ1秒程度でAndroid OSとその上で動くアプリケーションが起動している(写真07)。

 仕組み的にはハイバネーションの延長にあるという話だった(写真08)。今回のデモの場合、Memory ImageはFlash上に格納されており、電源が投入されたらフラッシュメモリからRAMに内容の復帰を行なうが、従来のハイバネーションと異なるのは、すぐ起動するために必要とされるメモリブロックの内容を優先的にロードして即実行を行なわせるというもので、その他のブロックは後追いでロードするというもの。このため、起動直後から重い処理を行なっている場合は、しばらくはシステム全体のレスポンスがやや低下する事になる。例えば、動画にある写真の移動をBitBltで行なう処理は、起動直後(17秒あたり)はかなりカクカクした動きだが、ロードが終わった19秒あたりではスムーズになる。このあたりは、フラッシュメモリからどのくらいのデータ量をRAMに復帰させるか、にも関係してくることになるだろう。

【動画】QuickBootの様子

【写真07】どちらもハードウェアはArmadilloそのままである。Movieで右脇のボタンを押しながら電源を投入すると、ボタンに応じたアプリケーションが起動するという仕組み。何もボタンを押さないと、単にAndroidのデスクトップが立ち上がる【写真08】そうなると、「どうやって優先的なRAMブロックを判断するか」という事がキーになるわけだが、その部分は特許性があるために公開できないとの事であった【写真09】ET2009 2日目に開催されたETアワード表彰式で賞状を受け取る同社社長の川内雅彦氏

 この技術、同社の方によればAndroid上で動かしている(というか、Androidを上で動かしているというべきか)が、それは単にAndroidがアプリケーションなどが既にあり「重い」ためにデモに最適というだけで、Androidである必要性は必ずしもないとか。プラットフォームは、現在はARMに最適化しているが、ARMでないと動かないわけでもない、との事だった。

 ただしハイバネーションだから、逆に現状の状態を保存したままの退避には相応の時間が掛かることになる。特に今回の場合フラッシュメモリを使っているから、書き込みはHDDよりもさらにかかるだろう。今回の場合はトータルのRAM容量が小さい(Armadillo-500の場合、最大でも128MB)から、PCのハイバネーションほどに時間が掛かるわけではないが、起動は1秒なのに終了に1分というのは、現実問題として受け入れられにくいだろう。このため、瞬間起動/終了が必要とされるシーンでは引き続きスリープが利用され、電源投入時には常に初期状態に入る、といった用途の機器でまずはQuickBootが普及してゆくものと考えられる。

 余談ながらユビキタスという会社は、今回のQuickBoot以外にもDCTP-IPのプロトコルスタックや、DeviceSQL(かつてはEncirqという会社が開発していた、やはりEncirqという名前のEmbedded向けRDB。Encirqが開発を中止したのに伴い、そのポートフォリオを買収、DeviceSQLとして同社で提供を始めた)やWPA/WPSのスタック、あるいはUSBホストなど非常に多彩というか、Embedded向けという1点のみが共通で、あとはバラバラというか、非常にユニークな製品展開とサービス提供を行なっている会社でもある。そうした多彩なラインナップと、QuickBootの「見て判りやすい」というデモもあって、ETアワードの委員会特別賞を受賞した(写真09)。

●地域パビリオンや産学連携パビリオンの急増、他

 今回のETでは、明らかに従来と比べて地域パビリオンや産学連携パビリオンの数が増えたように思われる。なにせ会場のちょうど中心に並ぶのが、横浜パビリオンと東北パビリオンというほどで、昔なら大手メーカーが間違いなくあった場所である。

 とはいえ、それなりにこうした地域パビリオンも活気があったのは事実。地元横浜はX字型にパーティションを配し、そこに地元企業のブースを比較的ゆったりと配した(写真10、11)。対して東北は、巨大な天井を作り、その下に細かくブースを配する形(写真12)。アンケートを配るコンパニオン(?)(写真13)とあわせて、会場内でのプレゼンスは非常に大きかった。ただブースはややキツメ(写真14)で、東北パビリオン内に自社専用ブースも2つほどあるなど、統一性にやや欠けたのがJASA特別賞を逃した一因かもしれない。

【写真10】天井部を作らないので、割と圧迫された感じがなかったのは良いとは思うが、もう少し高さがあってもよかったのかも【写真11】この反対側には、富士通マイクロソリューションもブースを出していた。富士通本体は自身でブースを出しており、こちらは富士通マイクロソリューションのみの製品展示で、比較的訪れる人も多かった【写真12】この“TOHOKU”は会場でもかなり目立った。ただ最初にこれを見たときは「酒を出展? 」と思ったほど。酒が前面に出すぎ
【写真13】インパクト絶大。知り合いの某編集氏は、これを目にして思わず呆然と立ちすくんでしまい、写真を撮るのを忘れたと悔しがっていた【写真14】“TOHOKUものづくりコリドー”と名づけられた通路の両側に細かくメーカーが並ぶが、逆に狭すぎてゆっくり見ている暇がなかった【写真15】これはハイテックシステムのブースであるが、他にもNECソフトウェア東北とかルネサス北日本セミコンダクタとか、東北に所在地のある大手メーカーの子会社などがやはり東北パビリオンに寄り添う形で集まっており、ちょっと構造を把握するまで時間が掛かった

 その東北パビリオンを破り、JASA特別賞を受賞したのがちゅうごく地域組み込みシステムフォーラム(写真16、17)で、活気もなかなかあった。

 ただ全部が全部というわけではなく、新潟(写真18、19)、九州(写真20、21)、札幌(写真22)などでは参加者の関心が薄いように感じられたのは致し方ないところだろうか?

【写真16】ちなみに受賞理由は「大蛇と酒」。もっとも東北ほど酒が前面に出てきておらず、また比較的ゆったりと見られたのも好感が持てる【写真17】こちらのフォーラムにブースを構えたのは12社で、TOHOKUものづくりコリドーよりも若干数が多いのだが、配置に無理がないためか、ゆったり見られた
【写真18】新潟は共同出展ではなく、(財)にいがた産業創出機構の単独ブースという扱い【写真19】展示の主体も、企業のソリューションというよりは、むしろエンジニア育成に力を入れていますといった話
【写真20】こちらは4社による共同出展【写真21】ただ内容はどちらかというとパネル展示のレベル【写真22】色々、頑張っておられました

 産学連携パビリオンはさらに苦労していたようだ(写真23~26)。どのブースも、基本的には自身の学校あるいは研究室の内容を展示しているが、ソリューションを提示というよりは共同研究の相手を探すといった風情で、これもなかなか参加者の関心を集めるには到らなかったようだ。

【写真23】この2つのブースは、他の産学ブースと大きく離れた場所に【写真24】STARCのブース。ET2009そのものが、あまり半導体の展示に向いていないのが問題か
【写真25】各研究室所属の学生さんと思しき方々が常時待機しすぎていて、ちょっと近寄りにくい【写真26】逆に、滅多に説明の方を見かけなかった福岡システムLSIカレッジ

 ただ、例えばIPAのブースは常に一定量の参加者が集まっており(写真27)、何らかのシーズがあると見込まれるブースの関心が高いことは実証されているわけで、単にブースを出せば参加者が寄ってくるわけではない、という当たり前の事が再確認できただけなのかもしれないが。ちなみに大手企業ブースはどこもかなりの混雑振りであり、参加者が少なかったというわけでもなかった。

 その他では、やはりTRONはLinux/Androidに押されてか、さっぱり元気がなかった(写真28、29)のはまぁ仕方が無いとして、IPv6普及・高度化推進委員会のやる気のなさはちょっと問題だったと思う(写真30)。

【写真27】IPAはほぼ切れ目なく自身のブースでセッションを開催し、更に裏手のブースで細かく展示を行なっていた【写真28】かつてはTRONが非常に人気があったことを思うとややさびしい感はある
【写真29】ここ以外にも、大手の日本企業のブースの中にはT-Engine関係の展示を行なっていたところはあるが、どこも活気はいまひとつ【写真30】3日間ともこんな感じ。そうでなくてももうすぐIPv4が枯渇するとか、米国では6LoWPAN(RFC4919)のスタックを用意したMCUが増え始めており、アプリケーションの対応がぼちぼち求められつるあるというのに、こののんびりした対応はなんだろう?

 海外参加では、台北市コンピュータ協会ほかACARDなど幾つかのベンダーがまとめてブースを出していたほか、TATA ELXSI Ltdが比較的大きなブースを構えていた(写真31)。また海外というわけではないが、JEPIA/DAFSもパビリオンを構えていたものの、こちらも参加者の反応はそれほどではなかったようだ(写真32)。

 ところでDIGI Internationalは会場でZigBeeの開発キットを1万円で販売したところ、最終日には売り切れになっており、また常時参加者が興味を持って集まっていた(写真33)。

【写真31】TATA ELXSIは端的に言えばEMSサービスを提供しますという話だったが、ターゲットが絞り込めていないというか、これから日本のニーズを調べるために、まずは手持ちのサービスを紹介します的な出展であった【写真32】関心の低さは、(昔に比べると)JEPIA/DAFSのお世話になる必要が減ったというか、日本の電子部品商社の能力が上がった、という事なのかもしれない【写真33】モノはこちらで、オンライン価格が16,800円のものだから、確かに割安感はある

●ということで

 簡単にET2009のレポートをまとめさせて頂いた。大手企業のレポートがさっぱり無いあたりはご容赦いただきたいところだ。実のところ、大手企業もそれほど新しい何かを発表していたわけではなく、エコとかグリーンといったキーワードに、手持ちの技術を「こんな風に使えます」という展示をしていたという感じが強く、その意味では残念ながらあまりワクワク感を感じられないイベントではあった。

 出展社数も前回と比べて1割ほど減。参加者も(11月19日が雨でちょっと減ったこともあり)累計で22,117人(2008年が26,892人)と2割弱減っており、なかなか厳しい状況である。もっとも国内イベントはまだ良い方で、9月に開催されたESC Bostonは(出展社にいくつか話を聞いたところ)かなり酷かったらしい。それに比べれば、この程度で収まった事を喜ぶべきか。

 組み込み業界の場合、景気をある程度先取りしないと間に合わない、という事情がある。なにせ、Design Inから出荷までヘタをすると2年とか掛かる製品がごろごろしている。昨今はTAT短縮や工数削減の動きが激しいが、だからといって2年を3日にできるわけもなく、2年が1~1年半とか、1年が半年とかその程度になるわけだが、そんなわけでマーケットが立ち上がる前に、仕込が開始されることになる。そういう観点で見ると、確かに金額ベースではまだ厳しい状況にあるが、案件数などを聞くと増えたとかまもなく増やすといった声が聞こえてきたのは、今回のイベントでの収穫であった。逆に言えば、やっと組み込み業界が底を打った、という程度だからこれが明確に業界全体の盛り上がりに繋がるにはまだ相応に時間がかかるのだろうが、とりあえずこうした情報を集める場としてET2009が機能してくれたのはありがたいことであり、2010年も頑張って開催していただきたい、と思う。

(2009年 11月 30日)

[Reported by 大原 雄介]