【IDF 2012レポート】デジタルRF無線技術を強く打ち出したIntel

Justin Rattner氏(Vice President, Director, Intel Labs and Intel Chief Technology Officer, Intel Senior Fellow)

会期:9月11日~13日(現地時間)
会場:米国カリフォルニア州サンフランシスコMoscone West



●Intelの次の大きな技術ジャンプであるデジタルRF無線技術

 従来、アナログ技術で作られてきた無線通信のRF(Redio Frequency:高周波)部分をデジタル技術で置き換える。デジタル化することで、RF部分をムーアの法則に従って小型にできる「ムーアの法則無線(Moore's Law Radio)」を実現する。また、CPUなどデジタルチップに、無線通信機能を容易に統合できるようにする。Intelは、デジタルRF技術が実際のチップレベルで実現間近にあることを、デモで示した。

 先週、米サンフランシスコで開催されたIntelの技術カンファレンス「Intel Developer Forum(IDF) 2012 San Francisco」では、3日目にIntelの研究部門を率いるCTOのJustin Rattner(ジャスティン・ラトナー)氏(Vice President, Director, Intel Labs and Intel Chief Technology Officer, Intel Senior Fellow)のキーノートスピーチが行なわれた。その冒頭で、Rattner氏が紹介したのが、デジタルRF技術による無線通信機能のチップ統合だ。

 Intelは、これまで、CPUに大容量のSRAMやGPUコア、各種I/Oなどを統合して来たが、次は無線通信をCPUに統合しようとしている。見方を変えると、デジタルチップの会社であるIntelが、アナログ部品を得意なデジタルにして、取りこもうとしている。この構想が低コストに実現すれば、Intelチップは無線通信機能を内蔵するようになり、アンテナや多少のフロントエンドモジュールを接続すれば、そのまま無線ネットワークに接続できるようになる。将来的には、チップ間接続も、無線に置き換えることができるかも知れない。

 IDFでは最終日にRattner氏のスピーチが行なわれることが恒例となっている。そして、Rattner氏のスピーチでは、Intelの研究部門による将来技術がお披露目されてきた。Rattner氏は、デジタル無線技術については、非常に重要なので過去3年間、IDFで紹介することを考え続けてきたが、今回、ようやく技術デモを見せることができる段階に至ったため、キーノートで取り上げることにしたと語った。

 IntelのデジタルRFへの取り組みは10年以上に渡る。最初にこの構想を明らかにしたのは、2002年春の「IDF Spring 2002」で、当時CTOだったPatrick(Pat) P. Gelsinger(パット・P・ゲルシンガー)氏が『Radio Free Intel(レディオフリーIntel)』というキャッチフレーズで紹介した。無線通信機能を、コストフリーで全てのデジタルチップに統合するという構想だった。下は当時のスライドだ。

Radio Free IntelRadio Free Intel構想の実現に向けた取り組みチップセットやプロセッサへの取り込み

●ムーアの法則に沿った無線回路を実現

 デジタルRF技術の利点の1つは、無線通信デバイスをムーアの法則に従って小さくできることだ。無線通信では、最も周波数の低いベースバンド部分はデジタル回路化されているが、通信に使う高周波帯で動作するRF部分はアナログ回路のままだ。これが、無線通信機器のチップ数削減やコスト低減で大きな壁となっている。RFをデジタルチップに統合することが難しく、統合してもアナログ部分が重荷になってしまうからだ。

 Rattner氏はRFのアナログ回路は現状ではフィーチャサイズとして100nm前後で、しかも容易にスケールダウンできないと説明した。CMOSプロセスが微細化して、デジタル回路部分がどんどん小さくなっても、アナログ回路部分はほとんど小さくならない。アナログ回路は、ノイズに弱く、信頼性を保つには一定のサイズが必要で、CMOSスケーリングに沿って微細化することができないからだ。そのため、現実解として、無線通信を必要とするモバイルSoCなどでも、現状ではRFはSoCに統合しないのが一般的だ。

無線技術はアナログの世界だったアナログ無線の課題無線技術は“数学”から生まれている

 しかし、実際に無線通信のRF部分の処理で行なっているのは、実は計算処理だとRattner氏は指摘する。「もし、計算問題だとしたら、それは実現できる。特殊なコンピュータが必要だが、それでもコンピュータには違いない。数学的基盤を使って、このデジタル無線化の課題をクラックできる」。つまり、RFの高周波部分をアナログのまま処理するのではなく、デジタルにサンプリングして、それをコンピュータに流し込み、計算処理で解決しようとしている。

 この構想には、前提条件がある。それは、ターゲットとする通信周波数をリアルタイムに処理するのに十分なデジタル回路の動作周波数が必要だという点だ。そもそも、IntelがRadio Free Intelでの無線機能のデジタル化を考え始めたのは、プロセッサ側の周波数が向上したためだ。当時Gelsinger氏は「デジタル回路の動作周波数が無線周波数と同じレベルに達したため、(デジタル無線が)可能だと考え始めた」と語っていた。前提条件が整ってから、実際に実現するまでに10年の研究開発が必要だった。

●ついに現実化したほぼデジタルRF

 こうした前置きを経て、Rattner氏はIntelの現在の成果を示した。

 まず、下のスライドは、現在の一般的な無線通信の回路で、ブルーの部分がアナログ回路、グリーンの部分がデジタル回路を示している。右側のアンテナから入った高周波の信号はフロントエンドモジュールを経て、レシーパー(RX)に入力される。ここでは、ベースバンドに入る手前でADC(Analog-to-Digital Converter)でデジタル信号に変換されるまでは、アナログ回路だ。出力側のトランスミッタ(TX)も同様で、ベースバンドからDAC(Digital-to-Analog Converter)でアナログ信号に変換された後は、アナログ回路群を経てRF周波数にまで引き上げられる。

一般的な無線の回路

 上のスライドは単純化されており、実際にはベースバンドまでにさまざまな回路がある。しかし、ベースバンド以外は全てアナログ回路で構成されるのが一般的だ。これを、Intelは下のスライドのように変えようとしている。レシーバとトランスミッタの両方のトランシーバの大半がデジタル回路に置き換わる。アナログ回路もパワーアンプなどが残るものの、非常に少数で、デジタルRFへと言っていい構成になっている。

デジタルRFに置き換えた場合の回路

 しかし、これだけのデジタル回路化を実現するためには、膨大なエンジニアリング労力が必要だったという。Rattner氏のキーノートスピーチに登場したYorgos Palaskas氏(Research Leader, Radio Integration Lab, Intel Labs)は、アナログ回路を置き換えるためのデジタル回路ブロックをゼロから開発しなければならなかったと説明する。下のスライドにある「Sigma Delta ADC」「Digital Frequency Synthesizer」「Digital RF Power Amplifier」「Digital Phase Modulator」などの回路を開発したという。

Palaskas氏デジタルのレシーバとトランスミッターRattner氏(右)と語るPalaskas氏(左)

 これらのデジタル回路で無線トランシーバを構成しているが、アナログ回路と異なり他のロジック回路やSRAM同様に微細化でスケールダウンする。例えば、90nmプロセスでは1.2平方mmのダイ面積と50mWの電力を喰っていたDigital Frequency Synthesizerブロックは、現在の32nmプロセスではわずか0.3平方mmと、約4分の1に面積が縮小し、電力も21mWと42%にまで減る。14nmプロセス世代では0.04平方mmと、ほとんどコストを無視できそうなサイズにまで縮小する見込みだ。

CMOSスケールダウンによるメリットムーアの法則に則ったデジタル無線

 IDFでは、プロトタイプの回路を使って、実際にデモが行なわれた。また、デジタルRF回路をSoCに統合した32nmプロセスのテストチップ「RosePoint」もウェハとともに公開された。RosePointは、Atom CPUコアとWi-Fiの通信回路を統合したSoCだ。RosePointのダイを見るとRFトランシーバ部の右端に、大きな正方形のパワーアンプ部分が乗っているのがわかる。

IDFのキーノートスピーチで使われたデジタル無線のテストボードRF回路をSoCに統合した「RosePoint」
AtomとWi-Fiトランシーバーを内蔵したRosePointトランスミッターとレシーバのデモRosePointのウェハ

●ミリ波通信技術WiGigによるドッキングソリューション

 Rattner氏のキーノートスピーチでは、デジタルRFに続いて、ミリ波通信を使ったGigabit通信技術「WiGig」が紹介された。現在、60GHzの高周波数帯を使った、極めて高速な無線通信技術の規格競争が行なわれている。いわゆる「ミリ波」と呼ばれるこの帯では、数Gbits/secの広帯域通信が可能になる。Intelは、この分野にも熱心で、「WiGig (Wireless Gigabit Alliance)」という業界団体を立ち上げている。WiGigはバージョン1.0で7Gbits/secの仕様となっている。

 Rattner氏は、WiGigを使って近距離のデバイスとPCを接続するワイヤレスドッキングのデモを行なった。HDビデオをストレージからWiGigでノートPCにストリームで送るといった使い方のデモだ。キーノートスピーチでは、なぜWiGigでなければならないのかという説明で、電波干渉の少なさを挙げていた。

WiGigのアライアンスWiGigアライアンス参加メンバーWiGigを使った転送

 Intelは「Always-On and Always-Connected」、つまり、常にオンで常にネットワークに接続されているコンピューティングを実現しようとしている。しかし、実際にプロセッサを常にオンしていては、バッテリが持たない。そこで、現実にはプロセッサを長時間スリープモードに落とし込みながら、ネットワーク経由のデータをバッファし、プロセッサがウェイクアップした時にまとめて処理する仕組みを作った。Rattner氏のキーノートスピーチで紹介されたこの技術は「Spring Meadow」というコードネームが付けられていた。

 CPUがスリープしている間は、電子メールやFacebookなどSNSのアップデートなどをネットワークコントローラが受け取り、CPUがスリープから復帰した段階でCPUに転送する。不要なパケットはフィルタリングで廃棄する。CPUはスリープから復帰すると、NICのバッファからパケットを受け取り、アプリケーションが、SNSのアップデートの本体データなどを、サーバー側にリクエストする。それによってアップデートがなされる。

常時接続とバッテリの問題Smart Connect Technology
常時オンと常時接続Spring Meadow技術

●手のひら生体認証技術で利便性とセキュリティを両立

 このほか、Rattner氏のスピーチでは、ストリーミングメディアの品質を制御することで、最適なビデオを配信できる「Video Aware Wireless Networks」が紹介された。この技術は、VerizonやCiscoといった業界企業と提携して開発しているという。各クライアントの通信帯域を最大に活かして、高品質のビデオの配信を可能とする。

ビデオ配信技術「Video Aware Wireless Networks」ビデオコンテンツの増加VAWNの技術概要
従来の帯域制御による配信ビデオ品質の最適化により多くのユーザーがより良い体験を得られる

 Rattner氏が取り上げた次の話題は生体認証で、手のひらの静脈を使った認証技術「PalmSecure」(富士通)を例に挙げて、次世代認証システムが説明された。デモでは、手のひらをかざすことで、タブレットをアンロックしてログイン。そのままユーザーが銀行口座などのサービスに、パスワードを入れることなく生体認証でアクセスするところを示した。

 この場合、タブレットを起動状態で誰かに盗まれると、銀行口座をそのままアクセスされてしまう。そこで、デモでは、ユーザーがデバイスを置いた場合に、加速度センサでそれを検知し、デバイスが静止して使われていない状態では再びロックをかける。ユーザーが戻ってきて、手のひらで照合するとすぐにアンロックする。生体認証を高精度に行なうことで開ける新しいセキュリティのあり方を示した。

モバイルユーザーの認証生体認証技術
クライアントベースの生体認証技術富士通の生体認証技術「PalmSecure」

 無線やネットワークづくしのキーノートスピーチのラストで、Rattner氏はクラウドベースの無線基地局ソリューションC-RAN(Cloud Radio Access Network)についても触れた。これは、China Mobileと共同で行なっているプロジェクトで、いわゆるスモールセル型の無線ネットワークのためのインフラだ。基地局側で全てを処理するのではなく、基地局は最小限の設備にして、データセンター側で信号処理を行なう。

無線技術の現在Cloud Radio Access Network(C-RAN)C-RAN技術と従来技術の比較
nekomimiをつけて登場したRattner氏

 今回のRattner氏のキーノートスピーチは、例年より抑えたトーンだった。しかし、冒頭で、Rattner氏は、装着者の気分を検知するネコミミ(日本で発売した脳波ネコミミ「nekomimi」と見られる)をつけて登場。技術の進歩を紹介すると同時に、笑を取った。こうした破天荒なCTOを抱えていることは、同社がマーケティング一辺倒ではないというイメージを植え付けるのに一役買っている。


(2012年 9月 19日)

[Reported by 後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)]