岩手県(達増拓也知事)と日本マイクロソフト株式会社(樋口泰行代表執行役社長)は6月4日、ICTを利活用した地域支援で連携する覚え書きを締結した。
今後1年間、次の4つのプログラムを協働で実施する。
(1)地域産業の活性化を目指し、成長意欲の高い県内のITベンチャー企業及び中小IT企業、並びに情報通信を学ぶ学生を対象に支援を実施する「IT人材育成サポートプログラム」。
(2)より良い地域コミュニティづくりを支援するために、県内のNPO及びNPO活動を支援している団体等を対象に、ICTスキルを活用した団体運営のノウハウを習得する講座及び講師となる人材を育成する講座等を実施する「NPO基盤強化プログラム」。
(3)県内の高齢者及び高齢者のICT活用を支援する団体等を対象に、ICT活用の利便性を周知するイベント及びICTスキルを習得する講座等を実施する「高齢者向けICT活用推進プログラム」。
(4)学校教育における学習指導及び校務の効率化を図るため、県内教職員を対象に、eラーニング形式の研修システム等を活用したICTスキル向上支援を実施する「教育分野人材育成プログラム」。
日本マイクロソフトでは企業市民活動の一環としてこれまで45の自治体をICTで支援するプログラムを実施している。今回の岩手県は、県としては10番目の連携となる。
岩手県 達増拓也 知事 | 日本マイクロソフト株式会社 樋口泰行 代表執行役社長 | 覚え書きにサインする達増知事と樋口社長 |
握手する達増知事と樋口社長 | サインした覚え書きを手にした達増知事と樋口社長 | 今回の覚え書き |
岩手県の達増知事は今回の連携について、「今回の連携以前にも、日本マイクロソフトさんは3月11日の震災以降、アクセスが殺到しつながりにくくなった県のホームページのミラーサイトを立ち上げて頂くなど、さまざまな支援をして頂いてきた。岩手県が掲げる『希望郷いわて』を実現するためには、ICTの利活用は欠かすことができない。今回の4つのプログラムを有効に活用し、活かしていきたい」と期待を述べた。
達増知事の言葉にあった「希望郷いわて」は、「いわて県民計画」として掲げられたもので、「いわて県民計画 ゆたかさ・つながり・ひと ~いっしょに育む『希望郷いわて』~」を標榜している。具体的には、東日本大震災津波からの復旧・復興とその先にある「希望郷いわて」の実現に向け、県民、企業、NPO、市町村など、地域社会を構成するさまざまな団体が支え合うことを想定している。
今回実施する4つのプログラムも、NPO支援やシニアや子供の教育支援などこの県民計画に呼応する部分も大きい。
日本マイクロソフトの樋口社長も、「被災地の復興は、現在日本の最優先課題であり、今回の岩手県さんとの連携は、これまでの自治体の連携とは異なる、身の引き締まる思いのする連携だといえる。私自身も県内の仮設住宅を訪問させて頂いたが、移動時間のかかる内陸部と沿岸部をICTでつなぐことには大きな意味があると感じている」とICTの利活用支援が震災復興にもプラスに働くとの見方を示した。
樋口社長自身が訪問した仮設住宅で、Skypeを使ったコミュニケーションやeラーニングを実施したところ大きな反響があり、「ICT導入によって役に立つ度合いが他の地域以上に大きい。ICT利活用は仮設住宅ごとに大きな開きがあると聞いているが、それはキーマンとなる人材がいるか、いないかに影響される。今回のプログラムで、地域のキーマンとなる人材を育成していくことができれば」と話している。
達増知事と樋口社長の背景には、今回の震災の復興の願いを込めて達増知事の依頼で、漫画家の荒木飛呂彦氏が描いた「東北復興平泉宣言」のポスター。知事会見室に飾られていたのは300枚のうちの1枚目 |
●震災前から進められていた話し合いが実る
今回の連携が締結した背景を、岩手県庁の現場担当者から説明してもらった。
実は岩手県と日本マイクロソフトが連携に向けてコミュニケーションをとったのは、震災前、2010年10月のことになるのだという。
「しかし、話が具体的に進む段階で東日本大震災が起こり、話し合いは中断せざるを得なくなった。震災の年の秋に改めて話し合いを行ない、今回の連携締結となった」(岩手県政策地域部地域振興室地域情報化担当課長兼ICT地域振興支援センター・副センター長・平野晃氏)。
今回の協働を推進する部署の1つICT地域振興支援センター | 岩手県 政策地域部 地域振興室 地域情報化担当課長 兼 ICT地域振興支援センター 副センター長 平野晃氏 |
震災が起こった際には達増知事が指摘したように、アクセスが集中した県のホームページのミラーサイトを立ち上げることを日本マイクロソフトが提案するなど、連携発表とはならないまでも交流は続いていた。それだけに今回の提携については、両者ともに前向きに捉えている。
今回実施することが決定している4つのプログラムは、県庁の各局に打診して、「ぜひ、やってみたい!」と声があがったものをチョイスした。
「岩手県は、シニア層などICTリテラシーが低い層が他の自治体よりも多いのではないかと感じている。実は平成20年度から3年間、シニアのICT利活用に向けた教育を実施していたのだが、ちょうど予算も終了してしまった。最近になってスマートフォンも登場し、ようやくシニア層にも利用できる機器が揃ったところなのに、シニア層に向けた教育がまだ足りない。今回、シニア層向けICT教育のリーダーとなる人材の育成が掲げられているのは非常にうれしいところ」と平野担当課長は話す。
実際に高齢者が多い仮設住宅では、インターネットやPCが導入されても、利用が進まずにPCが放置されているといった例も出ている。「子供が遊ぶためにインターネットを活用することが原因となっているケースもあるようだが、リーダーとなるようなシニアを育成できれば、こうした問題も変わって行く可能性がある」(平野担当課長)と期待する。
震災後は情報に対するニーズは大幅に高まった。「有線LANと無線LANを組み合わせた重層的なネットワーク網を構築することが地域支援のために不可欠となりつつある」(平野担当課長)という。
実際に大船渡市では、震災前からインターネットを活用し、その日の漁獲量を公開し、産直販売を行なう「三陸とれたて市場」のような、地域に根ざしたネットビジネスも誕生している。
「今回の連携プログラムの中に産業支援はないが、ネットワーク環境が整えばクラウドのように費用を抑えながら産業振興に結びつけることができる仕組みもある。地域のICT利活用のリーダーとなる企業や人材が育てば、産業にもプラスとなるだろう」(平野担当課長)と見ている。
岩手県 政策地域部 地域企画室 地域情報化担当 主査 臼井宏氏 |
ただし、今回の日本マイクロソフトとの連携は1年間と期限が決まっている。同じ県内でも地域ごとに移動に時間がかかる岩手県の特質と、震災による被害の大きさを考慮し、「沿岸を中心に4つのプログラムを実施し、定着したものについては、県全体で展開することを考えたい」(岩手県政策地域部地域企画室地域情報化担当・主査臼井宏氏)とまず対象地域を沿岸地域に絞り込む。
今回のプログラムが人材や企業の育成に焦点をあてていることから、その成果が県全体にもプラス効果を生むと見込んでいる。
(2012年 6月 5日)
[Reported by 三浦 優子]