7月27日、「全ての小・中学生がデジタル教科書を持つ環境の実現」を目指した、デジタル教科書教材協議会(略称=DiTT)が設立シンポジウムを開催した。
シンポジウムの冒頭、協議会会長に就任した株式会社三菱総合研究所の理事長で、元東京大学総長である小宮山宏氏が開会の挨拶を行ない、「知識が爆発的に増え、その処理に多くの人が苦慮している。これが教育界に影響を与えないわけがない。この問題に対し、全てが解決するわけではないにしろ、多くの部分がIT活用によって解決される。しかも、日本の古い芸術などどう引き継いでいくべきか課題となっている問題も、IT活用で解決できる可能性がある。デジタル教科書教材の利用範囲を限定せず、幅広い方向での活用、問題点などをこの協議会を通じ探っていきたい。何事にも光と影があり、早いうちによい商品、使い方を見出すことができれば、影をコントロールすることができる。逆に影ばかり取り上げていると、そこに引きずられて光を提示できなくなる。早急によい方向性を見出していきたい」とデジタル教科書導入に向けた決意を述べた。
次に政府でデジタル教科書を積極的に推進している原口一博総務大臣が登壇し、「私たちが打ち出した2015年までに全世帯をブロードバンド化する光の道の実現というビジョンに対し、『そうなると××は損をする』、『○○は得をする』といった議論はもう止めてもらいたい。世界がダイナミックに大きく変化している中で、日本では20年間の停滞が何故起きてしまったか。デジタル教科書は単なる紙から電子への変化ではなく、停滞を解消するための大きな変化の1つだ」と教育現場の変化が、日本全体の改革にも必要だと訴えた。
この後、登壇予定だった文部科学省の鈴木寛副大臣に代わり斎藤晴加参事官が、「学校のICT環境は昨年度の補正予算の影響もあり一気に整備されたが、教科書を含めたコンテンツについては整備が必要。また、それを利用する教員側の教育も十分ではなく、4月から学校教育の情報化に関する協議会を開催し、協議を始めている。今回の協議会とも連携していきたい」と話した。
総務大臣 原口一博氏 | 文部科学省 参事官 斎藤晴加氏 | デジタル教科書教材協議会 副会長兼事務局長 慶應義塾大学 メディアデザイン研究科教授 中村伊知哉氏 |
協議会の概要については、副会長であり事務局長もつとめる慶應義塾大学メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授が説明を行なった。
現在までに幹事企業19社、一般参加企業51社の計70社が参加。「ハードメーカー、ソフトメーカーといったIT関連企業をはじめ、通信会社、新聞社など幅広い、多彩な顔ぶれとなっている」という。
協議会自身は企業の集まりとなっているが、「学校現場、教育関係者も一緒に集まることができる、プラットフォームの役割を果たしていきたい。また、デジタル教科書や教材は、小・中学生に提供するとしているが、高校、大学、塾など全ての教育機関を対象としていきたい。教科書だけでなく、付随するデバイス、端末、クラウドまでどうするべきかを現場の声を反映させながらワークショップ、実証実験などを積極的に行ない、検討する。立ち上げ段階では、2つの委員会の発足が決定しているが、実証実験につながるワーキンググループ開設要望がすでに届いているので、対応していきたい」と教育現場と連携しながら、活動を進めていく意向だ。
さらに、電子黒板用教材、インターネット、携帯電話、ゲーム機などですでに存在している電子教材を紹介し、「この協議会発信で世界に普及していくようなコンテンツが登場すれば、最も望ましい」と世界市場を見据えたデジタル教材を生み出すことを目標の1つとした。
全国の学校で行なわれている導入例 | |
2009年のeラーニング市場の市場規模 | 日本や世界で試作されている教育向け機器 |
続けて発起人であるマイクロソフトの樋口泰行社長、ソフトバンクの孫正義社長が特別講演を行なった。
樋口氏は、「情報社会におけるデジタル教材のあり方」というテーマで講演した。
最初に「この1、2年、個人的に感じている」という日本企業の競争力低下について言及。「日本企業は世界的視野をもってビジネス計画を立てていかないと、努力が無駄になってしまうような状況となっている。そしてそういった状況へ変化していくために、教育現場では機動力ある人材を育てることを意識して行なうべきではないか」とアドバイスした。
さらに国際競争力あるスキルを身につけるために、基礎的な力として英語力とICTスキル、実践スキルとして問題解決力、コミュニケーション力、創造力をあげ、「教育現場で、実社会で機動力ある人材を育てることを意識して行なう必要があるのではないか」と指摘した。
発起人の1人であるマイクロソフト株式会社 代表執行役社長 樋口泰行氏 | 樋口社長が考える日本の競争力を復活させるポイント | マイクロソフトが考えるデジタル教材 |
その上でマイクロソフトが考えるデジタル教材は、インタラクティブ型で、メモの書き込みが可能で、マルチメディアの利用が可能などの条件をあげ、試作品として東芝のLibretto W100を活用したデジタル教科書、同じく東芝の教育用タブレットPC CM1を活用した動画、音声などマルチメディア型のデジタル教科書をデモで紹介した。
東芝 Librett W100を活用した電子出版物のデモ | |
東芝の教育用タブレットPC「CM1」とデジタル教材を活用した利用例 |
ソフトバンクの孫正義社長は「情報革命と教育変革で実現する日本の成長戦略」というタイトルだったが、冒頭、「今日は物議を醸しに来た」と挑戦的な発言で講演をスタート。
「先日、新入社員と話していて愕然としたが、この20年、日本のGDPは成長していない。つまり、現在20歳の人は成長した日本の姿を全く見たことがないまま育っている。日本の失われた20年は、このまま行くと失われた50年ということになりかねない。海外の留学生について日本は人口が半分以下の韓国に大きく遅れをとり、ハーバード大学の学長からは、『存在感の薄い日本の留学生』という発言があった。企業業績においても、Samsung 1社の営業利益が8,700億円であるのに対し、日本の電機メーカー8社の営業利益を足しても8,400億円にしかならない。日本が丸ごと自信を失った状況を変えるために、資源のない日本はIT立国、金融立国、知識立国していかないと将来はない。そのために、教育改革が絶対に必要」と、日本が成長基調に戻るために大幅な教育改革が不可欠だと強く訴えた。
デジタル教科書を含めた将来像 | 発起人の1人、ソフトバンク株式会社 代表取締役社長 孫正義氏 | 産業別の国内総生産額推移 |
Samsungと日本の電機メーカー8社の営業利益の比較 | 30年後の企業人に求められる能力 |
この教育改革を実現するために、日本の小学生から大学生まで全学生、教員に無償で端末を配布することを訴えたが、「全学生、教員をあわせるとおおざっぱにいって2,000万人。子供手当のうち280円をその費用とすれば十分にまかなえる。通信代金については、当社も無償で提供する。韓国ではすでに2007年からデジタル教科書導入に向けた実験を開始し、2011年にデジタル教科書導入を義務化すると言われている。日本も遅くとも5年で実現すべきだ」とした。
デジタル教科書のメリットについてはiPadを使ったデモを行ない、ネイティブな発音による音声付きの英語教材、動画を使った歴史や理科教材、子供の学習段階に合わせた教材が提供できることなどを紹介。さらに、「教育現場ではデジタル教材を待つ声があがっているという調査があるのに、それがなかなか実践されない。すぐにでもモデル校を作って、さまざまなメーカーのハードを試し、現場でどんなメリット、デメリットがあるのか実験をした上で協議をしていくべきだ」とデジタル教科書の早期導入試験を熱望した。
ソフトバンクが考える電子教科書戦略 | ソフトバンクが考える電子教科書配布予算に関する試算 | 紙の教科書と電子教科書の重量比較 |
電子教科書の特性 | |
iPadを利用した電子教材デモ | |
教育現場における電子教材へのニーズ | ソフトバンクが考える教育クラウド |
日本より先行する韓国のデジタル教科書を巡る取り組み | ソフトバンクが提案する日本のデジタル教科書導入に向けたタイムスケジュール |
(2010年 7月 28日)
[Reported by 三浦 優子]