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日本HDD協会2008年10月セミナーレポート
~1Tbit/平方インチ越えを担う次世代磁気記録技術

10月17日 開催



 HDD関連の業界団体である日本HDD協会(IDEMA JAPAN)は10月17日に、「テラビット記録へ向けてのチャレンジ」と題するセミナーを開催した。同協会は四半期に1度、「クォータリーセミナー」と呼ぶセミナーを主催している。

 現在、HDD製品の磁気記録密度(面記録密度)はおよそ260Gbit/平方インチに達している。ディスク1枚(プラッタ)当たりの記録容量だと、2.5インチHDDで約160GB、3.5インチHDDで約320GBに相当する。記録方式は垂直磁気記録である。

 HDDの面記録密度はどこまで伸びるのか。垂直磁気記録技術の改良で1Tbit(1,024Gbit)/平方インチの面記録密度を達成できるめどがついており、3年後の2011年には登場するものと期待されている。

 今回のセミナーでは、垂直磁気記録方式で610Gbit/平方インチと高い記録密度を達成した技術の詳細と、1Tbit/平方インチを超える面記録密度を狙う、次世代技術の概要が報告された。前半3件、後半3件の構成である。

 なお、セミナーの講演内容は報道関係者を含めて撮影と録音が禁止されており、講演者の撮影のみが報道関係者に許可された。レポートに掲載した画像は、講演者のご厚意によって掲載の許可を得たものである。

●磁気ヘッドと記録層の工夫で610Gbit/平方インチを達成

日立製作所 中央研究所ストレージシステム研究部部長 井手浩氏

 最初に講演したのは、日立製作所中央研究所ストレージシステム研究部部長の井手浩氏である。講演題目は「超高密度垂直磁気記録への取り組み―600Gbit/平方インチ級記録密度実現へ向けて」。

 初めに井手氏は、HDDの面記録密度の推移を概観した。'56年に面内磁気記録方式(長手磁気記録方式)で最初のHDD製品が登場して以来、面記録密度は50年で1億倍に膨れ上がった。年率40%強の向上ペースをずっと、維持してきたことになる。

 '56年に登場した最初のHDD製品である米IBMの「RAMAC」は、面記録密度が2kbit/平方インチだった。その後、薄膜ヘッドやPRML信号処理技術、磁気抵抗効果(MR)ヘッドなどの技術を導入したことにより、'91年には面内記録の密度は100Mbit/平方インチと急速に伸びた。面内磁気記録はその後も記録密度を伸ばし、2005年には130Gbit/平方インチにまで達した。しかしここで面内記録は密度向上の限界に達し、100Gbit/平方インチを超える密度の向上は垂直磁気記録によって進められることとなった。

 垂直磁気記録は、研究開発レベルでは2005年に230Gbit/平方インチの記録密度を達成し、2008年にはほぼ同じ密度のHDD製品が出荷されている。研究開発レベルでは400Gbit/平方インチの垂直磁気記録媒体を富士電機が2008年7月に発表した。同じ7月には、日立と日立グローバルストレージテクノロジーズが共同で、610Gbit/平方インチの垂直磁気記録技術を開発したと発表した。今回の講演は、その技術詳細になる。

 磁気記録密度を高める基本的な考え方は、従来から変わらない。記録ビット長を短くしてBPI(bit per inch)を高めるとともに、記録トラック・ピッチを狭めてTPI(track per inch)を高めることである。

 日立グループはBPIを高めるために、Graded媒体(グレイデッド媒体)と呼ぶ独自構造の媒体を開発した。垂直磁気記録では従来、異方性磁界が大きな下部層(グラニュラ層)と異方性磁界が小さな上部層(キャップ層)で構成した磁性媒体で記録密度の向上が図られてきた。これに対してGraded媒体では、下部層の内部で膜面と垂直方向に段階的に異方性磁界の大きさを変化させる。熱安定性を従来レベルに保ちながら、磁気クラスタ(磁化反転を起こす最小領域)の大きさを従来の約半分に微小化した。

 TPIの向上では、WAS(Wrap Around Shield)と呼ぶ独自構造の記録ヘッドを開発した。記録ヘッドの主磁極の周囲を磁気シールドで覆い、記録磁界の広がり(隣接トラックへの書きにじみ)を最小限に抑えたヘッドである。再生ヘッドでは、TMR(Tunneling Magnet-Resistive)方式を採用し、センサ幅を微細にしても十分なS/N比を確保できるヘッドを開発した。

 これらの技術開発により、1606kBPIと381kTPI(トラックピッチ66.7nm)の記録密度をそれぞれ実証し、612Gbit/平方インチと高い面記録密度を達成できることを示した。なお講演後の質疑応答では、612Gbit/平方インチは究極の値とは考えておらず、まだ改善の余地があるとの見解を述べていた。800Gbit/平方インチといったさらに高い密度が期待できる、頼もしいコメントである。

●次世代の再生用磁気ヘッド技術

TDK浅間テクノ工場SQ研究所次世代ヘッド開発グループの水野友人氏

 続いてTDK浅間テクノ工場SQ研究所次世代ヘッド開発グループの水野友人氏が、「CoMnSiホイスラー合金薄膜の物性とCPP-GMR素子の電気輸送特性」と題して講演した。1Tbit/平方インチを超える面記録密度を狙う、次世代の再生用磁気ヘッド技術に関する研究の報告である。

 磁気ディスクから読み出せるデータの密度を高めるには、再生ヘッドの磁気センサの幅を短くする。すると自然に、センサの抵抗値が上昇する。磁気抵抗の変化率を信号量として読み取るHDDでは、センサの抵抗値の上昇は信号量の低下を意味する。そこで狭いトラック・ピッチでも抵抗値の低い磁気センサが求められている。

 その候補として注目されているのが、「CPP(Current Perpendicular to Plane)-GMR(Giant Magnet Resistive)」素子である。再生ヘッドでは通常、磁性膜の面内方向に電流を流す。これに対し、CPP-GMR素子では磁性膜の面とは垂直な方向に電流を流してやる。こうすると電流の流れる方向に対して面積が広く取れ、抵抗値が下がる。また電極を磁性膜の上下に装着できるので、発生する熱を逃がしやすくなる。ただしCPP-GMR素子は磁気抵抗の変化量が小さく、信号出力の増大が課題となっている。

 TDKの水野氏はCPP-GMR素子の材料の候補にコバルト(Co)とマンガン(Mn)、シリコン(Si)の合金を選び、結晶構造や磁気抵抗効果などを測定した結果を述べていた。

●マイクロ波アシストで5Tbit/平方インチを視野に

東北大学多元物質科学研究所准教授 岡本聡氏

 そして東北大学多元物質科学研究所准教授の岡本聡氏が「マイクロ波アシスト記録における反転ダイナミクス」と題して講演した。これも1Tbit/平方インチを超える面記録密度を狙う、エネルギ・アシスト磁気記録技術に関する報告である。

 エネルギ・アシスト記録とは、何らかのエネルギを記録媒体に加えることによって磁化反転に必要な磁界(書き込みに必要な磁界)を弱めることで、記録磁界の保持と記録領域の微小化の両立を図る技術である。最も研究が進んでいるのは熱エネルギを利用する熱アシスト記録(TAMR:Thermally Assisted Magnetic Recording)で、レーザー・ビームを磁気記録媒体に照射して媒体を局所的に加熱することにより、書き込みに必要な磁界を下げる。

 これに対してマイクロ波アシスト記録(Microwave Assisted Magnetic Recording)では、記録媒体にマイクロ波帯域(およそ10GHz)の交流磁界を加えることで、磁界反転に必要な磁界を低減する。昨年(2007年)に注目を集め始めた、新しい磁気記録技術である。熱アシスト記録では熱伝導による書きにじみが発生するのに対し、マイクロ波アシスト記録では原理的に微小な領域で磁化反転が起きるので、熱アシスト記録をしのぐ高い記録密度を達成できる可能性がある。

 岡本氏の講演によるとマイクロ波アシスト記録の研究は今年(2008年)、大きく進展した。米カーネギーメロン大学のJian-Gang Zhu氏らが、スピントルク発振器によって交流磁界を媒体に印加すると、磁化反転に必要な磁界を大幅に低減できることを理論的に示したのである。この発表は磁気記録技術の研究コミュニティで大きな反響を呼んだ。既存の記録用ヘッドが、基本的にはそのまま利用できるからだ。

 ただしマイクロ波が磁化反転を引き起こすメカニズムは未解明の部分が多く、磁性媒体に対する要求は既存の記録方式とは大きく違う。本格的な研究は始まったばかりだ。将来は5Tbit/平方インチと高密度な磁気記録を狙えるとしており、今後が楽しみな技術である。

マイクロ波アシスト磁化反転の原理 周波数変調マイクロ波アシスト記録。マイクロ波に周波数変調を加えることにより、磁化反転効率の向上を狙う

●パターン媒体は2012年に6.25Tbit/平方インチを試作へ

東芝 研究開発センター記憶材料・デバイスラボラトリー研究主務 鎌田芳幸氏

 後半はいずれも、パターンド・メディア(パターン媒体)に関する講演だった。これも1Tbit/平方インチを超える面記録密度を狙う、次世代磁気記録技術である。記録媒体に磁性体の微小かつ高密度なパターンをあらかじめ形成しておくことで、高い記録密度の実現を図る。非常に狭いトラックのパターンをを形成するDTM(Discrete Track Media)と、微小な記録ビットのパターンを形成するBPM(Bit Pattern Media)がある。例えば富士通を中心とする研究グループは2007年8月に、BPMを使った記録再生実験に成功している。

 後半の最初は、東芝 研究開発センター記憶材料・デバイスラボラトリー研究主務の鎌田芳幸氏による「パターンド媒体の加工ダメージ評価」と題する講演である。ドライ・エッチング(イオン・ミリング)が磁性膜に与える物理的なダメージを評価した研究成果だ。磁気特性や結晶構造などにイオン・ミリングが与えるダメージは、ほとんどないと述べていた。

モレキュラー・インプリンツ・インク日本支店Applications Engineering Manager 和田英之氏

 次にモレキュラー・インプリンツ・インク日本支店でApplications Engineering Managerを務める和田英之氏が、「次世代ハードディスク用ナノインプリント装置技術」と題して講演した。米Molecular Imprintsはハードディスク用ナノインプリント装置のベンダーである。ナノインプリントとは金型に形成したnm(ナノメートル)級のパターンを樹脂膜に押し付けてパターンを転写する技術で、大量生産に適するとされる。講演では2008年にパイロット生産用装置(スループット180枚/時間)、2010年には量産用装置(スループット360枚/時間)を出荷すると述べていた。パターン形成による媒体の追加コスト(目標コスト)は1~2ドル/枚程度だとする。

Obducat最高技術責任者(CTO) Badak Heidari氏

 最後にスウェーデンのObducatで最高技術責任者(CTO)を務めるBadak Heidari氏が「Creating Greater Capacity on Smaller Spaces」と題して講演した。Obducatは光ディスクやハードディスク、半導体などに向けたインプリント装置のベンダーである。講演ではパターンド・メディアによる面記録密度向上のロードマップを示していた。2012年には、研究開発レベルで6.25Tbit/平方インチの超高密度記録が達成できるとする。さらに、パターンド・メディアと熱アシスト記録を組み合わせれば、将来は50Tbit/平方インチの超々高密度記録が期待できると述べていた。

 垂直磁気記録技術が提唱されたのは、'77年のことである。東北大学教授の岩崎俊一教授が考案した日本生まれの技術であることは、ご存知の方も多いと思う。垂直磁気記録は面内磁気記録の後継者として期待され続けてきたが、実際にHDD製品に搭載され始めたのは2005年であり、商用化までには30年近い歳月が経過した。

 30年近くかかったのは垂直磁気記録の完成に手間取ったというのではなく、面内磁気記録が度重なる改良によって延命され続けた結果である。今後しばらくは、垂直磁気記録技術の改良による記録密度の向上が続くことは間違いない。1Tbit/平方インチはすでに見えている。来年(2009年)~再来年には、垂直磁気記録が2Tbit/平方インチを視野に入れる可能性は少なくない。仮に限界が見えたとしても、数々の次世代技術が控えている。HDDの記録密度は、まだまだ向上する余地がありそうだ。

□日本HDD協会(IDEMA JAPAN)のホームページ
http://www.idema.gr.jp/
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【2005年4月5日】HGST、3.5インチ1TB HDDを実現する垂直磁気記録技術
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0405/hgst.htm

(2008年11月4日)

[Reported by 福田 昭]

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