日本HDD協会2009年10月セミナーレポート
~2Tbit/平方インチが見えてきた垂直磁気記録

セミナー会場にて

10月23日 開催
会場:発明会館ホール(東京都港区)



 ハードディスク装置(HDD:Hard Disk Drive)関連の業界団体である日本HDD協会(IDEMA JAPAN)は毎年3回、「クォータリーセミナー」と呼ぶセミナーを主催してきた。開催月は1月、4月、10月となっており、開催月ごとにおおよそのテーマが決まっている。1月は市場動向、4月は製品動向、10月は技術動向である。昨年の10月セミナーでは「テラビット記録へ向けてのチャレンジ」と題して次世代磁気記録技術の最新動向を紹介した

 今年は10月23日に「超テラビット記録へ向けてのチャレンジ」と題して技術動向に関するセミナーが開催された。本レポートではセミナーの中から「シングル・ライト技術」に関する講演の概要をお届けする。垂直磁気記録の改良版として、最近急速に注目を集めている技術である。

 なお、セミナーの講演内容は報道関係者を含めて撮影と録音が禁止されている。本レポートに掲載した画像は、講演者と日本HDD協会のご厚意によって掲載の許可を得たものである。

●磁気記録密度の向上と「トリレンマの壁」

 現在、HDD製品の磁気記録密度(面記録密度)はおよそ500Gbit/平方インチに達している。ディスク1枚(プラッタ)当たりの記録容量だと、2.5インチHDDで約320GBに相当する。記録方式は垂直磁気記録である。垂直磁気記録技術を改良すれば、1Tbit(1,024Gbit)/平方インチの面記録密度を達成できる目処がついており、2年後の2011年には1Tbit/平方インチのHDD製品が登場するものと期待されている。

 HDDではプラッタと呼ぶ磁気ディスクの両面に微細な記録ビットを高密度に設けることでデータを記録している。記録ビットは円周方向に細かく連なり、1本の円周(記録トラック)を構成している。この円周が半径方向に少しずつ半径を変えて連なることで、大量の記録ビットを1枚のディスク面に記録する。

 HDDの面記録密度(bit/平方インチ)を高める基本的な考え方は、垂直磁気記録が登場する以前(面内磁気記録の時代)から同じである。記録ビットの密度(BPI:bit per inch)と記録トラックの密度(TPI:track per inch)を高めることだ。

 密度を高めるためにまず考えられる手段は、記録媒体の磁性層の粒子を小さくすることである。粒子を小さくするほど、記録する最小単位の面積が小さくなるからだ。ただし同じ磁性材料で粒子を小さくすると、通常は磁化が反転しやすくなる。つまり、記録したビットが壊れやすくなる。磁化反転を起こす主な要因は熱ゆらぎ、すなわち高温である。

 磁化反転を防ぐためには、通常は磁性材料を保持力の高い材料に変更する。すると書き込みヘッドが発生する磁界を高める必要がある。発生磁界を高めつつ、記録媒体の高密度化に合わせて書き込みヘッドの外形寸法を小さくしなければならない。

 書き込みヘッドの微細化と発生磁界の向上を両立させることは、非常に難しい。このため、磁性層粒子をあまり小さくはしづらい。したがって面記録密度を大幅に高めることはできない。これが磁気記録密度向上で普遍的な課題とされる、「トリレンマの壁」だ。面記録密度向上の歴史とは、トリレンマの壁をじわじわとよじ登る歴史とも言える。

 このトリレンマの壁をかなりの高さに一気によじ登らせる技術が、シングル・ライト技術である。セミナーでは、「Shingle-Write Technology -Principles & Advantages」と題して日立製作所中央研究所ストレージ・テクノロジー研究センターで主管研究員をつとめる田河育也氏が、シングル・ライト技術の原理と長所、短所を解説した。

●2.5インチのプラッタ1枚に1.5TBの容量を記録できる

 トリレンマの壁では、書き込みヘッドの発生磁界を高めるとともに、書き込みヘッドの外形寸法を小さくしなければならないと述べた。書き込みヘッドを縮小しないと、何が起こるかというと、書き込み動作によって隣り合う記録トラックに磁界が漏れてしまう。隣接する記録トラックが磁気的に分離できない。

 ここで発想を転換したのが「シングル・ライト技術」である。隣接する記録トラックを分離しない。それどころか、わざと隣のトラックへと重ね書きしていく。すなわち記録トラックの片側(始まりの位置)は明確だが、反対側(終わりの位置)は決まっていない。反対側(終わりの位置)は後で上書きする記録トラックの始まりの位置によって決まる。

 書き込み位置を少しずつずらして上書きしていく。こうすると、書き込みヘッドを縮小せずとも記録トラックの密度を高められる。田河氏の解説では、例えば日立製作所が開発したWAS(Wrap Around Shield)構造の書き込みヘッド(主磁極の周囲を磁気シールドで覆ったヘッド)では、2Tbit/平方インチの面記録密度を達成するためにはヘッドのトラック幅(Tw)をおよそ25nmに微細化する必要がある。これに対してシングル・ライト技術の書き込みヘッドでは磁気シールドが主磁極の片側だけで済むので、トラック幅がおよそ60nmと2倍を超える大きさでも、2Tbit/平方インチの面記録密度を達成できる。

 2Tbit/平方インチの面記録密度とは、現在の垂直磁気記録技術の限界とされる1Tbit/平方インチの2倍に相当する密度である。2.5インチの磁気ディスクだと、1枚のプラッタで理論的には1.5TBもの記憶容量を実現できる。

 2Tbit/平方インチを達成するシングル・ライト技術の設計仕様は、記録ビットの密度(線記録密度)が2,600kBPI、記録トラックの密度が870kTPI、ビット長が9.5nm、トラックピッチが30nmである。

「シングル・ライト技術」の原理。隣合うトラックの位置を少しずつずらしながら、上書きしていく2Tbit/平方インチを達成するシングル・ライト磁気記録技術の設計仕様

●スループットの低下が課題
シングル・ライト技術の磁気記録アーキテクチャ

 シングル・ライト技術の磁気記録アーキテクチャは、従来のHDDとはかなり異なる。シングルバンドと呼ぶブロックごとに、空きトラックに対して順番に重ね書きをしていくことになる。イメージとしては、追記型の光ディスクに近い。言い換えると、書き込み動作と読み出し動作はあるのだが、消去動作がない。

 消去動作の代わりをするのがデフラグ動作である。満杯になったシングルバンドから、必要な記録ビットだけを読み込んで空のシングルバンドにコピーする。コピー後は元のシングルバンドが空になり、再び書き込みに利用できる。

 デフラグを実行している時間は、書き込み動作も読み出し動作もできない。HDDユーザーから見ると、デフラグによって待たされる時間が増大する可能性が高い。デフラグ動作の時間を短くするためにはシングルバンドの領域を細かく区切ることが望ましいが、区切り(境界領域)の部分が大きくなるとプラッタ全体での記録容量が低下してしまう。

 もちろん、記憶バッファをHDDに内蔵させればスループットは改善できる。この場合は記憶バッファによるコスト増分を許容することになる。

 シングル・ライト技術は現在のところ、垂直磁気記録技術をベースとした高密度化技術の本命とされている。面記録密度を20%~30%高めることは容易だと田河氏は説明してくれた。理論的には現行の垂直磁気記録技術の面密度を、シングル・ライト技術で2倍に高められる。垂直磁気記録方式によるHDDの大容量化シナリオは、シングル・ライト技術の登場によって一段と安定感を増したといえよう。

(2009年 11月 10日)

[Reported by 福田 昭]