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「日本マイクロソフト時代に売り込んだICT基盤で組織の壁を壊す」

~パナソニック コネクティッドソリューションズ社社長の樋口泰行氏が語る戦略

パナソニック 専務役員 コネクティッドソリューションズ社 社長の樋口泰行氏

 パナソニック 専務役員であり、コネクティッドソリューションズ社の社長を務める樋口泰行氏は6月19日、報道関係者とのラウンドテーブルを開催。「私に与えられた役割は変革。ビジョンと方向性を打ち出し、それが社員に腹落ちした形で変革を実行していく」と述べた。また、「パナソニックには、たまたま、私が日本マイクロソフト時代に売り込んだICTのコミュニケーション基盤があり、このツールを私自身が率先してフル活用し、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを待たずに、直感的な操作でコミュケーションする環境をつくる。これにより、組織の壁を壊し、顧客との距離感を縮めていく」などと語った。今回のラウンドテーブルは、本誌既報の5月30日に開催したアナリスト向けの「Panasonic IR Day 2017」で説明した内容を補足するものとなった。

--樋口さんがパナソニックに戻った理由はなにか。

樋口 「出戻り」や「異例の人事」という報道があるが、私自身もびっくりの人事である。新卒でパナソニックに入社したのが1980年。溶接機事業部で、アーク溶接機の設計を担当し、その後、IBMのワークステーションのOEM事業を担当している部署に異動した。コネクティッドソリューションズ社では、私が所属した溶接機事業も、情報機器事業もあり、これも偶然のことである。

 その後、海外留学という形で投資をしてもらったが、少し暴れたいという若気の至りもあり、大阪から東京に出てきて、主に外資系企業を転々とした。外資系でやっているとかなり疲れる部分もあり、そろそろスローライフを送りたいと思っていたタイミングに、今回の話をもらった。光栄な話であり、力になれるのであればと思ってお受けした。

 入社する際に、どんな役職でありたいとか、どんな仕事をしたいという交渉はまったく行なっていない。こういう仕事をやってくださいということを言われただけである。ほかの人事の状況もわからないので、代表権の話などについては私から話すことはなにもない。

 新卒で入社後12年間のパナソニックの経験があることと、外資系を経験し、物事をシャープに考えることができるという両方があったので選ばれたのだろう。

 日本マイクロソフト時代に講演するさい、自己紹介スライドに円形のデザインを使ったものを用意していたが、この円形の図を使えば、まさに振り出しに戻ったということになる。日本の伝統的な企業で働いた経験があると、最後は日本の企業で働きたいと考えるケースが多いようだが、さまざまな理由でなかなかそうはいかない。そうした人たちにとって、1つの例になればいいと気持ちもある。

 ありがたいことに、パナソニックの社員も、外部のお客様にも歓迎していただいており、働きやすい状況にある。パナソニックに対する期待も大きい。パナソニックは、関西企業ならではの柔らかさもあり、企業そのものが「愛されキャラ」である。私は、これまでの知見と経験を活かして、全力で取り組みたい。そして、円形の自己紹介もこれで終わりにしたい。

--どんな役割を担うことになるのか。

樋口 私の役割には、終身雇用が根付き、外からの雇用が少なく、しかも幹部レベルの雇用が少ない日本企業が、どう変わらなくてはいけないか、ということを変革し、実践していくことも含まれている。

 変わらなくてはいけないというメッセージを打ち出していても、外を経験した人物がいなくては変わりにくいというのは、よく言われることである。実際、米系の企業では、変革を起こすときには、まずリーダーを変えるということを行なっている。

 「変革」は、私に与えられた役割のキーワードである。コネクティッドソリューションズ社は、旧パナソニック電工および車載系部品を除いたパナソニックのBtoB事業の集合体であり、そこにおいて、しっかりとしたビジョンを作り、変革の方向性を打ち出すことが大切だ。パナソニックとしての位置づけをどうするのか、差別化の源泉はどこにあるのかといったビジネスモデルも定義していかなくてはならない。だが、大切なのはビジョンや定義ではなく、内部的な変革である。そして、それが社員に腹落ちしていなくてはならない。理論的に方向やスペックを作るのは簡単だが、現状に応じた形で、全員が腹落ちして、その方向に力強く向かっていく体制を作ることが難しい。戦略策定や組織改革を無意味に繰り返すのではなく、地に足が着いた形で、ステップを踏みたい。

 私自身、今までいろいろな会社を経験してきたなかで、産業再生機構が関与したダイエーの再生があった。これは、国を挙げてのプロジェクトであり、改革にはさまざまなプロが関与した。不動産や事業売却に当たっては、専門のアナリストやコンサルタント、弁護士が集まった。だが、そのときに感じたことは、一人一人のスキルはプロフェッショナルだが、現場の社員から見ると親和性がない人ばかりであった点だ。そのため、変革を実行しようとすると、現場の人たちが腹落ちしないままに進んでしまうということがあった。「この人が言うことであったら、ぜひやりたい」と共鳴するリーダーがやらないと変革ができないということを感じた。劇薬のようなリーダーが入ってきて変革を行なえば、短期的な増益効果はあるかもしれないが、社員に魂が入らないと本当の成果は出ない。

--パナソニックのBtoB事業で目指す姿はどんなものか。

樋口 日本の製造業が直面している課題は、ハードウェア単品の性能があがっても付加価値が付きにくく、アジアの新興国の企業と、同じ土俵で勝負するレッドオーシャンにはまってしまうという点。半導体、パネル、デジタル化ではその傾向が顕著である。メカニカルやオプティカル、すり合わせ、組み合わせが多い方が差別化できる。パナソニックは、勝てるエリア、立地のいいエリアを探し、同時に、差別化できる要素技術を引き続き追求する。同時に、組み合わせでの付加価値を重視し、ハードウェアだけでなく、ソフトウェア、サービス、ソリューションを組み合わせた提案も進めていく。これは、お客様の困りごとから逆算した提案ができるソリューション会社になることを意味している。

 日本マイクロソフトで働いた経験からいうと、水平的なプラットフォーマーは、規模の経済性を追求しており、パナソニックがここに対抗することは難しい。パナソニックには、痒いところにまで手が届く、あるいはこれで助かったといわれるようなシステムやソリューションを作ってほしいという、ラストワンマイルに対する顧客からの期待が大きいことを感じている。国内であれば全国どこでも、顧客の拠点の近くでお役に立て、日本の企業の根本に流れるおもてなしの気持ちで接することもできる。これはグローバルプレーヤーは逆立ちしてもできないことである。日本のお客様は丸投げする傾向が強いが、それによって我々自身も強くなっていく。

 また、パナソニックの創業者から生き続けている社会貢献の気持ちやメンタリティも多くのお客様に理解してもらっている。最後まで逃げない、販売したあとも責任を持つといったパナソニックの企業姿勢を活かしたい。そこに生きる道があると信じている。出来合いの製品を手渡すだけで解決する場合もあるが、さまざまなものを組み合わせて、現地でそれをインストールし、調整し、すり合わせをして、定期的に保守までを請負というところに価値が生まれる。そういうエリアこそ、付加価値が生まれ、差別化の源泉がある。単なるベンダーから、困りごとを解決するパートナーへ変革することを目指す。総合力、信頼感、ブランド、人材を持ってすれば、パナソニックにしかできないという分野もたくさんあると考えている。そうしたポジョニングで、BtoB事業を進めたい。これをもっと進化させて、確固たる方向性を築きたい。

--社名のコネクティッドソリューションズ社にはどんな意味を込めたのか。

樋口 「コネクティッド」に込めた意味は、インターネットやクラウドに接続され、データを共有したり、コントロールしたり、IoTが実現するという状態だけでなく、ソフトウェア、AIがつながることで、さらなる価値を提供する世界の実現を目指すという点である。単品ハードウェアを、コネクティッドによって、さらに高い価値に引き上げていく。そのためには、組織がタコツボの状態ではなく、各事業部が横断的になり、それぞれが持つ製品をつなげたり、製品がない場合にはパートナーシップで調達し、それをつなげて提供するといったことが必要。組織が柔らかくなり、横断的にコラボレーションが起きなくてはならない。これまでの事業部制が強い体質から、文化そのものをオープン化していかなくてはならない。

 そして、一番大事なのはお客様とつながることである。工場にこもって考えても、お客様の使い方を理解しない限り、困りごとは理解できない。お客様のなかには、現場はわかっているが、経営陣は困りごとをわかっていないという場合もある。現場の困りごとを一番わかっているのがパナソニックであると言われるようになりたい。

 パナソニックは、従前から、製品を軸にした事業部による独立採算性で利益を最大化した部分最適の積み重ねで成り立ってきた。しかし、プロダクトアウトだけでは意味がないという局面が増えてきた。従来の発想自体を崩さないといけない。事業部連携や組織横断というよりも、お客様起点から逆算し、必要に応じて事業部同士がつながることが大切であると考えている。

--今後、事業の集中と選択はどう進めていくのか。

樋口 選択と集中は必要であり、力強く進めたいが、まだなにも決めていない状況である。集中するという点では、ソリューションの実現に必要なスタックを揃えていくことが必要。そのエリアはどこかを判断するという景色は十分に見えていない。時間をかけて考えたい。ただ、これは世の中の景色が変わり続けるので、それにあわせて常に考えていくことになる。戦略についてはメリハリをつける必要がある。

--カンパニー本社機能を東京に移転するが、これはどんな狙いがあるのか。

樋口 大阪に本社があるとベンチマーキングがしにくく、時代錯誤に陥りやすい。東京だと、お互いに交流があり、情報交換がしやすい。「門真発想」の限界というと、これまでやってきた社員がどう考えるかということにも配慮する必要があり、慎重に言わなくてはならないが、BtoB事業をやるからには東京にいる必要があるというのは、入社前からわかりきっていたことであった。

 過去に12年間所属していた会社であったとは言え、再び入ってすぐに「はい、東京へいきます」とは言いにくい。反発もあるだろうし、社員が腹落ちしなくては共鳴されないので、しばらくはこのやり方は封印しようと思っていた。だが、コネクティッドソリューションズ社の拠点となっている南門真地区は、売却予定となっており、移転先が大阪市内であることがわかった。大阪に移転をするならば、東京に移転しようと考えた。もし、このチャンスを逃したら、東京に移転するタイミングを逸してしまう。また、東京・汐留に拠点を持つパナソニックシステムソリューションズジャパンの近くのオフィスが空くという情報も入ってきた。それで東京移転を決めた。東京は、海外戦略を遂行する上でも力を発揮できる場所である。

 新たなオフィスは、完全にフリーアドレスにし、そこで各事業部、デザインセンター、イノベーションセンター、販売組織を融合するようなオフィスを作る。それによって、お客様のところに全員で出向く。まさに、松下幸之助創業者の「前垂れ商法」をそのまま実行し、お客様の力で、我々を活かしてもらいたいと思っている。それを実行するのは、やはり大阪中心ではなく、東京を中心にやっていくことになる。

 さらに、たまたま、私が日本マイクロソフト時代に、パナソニックに売り込んだICTのコミュニケーション基盤があり、このツールを私自身が率先してフル活用し、フェイス・トゥ・フェイスを待たずに、直感的な操作でコミュケーションができるような環境をつくる。これにより、組織の壁を壊し、顧客との距離感を縮めていく。もっとオープンなマインドを、組織長、社員が持たなくてはいけない。オープンマインドと顧客の近くに行くこと、ICTのフル活用が大切である。これまでの成功体験に根ざしたマインドや固定概念を打ち破るという意味では、ダイバーシティも必要だ。そのためには外の血を入れたり、積極的なローテーションをしなくてはならないかもしれない。

--2020年の東京オリンピック/パラリンピックに向けて、どんな取り組みを行なうのか。

樋口 2020年に向けて、特需的に、オリンピック関連のビジネスは発生するが、そこに経営を依存するのではなく、次の100年を向けて、生き残るためにはどうするべきか、それに向けてさまざまなトレンドを捉えることが大切である。そこはコネクティッドソリューションズ社に与えられた使命であると考えている。