ニュース
柔道家の野村忠宏氏も登場。初開催されたレッツノートPanasonic Store工房
2016年8月29日 06:00
パナソニック コンシューマーマーケティングは27日、兵庫県神戸市のパナソニック神戸工場において、レッツノート20周年記念モデルの購入者を対象に、レッツノートの組み立てを体験できる「Panasonic Store工房」を開催した。
Panasonic Store工房には19人が参加。東京都から5人が参加したのを筆頭に、大阪府から3人、香川県、静岡県、兵庫県からそれぞれ2人、愛知県、群馬県、三重県、千葉県、徳島県からそれぞれ1人が参加した。年齢層別では、50代が9人と約半分を占め、次いで、60代および30代がそれぞれ4人、20代、40代がそれぞれ1人。平均年齢は50歳となった。328,828円(税別)と高額な製品だけに、高年齢層に偏ったといえよう。子供向けのパソコン組立教室は毎年開催しているものの、一般購入者を対象にした組立教室は今回が初めてとなる。
「集合時間の30分前には半数の参加者が集まり、開始時間前に全員が集合した。参加者全員が楽しみにしてくれていた。中には、Panasonic Storeだけで10台以上のレッツノートを購入していただいているユーザーや、すでにRZシリーズを所有しているのにも関わらず、20周年記念モデルを購入していただいた参加者もいた」(パナソニック コンシューマーマーケティングeコマースビジネスユニット商品部PC企画課・東郷隆則課長)という。
参加者は、PCの組み立てととともに、国内一貫生産のPC工場や検査工程などを見学。また、オリンピックでアジア人初の3連覇を達成した柔道家の野村忠宏氏がスペシャルゲストとして参加。トークショーも行なわれた。野村氏は、1996年に開催されたアトランタオリンピックで初めて金メダルを獲得。これが、レッツノートの第1号機の発売と同じ年という繋がりにちなんで参加した。
レッツノート20周年記念モデルとして発売したのは、RZ5シリーズ ジェットブラックモデル(CF-RZ5QFXQP)。ジェットブラックは、RZシリーズとしては初めての採用。CPUにはCore m7-6Y75 vProを採用し、512GBのSSDを搭載。また、LTE対応モデルとなっている。天板カラーは7色から選択でき、かな表記なしのローマ字すっきりキーボードも選択が可能になっている。
カラー天板を選択した参加者は7人。選ばれた中ではサンダーブルーが最も多く4人が選択。標準色が12人となったが、筐体カラーが黒のため、統一感がある標準色の天板が選ばれたとも言える。パナソニックストアでは、約5割がカラー天板を選択しているという。また、カラーキーボードを選択した人は10人。ローマ字すっきりキーボードを選択した人は8人となった。
なお、参加者には、レッツノートRZシリーズ専用20周年特別本革ケース、神戸工場記念フォトフレーム、記念写真のほか、2万円分のCULB Panasonicコインが贈られた。
レッツノートは、1996年に発売した「AL-N1」が第1号機。当時は、「モバイル」という言葉が一般化していない時期だったが、B5サイズで1.5kgを切る軽さと、SVGA(800×600ドット)のTFT液晶を搭載。さらに、バッテリを2本搭載可能であることから、長時間の使用にも対応。発売と同時に人気が集中。売り切れ店が続出する人気モデルとなった。ちょうど今年、20周年の節目を迎えた。
午後1時から開始されたPanasonic Store工房では、パナソニックコンシューマーマーケティング eコマースビジネスユニットの西崎由訓BU長が挨拶。「みなさんに支えられて、20周年を迎えことができた。Panasonic Storeとして工房を開催したのは初めてのこと。直接感謝の気持ちを伝えたいと考えて企画したものであり、品質へのこだわりを、神戸の地で実感して欲しい。Web販売のPanasonic Storeでは、1人1人の要望に応える形で、14年間製品を提供してきた。これからの30年目、40年目と、引き続き製品を進化させることはもちろん、店舗から提供するサービス面でもより良いものを目指す。今日、作り上げられた製品が、みなさんのパートナーとなって活躍してくれることを、親のような気持ちで願っている」と挨拶した。
続いて、柔道家の野村忠宏氏が登場。オリンピックで3連覇して獲得した3つの金メダルを持参し、それを披露しながら、トークショーを行なった
。
野村氏は、大学4年生の時に、1996年のアトランタオリンピックで金メダルを獲得。その後、2000年のシドニーオリンピックでも金メダルを獲得。2004年のアテネオリンピックで獲得した金メダルは日本人が獲得したメダルとしては100個目だったという。
「レッツノートも20年を経過したが、アスリートの20年前というとかなり歳をとった感じがする。リオオリンピックでは、20代の選手が活躍しており、自分が金メダルを取ったときには生まれていない選手もいる」と会場を沸かした後、「もともと私自身、柔道は弱い期間が長かったが、大学3年生の時から力がつき始め、オリンピックに出場。当時は、日本柔道の代表としてのプレッシャーがあったが、若さと勢いがあった。さらに、そのときには、柔ちゃん(谷亮子さん)に、注目が集まり、プレッシャーがない中で戦うことができた。また、心技体が最も充実して、一番メダルへの自信があったのはシドニーオリンピックの時。その後は、格好良く柔道をやめようと思い、2年間のブランクを空けてしまった。残りの2年間、死にものぐるいで練習を行ない、アテネで金メダルを取った。この時期はとても苦しかった。自分にとって、一番重たいメダルはアテネのメダルである」などと述べた。
また、「私が最初に表彰式で金メダルを噛んだといわれるが、実は、前日に金メダルを取った中村兼三氏が最初。2番目に噛んだ私の方が新聞に大きく写真が出ていたため、そうした印象がついている。実は、金メダルを噛むのは、メディアの要望によることが多い。4連覇した伊調馨選手がリオオリンピックで金メダルを噛んだのもメディアの要望によるもの。伊調選手はそういうキャラクターではない(笑)」などと裏話も披露した。
また、パナソニックがビジネスモバイルPCとして、12年間トップシェアであることについては、「オリンピックに照らしあわせると、4連覇を遂げたことになる」などと表したほか、しばらくの間、レッツノート RZシリーズを使ってみた野村氏は、「これまでノートPCを持ち歩くことはなかったが、軽さ、バッテリ駆動時間の長さ、頑丈さには驚いた。これからはノートPCを使ってみたい。ミキハウスに所属しているが、社員が1世代前のレッツノートを使っていて、羨ましがられた」などと語った。
トークショーの最後には、野村氏から、パナソニック ITプロダクツ事業部プロダクトセンター・清水実所長に、「モバイルノートシェアNo.1」と書かれた金メダルが授与され、野村氏は、「みなさんに愛されるものを作り続けてきたことに加えて、これからもさらに進化していって欲しいとい気持ちを込めて贈りたい」と述べた。
実際の組立は、午後1時50分過ぎからはじまった。組立は、2人の参加者に1人のスタッフがついて、組立をサポートした。
今回のPanasonic Store工房での組立では、37種類60点(そのうちネジが34本)の部品を使用。子供向けの組立教室では、24種類50点(そのうちネジが22本)であったのに比べると、難易度が高くなっていた。全体では47工程におよび、フレキ接合箇所は6つ、コネクタ挿入箇所は5つあった。組立の時間も、途中休憩をはさんで150分間を用意。時間をかけてじっくりと組み立てられるようにしていた。なお、神戸工場の生産ラインでは、約20分間で組み立てるという。
組み立てたPCは、同工場で検査後、2016年8月末に、ユーザーの手元に届けられることになる。通常製品と同様に3年間の保証がつく。
写真で組み立ての様子を追ってみる。
閉会式で挨拶したパナソニック ITプロダクツ事業部プロダクトセンター・清水実所長は、「全員のPCが動いてホッとしている。これを検査して完全なものとしてお届けする。今日の工場見学を通じて、パナソニックのレッツノートは、ここまでやっているのかと、思ってもらったはず。この価格でも安いと思ってもらったのではないだろうか。毎日、従業員一同が心を込めて作っているが、これからも価値が高く、みなさんに喜んでもらえるものを、愛情と熱意を込めて作っていく」と語った。
パナソニック コンシューマーマーケティングでは、今回の参加者に対して、Webを通じたアンケートを後日実施する予定で、その反応次第で、今後も、購入者を対象にした組立イベントの継続開催も検討していくという。