笠原一輝のユビキタス情報局

Intelが用意するAMD Brazosキラーの意外な正体



 AMDがFusionを合い言葉に、自社のCPU/GPU統合型のAPUをアピールしていることは、以前の記事で触れた通りだ。特にAMDが来年(2011年)のInternational CESでリリースする予定のBrazos(ブラゾス、開発コードネーム)プラットフォームは、これまでIntelが市場を独占してきたミニノートPCやネットブック市場にAMDが参入する製品として大きな注目を集めている。

 無論、これまで自社で独占してきたミニノートPC市場やネットブック市場に、AMDに乗り込まれてくる側のIntelも、ただ指を咥えて見ているわけではない。反撃の準備を着々と進めている。しかも、Intelが反撃の武器とする予定の製品は、おそらく多くの人にとっても意外性を持った製品だと言える。というのも、それは新製品ではないし、あっと驚くような製品でもない。

 だが、その製品の投入は、確実にAMDのBrazosを返り討ちするには十分なだけの理由を持ち、実際多くのOEMメーカーには受け入れられ始めているのだ。

●Zacateは低価格のスリムノートPCなどがターゲットになる

 AMDはAPU向けのプラットフォームとして2つの製品を計画している。それがSabine(サービネ、開発コードネーム)とBrazosの2つのプラットフォームだ。前者がLlano用であり、後者がZacate/Ontario用となる。

 AMDは現在までのところSabineとBrazosの詳細に関しては語っていないが、OEMメーカー筋の情報を元にまとめると以下のようになっている。

【表1】AMDが計画しているSabineとBrazos(筆者予想)

Brazos(CPU18W版)Brazos(CPU9W版)Sabine
APUZacateOntarioLlano
GPU内蔵内蔵内蔵
対応APIDirectX 11/OpenGL/OpenCLDirectX 11/OpenGL/OpenCLDirectX 11/OpenGL/OpenCL
ビデオデコーダUVD3UVD3UVD3
メモリDDR3-1066(1.5/1.35V)DDR3-1066(1.5/1.35V)DDR3-1366(1.5/1.35V)
サウスブリッジ(FCH)Hudson M1Hudson M1Hudson M2/M3
SATA6ポート6ポート6ポート
USB14ポート14ポート14ポート
USB3.0対応--M3のみ対応
PCIe(サウス側)4レーン4レーン4レーン
Ethernet
1000BASE-T1000BASE-T1000BASE-T
AMDがIDF期間中に公開したZacateAMDがIDF期間中に公開したBrazosのリファレンスプラットフォーム

 両プラットフォームとも、従来のシステムで言えばサウスブリッジに相当するFusion Cotroller Hubとして、Hudson(ハドソン、開発コードネーム)と呼ばれるチップが用意される。Sabine用がHudson M2/M3、Brazos用がHudson M1というチップだ。M1、M2、M3の機能差はわずかで、M1に比べてM2はアナログRGB用のDACが追加されていたり、M2に比べてM3にはUSB 3.0コントローラが追加されていたりという違いなどである。なお、APUとHudsonの間のバスはPCI Expressになる。

 Sabine用のプロセッサとなるLlanoは、60W/45W/35W/30W/20WのTDP(熱設計消費電力)のSKUが用意されており、基本的にハイエンドからメインストリーム向けのノートPC向けの製品となる。Intelで言えば、通常電圧版(SV版)、低消費電力版(LV版)のCore i7/5/3と競合することになる。

 これに対してBrazosのプロセッサであるZacateとOntarioは、18Wおよび9WのTDP設定がされている。このTDPの設定は、Intelのプロセッサでいえば前者がデュアルコアの超低電圧版(ULV版)、後者はネットブック向けのPineview-M(Atom N4xxシリーズ)と直接競合する製品となる。つまり、Brazosはバリュー向けのラインナップだ。

 これは、現在のAMDの製品で言えば“Nile”(ナイル)の開発コードネームで知られるAthlon NeoやAthlon Neo X2を搭載した製品と同じカテゴリであり、システムの小売価格で言えば500~999ドル(日本円で4万円台半ば~9万円弱)程度の価格帯の製品がターゲットとなる。実際、OEMメーカーの関係者に話を聞くと、AMDは現在のAthlon Neo X2などに近い価格を提示してきているようで、ネットブックよりはやや高めだが比較的低価格でスリムなノートPCなどがターゲットとなっている。

●AMDのAPUが乗り越えるべき課題

 以前の記事でも触れた通り、Intelに対するAMDのAPUのアドバンテージは、GPUがDirectX 11に対応している点で、DirectComputeやDirectX 11に対応したアプリケーションや3Dゲームを実行することができることだ。さらに、UVD3にも対応することで、MPEG-4 MVC/DivX/Xvidなどのハードウェアデコードにも対応しており、Blu-ray 3Dのタイトルを3D立体視で楽しむことが可能だ。加えて、OpenCLにも標準で対応しているので、OpenCLに対応したGPUコンピューティングのプログラムを実行することも可能になっている。

 ある日本の大手OEMメーカーの幹部に以前インタビューしたとき、「AMDのAPUは非常に魅力だ。日本市場ではそれほどでもないが、日本以外の市場では3Dグラフィックス機能がチェックリストの上位に来ているところもある」と述べるなど、AMDのAPUが魅力的であること認めていた。この点に関して、筆者もまったく同感で、3Dの機能を利用するソフトウェアが増えていること、そしてAdobeのPhotoshopやPremiereのようにGPUコンピューティングに対応したソフトウェアも増えつつあることなどから考えて、それらに対応していないIntelの内蔵GPUに比べればAMDのAPUの技術的なアドバンテージは小さいものではない。

 しかし、AMDには克服すべき課題もある。それが納期と供給量の確保、そしてそれらの情報への信頼性だ。AMDはBrazosプラットフォームを、来年の1月にInternational CESで発表する予定だが、問題は、いつBrazosを搭載した製品をOEMメーカーが出荷できるかだ。ある大手ODMメーカーの関係者は「Brazosを採用したノートPCが出荷可能になるのは3月の半ば以降だ」としており、第1四半期に出荷という公約は守れそうだが、第1四半期の終わり頃にようやく出荷ができるようになるのだと証言する。つまり、BrazosのAMDからの出荷が当初よりも若干遅れているというのだ。

 同じことは、Sabineにも言えるようで、同関係者は「Llanoの出荷はデュアルコアが第3四半期、クアッドコアが第4四半期になると聞いている」と証言しており、こちらも当初の予定だった、2011年の半ばよりは若干遅れているようだ。

 もう1つの問題はBrazosの出荷量を確保できるかどうかだ。BrazosのAPUであるZacateとOntarioは、AMDがこれまでCPUの製造に利用してきたGLOBALFOUNDRIESの工場ではなく、GPUの製造に利用してきたTSMCの工場を利用して製造される。利用される製造プロセスルールは、40nmバルクプロセスルールで、AMDのRadeon HDシリーズなどの製造に利用されているものと同じものを利用する。台湾のOEMメーカーの関係者の中にはこれを心配する向きもあるようだ。「昨年AMDがRadeon HD 5000シリーズを出したとき、我々が要求した十分な量が出荷されなかった。今年のRadeon HD 6800シリーズでは若干改善されているが」とAMD GPUの供給量に不満を持つ関係者は少なくない。

 むろん、AMDとて今回はこのことは理解しているだろう。まずは納期と、そしてPCメーカーが求めるだけの供給量を確保すること、この2つがBrazos成功のカギと言えるのではないだろうか。

●Intelが対Brazosとして用意する秘密兵器の意外な正体

 そのAMDを迎え撃ち、あわよくば返り討ちにしたいと願っているであろうIntelだが、Brazosを迎え撃つ武器としてIntelが用意している新製品というのは、多くの人にとって意外な製品だ。

 OEMメーカー筋の情報によれば、Intelは来年の第1四半期に以下の3製品を投入する

【表2】Intelが2011年第1四半期に投入する3製品(筆者予想)
モデルナンバーコアクロック周波数プロセッサコア数FSB
Celeron U3600Arrandale1.2GHz2-
Celeron 925Penryn2.3GHz1800MHz
Celeron 763Penryn1.4GHz1800MHz

 U3600はArrandaleベースだが、925、763は45nmプロセスルールで製造されるPenrynコアのCeleronプロセッサになり、チップセットのGL40、GS40(小型パッケージ版)と組み合わされて利用されることになる。つまり、Intelが約2年前に導入したMontevinaプラットフォームの製品だ。

 ArrandaleベースのU3600はいいとして、なぜ2年前のプラットフォームになるMontevinaプラットフォームで新製品が出てくるのかと疑問を持つ向きもあるだろう。実はこれこそがBrazos対抗の秘密兵器なのだ。特にCeleron 763は、いわゆるULVプロセッサとなる。TDPは10Wで、APUにはノースブリッジ分が含まれるので、その分GL40のTDPである12W分を含んでも22Wになる。4Wほど差はあるものの、十分スリムノートPCに利用できる範囲に収まることになる。

 実はすでにIntelはCeleron 763の現行製品であるCeleron 743をBrazosがターゲットにしている低価格なスリムノートPCのラインに投入している。液晶パネルが11~13型で、薄型で、価格が499~799ドル(日本円で4万円台半ば~7万円程度)で販売されている、いわゆるCULVと呼ばれる低価格薄型ノートPCがそれに該当する。Intelはこの価格帯へフィットさせるため、Celeron 743とチップセットの価格を非常に安価に設定しており、OEMメーカーは低価格な製品を製造することが可能になっているのだ。Celeron 763に関しても同様の価格帯が用意されると、OEMメーカーの関係者は証言する。

 IntelはMontevinaを引き続きこのクラスへと継続提供していくことで、Brazosを迎え撃つのだ。

●45nmプロセスルールという枯れた製造施設で製造できるメリット

 このプランはIntelにとって非常に論理的な答えだと言える。1つは、MontevinaがBrazosに比べて機能面で若干劣るのは事実だが、一般的なPCの用途としては十分な機能を備えているからだ。

【表3】Celeron 743+GL40とBrazosの比較(筆者予想)

Celeron 743+GL40Brazos
プロセッサPenryn-ULVZacate
コア数12
チップセットGL40+ICH9MHudson M1
対応メモリDDR3-800(1.5V)DDR3-1066/800(1.5V/1.35V)
内蔵GPU対応APIDirectX 10/OpenGLDirectX 11/OpenGL
GPUコンピューティング-OpenCL
ビデオ再生支援MPEG4 AVC
VC-1
MPEG4 MVC-
DivX-
TDP(CPU+NB)22W(10W+12W)18W

 表3はMontevinaとBrazosの機能を比較したものだ。見てわかるとおり、どちらの方が魅力的なプラットフォームであるかと問われれば、明らかにBrazosだ。

 しかし、Celeron 763+GL40の方も、必要最低限の機能はクリアしているとも言える。メモリはDDR3に対応しており(今年の終わりにはDDR2とDDR3の価格は逆転すると見られている)、ビデオのハードウェアデコードも、MPEG-4 AVCとVC-1という必須のコーデックには対応しており、最低限必要な機能は備えていると言ってよい。つまりバリュー向けのPCであると見れば、必要にして十分な機能が備わっていると言ってよい。

 もう1つIntelにとってこの答えが論理的なのは、製造面のキャパシティから考えても意味があることだ。というのも、IntelはこれまでCPUを最先端のプロセスルールで作り、それから1世代前のプロセスルールでチップセットのノースブリッジを、さらに2世代前のプロセスルールでサウスブリッジを作るという製造のモデルを採用していた。

 例えば、Clarksdale世代の場合には、CPUであるClarksdaleを最新の32nmで、ノースブリッジに相当するIronlakeを45nmプロセスルールで、サウスブリッジに相当するIbex Peakを65nmプロセスルールで製造していた。ところが、Sandy BridgeではCPUとノースブリッジが1つのチップとして32nmプロセスルールで生産されるが、サウスブリッジのCouger PointはIbex Peakの改良版となるのでおそらく65nmプロセスルールで据え置かれることになる。従って本来であればノースブリッジを製造するはずの1世代前のプロセスルールである45nmは従来よりも余裕があると考えることができる。

 そこで、Brazosを迎え撃つ意味でも、45nmプロセスルールで製造されるPenrynを作り続けるということには意味があると言える。かつ、Intelにとって重要なことは、45nmプロセスルールはすでにメインストリーム向け製品の製造施設としては役目を終えており、製造ラインとしては“元を取った”状態にあるということだ。つまりIntelとしては非常に安価に製造できる状態にあるということだ。

●AMDのBrazosに対して低コストで対抗していくIntel

 以前、Intelのある関係者と雑談しているときにIntelがなぜチップセットを自社で作ることにこだわっているのかという話しになったことがある。その時にその関係者は「チップセット、特にノースブリッジは非常に利益率が高い製品だ」と筆者に語ってくれたことがある。であれば、そこでCPUを作っても同じことが言えるだろう、つまり1世代前のプロセスルールで作ることはIntelにとって利益率が高い製品になるのだ。逆に言えば、Intelにとってみれば、45nmのPenryn+GL40という組み合わせ、仮にAMDのBrazosが非常に魅力的、かつかなりの低価格で攻めてきたとしても、まだまだ値段を下げる余地があり、価格競争を仕掛けられる体力があるということを意味している。

 実はAMDにとってはこれは最悪のシナリオだと言える。なぜなら、AMDはBrazosのプロセッサであるZacateやOntarioの価格を想定よりも下げることは非常に難しいからだ。というのも、AMDは自社のファブではなくファウンダリーサービスを提供するTSMCの製造施設を利用してZacateやOntarioを製造する。つまり、ファウンダリーサービスを利用するコストは一定であり、かつZacateやOntarioの値段もそれを想定して決まった値段だからだ。問題はチップあたりのコストが、Intelが自社のコスト回収が終了している工場で作る場合と比較して低いか、高いかと考えれば、それは明らかに高いだろうと考えられるからだ(もちろんコストはダイサイズと歩留まりにも影響されるので、あくまでもそれらが同じだと仮定しての話だが…)。

 だとすれば、それに対抗していくのはAMDにとってかなり厳しい道になるだろう。逆に言えば、AMDはBrazosの技術的なアドバンテージをアピールしなければならないわけだ。つまりIntelが価格戦争を仕掛けてきたときに、AMDのAPUが技術的にリードしている、そうしたイメージを消費者に対してアピールできなければ、OEMメーカーも、消費者も買ってくれないからだ。だからこそ、AMDは台湾でTFEのようなイベントを開催したのだし、今後もそうしたアピールを続けていくことが必要だと言えるだろう。

 ただ、IntelがAMDを壊滅させるほどの価格競争を仕掛けてくると予想する関係者は少ない。なぜかと言えば、仮にAMDが倒産したりすれば、一番困るのはIntel自身だからだ。というのも、AMDが無くなればx86プロセッサの市場でほぼIntelが100%独占となり、司法当局の干渉をさらに受けることになるのは明らかだ。このため、多くの関係者は「今のシェアを維持するのがIntelの目標」と見ていることを付け加えておこう。

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(2010年 11月 4日)

[Text by 笠原 一輝]