笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIAのOptimus Technologyで実現する次世代ION



International CESで公開された従来のIONを搭載するASUSのネットブック「Eee PC 1201N」

 NVIDIAは、昨年(2009年)のCOMPUTEX TAIPEIにおいて、一定の成功を収めたIONの後継となるION2を昨年末までに発表すると語ったが、結局昨年末には発表されず現時点に至っても発表されていない。NVIDIAはInternational CESの会場において筆者の取材に対して「次世代IONは第1四半期中に発表し、単体GPUとなりPCI ExpressでPine Trailと接続される」と答えたことは以前のレポートでもお伝えした通りだが、その後のOEMメーカー筋への取材でさらなる詳細が明らかになってきた。

 次世代の「ION2」は、GT218の開発コードネームで知られるNVIDIAのGPUコアを採用した単体型GPUで、Pine TrailのサウスブリッジとなるNM10(Tiger Point)とはPCI Express x1で接続されることになる。ION2は、2月上旬にNVIDIAから発表された新しいスイッチャブルグラフィックスの技術であるOptimus Technologyを利用しており、Intelの協力無しでも、Pine TrailとNVIDIA GPUの組み合わせが可能になる。


●DirectX 10.1に対応したGT218をPCI Express x1で接続がION2の正体

 依然としてNVIDIAはION2の詳細に関して公には何も語っていないが、OEMメーカーの方にはすでに詳細が伝えられている。ION2は、GeForce GT 210/210Mなどに採用されているGT218(ノートPC向けはN11M)コアで、16個のSPを内蔵しており、VP4と呼ばれる最新のビデオエンジンが内蔵される。DirectX 10.1に対応しており、NVIDIAの単体GPUとしてはローエンドだが、最新の製品となっている。

 注目に値するのは、PCI Express x1で接続される点。筆者も最初はこの情報が間違っているのかと考えて複数の情報ソースにあたってみたのだが、すべてのソースがx1であるとNVIDIAが説明している、と述べたので、間違いがないようだ。Pine TrailのサウスブリッジとなるNM10は、PCI Express x1を4レーン持つので、x4になると考えていた。正直これは意外だった。

 これがNM10側の制限に起因するのか、それともGT218側の制限に起因するのかはわからないが、いずれにせよ、PCI Express x1では帯域幅が十分ではない。PCI Express x1(Gen1)では上り下りそれぞれ250MB/secとなり、合計でも500MB/secしかない。AGP 4Xが1GB/sec、AGP 8Xが2GB/secだったことを考えれば、いかに狭い帯域幅であるかは容易に想像がつくだろう。

【図1】ION2のブロックダイアグラム(筆者予想)

●Optimus TechnologyはPine Trailでも利用可能に

 それでは、そうした状況でNVIDIAはどのようにこの問題をクリアにするのだろうか? そのヒントは、NVIDIAが2月の上旬に発表した、新しいスイッチャブルグラフィックス技術のOptimus Technologyにある。Optimus Technologyに関しては別記事に詳しいが、ここで概要だけを説明すると、要するに従来は追加のハードウェアが必要だったスイッチャブルグラフィックスに対して、Optimus TechnologyではPCI ExpressにディスクリートGPUを接続するだけで、完全にソフトウェアベースで内蔵GPUとディスクリートGPUを切り替えるという技術になる。

 Optimus Technologyを説明する記者説明会で、NVIDIA GeForceビジネスユニット ジェネラルマネージャのドルー・ヘンリー氏は「今後リリースする予定の次世代IONでもOptimus Technologyが利用できる」と説明した。つまりION2ではGT218と、Pineviewに内蔵されているグラフィックスコアGMA 3150を、切り替えて利用することができるようになる。

 Optimus Technologyではコピーエンジンと呼ばれる仕組みを利用して、ディスクリートGPUのフレームバッファの内容を、内蔵GPUのフレームバッファへ転送するようになっている。具体的には、Windowsのドライバレベルで、内蔵GPUのフレームとマージされて、コピー後に内蔵GPUを利用して画面に描画される仕組みになっている。なお、この時にコピーエンジンが転送するデータは、3Dエンジンなどからは独立して転送されるので、転送中に3Dエンジンがストールなどの性能低下を避けることができるようになっている。

 コピー時のデータは圧縮されて送られるので、少ない帯域でも効率よく転送できるようになる。ION2ではこの特徴を利用して、IntelがディスクリートGPUをサポートしていないPine TrailでもディスクリートGPUを利用できるようにしているのだ。Intelのサポートが期待できない中で、どのようにPine TrailにGPUを追加するかを考えると、Optimus Technologyを利用するというのは、なかなか優れたアイディアだということができるだろう。

【図2】Optimus Technologyのコピーエンジンを利用するION2の仕組み

●帯域幅と消費電力アップが課題

 ただし、こうしたデザインを採用した事によるデメリットもあり、大きく3つあると考えることができる。1つ目が、PCI Expressの帯域が限定されていることによる性能面、2つ目が両方のGPUが同時に動作することにより消費電力が上がってしまう点、そして3つ目がチップ数が従来のIONに比べて増えてしまうことにより、マザーボードサイズが増大し、それに伴い製造コストが上昇してしまうことだ。

 1つ目の課題はすでに述べたようにPCI Expressの帯域が制限されているために生じる性能の問題だ。通常GPUは、CPUとメインメモリから必要なデータをロードして画面描画なり、さまざまな演算を行なっている。大量のデータを処理するタイプのアプリケーションを走らせる場合、そのデータをメインメモリからGPUに読み込み終わるまで、GPUの処理はストール状態になる。その間GPUは待っているだけになるので、全体としての性能は低下することになる。しかも、Optimus Technologyを利用するION2の場合、コピーエンジンによるフレームバッファのコピーで帯域を圧迫することになるので、さらに不利な条件が重なることになる。

 2つ目のデメリットは、2つのGPUが同時に動作することによる消費電力の上昇だ。Optimus TechnologyではディスクリートGPUが動作している時にも、内蔵GPUのディスプレイコントローラは動作していなければならない。Optimusに関するNVIDIAの説明では、ディスクリートGPUがONになっている時には、内蔵GPUの電力ステートは一番下まで落ちると説明されているものの、内蔵GPUが完全にOFFになっている場合に比べると消費電力が増えてしまうことは事実だ(かつIntelの内蔵GPUが、ディスプレイコントローラONの状態で、どの程度の省電力モードを備えているかは明確ではない)。ACアダプタに接続して使っている場合には問題ではないが、バッテリ駆動時にはこの点は問題となる。

●ディスクリートGPU+DRAM分が増えるので、部材コストがアップ

 これまでの2つは、性能(処理能力とバッテリー駆動時間)の問題だが、最後の3つ目の問題はOEMメーカーがION2を搭載した製品を設計する場合に直面する問題だ。

 従来のIONの場合、NVIDIAが提供する統合型チップセットのMCP79(GeForce 9400M G)が、ノース、GPU、サウスが1チップになっていたため、CPUのAtomとあわせて2チップで済んでいた。しかし、ION2では、Pine Trailの2チップ(Atom+NM10)に加えて、さらにGT218自体とフレームバッファとなるDRAMチップが必要になる。これにより、実装面積としてマザーボード上にそれなりのスペースが必要だし、場合によっては基板の層数も増やさないといけないだろう。

 コストという観点ではまずGT218+DRAMが追加コストとしてかかることになる。OEMメーカーの見立てでは、これが30ドル程度だという。さらに、GT218そのものはDirectX 10.1に対応しており、マイクロソフトがWindows 7 Starterを安価に提供するガイドラインに含まれる、GPU対応がDirectX 9までという要件に引っかかるため、Home Premium以上のOSを搭載する必要がある(この課題は従来のIONも抱えていた)。それによりさらに20~30ドルの追加コストがかかることになる。そのように考えると、ION2を搭載すると50~60ドルの部材コストのアップが避けられない計算となる。

【表1】各製品に必要となる部材のコスト、単位は米ドル(価格は非公表のため筆者推定)

DiamondvilleIONPineviewION2
CPU20402020
チップセット20202020
追加GPU---30
OS30603060
合計7012070130

●HD動画の再生が可能になるという明かなメリットがあるION2

 こうした問題を指摘されているNVIDIAのION2だが、もちろん明確なメリットも存在する。それは、言うまでもなくPine Trailに内蔵されているGMA 3150に比べて、3D描画性能が高いこと、CUDAに対応していること、そしてGMA 3150では未対応のHD動画のハードウェアデコードに対応することだろう。

 GT218にはVP4とNVIDIAの内部で呼ばれているビデオエンジンが内蔵されている。VP4は、PureVideo HDビデオエンジンの最新版で、MPEG-4 AVC/VC-1/DivXのハードウェアデコードに対応しており、これらのフルHD動画を再生することができる。もちろん、Flash Player 10.1で追加されるフルHD動画のハードウェア再生にも対応しているため、YouTubeの1080pコンテンツの再生も、ION2であれば十分できるはずだ。

 一方、Pine Trailでこれらの動画を再生した場合には、CPUを利用してのデコードとなるため、CPUの処理が追いつかなくなり、コマ落ちが発生してしまう。

 OEMメーカーにしてみれば、こうしたメリットが、50~60ドルと推定される部材コストのアップを正当化するのかどうかだろう。ハイエンドユーザーでPine Trailの内蔵GPUに満足しているというユーザーは少ないはずで、そうしたユーザーは市場価格で1万円程度のアップであれば十分にアピールできるはずだ。

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(2010年 2月 18日)

[Text by 笠原 一輝]