笠原一輝のユビキタス情報局
ユーザーが欲しいデバイスを早く、安く届けるための仕組み“CTE”を使って日本メーカーができること
2016年6月4日 06:00
日本マイクロソフト株式会社は、COMPUTEX TAIPEIの南港会場において記者会見を開催し、同社が中国の深センで行なっている取り組み「CTE(China Technology Ecosystem)」の活用に関する説明会を行なった。
CTEというのは、一言で言えば、中国のODMメーカーと世界各地のOEMメーカーをお見合いさせて、それにより新しい製品を生み出すという仕組みになっている。本記事では、そうしたCTEとは何なのかを、Microsoftの記者会見やOEMメーカーなどに取材した内容を交えてお伝えしていきたい。
深センを中心としたデジタル機器製造経済圏
始めに、この記事の中で出てくる用語の定義付けをしておこう。というのも、同じ用語であっても、別の文脈で使われると、別の意味合いで使われることが多いからだ。ここでは、以下のように定義しておく。
- OEMメーカー: 自社ブランドで製品を販売するメーカーのこと。OEM(Original Equipment Manufacturer)の本来的な意味では、相手先ブランドの製造を請け負うという意味なのだが、MicrosoftやIntel、Googleなどのプラットフォームベンダから見た位置付けで、業界ではこう呼ばれている。PC業界で言えば、Lenovo、HP、Dell、Apple、ASUSなどが該当する。
- ODMメーカー: ODMは「Original Design Manufacturing」の略称で、製造する製品の設計までを請け負うメーカーのこと。台湾のベンダで言えば、Quanta、ECS、Wistron、Pegatronあたりが有名。OEMメーカーが依頼した製品を、ODMメーカーが製造するという関係になる。
- EMSメーカー: Electronics Manufacturing Serviceは、電子機器の受託製造のことで、他社が持ち込んだ設計を製造するファウンダリサービスのこと。ただし、厳密にはODMメーカーと区別されない場合も多く、EMSとODM両方をやっている企業も多い。有名な例でいうと、シャープを購入したことでよく知られている鴻海(Foxconn)がEMSメーカーとして有名。今回は、EMSメーカーはODMメーカーと一緒に扱う。以下、ODMメーカーと書いている場合には、EMSメーカーも含むと思って欲しい。
現在のPCやスマートフォンのビジネスで一般的なのは、OEMメーカーがODMメーカーに設計、製造を委託し、それをOEMメーカーが販売するという仕組みになっている。ただ、ここでいうODMメーカーというのは、前出のFoxconn、Quanta、ECS、Wistron、Pegatronのような、大手ODMメーカー(「第1階級の」という意味のティア1と呼ばれる)で、そうした大手ODMメーカーが製造した製品が、Lenovo、HP、Dell、Apple、ASUSなどに納入され世界中で販売されている。
それに対して、今回の主題である深センのODMメーカーというのは、ティア1と呼ばれるODMメーカーからは規模が小さくなる、ティア2(第2階級)のODMメーカーだ。こうしたODMメーカーは、Emdoor、IDEA、Coschip、IP3といった、最近名前が知られるようになっているODMメーカーも増えつつあるが、ティア1よりも規模が小さいため、小回りが効くということが特徴となる。また、深センにはODMメーカーだけでなく、プリント基板メーカー、センサーメーカーなどの、コンポーネントを供給する製造・流通網もできあがっている。
このため、台湾のティア1のODMメーカーに比べて、少ないロットを低コストで製造できるのが特徴となっており、最近、業界ではそうした深センのODMメーカーや、パーツメーカーなどの経済圏ひっくるめてCTE(China Technology Ecosystem)と呼んでいるのだ。
なお、このCTEという呼び方は、Microsoftだけでなく、Intelなどでも同じように呼んでおり、同じような仕組みに取り組んでいる。実際、4月に深センで行なわれた「IDF Shenzhen」では、そうしたIntelのCTEの取り組みを説明するような展示も行なわれている。
CTEを活用する最大のメリットは速度感、MicrosoftはOEMとODMのマッチングや技術支援を提供
MicrosoftのCTEの取り組みに関して、Microsoft グローバルODMデバイスセールス&パートナーシップ担当副社長のマイク・キン氏は、「深センにはタイムツーマーケットを実現できる仕組みが揃っている。実際、従来の製品開発のサイクルというのは、1つの製品を開発するのに、従来であれば9カ月かかっていたのが、CTEでは3カ月でできるようになる。この速度感が大事だ」と述べ、CTEを活用することのメリットを訴える。
実際、CTEの取り組みでできる製品はどれぐらい早いのだろうか?
MicrosoftがCTEを利用した具体例として紹介したのが、今回COMPUTEX TAIPEIのMicrosoftの基調講演やブースなどで紹介されていた、マウスコンピューター株式会社(以下マウス)が開発意向表明を行なったWindows Hello対応の3Dカメラがある。
キン氏とは別の会見に登場した株式会社マウスコンピューター 製品企画部部長の平井健裕氏は、CTEに関する筆者の質問に対して「CTEを利用するメリットは、企画段階から実際のサンプルを作るまでの時間がものすごく短い。かつ、新しいことにチャレンジしようというモチベーションが高く、作ると決めたらすぐ取り組んでくれた。その過程では、Microsoftからの技術サポートもあり、それにより開発が加速された面もある。仮にCTEの仕組みを利用しなかったら、今回のCOMPUTEXには持ってこれなかっただろう」と説明する。
キン氏によれば、Microsoftは、深センにそうしたODMメーカーを技術支援するためのラボを用意しており、ODMメーカーの技術的な課題を解決する支援をしているという。
そうしたMicrosoftのCTEの取り組みはどのようになっているのだろうか?
最も重要なことは、OEMメーカーとODMメーカーのマッチング、日本語で言えばお見合いにある。そうしたマッチングには、Microsoftは各種のイベントでLINCと呼ばれる部屋を用意する。LINCというのは誰でも想像がつくように英語のLINK(接続)をもじった表現で、その中にはODMメーカーがそれぞれ部屋を持っており、OEMメーカーとミーティングを行なえるようになっている。あるいは外側にはODMメーカーが試作した製品が置かれており、それを見て興味を持ったOEMメーカーの関係者は、そこからODMメーカーと商談を開始したりという仕組みになっている。
キン氏は「COMPUTEXやWinHECなどのイベントごとに、こうしたLINCの部屋を用意しており、OEMメーカーとODMメーカーがマッチングできるようにしている」と説明する。こうしたLINCを利用するには、何もOEMメーカーだけではなく、PC時代で言えば“ホワイトボックス”と呼ばれていた、ノンブランドのPCに自社ブランドを付けて売っている流通事業者も対象になっている。
というのも、現在はタブレットやスマートフォンなどを、流通事業者が自社ブランドで扱う例も増えているからだ。実際、日本マイクロソフトの関係者は、CTEの仕組みを利用して日本で販売されている例として、ビックカメラから販売されている8型のWindowsタブレットがその例だと説明した。
CTEのボトムアップに大きく貢献している日本のOEMメーカー
だが、作りたい側であるODMメーカーと、売りたい側であるOEMメーカーをただマッチングすればいいかと言えば、そんな単純な話ではない。
というのも、地域によって製品に求められるニーズは異なるからだ。キン氏は「ODMメーカーはグローバル向けに製品を作っているが、ニーズは地域によって異なっているので、それに対処する必要がある。例えば、ラテンアメリカではまず価格が先にきて、その後でスペックが来る。それに対して、日本のユーザーは品質に対しての感心が高い、などの違いはある」と述べる。
しかし、「日本のOEMメーカーは常に高品質を求めており、実際に深センまで人を送り込んで、高品質を実現する取り組みをしてくれている。その結果としてODMメーカー側も成長しており、品質は年々改善されていっている」(キン氏)と、CTE側にとっても、日本のOEMメーカーが参加してくれることには大きな意味があるという。
OEMメーカーにとっては、CTEで製造しようが、台湾のODMメーカーで製造しようが、自社製品として、自社のブランドで発売されている以上、品質に責任を持って取り組む必要がある。このため、多くのOEMメーカーは、実際に担当者自身が自分で深センに行き、技術指導をしたり、生産に関しての指導をしたり、ということを繰り返しているという。
その結果として、ODMメーカー側が学習してレベルが上がるのだ。そうすると、次からより良いモノが、最初から製造できるようになる。最初に持ってくるサンプルのレベルが上がるので、その手直しにかかる時間が減り、より早く出荷できるようになる。
余談になるが、こうした好循環は、かつて日本のOEMメーカーが台湾メーカーに対して行なっていたことと同じだ。その結果として、台湾のODMメーカーのレベルが上がり、今では台湾のODMメーカーがティア1に成長し、いくつかはブランドになった。おそらく、次は中国がティア1になり、その中のいくつかはブランドになり、今後はベトナムやインドネシアがティア2として台頭してくるだろう。結局のところ、そうして歴史は繰り返していくのだ(そもそも日本の電機メーカーも、米国のODMメーカーをやっていた時代があったことを思いだして欲しい)。
こうした好循環が発生しているため、深センの製造業のレベルは急速に上がりつつある。今から5~6年前に秋葉原などで販売されていた深セン産のAndroidタブレットは、“中華タブ”と呼ばれて、低品質だけど安価なタブレットいう代名詞だったが、近年秋葉原などに入ってくる深セン産のタブレットは、徐々にOEMメーカーの製品とレベルが変わらなくなってきている。その背景にはこうした事情もあるわけだ。
クラウドファーストの時代であっても、クラウドにあるアプリケーションをより良く使えるデバイスは必要になる
この連載でも何度も繰り返しているが、Microsoftはクラウドファースト、モバイルファーストという新しい戦略を打ち出し、プラットフォームの戦略も大きく変えつつある。実際、今回のCOMPUTEXでも「Windows Holographic」というHoloLensで使われている技術を、OEMメーカーなどパートナーにも公開することを明らかにしている。
また、Windows 10には、「Windows IoT」と呼ばれるIoT(Internet of Things)に活用できるバージョンが用意されており、PC向けのWindows 10、モバイル向けのWindows 10 Mobileを含めて、全て同じUWPアプリというアプリが動くようになっている。UWPアプリというのは、クラウドサービスに最適化されたアプリケーションの基盤であり、従来はユーザーのローカルストレージにあったアプリケーションが、今後はクラウドに置かれるという世界が現実になる。
そうしたクラウドファーストの時代に、リッチなデバイスは必要ないのか、シンクライアントのように、味気ないデバイスさえあれば良い時代になるのか、と勘違いされている方もいるかもしれないが、それは大きな誤解だ。
クラウドファーストの時代だからこそ、クラウドにあるアプリケーションを、より良く使えるデバイスが必要になる。そのために、PCメーカー、スマートフォンメーカーを含めた、デジタル機器を販売するメーカーが、PC、スマートフォン、タブレットなという小さな定義にとらわれるのではなく、クラウドアプリケーションを最大限活用できる製品を作ることが大事になるのだ。今我々は、まさにそういう時代の入り口にいる。
そうした時代に、選択肢が1つや2つであって良いわけがない。さまざまな価格帯、さまざまな仕様、さまざまなデザインを持つ、多種多様な製品が今後も必要になるだろう。もちろん、大手OEMメーカーには資本もリソースもあるので、自社で開発をすることができる。資本もリソースもない小さなOEMメーカーは、今回紹介したCTEのような仕組みをうまく活用することで、ユーザーが面白い、お買い得と思ってくれるような製品を作ることが可能なはずだ。