バグは本当に虫だった - パーソナルコンピュータ91の話

第6章 AIの時代へ情報化社会の未来予想(1)

2017年2月21日に発売された、おもしろく、楽しいウンチクとエピソードでPCやネットの100年のイノベーションがサックリわかる、水谷哲也氏の書籍『バグは本当に虫だった なぜか勇気が湧いてくるパソコン・ネット「100年の夢」ヒストリー91話』(発行:株式会社ペンコム、発売:株式会社インプレス)。この連載では本書籍に掲載されているエピソードをお読みいただけます!

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2011年IPv4によるIPアドレス割当が終了
人工知能ワトソンが人間のクイズ王に勝利
スティーブ・ジョブズが亡くなる
2013年第二回電王戦で将棋ソフトが人間の棋士に勝利
2015年マイナンバー制度スタート
2016年アルファ碁が世界一の棋士を倒す
ポケモンGO

 2011年、スティーブ・ジョブズの訃報が世界を駆け巡り、多くの人はスマホに流れるニュースで知ることになります。いみじくもオバマ大統領からは「多くの人が彼の死を、彼が発明したデバイスで知ることになった」というコメントが発表されました。いまやスマホを持つのはあたりまえで、皆が毎日、パソコンを持ち歩いているのと同じです。アラン・ケイが子供の教育のためにダイナブック構想を発表しましたが、子供に与えても大丈夫なように、もう少し改良すれば、スマホがダイナブックとなるかもしれません。

 インターネットがなかった時代、自分の意見を発表するには本や論文を出すかなど方法が限られていましたが、今は簡単にブログやWiki(ホームページを簡単に作れる仕組み)などで情報発信できます。ソーシャルメディアが登場し、スマホで情報がアップできるようになり皆がメディアになれる時代となりました。テレビニュースも視聴者が撮影した動画を使うようになっています。情報があふれかえるカオス状態となり、必要な情報を検索するために三つも四つもキーワードを入力して、情報を絞りこまないといけないノイズが多い時代になってしまいました。

 玉石混淆の膨大な情報のなか、知りたい情報を探すのが大変。そこでサイトの情報をまとめるサイトが登場します。まとめサイトと呼ばれていますが、キュレーションとも呼ばれています。キュレーションとは博物館などで働く学芸員(キュレーター)に由来しています。博物館は膨大な所蔵品を所蔵していますが、展示しているのは所蔵品のごく一部。来館者が興味をだくようにテーマを決めて展示するものを選び出して展示します。まさに学芸員の腕の見せ所。同じように膨大な情報の中から整理・収集し役立つ情報に仕立て直すことをキュレーションといっています。

 インターネットがなかった時代にも「まとめ」がありました。岩波新書の『知的生産の技術』で紹介されているコザネ法。梅棹忠夫氏が本や論文を書くために編み出しました。書くテーマを決め、いままで蓄積してきたカードなどからテーマにそったものを小さな紙切れに一項目ずつ書き出していきます。書き込んだ紙を机に並べて上から全体をみます。つながりがありそうな紙切れを探してまとめていきます。まとまったら順番を考えて紙切れを並べ、端をホチキスでつないでいきます。この形が鎧で使われたコザネによく似ているのでコザネ法を名づけられました。まとめて別の新しい価値を生み出すことは昔も今も変わりません。

 初期のまとめサイト(キューレーションサイト)は、なるほどと思う記事が多かったのですが、やがて、パクリや素人が書いた内容を量産し、広告収入を稼ぐサイトがあらわれ問題視されるようになります。またフェイク・ニュース(ウソの記事)が横行し、あまり考えずに拡散してしまい、政治や経済に影響を与えています。

 これからの世の中、情報がどれほど正しいか判断する能力がますます問われる時代となります。では、どうすればよいのでしょうか。インターネットがない時代は、「同じことを三人から聞いたら、どんなに信じられないことでも、おそらく真実」というような法則がありましたが、今はソーシャルネットワークによる拡散なので、この方法はとれません。自分なりの方法を編み出さないといけませんが、私がおこなっている一つは定点観測です。複数個所を定点にして一カ月に一回でも一年に一回でもよいので街や人がどう変化するかを観測するのが定点観測です。今はインターネット社会なので海外で公開されているカメラなどを見るのもオススメです。私は大阪の黒門市場を定点観測の場所の一つにしていますが、二十年前とは様変わりし、今やインバウンドの街となっていて、商店街を飛び交う声を聞くと、どこの国の観光客が多いのか把握できます。また大型書店で棚に並ぶ本のタイトルを見て、ジャンルごとの本の専有面積を見ることで世の中の動きがわかります。定点観測などで世の中の動きがある程度わかりますので、情報を見る時の尺度になります。

 情報の正しさを調べるのに、一番確実なのは人脈です。その分野に強い人に聞けば情報があっているかフェイクなのかすぐわかります。人脈を拡げるには、社外勉強会に参加する、地域の会合に出るなど、やはり人とのつきあいで大切です。ネットに情報があふれればあふれるほど、ますます人とのつきあいが大切になるというのは逆説的ですが、真理です。

 人工知能という言葉を新聞の紙面で見ない日がなくなりました。マイクロソフトが会話理解の人工知能を公開しましたが、悪意のあるユーザとの会話によって人種差別的また暴力的な発言が多くなってしまい公開を中止する騒ぎがありました。人工知能にいかに正しい情報を与えるかが問われています。コンピュータの世界には昔からGIGO(Garbage In Garbage Out)という言葉があり、ゴミを入れればゴミしか出てこず、いかに入力するデータが大切かという言葉です。人工知能社会になっても全く変わっていません。

3・11の震災でツイッターが威力を発揮。通信を支えた海底ケーブル 2011年

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。都心では公共交通機関がほとんど止まり、駅には帰宅難民があふれ、何時間もかけて家まで帰る人が続出しました。家族と連絡をとろうとしても携帯電話、スマホともにつながりません。そんななか、威力を発揮したのがソーシャルメディアです。

 震災時、都心を中心に固定電話、携帯電話、スマホがほとんどつながりませんでした。通話できたのは街角からずいぶん数が減った公衆電話。携帯電話、スマホで通話できなかった原因は地震による基地局の障害と輻輳(ふくそう)を防ぐための発信制限です。新年のあいさつや災害時の安否確認に電話を皆がいっせいに使うと輻輳が発生します。

 輻輳とはたくさんの送受信が集中することで携帯電話、スマホの位置を探す処理能力がオーバーし、また通話に使える電波が不足して携帯電話、スマホなどがつながらなくなることをいいます。つまり回線のパンクです。実際は輻輳が起きる前に、警察や消防などへの緊急通話ができなくなることを防ぐため、一般の通話に対して発信制限をかけます。これで電話がつながりにくくなります。

日本のインターネットを支える海底ケーブル

 今回の震災で情報伝達に威力を発揮したのがツイッターなどインターネットを使ったソーシャルメディア。電話がつながらないので、スマホを使いツイッターやフェースブックで連絡を取り合う姿が見られました。緊急連絡網を多くの会社で作っていますが、携帯電話や固定電話での連絡網は震災では役立ちませんでした。

 ソーシャルメディアが震災でも使えたのはインターネットの中継拠点が震災の影響をあまり受けなかったことと海底ケーブルのおかげです。震災で海底ケーブルのいくつかは影響を受けましたが、全国に分散していますので、影響を受けなかった海底ケーブルを使ってフェースブックやツイッターなどの海外サービスが活用できました。

 日本では千倉(千葉県)、二宮(神奈川県)、北茨城(茨城県)、志摩(三重県)、直江津(新潟県)、石狩(北海道)、沖縄などに海外と結ばれた光海底ケーブルが敷設され、日本のインターネットを支えています。

明治4年には日本に海底ケーブルが敷設されていた

 海底ケーブルの歴史は古く、戊辰戦争が終わったばかりの1871年(明治4年)には長崎から上海、ウラジオストクに海底ケーブルが敷設され、世界各国と日本が電信線で結ばれました。欧米視察団に参加した大久保利通がニューヨークから出した電信は、その日のうちに長崎に届きましたが、ネットワークがない長崎から東京間は飛脚を通じて運び、東京に届いたのは三日後でした。

 ペリー提督が再来航した時には、江戸幕府にモールス電信機を献上しており、電信があることを当時の人々は理解していました。福沢諭吉は鉄道敷設など公共財に熱心でしたが、早い時期からアメリカとの海底ケーブル敷設を主張しています。ようやく1906年に太平洋横断国際海底ケーブルが敷設されます。ルートは東京-小笠原-グアム-ミッドウェイ-ホノルル-サンフランシスコです。

日露戦争の電文は海底ケーブルで打電

 1905年、巡洋艦「信濃丸」が五島列島を航行中にバルチック艦隊を発見。すぐ暗号電文にして海底ケーブルを通じ東京司令部に打電します。発見から二時間以内に「敵艦見ユ」の電文が到着しました。日本がバルチック艦隊を撃破できたのは、秋山真之の丁字戦法など理由はいろいろありますが、陸軍参謀・児玉源太郎が海底ケーブル敷設船を使って朝鮮半島や台湾との海底ケーブルを敷設していたことも大きな理由です。有名な 「天気晴朗ナレドモ波高シ」の電報も朝鮮半島にいた戦艦三笠から対馬海峡の海底ケーブルを通じて東京司令部へ送られました。

 現在では光ファイバーの海底ケーブルに置き換わり八千メートルもの深さがある日本海溝にも敷設されています。ケーブル敷設船という特殊船で海底ケーブルを引っ張りながら敷設していきます。

 皆さんの動画がユーチューブにアップできるのも、この海底ケーブルのおかげです。

3・11で“クジラ”があらわれなかったのはなぜ?

 3・11にツイッターが使えたのには、海底ケーブル以外にもう一つの理由がありました。

 ツイッターにアクセスが集中し、サービスできない時に表示されるのがクジラの絵。3月11日、日本は金曜日でしたがアメリカは木曜夜でした。ツイッターのエンジニアは日本で大地震が起きたことをニュースで知り、「大量のアクセスがあり、ツイッターにアクセスできなくなったら二次的被害が出てくるかもしれない」と考え、段ボールに詰まった未開封のサーバがコンピュータールームにあることを思い出します。次週に、セットアップする予定のサーバでしたが、彼は自分自身の判断で、これら全てをラックに入れ、日本向けのサーバ数を増やしました。

 震災時、携帯電話、スマホがほとんどつながらなくなり、連絡手段として威力を発揮したのがツイッター。クジラの絵があらわれなかったのはアメリカのエンジニアの判断と、海外ケーブルが使えたことにありました。

インターネットの住所が枯渇 2011年

IPアドレスとはインターネットに接続された通信装置一台一台に割り当てられた住所です。複数の同じ住所があると郵便を送ることができないのと同様にIPアドレスも世界に一つしかありません。IPアドレスは三十二個の数字から構成され、四十三億弱のIPアドレス(住所)を作ることができますが、これが枯渇しました。

IPアドレス枯渇問題が表面化

 1980年代、大規模ネットワークが存在したのはアメリカと日本だけ。誰もインターネットが現在のように普及するとは考えていませんでした。当時の世界人口は五十億人ほどで、中心になってインターネットを使っていたのは大学関係者、研究者、軍でした。四十三億のIPアドレスがあれば十分だろうと考えていました。

 やがて商用プロバイダが誕生し、個人でもインターネットに接続できるようになります。ウィンドウズ95が登場し、インターネット接続ユーザが爆発的に増えます。携帯電話にiモードが登場すると、パソコンと携帯電話で二つのIPアドレスが必要になります。そこへネット家電が登場。ますますIPアドレスが必要になり枯渇問題が議論されるようになります。IoT(モノのインターネット)でもIPアドレスが必要です。

 そしてタイムリミットがきました。

日本のIPアドレスが枯渇

 IPアドレスを管理している組織が、2011年2月3日に世界の各地域組織に最後の在庫を割り振り、在庫が無くなったと発表。このニュースが世界を駆け巡り、新聞やテレビで「インターネットの住所が枯渇」と報道されました。

 アジアの地域組織APNICに対して最後の在庫(約1678万アドレス)が割り振られました。そのAPNICが2011年4月15日にIPアドレスの在庫が枯渇したと発表。日本はAPNICの傘下ですので、APNICの在庫がなくなり日本でもIPアドレスの新規割当ができなくなりました。ただ既にインターネット接続している利用者にとって枯渇問題の影響はありません。

IPv6移行には地デジ化と同じで機器や通信網の置き換えが必要

 枯渇以前にIPアドレスそのものの見直しがおこなわれ、約三百四十澗(かん)の住所を作れるIPv6の運用が始まっています。v6とはバージョン6という意味です。澗(かん)とは十の三十六乗、一兆の一兆倍の一兆倍で、これで当分、IPアドレスが枯渇することはないでしょう。ただ完全にIPv6へ移行するためには、全世界の全ての機器や通信網を置き換える必要があります。

 いわばアナログ放送終了に伴う地デジ化と同じようなものです。地デジ化は日本国内の問題ですが、IPv6の場合は全世界ですので切替には長い時間と費用がかかります。
※日本でのIPv6への移行は地デジ化と同じ総務省が担当しています。

サービス事業者と税金の深い関係とは 2012年

2012年6月、日本のスマホ、タブレットで人気を集めていた写真共有サービスがサービスを一時停止しました。日本語で表示されているので日本の事業者が提供していると思っている人が多いのですが、実はアメリカの事業者。アメリカの東海岸を襲った激しい暴風雨が原因でサービスが止まりました。

日本向けサービスの事業者住所はどこ?

 事業者が日本語でサービスを提供していても国内事業者とは限りません。消費税とは物品・サービスなどの消費行為にかかる税金ですが、これがネット時代となり、ややこしいことになっています。ネット経由でもサービスを利用しますので消費税がかかりますが、問題はサービスを提供する事業者がどの国にいるかという問題。海外に事業所があると日本の消費税は原則かかりませんでした。

 やっかいなのが電子書籍。本や雑誌は日本国内どこの書店で買っても同じ値段で消費税がかかります。これはアマゾンも同じで、本という現物が家に届きますので消費税がかかります。

 ところがモノがない電子書籍が登場。アマゾンと紀伊國屋書店が同じ電子書籍を売ると、紀伊國屋書店には消費税がかかりますが、アマゾンは海外の事業者ですので消費税がかかりません。当然、国内業者は不利になりますし、消費税率アップも予定されていますので、財務省では法令改正をして2015年10月から課税できるようにしました。今はサービスを提供された場所が日本国内なら消費税を払うことになっています。

アメリカは州によって税金の取り合い

 アメリカは日本の都道府県と違い、州の力が強く、消費税(売上税)の課税対象商品や税率を自由に決められ、0%から10%前後までさまざま。また“州内に店舗や事務所をもたない他州の企業に州の消費税徴収は強制できない”という最高裁の判例もあってアマゾンは税率の低いところに拠点を設けています。

 各州の小売店はネットが普及し、オンラインで注文できるアマゾンの影響を受けています。そこで各州が準備をすすめているのが、いわゆるインターネット消費税。アマゾン税とも呼ばれています。ネット時代となり税金も国内だけを考えてすむ時代ではなくなり、国や州を巻き込む問題になっています。

水谷 哲也

水谷哲也(みずたに てつや) 水谷IT支援事務所 代表 プログラムのバグ出しで使われる“バグ”とは本当に虫のことを指していました。All About「企業のIT活用」ガイドをつとめ、「バグは本当に虫だった」の著者・水谷哲也です。1960年、津市生まれ。京都産業大学卒業後、ITベンダーでSE、プロジェクトマネージャーに従事。その後、専門学校、大学で情報処理教育に従事し2002年に水谷IT支援事務所を設立。現在は大阪府よろず支援拠点、三重県産業支援センターなどで経営、IT、創業を中心に経営相談を行っている。中小企業診断士、情報処理技術者、ITコーディネータ、販売士1級&登録講師。著作:「インターネット情報収集術」(秀和システム)、電子書籍「誰も教えてくれなかった中小企業のメール活用術」(インプレスR&D)など 水谷IT支援事務所http://www.mizutani-its.com/