今回は計測メーカー、アジレント・テクノロジーの見学記です。
アジレントは電気・電子計測機器業界の最大手。一般向けのテスタから超広帯域オシロスコープまで、幅広い製品を開発・製造しています。従業員数が約16,000人の大きな会社です。日本法人は八王子市にあり、日本全体ではおよそ1,000人が働いています。今回はそこにお邪魔しました。
アジレントは'99年にHewlett-Packard(HP)からの会社分割により発足しました。HPはコンピュータメーカーとして広く知られていますが、もともとは測定器の会社です。つまり、アジレントはHPの創業時からの歴史を受け継いでいると言えるでしょう。
取材はそうした歴史的な製品を拝見するところからスタートしました。
【動画】4260Aを操作中。ただし、あてずっぽうに回しているだけです。メカニカルな感触を楽しみました |
測定器は正確であることが大前提です。テスタで1Vの電池を測ったら、1Vと表示されないと困ります。では、その1Vはどうやって決めるのでしょう?
測定器メーカーは標準器と呼ばれる、基準となる値を出力する機械を持っています。それが正確な1Vを出力しているとしたら、調整したいテスタをつないで表示が1Vになるよう設定すれば、正しく1Vを測れるテスタになります。これが校正という作業です。
そうすると今度は、メーカーの標準器はどうやって正しい値に設定するのか、という疑問が生じるのですが、日本の場合は親玉の標準器が産業技術総合研究所(産総研)にあって、各メーカーはそれに合わせます。ちなみに産総研の電圧標準器は液体ヘリウムで極低温状態にしたジョセフソン素子をベースにしており、10Vを1億分の1Vの精度で校正できるそうです。
信頼性のある測定器を提供するためには、良いハードウェアを作るだけでなく、基準となる値を維持し、それをもとに校正するシステムが必要なんですね。ここからはそうした働きを担っているサービスセンターの様子を見ていきます。
次はアジレントの現行製品を使った計測の実際を見学します。
無線と有線の分野で1つずつテーマを設定し、測定を実演していただきました。まずは無線から。我々も馴染みが深いWi-Fiの電波を調べます。
主役は右端のオシロスコープMSO9404A。アナログ4チャネル・帯域4GHzの機種で、参考価格は5,290,270円です。キーボードがつながっていますね。実は、このオシロはWindowsマシンです。画面を切り替えると普通のデスクトップが表示されます |
いきなり実際の電波を調べるのではなく、E4438C ESGベクトル信号発生器を使ってWiFiの信号を合成し、ケーブルでオシロに送りました。まずこうすることで、波形観測の様子を確実に再現することができるわけです |
IEEE 802.11bの信号を解析中。このようにグラフで通信の状態を「見る」ことができます。左上にマス目が表示されていて、四隅に赤い点が見えますね。これは信号の健康状態を示すもので、コンスタレーション・ダイアグラムと呼ばれます。11bで赤点が4つの場合は、良い状態です。電波状態が悪くなると赤点は2個に減りました |
次はオシロにアンテナを接続して、ノートPC内蔵の無線LANインタフェイスが出す電波を測定します |
アクセスポイントに接続していないノートPCが出す電波は断続的。電波が捕まらない状態では、この画面のようになります。左上にマス目は現れずランダムなイメージ。情報が無い状態です |
【動画】動画で見るとかっこよさがよくわかると思います。我々は見とれるばかりでしたが、本来はWiFiチップやWiFi搭載機器の開発に使われる計測システムです |
次の測定対象はケーブルです。我々が持参したHDMIケーブルの品質を調べていただきました。
HDMI信号は極めて高速です。ケーブルも高品質なものが求められます。その質を正確に調べるためには、8GHz以上の帯域を持つ高性能なオシロが必要となります。また、同等の周波数性能を持つ信号発生器(パターン・ジェネレータ)も必要です。使用機材の総額は数千万円となります。
帯域13GHzのオシロスコープDSA91304と、81134Aパルス・パターン・ジェネレータを組み合わせて測定します。本体の参考価格はそれぞれ14,748,424円と7,023,391円です |
測定対象のケーブル。秋葉原で購入したジャンク品です。測定結果がハッキリ出そうな製品を持ってきました。ごく短い延長ケーブルで、ネジ止めされているプラスチック製のカバーをはずすと細いリード線が並んでいるだけです。見るからに危うい感じです。大丈夫でしょうか |
HDMIコネクタを測定器につなぐためのアダプタ。金色のコネクタを測定器につなぎます。四角い小さなコネクタはCEC等の制御信号用です |
パターン・ジェネレータでテスト用のHDMI信号を作り、調べたいケーブルを経由して、オシロへ送ります。オシロにはHDMI用の分析ソフトウエアがインストールされています。ケーブルによる信号の劣化を調べるのが今回の目的です。市販のAV機器を信号源にして測定することはできないかを尋ねたところ、コピーガードの影響もありうまくいかないでしょう、とのことでした |
パターン・ジェネレータが生成しているのはカッチリした矩形波なのですが、ケーブルを伝ってオシロに届く頃には、こんな形になってしまいます(画面下段)。このときのビットレートは1.3Gbps。個々のパルスの幅は10億分の1秒未満です。ある程度歪んだ波形でも正しく認識されるようHDMI機器は設計されていますが、許容範囲を超えてしまうとエラーとなり、画像の乱れとなって現れます |
信号の品質を視覚的に確認するときに使うのがアイパターンという表示方法です。目のような形ですね。この目がパチッと開いているほど、いい信号です。まず、先ほど示した測定対象とは別の危うくないはずのケーブルを測っていただいたところ、問題ないようです |
そしてこちらは危ういケーブルの測定結果。比較すると、目のところが狭くなっていますね。ただし、エラーが出るほどではないようです。中心の灰色になっている部分に目(まぶた?)が重なってしまうとアウトなのですが、まだ少し余裕があります。でも、このようなケーブルはあまり使いたくないですね |
【動画】測定中のオシロの画面を動画で見てみましょう。前半は波形をそのまま表示しています。後半は専用ソフトによる解析と、アイパターンによる表示を行なっています |
プロによる測定の様子は、大変興味深いものでした。高速で微弱な信号を扱う難しさを感じると同時に、それが可視化されたときの驚きがありました。測るって面白いですね。
【お詫びと訂正】初出時、従業員数ならびに4260Aユニバーサルブリッジの登場年を誤って記載しておりました。ご迷惑をおかけした関係者の方にお詫びするとともに訂正させていただきます。