モバイルPCとしてのLet'snote R9



Let'snote R9

 ここ数日、パナソニックの新製品Let'snote R9を前にして、原稿も書き進めずに固まっていた。もちろん、普通にレビューで記事を書くだけならば簡単な話だ。しかし、コラムの材料となると、さてどうしたものか? と悩んでしまう。いや、おそらくストレートなレビュー記事を依頼されていたとしても、しばらくは悩んでいただろう。

 昨年秋、意表を突いてコンセプトを新たにしたSシリーズとNシリーズを発売したパナソニックだが、この会社のモバイルPCは、ここ数年、頑固なまでに製品コンセプトを変えずに開発を続けてきた。

 ここまで続ければ、もう定番商品といってもいいだろう。PCのような進歩の早い製品には定番ブランドなど育たないと言われていたが、かつてThinkPadは見事に定番商品としての足を固めることに成功した。直近はややテイストが異なるモデルも登場してはいるが、今でもThinkPadを買いさえすれば、いつでも“あの使用感”を得られるという安心感がある。それこそ定番モデルだ。

 Let'snote R1を起源にするLet'snote LIGHTシリーズ(とは最近は言わなくなったが)の流れでは、一本の筋が通った製品開発が続けられている。このことに異論を挟む人はいないと思う。それは少々毛色が違うように見える、SシリーズやNシリーズでも実は変わっていない。

 では何が悩ましいのか。それこそが今回のテーマだ。

●速くて、丈夫で、軽量で、さらにバッテリも長持ちで

 Let'snote R1以降のLet'snoteシリーズは、丈夫で軽量でバッテリが長持ちする。それも他社に比べて圧倒的に優れているというイメージで、スターダムを駆け上がるかのように、一気に日本のモバイルPCのスタンダードになった。

 その影響力を強く感じたのは、当時ThinkPadを開発し、販売していた日本IBMの担当者と話した時だった。大手企業のモバイルPC選定で、Let'snoteシリーズのスペックを前提にした条件設定(特に重さやバッテリ駆動時間)が増えてしまい、ThinkPad Xシリーズが企業向けコンペで負けることが多くなったと嘆いたのだ。同じ話はNEC幹部からも聞いた。それぐらい、圧倒的なスペック差を持ち、日本のモバイルPC選定基準を変えてしまうインパクトを持っていたのだ。

 もっとも、以前のLet'snoteには“速い”という特徴はなく、むしろ少々パフォーマンスを犠牲にしてでも、軽量化と丈夫さを優先するというのがやり方だったのだ。たとえばファンレス設計がそれで、ファンレス化が難しいように見えるプロセッサを搭載する場合でも冷却ファンなしで設計。高負荷での連続動作時には熱くなってくると、自動的にCPUが断続運転になった。

 とはいえ、当時は軽量化やバッテリ駆動時間の長さの方がよほど重要と考えられていたから、悪いというわけではない。それぐらい、コンセプトに対して忠実であることが徹底されていたのだ。

ボンネットデザインもモデルチェンジを繰り返す中で洗練されてきた

 軽量化に極端に振った設計は機能の取捨選択だけではなく、外観の決定にも大きく影響している。薄型化を目指す他社のモバイルPCに対して、Let'snoteシリーズは薄さを捨て、フラットな天板デザインも捨て、しかし合理的に剛性が出せ、応力によってある程度たわみが出ても内部回路にダメージが加わらないという点で有利だ。

 だから、必然的にすべてのLet'snoteは分厚い、ちょっとばかりずんぐりむっくりなプロポーションを持っている。でも、これはコンセプトの徹底がもたらしたモノなのだから、善し悪しで語るものではないし、今さらそこを責めようなどとは誰も思わない。

 Sシリーズ、Nシリーズ投入の際には、そこに速さを加えていこうとなった話は、以前にコラムにしている。

 速くて、丈夫で、軽量で、そしてバッテリ駆動時間も長い。Let'snote R9をレビューするといったって、その基本機能に文句などないのだ。このサイズに超低電圧版とは言えCore i7を入れたこと(チップセットとの合計TDPは前プラットフォームから変化していないことになっているが、実際の熱設計は格段に難しくなっていると、どのメーカーのエンジニアも嘆いている)だけでも、充分に賞賛に値する。見た目はR8とほぼ同じだが、熱設計ほぼ完全にやり直しで、冷却周りは一新されている。

 もし文句があるとするなら、現在の筐体ではWiMAXができない(アンテナを入れるスペースがないそうだ)事ぐらいだろうか。


●私ってセクシー?

 R9の外装デザインはR8と同じだから、違いは性能だけということになる。バッテリ持続時間は短くなったが、それはCore i7マシンということで現時点では致し方ないところ(実際R8よりもバッテリ容量が向上しているので、これでもバッテリ駆動時間短縮はかなり頑張って最小限に抑えている)。

 じゃぁ、どれぐらい……となるのだけど、このPCで動画エンコードを毎日バリバリとやります! という人は希なんじゃないだろうか。だからベンチマークが難しい。とにかく速いし、Atom Z550搭載のVAIO Xと並べて使ったりすれば、そりゃぁもう、同じソフトが動いていることが信じられないほど、異次元の高速さに感じる。

 しかし、今R9を選んでおいて“良かったなぁ”と実感するのは、おそらく買って2年ぐらい経過した時の事だろう。Core 2 DuoのR8だって十分に高速だったし、Core i7のR9はもっと速い。どっちも速いから、あまり速さを実感しないが、2年経過して扱うデータ量が増えたり、インターネットのアプリケーションやコンテンツがさらに重くなってくれば、“あぁ、やっぱり速いのが良かったな”と思う。

 だから、こういう小さなモバイルPCだって、長く愛用したいのであれば、高速性はそれなりに重視した方がいい。

 それでも、やっぱりなぁ……とは、筆者の周囲にいるモバイルPCマニアたち。何しろかっこ悪い。心が躍らない。定番過ぎて意外性がない。物欲に火が付かない。と散々だ。

 筆者自身も、やっぱり色気がないなぁと思う。AudioやVisualの世界で、海外ブランドの設計者やマーケティング担当者は、よく“セクシー”という言葉を使う。ほんのちょっとしたことだけど、光ディスクトレイの出てくる時の立ち振る舞い(ドアの開き方やトレイの動き)が上品なだけでも“セクシー”を連発するし、全体のプロポーションが美しくまとまっている製品を見つけ“セクシーだね”と言っておけば、外観をいたく気に入ったことを伝えられる。

 そんな色気のようなものが、やっぱりLet'snoteには足りないのだなぁと思ったが、我が家に評価用でやってきたR9を見た家人(といっても我が家には妻しかいないが)は、意外にも「いいじゃない。軽くて速くて電池も持つんでしょ? 素晴らしいわよ」と気に入った様子。あるいは女性の目には、この色香の少なさも質実剛健の一部として受け入れてもらえるのか? と思ったが、次に出た言葉は「だって会社で使うPCでしょ? 」だった。

 まったくその通りで、仕事に使うには申し分のないモバイルPCである。特にR9はパワフルさと軽量・コンパクトのバランスが絶妙である。天板のボンネット風加工、円形パッド周りの造形、角をガッチリと噛み合わせてタフさを引き出しているところなど、パナソニックのマジメさが現れている部分だ。実際、モバイルPCとしてLet'snoteシリーズは、ビジネスパーソナルユーザーには圧倒的な支持を受けているのだから、それでいいじゃないか? とも思う。

丸いパッドも継続して採用を続ける中で市民権を得ている液晶角の噛み合わせも機能美と言えなくはない

 ところが、パナソニックのLet'snote担当者たちは、どうやらそう割り切って考えてはいないようだ。もっとパーソナルなユーザーにR9を使って欲しい。ネットブックやCULVノートPCより高価だけど、高価以上の価値をパフォーマンスやバッテリ駆動時間、軽さなどで提供しているということを知ってもらい、こちらにステップアップしてほしい。そう思っているのだそうだ。

●ネットブックの功績は“個人とコンピュータの結びつき”を強めたこと

 ネットブックに関しては、さまざまな功罪が語られているけれど、“功”の面で大きいのが、パーソナルコンピュータを、本来の“パーソナルな道具”に引き戻してくれたことだ。

 会社でコンピュータを使っていたり、家族で共有するPCを使っていたりする人は多いが、意外に自分だけのPCを持ち歩いたり、自分の部屋で自分のためだけにキープしている人は多くなかった。ところが、ネットブックが“自分だけのミニノートPC”という役割を担ってくれたため、ここにモバイルPCがもう一段、上のステージへと上がって一般的な商材になるチャンスが訪れていると思う。

 ただし、モバイルPCがもっと市場で存在感を出すためには、ネットブックでPCをパーソナルに使いこなすことを知った人たち(ネットブックで初めてPCを買うという方は、とても多い)に、次はパワフルなモバイルPCが欲しい、ステップアップしたいと思わせなければならない。

 もし、ステップアップの道筋を描くことができれば、R9だけでなくモバイルPC市場全体が活性化して大きくなり、結果的にハイパフォーマンスで軽量・コンパクトな機種が欲しいというユーザーにR9が選ばれるようになるはずだ。

 では、どうやればもっと、R9のようなモバイルPCを使ってもらえるのだろうか。私はモバイルPCを使いこなすための通信機能やネットワークサービスが、セットアップが終了した瞬間からスグに使いこなせる商品を作ることではないかと思っている。

 Let'snoteであればSシリーズのような製品は、いわば普通のコンピュータと何ら変わらないが、R9(あるいはネットブックもそうだが)のようなシングルスピンドルで画面サイズも小さく、キーボードもレギュラーサイズより小さいといったコンピュータは、使いこなすのは意外に難しい。

 ネットブックの場合、価格も安くパフォーマンスも限られているので、アプリケーションの幅も狭いし、そもそも機能で選んでいるわけではないので、モバイル使用時に使いやすい云々といった事はあまり関係ない。安くて、安い割に高級感のあるお手軽なコンピュータがあればいいから、使い切っているという感覚がなくともあまり文句はない。

 しかし、ネットブックの3~4倍の値段になると、ユーザーの見方は厳しくなる。R9などはネットブックの4倍どころか、5倍も6倍も優れたコンピュータだと思うが、それも“何かやりたいこと”をさせなければ価値を引き出せない。

 では本当の意味でのパーソナル化を進めたネットブックというカテゴリに目覚めてくれたユーザーを、どうやったら受け止めることができるだろうか。

●モバイルPCをモバイルPCとして使ってもらう工夫を

 「僕はPCを出先で使いこなしているモバイルPCユーザーだ」と自称している人でも、実はR9のような製品を持っている人は少ない(故にほとんど製品がなくなってしまい、今や10型クラスの1スピンドルモバイルPCは、ネットブックを除けばLet'snote Rだけになった)。PCを使いこなしている人であっても、2台以上のPCを管理して使い分けるのは、結構、面倒くさい事だからだ。

 だからLet'snoteでもSシリーズやWシリーズ、あるいはソニーならVAIO Zの方が人気がある。1台のコンピュータで、あらゆる使い方をカバーしてしまう方が楽だからだ。

 それでも、以前は他に代わるものが無かったから、ユーザーはさまざまな工夫をしてモバイル専用のPCを使いこなしていた事もある。しかし携帯電話の機能が向上し、スマートフォンが普及してきた昨今、“PCを持ち出さなければ”というモチベーションは下がってきている。

 私はPCが好きだから、できる限りPCを使ってネットにアクセスしたいし、PCを使った方が便利だとは思うが、これだけ情報にアクセスする手段が多様化してくると、必然的にノートPCを持ち歩かなくてもいいか……と思う人は増えてきてしまう。

 以前にも書いたが、PCがどんなに便利だと言ったところで、レジュームしてすぐに認証なしに通信が始められないようでは、携帯電話やスマートフォンのように、ネットサービスの中に製品が溶け込むような統合された使い勝手を提供する事はできない。

 モバイルWiMAXは全国展開に向けて徐々に整備が整ってきているし、3GネットワークにしてもMVNO業者への提供が始まってから、柔軟性のあるサービスが始まっている。これらの通信サービスを、製品を購入したその場から利用できるようにすることがまずはスタートだ。たとえば購入時にCTOで加入プロバイダを指定し、接続設定が終わった状態で顧客に届けることはできないだろうか?

 その上で、モバイルPCをモバイルPCとして使いこなしてもらうよう、データホスティングを中心にしたネットワークサービスへのアクセスフロントエンドを開発し、装備してはどうだろう。

 これらは思いつきに過ぎないが、PCベンダーの商品企画担当は、毎日、新しいモバイルコンピューティングのアプリケーションを考えているのだから、きっと斬新な使い方を思いつけるはずだ。

 モバイルPCとして使いこなせるポテンシャルを持ったPCはあるのだから、その次のステップとして「買ってきたらスグに使いこなせる」をキーワードに、前へと進むことができるように思う。

バックナンバー

(2010年 2月 5日)

[Text by本田 雅一]