新OfficeはLiveと連動
~サーバーレス環境、パーソナルユースでもコラボレーションが可能に



 Microsoft本社バイスプレジデントでOfficeプロダクトマネジメントグループを統括する沼本健氏は、Officeを将来どのように進化、成長させていくかを取りまとめるマーケティング部門のトップである。元々は日本の官僚として働いていた同氏はMicrosoftを転職先として選び、Officeチームのプログラムマネージャ、マーケティングマネージャとして働いてきた。現在、Microsoft本社に所属する唯一の日本人エグゼクティブでもある。

 その沼本氏に来年登場するOffice 2010、そしてOffice Web AppsやWindows Liveと統合されるOffice Liveの将来について話を聞いてみた。

沼本健氏Microsoftの新キャンパス

--11月に開催されたPDCではCSAのレイ・オジー氏がWindows Liveを春に全面再編すると話しました。時期的にはOffice 2010のリリースと重なりますが、これは偶然でしょうか? それともOfficeと連動した機能が提供されるのでしょうか?

沼本Office Web AppsとWindows Liveの更新は連動しています。Web AppsはWindows Live IDユーザーに提供され、SkyDriveとともに利用するサービスですから、新しくなったLiveとは同時に提供されます

--現在、Officeユーザー向けにOffice Liveが提供され、WindowsユーザーにはWindows Liveが提供されていますが、よく似た面と異なる側面があり、少々混乱しやすい気がします。

沼本Office LiveはWindows Liveに統合されることになっています。Liveの詳しいスケジュールは私の方からお話できませんが、新しいWindows LiveはOffice Liveの機能を包含することになるでしょう。

--昨今のOfficeはバージョンを重ねるごとに、Microsoftのミドルウェア、たとえばSharePointやExchange Serverとの統合度を高めていますよね。両者とも今やBackOfficeではなくOfficeチームのプロダクトになりました。企業ユーザーはより高い価値を手にしていますが、一方でそれらを導入していない小規模なオフィスや個人ユースでは、Office本来のパフォーマンスを知ることができないという問題がありませんか?

沼本まだ正式に決まっていないこともありますから公にはできない部分もあるのですが、1つの例としてLiveのサービスを中心に、Officeの提供するコラボレーション機能を体験できるように、新しいバージョンでは工夫しています。例えばSkyDriveに文書を置けば、Office 2010とOffice Web Appsを用いて共同編集を行なうことができます。共同編集はSharePointを利用することで実現しているのですが、同じ体験をLiveを通じてもしてもらおうと考えています。

--OfficeではOutlookがコミュニケーションのフロントエンドになっていますが、Office LiveではHot Mailでのサービスになっていました。プラグインを使えばOutlookからもメールやカレンダーを利用できますが、Exchangeサーバーを用いた時ほどの機能や連動性はありません。このあたりはもう少し強化されるのでしょうか?

沼本以前はLiveの開発チームとOfficeの開発チームは連動していませんでした。Office Live提供時はWindows Liveをベースにプラグインを開発しています。しかし今後はWindows Liveに統合され、社内的な位置付け、意味付けも変化してきますから、何らかの変化は起きていくと思います。それに関してはLiveの開発チームが取り組んでいますので、もう少々お待ちください。

 我々が目標としているのは、生産性を向上させるためにどんな新しい要素を盛り込めるかです。Liveサービスと連携すべきだから連携するのではなく、生産性を向上させるために有効な手段は何かを考えることが重要です。よく言われるように、ソフトウェアは究極の耐久財で、いくら使っても目減りしません。従って日々改良を加え、バージョンアップごとに生産性向上を感じてもらえなければ、新たな製品を使ってもらうことはできません。同じ使い方を続けていくのであれば、ソフトウェアを変更する必要はなく、永遠に買い換える必要はありません。

--言葉で生産性向上を謳うのは簡単ですが、Officeに含まれているソフトウェアは、それぞれに改良が進んでいて、実際には1つずつを改善するのはかなり困難ですよね。コラボレーションの機能も、ずいぶんとこなれてきた感がありますが、まだ前進する余地はありますか?

沼本新しい製品を使ってもらうには、新しい作法を生みだし、より高い期待を満たすために仕事のスタイルそのものを変化させていく必要があります。たとえば私はかつて日本で国家公務員を務めていました。役所ですから、電子化の波がやってきても、現場のやり方は変化せず、頑なに紙の文書による仕事を続けていました。

 しかし今は大きく変わり、少しずつですが電子化が進んできているようです。ワークフローを変えて導入するのは難しいのですが、ワークフローの中で新しい技術を使いこなす方法を提案していきます。

--その場合も個人ユーザーの場合と同様に、Microsoftのサーバーがないとパフォーマンスを発揮できないのでは、なかなか使ってもらいづらいですよね。北米ではExchange Serverを採用する企業の率が非常に高く、SharePointもかなり幅広く使われています。その北米市場を前提にすると、日本では話がズレるということになってしまう。

沼本あたりまえにSharePointがあり、あたりまえにExchangeがあるという環境が前提では、顧客にはOfficeが素晴らしいとは説明できなくなってしまいます。次の時代のオフィスには、こんな仕組みが必ず必要になるんだ、という“新しいあたりまえ”を、多くの人と共有する必要があります。ちょうどOfficeが世界中の企業で使われ、どこの事務所でもOfficeを使って電子文書を作成するようになったのと同じように、新バージョンが描くコンセプトを前提条件なしで体験してほしい。

 Office Web Appsは、Officeを使った生産性向上を体験する場を作りたいという意図もあってWindows Live ID登録者に無償で提供することにしたのです。

--ではOffice 2010では、“SharePointとExchange Serverのある世界”と同じように使えるよう、新Windows Liveと連携するようになると考えていいでしょうか?

沼本それは技術中心の話ですね。SharePointやExchangeと同じものをオンラインで提供するか否かではなく、ユーザーの利用シナリオに対してどう対応していくかです。どのテクノロジを使うのかにこだわるのではなく、それらの高機能なサーバーを使うよりも、ずっとハードルの低い提供の手法を考えなければなりません。

 むしろ、個人ユーザー向けにもっとも洗練された手法を用いる必要があるでしょう。ExchangeとOutlookは、おっしゃるとおり一体化されるように設計と開発が行なわれています。Officeユーザーなら皆さん、Outlookをお持ちなわけで、残るはExchangeに相当する役割をどうするかだけなんですね。中小企業向けにはExchangeのホスティングサービスをパートナーを通じて行なっていますし、Microsoft自身もオンラインサービス事業を開始しました。そこからさらに裾野を広げていくためにどうするかということです。

--もう少し具体的にOffice 2010について伺いたいと思います。かつてのOfficeは、それぞれ単体の生産性向上ツールでした。そこからユーザーが互いに連携しながら効率的に作業を行なうための機能を追加し、作業チーム全体の生産性を高めるシステムへと変わろうとしてきました。Office 2010はこの路線を引き継ぐものでしょうか? それとも、別の新たな局面を迎えるのでしょうか?

沼本Office Systemという名称に変化したのは2003の時でした。SharePointとOffice、Visio、Projectといった製品を同時期にアップデートし、それぞれの機能を同期させてネットワークを通じたシステム全体の効率を上げる取り組みをしました。それまでも同様の挑戦はしたかったのですが、各製品を複合的に採用している顧客はバージョンが混在すると不都合ですから、すべて新しいバージョンで統一し、それまで考えていたアイディアをまとめて採用しました。関連製品を一度にバージョンアップすることで全体のパフォーマンスを上げる手法は2007、2010でも同じです。

 文書管理のシナリオを考え、そのシナリオに沿って利用する際、各製品で何ができるかを判断。実際の開発チームに指示します。加えて、各チームでの実装をチェックし、システムの整合性を合わせ込んでいきます。

--Office出身のスティーブン・シノフスキー氏は、Windows 7の開発に関して大まかなコンセプトをトップダウンで指示し、実際の実装方法や機能面でのアイディアはボトムアップで拾い上げ、それをチーム全体でミドルアウトというプロセスを採用することで、システム全体の一貫性を保つことができたと話していました。沼本さんの話は、その話とよく似ていますね。

沼本Microsoftといっても各製品分野ごとに文化が異なり、部門ごと、チームごとに開発の雰囲気は違いますが、Officeに関しては組織として安定しているのが特徴になっています。ほかの製品の場合、開発メンバーは部署間をよく移動したり、辞めていったりするのですが、Officeを開発しているメンバーは同じ製品をずっと担当している人が多いのです。Excelを開発してきた人は、次もExcelをやり続け、同じテーマで勉強を続けていますから、現場の開発者があらゆる経験を持っています。

 そこで、トップダウンで全体の枠組みは指示するのですが、実際の機能実装などに関してはボトムアップでアイディアを出してもらうという手法が自然に生まれてきました。あるテーマがあったとして、関連するすべての開発者がテーマに沿った新しいアイディアを個々に提案します。それを集めてプログラムマネージャが、どの実装が一番良いかを評価するんです。新機能のマーケットプレイスのようなもので、エンジニアたちは自分たちのアイディアを採用してもらうために、さまざまな根拠となるデータを示しながら売り込むのです。

 最終的にどのアイディアを採用するか決まったならば、今度はOfficeシステム全体のプログラムマネージャが、各製品ごとのアイディアを見て他製品の担当と機能のすりあわせを行なったり、特定製品のアイディアを他製品に持ち込んだりといったことをやります。これがミドルアウトと呼ばれているプロセスです。

 Officeは長年にわたって多数の製品に一貫性と連動性を持たせる必要があったため、こうした開発プロセスが当たり前のように行なわれてきたんです。スティーブンが話した手法は、まさにOfficeの手法ですから、彼はWindows開発でも同じ方法を試したのでしょう。

--Office 2010ではWindows上で動作するリッチクライアント以外に、Webブラウザや携帯電話からの利用など、多様な環境でOfficeの機能を活用可能にします。とはいえ、やはり主役はWindows上のリッチクライアントですよね。将来を見据えた場合、これからもずっとリッチクライアント版Officeが主役で有り続けるのでしょうか? それとも、Officeの持つ価値は、他のさまざまなシステムやサービスの中へと溶け込んでいくのでしょうか?

沼本我々はどんな技術やプラットフォームにもこだわっていません。Officeチームの仕事はオフィスワーカーの生産性を高めることであって、そのためにどんな方法が良いかを突き詰めることです。生産性向上をもっとも大切なコアのコンセプトとして持っているので、より多くの価値(より高い生産性)を提供するチャンスがあるのであれば、技術にこだわりはありません。技術的に高度な製品を使ってもらうのが目的ではないのです。

Web Appsとリッチクライアントではファイルの表示結果が同じである

 たとえば今回、Office Web Appsが提供されますが、実はOffice Web Appsの開発チームというものは存在しません。たとえばWeb版のWordは、リッチクライアント版のWordを開発しているチームが担当しています。Wordの生産性を高める手段を考えているのはWordの開発者たちで、彼ら自身がWeb版のWordが参加することで、どういったプラス面を引き出せるかを考える必要があるからです。すべては生産性を高める手法なのです。

 ただし、その中で一番洗練されたプログラムコードがリッチクライアント版であることは間違いありません。その開発で得られたノウハウを、どんなデバイスの画面に投影していくのかを考え、今回は携帯電話とWebブラウザのサポートを行ないました。このため、リッチクライアントがスーパーセットで、Web版や携帯電話版はサブセットとおっしゃる方がいます。しかし、そうは考えていません。それぞれの端末ごとに特徴があり、役割も使われ方も異なるからです。それぞれPCにはできない得意なことを持てばいいのです。

 たとえばOneNoteのモバイル版では、携帯電話で撮影した写真やちょっとしたメモが、どんどんオンラインストレージに溜まるようになっています。このデータにはPCからもアクセスして共有が可能です。携帯電話が得意な情報収集の手法とPCが得意な手法は異なるのですから、それぞれに得意なことがあればいいですよね。

 Web版や携帯電話版は、確かに機能の数だけを見れば縮小版ですが、縮小均衡ではなく、それぞれの特徴をどう活用してベストのシナリオを導き出すかに力を入れています。

--リッチクライアントとしての各Office製品は、その生産性を、今後も向上させていくことが可能だとお考えでしょうか?

Office 2010で追加されたコピー&ペーストのプレビュー機能

沼本いくらでも方法は残っています。もっともシンプルなところでは、カット&ペーストでも生産性向上の余地はあると思います。基本的な操作だけに、多くの人が多用していますが、カット&ペーストを行なった後に行なう操作でもっとも多いのはアンドゥ(取り消し)なんです。つまり、これほど基本的な操作でも、やってみたら思っていたような結果にはならなかったということです。ならば、そこにはイノベーションを起こす可能性があります。Office 2010にはカット&ペーストプレビューという機能が追加されており、実際にペーストをする前に、画面上でシミュレーションしてから本当にやるかどうかを決めることができます。こんな単純なことでも、実際にユーザービリティテストを行なってみると、すごく生産性が上がります。

 また、前回のバージョンから採用し始めたリボンを用いたユーザーインターフェイスは、既存ユーザーを始め多くのマスコミから批判を受けました。使いにくくなったとの声も聞こえました。しかし、実際のデータ収集結果を見るとアプリケーションが持っている機能を使う比率がとても高くなっていました。アプリケーションごとに違いますが、およそ4から10倍ぐらい、以前のバージョンよりも多くの機能をユーザーが使っています。変化を望まない顧客もいることは確かですが、リボンユーザーインターフェイスになることで、多くの人は今までより幅広い機能を使いこなすようになったのです。同様のイノベーションは、今後も続けることができるでしょう。


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(2009年 12月 18日)

[Text by本田 雅一]