テクノロジーと社会の「接続」を考える



 去る5月21日、お台場の日本科学未来館で「TEDxTokyo 2011 〜未知への扉〜」と名付けられたイベントへの参加と取材を行なってきた。米カリフォルニア州モントレーで毎年行なわれているTED(Technology Entertainment Design)という有名な講演会があるが、この思想を受け継ぎ、各地のボランティアスタッフやスポンサー企業で独立運営されいるのがTEDx。その東京版がTEDxTokyoということになる。

会場の様子 TEDxTokyoを支えたボランティアスタッフたち

 TEDや関連イベントの講演は、すべてYouTubeで配信されるため、その講演を見たことのある方も少なくないだろう。TEDxTokyo 2011もすでに日本語通訳付き映像を含む映像を無料で見ることができる(日本語版はこちら、英語版はこちら)。

 イベント全体は本サイトの主題である“PC”とは異なるものだが、テクノロジー、そしてテクノロジーと社会の関わりといた視点で見ると、興味深い面も感じた。

●多様な立場、視点からの知見を1つに

 TEDのブランチイベントは、これまでに何度も日本で行なわれてきていたが、TEDxTokyoとして定期開催されるようになってからは、今回が3年目とのこと。関係者によると、従来はデザイナーと外国人を中心にしたコミュニティから拡がった人脈での参加者が多かったとのことで、約300人の参加者の顔ぶれは普段のIT系イベントとは大きく異なる。

 しかし、この点はTEDxTokyoの運営側も意識をしているようで、今年は特にテクノロジーにかかわる参加者を大幅に増やしているという(TEDxTokyoは完全招待制のイベントのため、自分から参加申し込みはできない)。筆者が声をかけていただいたのも、そうした動きの一環なのだと思う。

 講演会の内容については、私のノウミソというフィルタを通して知るのではなく、ぜひとも配信されている映像を通じて自分の体で感じて頂きたい。ここでは簡単に、筆者が個人的に印象的だった講演を簡単に紹介したい。

 まずはプレゼンテーションのカリスマ、ガー・レイノルズ氏のプレゼンテーション。内容は実にシンプルで、要約竹林のすばらしさに学び、ヨーダの教えとロッキー・バルボアの精神で困難を乗り越えていこう、というもの。レイノルズ氏は、プレゼンテーションから、いかにメッセージを削り取って本当に伝えたい部分だけを残すか、という“引き算のプレゼン作成”を唱えている方だ。内容はPCとは何も関係ないが、そのプレゼンスタイルは多くのビジネスパースンの参考になるはず。必見だ。

 「Happy」というドキュメンタリー映画を製作した清水・ハン・栄治氏は、人が幸せをどう感じるのかについてを、豪奢な金閣寺の虚しさと、その先に辿り付いた質素な銀閣寺の簡素ながら充実した空間にたとえて講演した。世界でももっとも豊かな国の1つでありながら渇望と閉塞の中にある日本人にとって、興味深いテーマだ。

 キャシー松井氏の女性労働力の活用についての意見も、是非とも見て欲しい。少子・高齢化に伴う労働人口の急激な減少に対して、移民とともに女性労働力を活かせる社会造りが必要との提言を、具体的な統計数値を交えながら提案している。女性労働力を単純評価するのではなく、実現するための社会システムの問題と改善案といった部分にまで踏み込んでいる。

 女性が働いても少子化は進まないこと、子供がいる女性が働ける環境を整えていないため諸外国に比べ25〜40歳の女性の就労率が低いこと、男性が子育てに参加したくともできない勤務状況であることなどをデータとして挙げ、男女を問わず子育てしながらの就労が可能な環境を整える事で少子化と労働人口減少の両方に対し、効果的な改善を施せる余地があると訴えた。

プラスチックの油化装置

 プラスチック油田提唱者の伊東昭典氏は、プラスチックから石油相当品を取り出す技術の活用を訴えた。既に一部離島などでは大規模プラントも動いているというが、同氏は小型化されたプラスチックの油化装置の普及を目指している。

 仕組みは簡単で、釜の中でプラスチック(流通しているプラスチックの6割が再生可能)を溶かし、煮立て発生したガスを水に通す事で冷やして液体に戻すと、ガソリン、軽油、灯油、重油に相当する油が混ざった混合油を作る事ができるという。生産量は1キロの廃プラスチックに対して1Lの油が取れる。写真にある小型油化装置は約100万円で、1Lの油を作るための電力は1.2kWと意外に少ない。

ハイドロゲルに野菜が芽生えているところ

 早稲田大学・客員教授でメディカルバイオ専門家の森有一氏は、医療用の特殊な高分子膜を用いた新しい農業の提案を行なった。血液浄化膜“ハイドロゲル”を用いた植物栽培技術「アイメック」を用いることで、津波によりヘドロや塩分、あるいは放射性物質が完全に除去できない土壌でも健全な作物を作ることができるため、東北沿岸部の復興に役立てることができるのでは、と話した。

 アイメックでは、砂、コンクリート、氷といった、従来では考えられなかったものの上でも作物が育つ上、農業用水の使用量が数分の1に削減できるため、アフリカ・オマーンの砂漠農地化プロジェクトでもアイメックの技術が使われているそうだ。赤道直下の砂漠で作物を作ると、野菜類は温帯の2倍の速度で育つため食糧供給量を増やすことが可能になる。しかも、この手法で作った作物は、すべてが美味しくなる(たとえばトマトは甘みが数倍になる)そうだ。

グリーンフロートを提唱する清水建設の竹内氏

 個人的にもっとも興味深かったのは、清水建設のプロジェクト「グリーン・フロート」ジェネラルマネージャ竹内真幸氏の話だ。清水建設は2012年完成の本社社屋を、最新技術を用いて二酸化炭素排出量を減らしたエコビルディングとして設計しているという。太陽の位置に合わせて自動的にブラインド角度を調整し天井へと太陽光を反射させることで、明るさを稼ぐ。また、天井に熱輻射の大きな素材を用いて冷暖房効率を上げるといった技術が盛り込まれている。

 さらにはエネルギーを自己生産することで二酸化炭素排出ゼロとし、さらに二酸化炭素を吸収させる“カーボン・マイナス”化までのシナリオが清水建設にはある。が、竹内氏は「ビル単位での努力を行なっても未来はバラ色にはならない。環境問題の解決には都市全体を、新たな枠組みで設計し直す必要がある」と話す。

 その具体的な提案がグリーン・フロートというものだ。詳しくは講演を見ていただきたいが、赤道直下の海に高さ1,000mのタワー型浮島を作り、そこに都市を建築しようというものだ。赤道直下の気温はほぼ一定のため、高さ1,000mに都市を造れば気温は26度でほぼ一定。冷暖房の必要はない。

 0mとなるフロートの基礎部では、農業と漁業で食料を生産する。都市部の排水を1,000mのタワーで濾過し、農業用水として活用する。0m地点は赤道直下のため作物の育つ速度が速く、まわりは海のため水産資源にも困らない。

 しかも、単なるビジョンではなく、2025年に着工を目指す具体的なプロジェクトとして進めているという。海の活用に関する国際的なルール作りなど、まだ解決すべき問題はあるようだが、今後の動向を注目していきたいプロジェクトだ。

 他にも医学、エネルギー、社会貢献など、さまざまな立場で取り組んでいる人たちが一同に会して講演会を行ない、休憩時間やランチ、アフターパーティといった場で、意見を交換し合う。見たところ参加者の4割程度は外国人で、西洋人だけでなく中東やアジアからの参加者も見ることができた。


●テクノロジー企業との間に横たわる峡谷

 このようにイベントとその内容は大変に興味深いものだったが、同時に日本のテクノロジー企業の大半が持つ価値観と、TEDxTokyoを構成するコミュニティが持つ価値観の間に横たわる深い峡谷も感じた。

 TEDxTokyoで話をしていると、講演者、参加者ともに、自分の立ち位置を明確にしながらも、他の領域への理解を深める努力を積極的に行なっている事が感じられた。たとえばマーケティングの立場からでも、テクノロジーに対して表面的にではなく、より詳細な“成り立ち”の部分に迫ろうとしたり、純粋なエンジニアが社会学的な思考を元に技術の応用について考察を試みるなど、専門分野以外との連携・融和を強く意識した様子が伺える。

 しかし、日本の輸出産業を支えている技術企業、そこで働くエンジニアは、こうした環境から隔絶されたところにある。他分野の動向やアイデアが、実は専門違いの自分のアイデアを思いつくヒントになることは少なくないはずだ。

 特にクラウド型のネットワークサービスを中心に、スマートフォンやスマートフォンに類するデジタル機器、PC、AV機器などが連動して付加価値を生み出す現代的な“アプリケーションの形”が定まりつつある昨今、異分野の考え方、コンセプトのピースを集め、1つの美しいステンドグラスへと組み上げる能力、あるいはそうした取り組みに積極的なアイデアを出せるよう、企業の仕組み作りを変えていくなどの必要性もあるかもしれない。

 TEDxTokyoのようなイベントも、さらに参加者のバリエーションが拡がってくるようになれば、また日本人の参加者も増加するようになれば、少しずつ状況も変化してくるのではないだろうか。

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(2011年 5月 30日)

[Text by 本田 雅一]