Google I/Oに思うパーソナルコンピューティングの変化



 今週のIT業界は話題が目白押しだ。もともと、米Googleが開発者向け会議「Google I/O 2011」を開催することが決まっていたが、おそらくこのタイミングを計った上で、MicrosoftとNVIDIAも大きなニュースを発表した。MicrosoftはSkypeを、NVIDIAはIcera(ベースバンドプロセッサのベンダー)を、それぞれ買収すると発表した。これら一連の動きは、“パーソナルコンピュータ”というカテゴリの定義が大きく変わろうとしている業界の状況を象徴しているとも言える。

●Google I/Oに思う事

 思い返すと昨年(2010年)のGoogle I/Oは刺激的だった。HTML5が世の中を変える。HTML5による革新を加速させるため、Googleはビジョンを描き、それを実行するという強い意志を示して、目の前にあるWebの新たな未来に想像力を掻き立てるメッセージを発信したと思う。従来のコンピューティングの枠組みは、これから明確に変化する。その線引きが行なわれたのだと、やや大げさに言えばそう感じられるイベントだったとも言える。

 一方、今年(2011年)のGoogle I/Oは、それを実行するフェイズに移ったことで、より実務的な、エンジニアたちに対するメッセージが込められたものになっていた。その分、刺激的でもなければ、ワクワク感もなかったかもしれないが、それはGoogleが次のステップへと踏み出したことの証左とも言えるだろう。

 他社がすでにサービスを開始している中では、映像や音楽をクラウド化と言われても新味を感じないのは致し方ないが、デジタルコンテンツをネット上のロッカーに入れておいて活用するサービスはAmazon.comがすでに始めているし、ソニーのMusic Unlimitedはすでに大量の楽曲ライブラリとの連携を提供している。

 これらは、単に技術力と資金があるだけでは解決できないことを示している。もう少し経験が必要なのだろう。昔からのデジタル関連企業にとって、映像や音楽のコンテンツホルダーとの交渉は、いつかきた道(だからといって必ず問題が解決できるわけではないが)だが、GoogleやAmazon.comにとって未経験の領域だ。

 開発プラットフォームとしてOSを育て、ソフトウェアエンジニアに対してビジネス基盤とするだけの価値や魅力あるものだと訴求し、長期的に育てていくための運用ノウハウについても、MicrosoftやAppleは当然のように持っているが、Googleはこれまでハードウェア/ソフトウェア両面でのパートナーシップの構築や安定したプラットフォームの提供、ユーザーインターフェイスに関する統一された指針を示すノウハウは持ち合わせていなかった。

 Androidのユーザーインターフェイスがカッコイイか、悪いかは議論のあるところだろうが、設定や操作が多面的すぎて複雑という点においては多くの人が認めるところではないだろうか。システムメニューとは別にドロワーを持ち、ホーム画面とは別にアプリケーション一覧を持つ。タスク切り替えの煩雑さやバックグラウンドタスクの管理性の低さなど、Androidはシンプルさからはまだ程遠いところにある。

 これは悪口として書いているわけではない。Androidの複雑性は、自由度の高さを示しているからだ。Android 3.1は、Android端末に(USB周辺機器サポートなど)コンピュータとしてより高い自由度を与え、さらにその先のIcecream Sandwichは、Androidが動作する多様な端末(音楽プレーヤー、スマートフォン、TV、タブレットなど)を統合すると発表された。AndroidはiOS的なシンプルさへと向かうのではなく、もともと持っていた複雑性や多機能性をさらに高めていく方向のようだ。

 一方、Chrome OSを搭載したChromebookは、あくまでもシンプルさをキープしようとしているところが興味深い。もちろん、ターゲットとする用途やユーザーが違うからだろうが、この2つはあまりにも両極にある。

●今の時代(いや、少しだけ先の未来)を支える何かとしてChromebookは適切か?
Acerが供給するChromebook

 Chromebookが発売される前、Chrome OSが発表された頃から、これらについての記事を求められる度に、過去のシンプル端末と何が本質的に異なるのか、その答えを見つけることができずにいる。

 1990年代のオラクルNCや、それに対抗するためだけに発表されたMicrosoftのnetPCはともかく、Sun Rayといったすでに商品化されている製品と比べても、Chromebookが本質的な部分で従来のシンプル端末とは“全く違う、新しい”部分をあまり思いつかずにいる。

 もちろん、Chromebookは“クラウドの向こう側”にある価値を使うために作られたものだし、HTML5を用いたWeb標準に基づくアプリケーションが動作し、動画も音声も統合され、オフラインでの動作機能も提供される。従来の製品と違うことは明らかだが、どうもシックリと来ない。何がシックリとこないかを考えてみた。

 Chromebookのコンセプトは明快だ。クラウドの中に価値が落とし込まれていくのであれば、端末はその価値に辿り付くための“表層部”でさえあればいい、というものだ。昨今、クラウドブラックホールという言葉が使われる事があるが、クラウドがあらゆる付加価値をブラックホールのように呑み込んでいくならば、Chromebookはクラウドの価値が高まっていくに従い、どんどんその有用性が増していくことになる。

 しかし、現時点において、クラウド型サービスを支えるサーバ―の処理能力や信頼性、ネットワーク帯域や遅延は十分とは言えない。初期のChromebookユーザーぐらいは十分にこなすだけのパワーはあるだろうが、これが1億台、2億台と増えていっても、同じやり方が通用するとは想像しづらい。

 では近未来はというと、世界で使われるPCが20億台に迫っていこうとする中で、その時代を支えるデジタル機器のインフラとして、PCはChromebookのようになっていく、というのが現実的でないことは容易に想像できると思う。Chromebookがコンピュータユーザーの中で多数派になることは、おそらくないだろう。

 しかし、一方でChromebookにはPCにはない、しかし重要な特徴がある。使おうと思うときに即時起動し、常にインターネットに接続され、バッテリの心配なく1日使え、データ管理がシンプルかつセキュアであること。これらの多くはスマートフォンやスマートタブレットにも共通する特徴だが、PCにはない。インターネットへの接続性とやインスタントオンに関して言えば、まったくお話にならないぐらいPCは劣っている。

 ただし、個人ユーザーがシンプルだが機能的な制約の多い端末を好んだ歴史はない。そうした意味では、コンシューマ市場でうまくいくかはまったくの未知数、というよりも、むしろ成功に対しては懐疑的と言わざるをえない。

 こうした事は以前にも、本連載で書いたことがあるのでこれ以上言及はしないが、低コストでシンプル、管理性が高いことなどを活用し、購読型モデルで端末をコンシューマにも使わせてはどうだろう。実際、企業向けにはそのように販売するのだから。

 何をもってChromebookの成功となるのかは議論のわかれるところだが、購読型の業務向けソリューションだけでなく、ネットブックの利用者層に、Windowsよりもベターなネットブックプラットフォームとして定着させることができたら、まずは成功と言えると思う。

●パーソナルコンピューティングはどこへ

 かつて、”パーソナルコンピューティング”とは、サイズが大きく高価ゆえに多人数で共有していたコンピュータをダウンサイジングし、個人の手元で動かすことを指していた。ところが今や、多人数でコンピュータを共有することでアプリケーションの価値や能力を高めようという方向だ。

 クラウドの中に価値を見いだそうとしているChromebookで、プロセッサパフォーマンスの話題が出ないのはその証拠だろうし、Microsoftがネットワークサービスとの統合を目指すWindows 8でARMをサポートするのも同じ流れを汲んだものだ。

 パーソナルコンピューティングの定義は変化し、今は個々のユーザーにカスタマイズされたシンプルな端末(もちろん、シンプルの度合いは様々なChromebookのパターン、iOSのパターン、Androidのパターンなどが考えられる)を使い、クラウドの先にある価値を利用することが、パーソナルコンピューティングと言われる時代だ。

 NVIDIAのCEOジェン・スン・フアン氏は、10年ほど前のWinHEC(Microsoftの開発者向け会議)において「パーソナルコンピューティングの定義は変化する。ジェネラルな処理能力よりも、GPU能力の向上によるユーザーに見せる部分の能力が重視されるようになり、我々こそがマイクロプロセッサの代表的なベンダーになる」といった趣旨の話をしたことがあった。

 当時、GPUの価値が高まっていく事は予想されていたが、GPUの価値がCPUよりも大きなものになると言葉には戸惑った記憶がある。ところがどうだろう。今やTegra2に占めるGPUの面積は、CPU部分よりも遙かに大きい。その方が、Tegra2がターゲットとする端末においては利が大きいからに他ならない。

 もちろん、この流れにはまだ変化があるのかもしれない。20億台に迫るPCの価値がなくなったわけではないからだ。PCが大きく劣っている部分は明らかなのだから、そこを改良しない手はない。Windows 8について明らかになる9月のMicrosoft PDCが、今後を占う次の指標となるだろう。

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(2011年 5月 13日)

[Text by 本田 雅一]