ゲームプラットフォームから“ハードとOS”を切り離すことを試みるSCE



 1月27日にソニー・コンピュータ・エンターテイメント(SCE)がPlayStation Meetingを開催した。PlayStation Portableの次世代機となるNGP(Next Generation Portable)が話題だ。NGPは非常に強力なハードウェアスペックを持っている。入力に利用できるセンサーの数、種類が大きく増えており、ディスプレイも大幅に強化されて新しい遊びを開発するための基盤としても優れたものだ。

 従来からのゲームファンには、非常に魅力的な製品となる事は間違いない。だが、このコラムで注目したいのはもう1つの発表、PlayStation Suite(SCEはこれを自身で“PSS”と呼んでいた)だ。この取り組みが成功すれば、ゲーム産業の構造は著しく変化するかもしれない。そして、その波は他のカテゴリにまも波及する可能性があると思う。

●PSSの意義
平井一夫氏

 PSSで注目されるのは「PlayStation以外のハードウェアにもPlayStation品質のゲームを届ける」とアナウンスされたことだ。平井一夫氏は「より多くの端末が存在する大きなプラットフォームへと打って出るというのがPSS。ハードウェアに対して中立的なゲームのプラットフォームを作る」と話した。

 平井氏は「“よりユーザー数の多いところ”を目指しているため、まずはスマートフォンという分野を狙い、プラスアルファでタブレット。あるいはGoogle TVなども対応する可能性はあるが、今のところはスマートフォンを主たるターゲットに置いていると考えて間違いない」と話した。

 PSSの話を聞いて「Android向けのネイティブアプリケーションとどう違うのか」という疑問をお持ちの方もいるだろう。筆者は当初、ゲーム機ではなく携帯電話でゲームを遊ぶ層に対して、何らかの“仮想ゲーム機”の実行環境と開発環境を提供するのだろうかと想像していた。

 PSSの上では、初代PlayStation向けに開発されたゲームがエミュレーションで動作するほか、PSSネイティブのゲームもある。ではハードウェア中立(Neutral)なのにネイティブのゲームというのは、どういうことなのだろう。興味深いのはSCEがハードウェアから独立(Independent)しているとは表現していないことだ。

 しかし、平井氏の話からすると違うようだ。平井氏は「AndroidゲームとPSSゲームの本質的な違いは何かというと、それはゲーム体験の質が保証されていること」だと話している。

 これは従来のPlayStationゲームと同じように、ゲームの性的表現、暴力的制限などに対する審査やゲームそのものの品質を評価しての審査プログラムを施す事に加え、操作性(ボタン配置や各種センサーの装備、操作感などゲーム機としてのハードウェア的素養)に対して、PSSのロゴを発行する事を意味していると考えられる。

 平井氏へのグループインタビューは開発の技術的な詳細には及ばなかったが、上記の認証プログラムに加え、何らかの開発フレームワーク(ツールやライブラリ)を通し、Androidゲームを創り出すための環境、それにPlayStation Networkが提供している課金や通信の仲介といったサービスを含める形で独自の“遊びを生み出す環境”を創ろうということなのだろう。

 平井氏はPSSがハードウェアやOSにどこまで依存しているのか(即ち移植性の高さ)について明確には答えなかったが、一方でAndroid以外には選択肢が今のところはないとも言える。つまり、実装としてはある程度はハードウェアとも結びついているのだろう。先ほどの疑問で言えば、ハードウェアに対して独立はしていないが、どんなハードウェアベンダーでもPSS対応端末を作ることができる、ハードウェアに対して中立なプラットフォームとは言える。

●プラットフォームの中にプラットフォームを作る

 一方で移植性はきちんと担保しているとも考えられる。携帯デバイスはプロセッサのアーキテクチャが多様なだけでなく、OSごとに実行コードも異なる。バイナリレベルでの互換性をPSSで提供することは技術的には可能でも、労力に見合う結果は得られないだろう。しかし、フレームワークをきちんと決めておけば、最小限の投資で異なるプラットフォームへの移植をしやすくすることはできる。

 平井氏は「今はAndroidに注力する」と話しているが、他プラットフォームにPSSを展開することを否定はしていない。まずはAndroidの世界で成功を収めること。プラットフォームを増やすのは、その後の話になる。が、実は動作プラットフォームを増やす事は、あまり重要ではない。

 PSSのゲームは、よりSNS的要素を重視したものになると考えられるが、ユーザー視点で見ると、自分の購入したゲームへの投資(ゲーム単体だけではなく、ゲームアイテムの購入や過去の遊びの履歴や成果そのもの)がもっとも大きな価値を持つ。同じゲームを継続して遊べるかどうかは、プレーヤーにとって重要な事だ。

 しかしPSSがあれば、ユーザーはプラットフォームが何であるかを意識することなく、単にPSSのロゴを持った端末を選ぶだけで、いつでも自分が投資してきたゲーム環境で遊ぶことが可能になる。

 現在のところ、スマートフォンの世界ではAppleのiOSとGoogleのAndroidが支配的な位置に定着しそうだが、それぞれにアプリケーション流通と課金の仕組みを提供している。PSSはそうしたプラットフォームの枠を超えて、ゲームという切り口で別のプラットフォームを作るという試みとも言える。

 実際にはiOSにPSSを提供する事は不可能だろう。Appleはこれまでも、自社の提供するプラットフォームで、別の事業者が商売の風呂敷を拡げることを許してこなかったからだ。だが、Androidならばそれも可能になる。おそらく技術的にはWindows Phone 7でも可能だろうが、マイクロソフトがそれを快く思うとは考えにくい。

 結局のところ、“Android専用”かどうかはあまり重要ではない。PSSで育てようとしているのは従来のPlayStationゲームのような本格派ではなく、携帯電話やスマートフォンで遊ぶライトなカジュアルゲームだ。将来、プラットフォームが変わったとしても、ユーザーはPSSが提供される環境ならば、そのまま引っ越しすることもできる。メーカーや携帯電話キャリアを変えたからといって、ゲームのステータスや購入した製品を失う事はない。その環境を提供する事が、ゲームという切り口において“プラットフォームビルダー”になれるということだ。

●クラウドの時代でのコンテンツビジネス

 一応、申し添えておくと、平井氏は「SCEが今後、PS3やPSP、あるいは新たに発売するNGPのような製品から、PSSのようなカジュアルゲームへと軸足を移すというわけではない」とも釘を刺している。PSSの戦略はSCEの方針転換を示しているのではなく、従来のゲーム専用機の世界を、もっとカジュアルに、すなわち手軽に遊べる世界へと拡張することだ。

 「従来のゲーム専用機とスマートフォンなどゲームも動く製品の間で、ユーザーは行き来するでしょう。一部はカジュアルゲームの方向に行くでしょうが、PSSで魅力ある遊びを提供すれば、それがNGPの世界への入り口になる場合もある。NGPやPS3のユーザーでも、PSSで遊びたいという人ももちろんいらっしゃいます」(平井氏)。

 PSNからのゲームアプリ配信、個人情報のストレージといったサービスを組み合わせることで、ユーザーに対してハードウェアの種類を意識させない、シームレスに連携する遊びの環境を提供されることを可能にするのもPSSだ。

 例えば出先ではスマートフォンで遊び、その続きを自宅にあるタブレットやTVで遊んだり、あるいは端末を買い換えてもアプリケーションや個人ストレージがネットから降ってきて、何事も無かったかのように遊びを続けられる。

 また、PSSとNGP、PS3の世界はPSNを通じてつながるため、例えばPSSでソーシャルコミュニケーションを中心にしたアイテム交換やキャラクター育成を遊び、NGPやPS3で本編のゲームを遊ぶといった連携もできるだろう。すべてがネットワークで繋がっていけば、遊びの幅も、遊びを起点にしたビジネスの幅も拡がる。

 平井氏はこうしたクラウド型サービスの時代における、ソニーグループのスタンスとして、次のような興味深い事も話していた。

 ソニーはQriocityという、メディア配信プラットフォームをInternational CESで発表し、買収した購読型音楽配信サービスのMusic Unlimitedのサービスを拡充したり、映像配信ビジネスを拡大していくことを発表した。もちろん、これにNGPも対応して行く(Andorid向けには別途対応がある)。

 「音楽にしても映像にしても、Appleと同じことをしていたら戦いにならない。AppleにはAppleの強みがある。ではソニーならではの良さはなにか。多様なエレクトロニクスデバイスを世界中で提供している事がソニーの強みです。ですから、クラウドという切り口で、どんなデバイス……中にはHDDも大容量フラッシュメモリも持たないデバイスも含まれる……で、コンテンツを楽しめるようにQriocityを提供しています」(平井氏)。

 PSSの場合は、他社製ハードウェアを含むことになるが、ネットワークサービスを支えるプラットフォームという切り口で、従来とは異なる戦い方をしようというわけだ。PSSが成功事例になってくると、プラットフォームを巡る戦い方にも変化の徴候が出てくるだろう。

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(2011年 1月 31日)

[Text by 本田 雅一]