“クラウド”のパワーをプリンタに活かすHPの新たな取り組み



新製品を披露するHP本社上席副社長のVJ氏

 米Hewlett-Packard(HP)は29日(中国時間)、香港でアジア・パシフィック地区における今年のプリンタ製品戦略を発表した。ここで発表された新機種の多くは日本でも発売される予定だが、今年の注目は99ドルで発売される最低価格のインクジェット複合機を含め、全製品にタッチパネルのユーザーインターフェイスが組み込まれていることだ。

 また、各プリンタをHPが提供する「ePrint」プラットフォームに登録するとユニークなメールアドレスが割り当てられ、そのメールアドレスにドキュメントを送信することでプリントを可能にするサービスを提供する。

 日本でどのモデルがいくらで発売されるかについては後日発表されるが、この発表でのポイントは2つある。デバイスやOSから独立したプリンタの使い方を提供しようとしていること。もう1つはサービス指向の印刷コンテンツをスマートフォンと同様の枠組み・手法で提供しようとしていることだ。


●ドライバを排除するePrint機能

 従来、プリンタを使うためにはOSに依存したプリンタドライバが必要だった。プリンタドライバの互換性やインストールのしやすさなどは、WindowsやMac OS Xなどのパソコンの世界でも問題になることがあったが、さらにそれが携帯電話やiPadのようなシンプルなデバイスになってくると、余計に多種多様なプリンタへの対応が難しくなってくる。

 そこでインターネット上のサービス(HPはクラウドと表現している)を通じて、この問題を解決しようというのがHPの狙いだ。ユーザーは、いつでもどこでも、電子メールを送る環境にあれば、それがどんなデバイスであっても印刷できるところがポイント。例えば印刷機能のないiPhoneやiPadからも印刷を行なえるようになる。

 対応するフォーマットは一般的なテキストのメッセージやJPEGのほかに、マイクロソフトのOffice文書形式、PDFなどがサポートされる。今後のニーズに応じてサポートされる文書の形式は増えていく見込みだ。クラウドの中に構築するePrintプラットフォームで文書を事前処理をしてからプリンタに印刷情報を送信する。このため、低価格なプリンタでも問題なくリッチな文書フォーマットを利用できる。

 なおプリンタに割り当てられたメールアドレスにスパムなどが届かないよう、単純な類推ではわからないメールアドレスが自動割り当てとなるほか(自分でメールアドレスを指定することはできない)、アクセス拒否のリストを登録することもできる。またその逆に、プリンタを保護モードに設定して許可したユーザーからの電子メールだけを受け付けるようにすることも可能だ。

ePrintを用いることでプリンタをプリンタドライバから解放し、プリントソリューションを持たないデバイスからの印刷をサポートePrintをサポートする機器群、個人向けローエンドからSOHO、SMBまで幅広くカバー

●可能性は大きいが未完のePrint

 HPはePrintの解説で「ドライバ不要」であることと、「モバイルデバイスからのプリント」を強調していた。これはスマートフォンをはじめとする携帯デバイスでインターネットを使うユーザーが増えてきている事に由来しているという。

 HPは

・アジアでは欧米の4倍の速度でインターネットユーザーが増加
・アジアではスマートフォンが年36%で増加
・全世界のインターネットユーザー中、10人に6人はアジア在住
・SNSユーザーが5億人で、携帯電話から毎月20時間SNSにアクセスしている
・アジアのユーザーは携帯電話からインターネットを使うユーザーが多い

などのデータを挙げ、今後、アジアを中心にスマートフォンユーザーがインターネット利用の中心になっていき、その結果、移動体からのさまざまなサービスの利用が伸びていくと話した。ePrintは、そうした移動体通信でインターネットを利用するユーザーのための印刷ソリューションだ。

 なぜスマートフォンや携帯電話から印刷? と思うかもしれないが、スマートフォンの表示能力や処理能力は上がってきており、コンテンツを閲覧する目的であれば、十分な性能を有するようになってきている上、PCとスマートフォンの間を埋めるiPadのような製品も生まれてきている。

 これらの製品からプリントドライバを介さず、携帯機器を含むどんなデバイスからでも(電子メール機能さえあれば)印刷結果を得られるようにしようというアイディアは、なかなか面白い。プリンタドライバの機能やアプリケーション自身が持たなければならない印刷機能の実装を、特定ファイルに限ってクラウドの中で処理してしまうというという考え方は合理的でもある。場所に縛られず、例えば海外からでも自宅やオフィスにプリントできるというのも、用途の幅を拡げるはずだ。

 ただし、いくつか未完成の部分もあるようだ。

 まず、現状では印刷時のオプションを指定できない。例えば100ページある書類の50~60ページだけを印刷したり、PowerPointのファイルを白黒印刷、あるいは1ページ当たり何枚といった指定を行なう事ができない。

 HPによると、この問題は十分に把握しており、ePrintの最初のシステムでは印刷オプションを指定できないものの、アップデートを行なっていく中で改善していくとのことだ。とはいえ、重要な機能であることに間違いはない。今後の改善に期待したい。

●スマートフォン用アプリの枠組みをプリンタに

 もう1つユニークな機能が、プリンタにネットワーク経由でアプリケーションをインストール、実行できるようにしたことだ。

 iPhoneやAndroidなどのスマートフォンでは、各種ネットワークサービスを利用するためのフロントエンドとして専用のアプリケーションをインストールして使う事が多い。例えば写真アルバムサービスと連動するアプリケーションだったり、メモを保存するサービス、あるいはSNSサービスを利用するためのアプリケーションなどだ。

 これと同じようにコンテンツパートナーと組んで、インストール可能なアプリケーションをプリンタに導入して使う仕組みをHPは提供する。HP ePrint Centerというサイトに集められているアプリケーションをプリンタにインストールすると、さまざまな印刷をインターネットから入手し印刷できる。

ePrint Centerというサービスを中心に置き、HPが提供するクラウドの上でさまざまな印刷サービスを展開。その中にはプリンタ上で動作するアプリケーション(コンテンツパートナーの提供するコンテンツを印刷するためのアプレット)もあるプリンタ本体から呼び出せるアプリケーションの一覧製品発売時に揃えるコンテンツパートナーの一覧。オフィスサプライ用品店からの罫線レイアウトやニュースサイトからのニュース配信、地図、買い物クーポンなど各種サービスが利用可能

 かつてはワープロからの文書印刷が、家庭用プリンタの用途としてもっとも多かったそうだが、現在はインターネットのさまざまなコンテンツを印刷することがほとんどという統計結果を持ち出し、ゆえにこうしたアプリケーションが有用になるという説明だ。

 例えばUSA Today(米国の全国紙)のニュースから特定分野のみを印刷したり、興味のある話題に関して朝7時に印刷しておくといったサービスを、プリンタ上で動作するアプリケーション(タッチパネル操作でスマートフォンように利用できる)を通じて設定、動作させる。

 数独を印刷するアプリケーションやGmailを利用して地図を印刷するアプリケーションなど、さまざまなネットワークサービスとユーザーの間を印刷という切り口で繋ぐ手法は、なかなか面白い。

USA Todayのアプリケーションを起動してみる。好みのニュースコンテンツを選択してプリントできる刷り上がったUSA Todayのニュースここではディズニーのアプリケーションから塗り絵を出力

 ただし、このアイディアはあくまでもプリンタを中心に据えたアイディアだ。操作の起点はプリンタのタッチパネルである。しかし、プリンタの目の前で操作する時間や頻度を考えると、どこまでこの手法が有益なのかは、今後、HP自身が利用の啓蒙を含め、この機能の有用性を説明しきれるかに関わってくる。

 本誌の読者には、プリンタではなくメールなどでスマートフォンやPCにデータを出して画面で見ることが可能ならそれでいい、という人も少なくないだろう。HPのソリューションは、そうではない人(つまり情報は印刷物で閲覧したいという人)に向けたものだ。とはいえ、スマートフォンなどの画面でも十分じゃないかという人たちにも、粘り強く印刷する必然性について説明する必要があるだろう。

●ネットワークサービスとの連動には大きな可能性も

 昨今のインクジェットプリンタは、ほとんどのモデルがスキャナ付きの複合機だ。このため内蔵するスキャナも連携させ、新たなネットワークサービスを開発するなどのアイディアが出されていた。

 例えば手のひらをスキャンさせると自動的にサーバーにアップロードされ、手相を分析した上で占いの結果が戻って来たり、学校と家庭の間のコミュニケーションに利用するといったアイディアが集まった報道陣の間から出されていた。

 HPは現在、多数のコンテンツパートナーと契約し、HP自身がアプリケーションの実装を行なっているが、アプリケーションの開発キット(現時点ではベータ版)が用意されており、近日中に誰もが簡単にプリンタ向けアプリケーションを提供可能になる。

 ただし、毎日携帯しているスマートフォンに比べ、プリンタは操作している時間が圧倒的に短い。その中でプリンタ向けのアプリケーションを積極的に作ろうというパートナーが、どこまで増えるのか。この機能が定着するかどうかは、開発者がアプリケーションを作る事でインセンティブをきちんと受け取れるエコシステムを作れるかどうかにかかっているだろう。この点は新たなチャレンジになる。

 またスマートフォンが今後普及するとするなら、プリンタの前まで行って印刷操作をするのではなく、スマートフォン自身をプリンタのユーザーインターフェイスとして利用しながら、この手の印刷サービスを利用するといった機能も必要になってくるかも知れない。

 PCのシェアで世界ナンバーワンを争う企業が、PCなしでのソリューションを目指すというのは、なんとも皮肉に思えてならないが、HPのワールドワイドでのインクジェットプリンタのシェアは50%近いという。それぐらいの母数があるのであれば、あるいは世の中のルールを変えていくことがえきるのかもしれない。

 HPが今回発表した、クラウドを活用したePrintのソリューションは、家庭向けの上位モデルからSMB向けのFAXなどを統合したモデルまで、99ドルから299ドルまでのラインナップが用意され、いずれにもタッチパネルのユーザーインターフェイスと無線LANが搭載されていた。近く発表されるだろう国内モデルの価格に注目したい。

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(2010年 6月 30日)

[Text by本田 雅一]