“新しい名前を探してます”
CULVノートPCの位置付けを模索する国内メーカー



 Intelはメインのビジネスであるマイクロプロセッサのビジネス効率を最大化するため、非常に綿密に製品出荷のタイミングを見計らい、またPC製品開発のためのプラットフォームをコントロールしてきた。

 そのIntelが2008年来、取り組んできたのが超薄型ノートPCを、高価なプレミアムクラスのモバイルPCやエグゼクティブ向けではなく、ネットブックと同じように一般コンシューマが手軽に購入できる個人所有のスタイリッシュノートPCとして仕立て上げることだ。

 その成果は2009年のCeBITやCOMPUTEX TAIPEIで明らかになってきていた。Intelのポール・オッテリーニCEO自身、「今年はCULVノートPCがハイライト」と述べているという。本誌の読者ならば先刻承知だろうが、CULVとはConsumer Ultra Low Voltage、コンシューマ向けの低価格な超低電圧マイクロプロセッサである。

 CULVプロセッサによるIntelの新市場創出戦略の総仕上げとなるのは、これも6月に情報が大規模にリークした新型のCeleronプロセッサである。その発表時には、(今度はネットブックの時のように出遅れまいと)日本のPCメーカーも名を連ねる。しかし、PCメーカーは、この新型プロセッサを搭載した低価格な超薄型ノートPCの位置付けに悩んでいる。

●省電力機能付きの超低電圧デュアルコアCeleronを目前に盛り上がりつつあるCULVノートPC

 CULVプロセッサに関しては、すでにCOMPUTEXでIntelがPentium SU2700とGS40 Expressセットが発表済みであり、またAMDが(CULVという名前ではないが)同種の製品としてAthlon Neo X2もある。両者とも搭載製品がすでに発表されている。「もう知ってるよ」という読者は次のセクションまで読み飛ばしていただいて構わないが、情報確認の意味も込めて簡単に“CULVノートPC”と言われる製品の背景について整理しておきたい。

 日本では超低電圧版プロセッサを用いたノートPCは、比較的ポピュラーな存在だった。小型・軽量なノートPCが一定以上の存在感を市場で示してきたからだ。

 しかし超低電圧版プロセッサは、通常より低い電圧でも動作する(より高い電圧ならば、もっと動作する可能性が高い=高い価格付けができる)プロセッサを、わざわざクロックを下げてまで省電力に動作させているため、同程度のパフォーマンスを持つ通常のプロセッサよりも高い値付けがされてきた。このため、世界的に見ると超低電圧版プロセッサはかなりの少数派だった。

 とはいえ、現在も歩留まりや選別の影響で超低電圧プロセッサが高価なのか? というと、どちらかというと省電力というところに付加価値が付いて、高い値段で売れている(歩留まりはあまり関係ない)。ならば、戦略的に安い価格帯の超低電圧版プロセッサを作れないか? というのがCULVの基本的な発想だ。

MSIの「X-Slim」

 CULVのCとは、前述したようにConsumer(=消費者)の略で、一般消費者を示している。つまり、普通のコンシューマユーザーにも充分にお買い得感を与えられる価格帯に向けた超低電圧版プロセッサを用い、低価格でスタイリッシュなノートPCを開発し、市場拡大のトリガーの1つとしようというわけだ。

 これまでIntelは低価格なモバイルPC用プロセッサに対しては、性能を下げた上で省電力機能を無効にするなどしてバッテリ持続時間を制限し、上位プロセッサとの差別化を行なってきた。しかし、AMDのAthlon Neoという製品が登場したことで、従来と同じような切り口での差別化が難しくなってきている。

 そこで、現在は憧れの存在ではあっても、なかなか手を出しにくいMacBook AirやAdamoといった製品に近いテイストを持ちつつ、お手軽に自分のものにできるノートPCの新カテゴリを自ら主導して生み出そうという訳だ。

 もちろん、Intelが提供するのはプロセッサとチップセットを合わせたプラットフォームでしかないが、超薄型ノートPCという見た目にもスタイリッシュなデザインへの需要は強いようで、目論見通りにCULVプロセッサを搭載したCULVノートPCにはMacBook Airと似たテイストの製品が多い(ネットブックのような制限はないので例外もある)。

 CULVノートPC開発の主役はネットブックの時と同様に台湾・中国のメーカーだが、しかし、今回は(未発表だが)日本のメーカーもこの路線に乗ってきている。理由は一般的なノートPCのプラットフォームが、GPU統合型のCore i7(Arrandale)を用いたCalpellaプラットフォームに更新されるタイミングを控えているからだ。

●低価格・低熱設計電力で新市場を開拓

 Intelはモバイル用PC向けのプラットフォームを切り替えるのに先立ち、いよいよCeleronブランドに対して省電力機能付きのデュアルコアプロセッサを投入する。通常のノートPC向けプラットフォームが切り替わるから、Celeronブランドにも省電力機能付きデュアルコアを提供してもいいとの判断だろう。

 すでにリークされているCeleronブランドのCULVプロセッサのうち、SU2300というプロセッサー・ナンバーが与えられた1MBキャッシュ、1.2GHzのCeleronは、Core 2 DuoやPentiumと同様の省電力機能を備えている。(別途、さらに安い省電力機能制限バージョンもある)。

 簡単に言ってしまえば、2次キャッシュメモリが少なくクロックも遅いが安いバージョンのCore 2 Duoが出てくるので、コンシューマ向け超薄型ノートには、実はもっと安いバージョンも出てくるんですよ、ということだ。遅いといっても、チップセットはIntel 4シリーズなので、Santa Rosa時代の超低電圧Core 2 Duoマシンと比べてものすごく遅いか? というと、おそらく結構頑張るんじゃないか? と思う。

 少なくともAtom搭載機とは、パフォーマンスを比較する必要すらない程の違いがあるだろう。CULVノートPCは、伝える人間によってコンシューマ向け超薄型ノート、低価格超薄型ノートなどと書かれているが、差別化はされているとは言っても、インターネットの利用だけでなく、一般的なパソコン用アプリケーションを動かすことを想定しており、新聞などで“低価格ノートPC”、“ミニノートPC”と書かれているネットブックとはかなり異なる。

 それでいてCULVノートPCの価格は(構成やメーカーによる差はあるものの)光学ドライブレスで7~9万円程度になると考えられているのだから、コンシューマユーザーにはお買い得だ。

●がんばらない、つきつめない、でもかっこいい

 実際にCeleron SU2300を使った低価格な超薄型ノートPCを企画している関係者複数に話を聞いてみたが、ごくごく簡単にCULVノートPCを表現すると“がんばらない、つきつめない、でもかっこいい”製品になるということだ。念のため申し添えておくと、この言葉はメーカーの人間が直接そう話したのではなく、筆者が感じた印象だ。

 頑張れば軽量な製品も作れないわけではないし、機能面でもさまざまな工夫を施せないわけもない。しかし、そこで頑張ったり、機能や質感を追求すると価格は当然に上がってしまう。雰囲気としてはネットブックがそのまま大きく、薄く、スタイリッシュになったと考えればいいだろう。

 実際にPentium搭載のCULVノートPCの仕様を見渡してみると、スペック値でバッテリ駆動4時間程度なら光学ドライブなしで1.3kg程度、8時間なら1.5kg程度。機能面でもほぼネットブックを踏襲しているものが多い。しかし、見た目や質感にはこだわる。安くて見栄えの良い、コンシューマ心理を突いた製品スペックを持つ。これはCeleronブランドのプロセッサになっても変わらない。

 しかし、ここで悩みが出てくる。少しばかり重いものの、見た目がカッコよく、薄型でビジネスバッグに収まりが良いノート型PCが、ネットブックプラスαの予算で買えてしまう。これをどうラインナップの中で位置付けるかに苦慮しているようだ。

 前述したようにモバイルPC向けのプラットフォームも、来年からはCPUアーキテクチャから変更され、GPUもパフォーマンス・省電力の両面で強化された新しい世代に移行して行くとはいえ、ネットブックブームによってモバイルPCの平均販売価格が下がってしまうという経験をPCベンダーは既にしている。

 ネットブックの評価も一巡し、フル機能のPCとの差もある程度は認知されてきたことでブームは収まってきているが、しかし、一度下がった価格トレンドは巻き戻せない。それでもCULVノートPCをやらないわけには行かないというところでジレンマがあるようだ。

 とはいえ、このカテゴリは、おそらく世界的に流行するだろう。ネットブックほどの数は出ないかもしれないが、ネットブックでシングルスピンドルでも十分にPCとして使えると確信した人たちは、ネットブックの次に選ぶPCとしてCULVノートPCを選ぶと思うからだ。CULVノートPCは、Intelが仕掛けたネットブックからモバイルノートPCへとユーザーをステップアップさせるための、踏み台とも言えるかもしれない。

●“やっぱり頑張ってみる”か、“フルパフォーマンスのモバイルPCとは別のモノと扱う”か

 日本のPCベンダーには2つの選択肢がある。

 1つは、やっぱり頑張って、CULVノートPCの枠組みの中で、差異化できるようなデザインや機能、使いやすさを訴求できる物作りに挑戦する、という選択肢。しかし、うまく行ったとしても、利益をきちんと取りたいモバイルPCでの差異化がさらに難しくなってしまうから、この選択肢はできそうにない。

 おそらくだが、新カテゴリの製品として通常のモバイルPCとは区別した見方がされるようにプロモーションを行なうという方向を模索するしかないと思う。

 なんてことを考えていたところ、あるメーカーの担当者から電話が入った。「CULVノートPCに、ネットブックと同じような良いネーミングはないだろうか?」というものだ。価格は安く、バッテリ持続時間も結構長く取れる。しかもカッコいいけど、普通のノートPCよりはランクが下。そんなことを想起させるカテゴリのネーミングというのは、確かにPCメーカーにとって頭を悩ますところなのだろう。

 そもそも、ネットブックというネーミングが、あまりにハマリ過ぎている。インターネットのコンテンツやサービスを利用するためのノートブックPCだからネットブック。超薄型でカッコいいけれど低価格なノートPCでも、それは同じだろう。もちろん、CULVノートPCはもっとパフォーマンスが高いため、もっと普通のPCらしく使えるが、あまりその部分を強調しすぎると、むしろ通常のノートPCよりもワンランク上の上質感を与えかねない。

 インフォブック、シンブック(新、真、Thin)、インフォファイラー、ネットファイラー、アクセスブックなどなど、色々考えてみたものの、僕の頭では良いアイディアは思い浮かばなかった。

 おそらく9月に開催されるIntel Developers Forum 2009では、CULVノートPCが1つのテーマになるだろうから、この時にIntelからサジェスチョンがあるのではないだろうか。

 もっとも、どのようなカテゴリ分けを行なうかで頭は悩ませているものの、躊躇なく超薄型ノートPCの低価格化というトレンドに日本メーカーも入ってこようとしているのは、それだけArrandale/Calpellaのパフォーマンスに自信を持っているから……とも判断できる。あれだけ綿密に製品出荷のロードマップを描くIntelが、稼ぎを出してくれる上位プロセッサの顧客を減らす戦略を打ち出すことはない。

バックナンバー

(2009年 8月 5日)

[Text by本田 雅一]