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ビジネスモデルを変革するためのPS3の価格戦略
〜SCEI 久夛良木健氏インタビュー(2)




久夛良木健氏

 PLAYSTATION 3(PS3)発売へと、いよいよ加速し始めたソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)。しかし、従来のゲーム機とは一線を画すエンターテイメントコンピュータPS3の戦略は、まだ浸透しているとは言い難い。

 同社を指揮する代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏に、PS3の戦略とビジョンを伺った。



●PS3ではビジネスモデルがゲーム機から変わる

【Q】 PLAYSTATION 3(PS3)については、E3で発表された価格への反応が面白い。ゲーム業界の人は高いと言うが、PCから見るとまだ安い。でも、多くのユーザーは、ゲーム機として見るから、抵抗感が非常に強い。

【久夛良木氏】 PS3は、家電としてみたって圧倒的に安い。でも、ゲーム機として見れば、じゃあPS2買おうかっていう話になる。そこには、“○○として見れば”という対象が必ずある。でも、PS3では、それがあっちゃいけない。僕らはもう、PS3はPS3と考えている。

【Q】 ゲーム機の価格とビジネスモデルから抜けないと、コンピュータにならない?

PS3のコントローラを掲げる久夛良木氏

【久夛良木氏】 ゲームの(ビジネス)モデルはコンテンツとハードビジネス。もう1つ加えると、任天堂の時代はロイヤリティだった。でも、今回のPS3での僕らのメッセージはクリアだ。ハードはハード(でビジネスをする)。

【Q】 こう考えていいのか。ゲーム機は、伝統的にハード単体の利益だけに頼らないビジネスモデルを取ってきた。しかし、コンピュータとしてPS3を使ってもらおうとすると、そのモデルは成り立たない。ハードで十分な利益を上げてビジネスができないと、コンピュータの上でのソフトウェアを育てることができない。そのため、ゲーム機のようにハードの利益がぎりぎりの価格モデルにはできないと理解している。

【久夛良木氏】 うん。ビジネスモデル的には、PS3で変わる。(コンピュータになると)ハードで損してロイヤリティでバランスを取るというビジネスモデルは成り立たない。PS3というコンピュータを皆で共有してもらい、その上で、ガンマンというかトップガンの(プログラマの)人に腕をふるってもらいたい。

【Q】 PCの黎明期に近いが、もちろんSCEIはPS3のコンテンツも続けていくからハイブリッド的なモデルに見える。

【久夛良木氏】 僕らは僕らで、PS3での楽しいソフトを提案していく。サービスまで持っていけると一番いいんだけどね。そこでもビジネスをする。

【Q】 基本的にはハードでビジネスをし、さらに、ゲームやゲーム以外のソフト、可能ならサービスでもビジネスしていきたいと。

【久夛良木氏】 僕らは、(PS2でも)あれだけコンテンツを出している。サードパーティの邪魔するわけでなく、皆で面白いコンテンツを作るという意味で、コンテンツの勝負だと思うわけ。

●AppleがPS3を売るなら2,000ドルでも売れる

【Q】 “ゲーム機の価格”という概念を破るのは極めて難しい。ユーザーは、これまで、299ドルや199ドルといった価格に慣れ親しんできたから。

【久夛良木氏】 ジョブズ氏(Steve Jobs氏。CEO, Apple Computer)が、(PS3に)Appleのロゴをつければ、(ユーザーは)2,000ドルでもいいと言うと思う。でも、PLAYSTATIONブランドでは、それはできない。それが、PLAYSTATIONブランドとAppleブランドの、コンピュータにおける差でしょう。でも、PS3はPLAYSTATIONブランドであるがゆえに、PLAYSTATIONとして売れると思う。

【Q】 ゲーム機のモデルを抜け、Appleに近づくためには、ゲーム機としてではなく、PS3というコンピュータとして見てくださいとメッセージを打ち出す必要がある。

PLAYSTATIONをエンターテイメントコンピュータの代名詞に

【久夛良木氏】 そう。だからPS3を押し出している。PLAYSTATIONが、代名詞になるくらいにしたい。

【Q】 ゲーム機の1つとしてPlayStationがあるのではなく、エンターテイメントコンピュータの代名詞がPLAYSTATIONになると。

【久夛良木氏】 だからこそ、LinuxをPS3発売の初日から載せたかった。

 もっとも、Linuxであることが重要ではない。(PS3では)Cellのベース(Cell OSのHypervisor)の上に、Linuxでも、その気があればWindowsやTiger(Mac OS X 10.4 "Tiger")でも載せられる。でも、OSそのものは、もう問題ではない。PS3では、OSもアプリケーションのようなものだから。

 面白いのは、Appleのジョブズ氏も同じことを言っていたこと。ジョブズ氏は、WindowsだってMacintoshの上のアプリケーションに過ぎない、OSはあって当たり前で、その上に来るものが重要だといった内容を言っていたと思う。明らかに、重要なのは、ソフトウェア、プラットフォーム、サービスだ。

【Q】 仮想マシンがあると、WindowsモデルのようにOSで縛るという考え方は古いし、OSすら、誰かが開発するかもしれないと。

【久夛良木氏】 ひょっとしたら、もっとCellネイティブな汎用OSが、出てくるんじゃないかと思っている。

●PS3が日常生活の中に入ると変わっていく

【Q】 コンピュータとしてカギとなるのは、ゲーム以外のアプリケーションだ。

【久夛良木氏】 たぶん、(PS3のコンピュータとしての)使われ方が、皆の日常生活の中に当たり前に入っていくと変わる。誰もが「おおー」と驚くような(PS3のアプリケーション)のを、(ソフトウェア開発の)才能がある人たちが開発してくれると、PCがそうだったように、回り始める。

【Q】 PCと同じように、ハードの上でソフトウェアやサービスが儲けるエコシステム(生態系)が回り始めるということか。

【久夛良木氏】 Appleのすごかった時期がそうだった。WWDC(Appleの技術カンファレンス)で、モスコーンセンター(サンフランシスコのコンベンションセンター)が埋まっちゃうんだものね。回れば、自然に盛り上がってゆく。

【Q】 エコシステムが成立すれば、勝手にソフトウェアが増えてPS3の魅力が増え、PS3がより浸透し、より多くのソフトウェアが登場するサイクルに入る可能性がある。しかし、PS3でゲーム以外のエコシステムが成り立つかどうか、疑問視する声は多い。

【久夛良木氏】 PSPが1つの例になる。日本では、任天堂さんのDSの世界が好調で、PSPは中途半端。だけど、アメリカやヨーロッパでは、PSPはコンピュータの世界に入っちゃっているから、草の根で何でも出てくる。色々なソフトウェアが出てきているし、アクセサリなども。だから、SCEIからはPSP向けにアクセサリさえ出すのやめよう、という声が社内から出るくらい。Macintoshのように、皆が好きに出すからと。PS3もそうなってほしいね。

【Q】 ハードが面白ければ、ソフトウェアや周辺機器を作る人が盛り上がってくるということか。

【久夛良木氏】 (プログラミングが)難しいと言われると「よーし」という気になるだろうし、本当に才能があると見えちゃうんだろうね。

【Q】 オープンなプログラミングできる土台にするには、必要な情報、環境、ライブラリそうしたものを提供していく必要がある。

【久夛良木氏】 だから、Cellも規格をオープンにして、バルセロナ大学(スーパーコンピューティングセンター)にホスティング頼むとかしているし。Harrison(Phil Harrison氏。President, Sony Computer Entertainment Worldwide Studios)が、コンタクトしてきているミドルウェアメーカーさんが何百社にも上ると言っていた。そういう人たちがバリバリ動き始めると面白い。それに、javaも平気で動くからね。

【Q】 javaのように上層で仮想化すると、CPUのネイティブ命令セットに縛られない。例えば、javaをCellのSPE(Synergistic Processor Element)の命令セットに直接コンパイルするランタイムは作らないのか。

【久夛良木氏】 うーん、それより、ソフト作った方がいいから順番で。経営的に言うとソフト作って何百万個も売った方がいいし。それに(ソフトウェア開発の)ガンマンっているじゃない。そういう人はコンピュータの世界にいる、彼らがやってくれるかもしれない。

【Q】 Transmetaにそういう開発を依頼はしていない? 彼らはその専門家だ。

【久夛良木氏】 Transmetaもそんなに人がいないし。彼らには、電力を下げるという、よっぽど大事なことをやってもらっている。

●SCEIのビジョンに近いのは今のApple

【Q】 コンピュータとしてのPS3を、コンピュータであるPCと差別化するには、Cellのコンピューティングパワーを活かした、PS3ならではのアプリケーションが必要だ。以前、うかがった時は、HDビデオのノンリニア編集などを挙げていた。

【久夛良木氏】 HDのノンリニア編集は、E3の前に「NAB(the National Association of Broadcasters:米国の放送機器業界のイベント)」に出した。Cellをベースにした、HDビデオの編集システムだ。NABに出る前に出陣式みたいのがあって、4k2kのプロジェクタに、Cellから、色々なフォーマットで、配信やトランスコードをやった。これが、えらく評判で、元Microsoftの古川さんが、「あごがはずれるほど驚いた」ってブログに書いてた。こういうのが、当たり前になるじゃない。

【Q】 ゲームプラットフォーム開発のバックグラウンドで、SCEI自体もこうした非ゲームアプリケーションの開発も続ける?

【久夛良木氏】 すごく興味を持っている。

【Q】 SCEIのPS3ビジョンで競合するのは、Appleのように見える。

【久夛良木氏】 Microsoftよりは直接ビジョンが近いのはAppleだね。でも、競合よりというより、同じところにいて逆に楽しい。

【Q】 でもPS3がコンピュータなら、将来のApple製品と実際に家庭で競合するようになる可能性があるのでは。

【久夛良木氏】 確かに、今の時点では競合していないけど、将来はわからない。2007、8年になって、AppleがIntelとコラボレーションしている成果が花開いて来ると、当然、狙うのは音楽プレーヤーだけではないだろうから。

【Q】 家庭のエンターテイメントコンピュータという領域でぶつかるかもしれない。

【久夛良木氏】 うん。ジョブズ氏は、きっとコンピュータが好きなんだと思う。すると、ビジョンが自然に重なる。

●インタビュー解説

 PS3は、“ゲーム機としては”高価格だ。ミニマムスペックの20GB HDDを搭載したコンフィギュレーションが日本では59,800円(税別、税込では62,790円)、フルスペックの60GB HDDコンフィギュレーションはオープンプライスだが7万円台中盤と言われている。これまでのゲーム機のように、普通の家庭で“お父さんが気軽に買える価格”ではない。

 しかし、議論の多いPS3の価格は、PS3の戦略から必然的に導き出されている。簡単に言えば、PS3をコンピュータとして売ろうとすると、ゲーム機の基準より高い価格で売らなければならない。それは、ゲーム機のビジネスモデルが機能しなくなるからだ。逆を言えば、この価格をつけない限り、PS3はコンピュータにはなれない。伝統的なゲーム機と、PCのようなコンピュータでは、ビジネスモデルが異なっているからだ。

 PC業界から見れば、伝統的なゲーム機は信じられないくらい安い。AV機器と比べても非常に安い。理由は、ゲーム機の価格が、純粋な「部品原価の積み重ね+利益」では成り立っていないからだ。ゲーム機は、1社がほぼ独占的に供給する。そのため、ゲーム機本体は、長期的に黒字になるように設定することができる。部品コストが下がった時点で埋め合わせることができればいい。

 さらに、伝統的にゲーム機ベンダーは、そのゲーム機向けのゲームタイトルの供給でもリードする。タイトル販売でも儲けられる。他ソフトウェアベンダーにソフトウェア出版のライセンスするロイヤリティも期待できる。以前はこのロイヤリティに重く頼っていたが、SCEIはロイヤリティを下げてそのモデルを変えている。

 こうした事情から、ゲーム機のハード価格は、通常のコンピュータやAV機器よりも薄利でも成り立つ。ハード自体は赤字にして、付帯収入で黒字にするというビジネスモデルも立てられる。特に、部品コストが高くつく、ゲーム機の立ち上げ時にはコストの積み上げを下回る価格に設定することは珍しくない。ゲーム機本体を一気に普及させて、ゲーム開発を促す必要があるからだ。ハードが普及する→タイトルが揃う→ハードの普及が加速する、というポジティブスパイラルを回し始めることが重要となる。

 ところが、PS3では、こうした伝統的なゲーム機のモデルが取りにくい。SCEIが、PS3をゲームしかできない限定されたマシンではなく、さまざまなアプリケーションが走るエンターテイメントコンピュータとして育てようと考えているからだ。簡単な理屈で、PS3がコンピュータとして成功すると、ゲームはあまりやらないが、コンピュータとして使うためにPS3を購入するユーザーが出てくる。そうすると、ゲーム関連の収入が、ハード出荷台数と比例するほどは上がらなくなる。必然的に、ハード本体で十分な利益を上げられないと、SCEIの経営が苦しくなってしまう。

 もちろん、SCEI自体がPS3向けのゲーム以外のアプリで稼ぐというモデルはありうる。しかし、それに頼ると、ビジネスモデルが制限されてしまう。PS3の上で、サードパーティが非ゲームアプリケーションで儲けられるエコシステムが回り始めないと、コンピュータとして成功できないからだ。そのため、本体ハードで十分な利益が上がるように価格を設定しなければならない。

 そもそも、ゲーム機の価格水準にするためにコストを抑えようとするとHDDの標準搭載が難しい。HDDのコストは、半導体チップのように下がらないため、長期的にコストを引き上げてしまうからだ。HDDが載せられないと、現在のコンピューティングモデルでは、コンピュータとして成り立たせにくい。

 このように、PS3の価格のモデルの根拠は非常に明快なのだが、不明瞭な部分もある。それは、PS3にコンピュータとしての付加価値をユーザーが認めてくれるかどうか、そのためにSCEIがどういった戦術を取るのか。コンピュータはソフトウェアがなければタダの箱。PS3が“ゲーム機+コンピュータ”の価格であるなら、コンピュータの部分のバリューを示すことができなければ、人はその分のコストを払ってくれない。SCEIは、今後5カ月で、それを明確に示していく必要がある。

□関連記事
【6月7日】【海外】コンフィギュレーションが可能なPLAYSTATION 3
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0607/kaigai276.htm
【5月10日】【海外】PS3、“59,800円”の意味
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0510/kaigai269.htm
【3月20日】【海外】PS3はHDDを前提としたLinuxマシーンに
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0320/kaigai254.htm
【2005年4月1日】ソニー、CellにTransmetaの省電力技術「LongRun2」搭載
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0401/transmeta.htm

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(2006年6月8日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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