PLAYSTATION 3(PS3)発売へと、いよいよ加速し始めたソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEII)。しかし、従来のゲーム機とは一線を画すエンターテイメントコンピュータPS3の戦略は、まだ浸透しているとは言い難い。 同社を指揮する代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏に、PS3の戦略とビジョンを伺った。 ●7年越しのネットワークエンターテイメント構想 【Q】 あまり強調されていないが、PLAYSTATION 3(PS3)ではネットワークが要(かなめ)だと理解している。'99年に米サンノゼで開かれた「Microprocessor Forum(MPF)」で、あなたは、ブロードバンドネットワークを通じて、さまざまなエンターテイメントコンテンツを配信する「e-Distribution」構想を示した。PS3になって、ようやくあの時のビジョンに近づいてきたように見える。 【久夛良木氏】 ようやく! 本当に、ようやく。本当は、あの時(PlayStation 2)やりたかったんだけど、できなかった。 あの時、e-Distributionって僕が言ったら、アメリカでの反応“何だそりゃ状態”だった。それはそうだよね、アメリカでは、まだモデムの世界だったから。まずISPと話をするところから始まって、ブロードバンドらしい話ならCATV会社と話をしなければならない状況。e-Distributionどころじゃない(笑)。それで結局、(PS3まで)持ち越してしまった。 【Q】 日本はブロードバンド化が先行していたが、ワールドワイドの展開を考えると、構想が早過ぎたということか。 【久夛良木氏】 ところが、そうこうしているうちに音楽で、アップルがe-Distributionを実現しちゃったじゃない。だから、こちらもいよいよかなと。 【Q】 そのためのネットワーク機能、そのためのHDD、そのためのネットワークサービス。PS3では、必要なインフラを揃えようとしているように見える。 【久夛良木氏】 まさにやるよ。しかも、PS3発売の初日からネットワークサービスをやるよっていうのがメッセージ。 また、茶谷(茶谷公之氏。コーポレート・エグゼクティブ兼CTO)とか川西(川西泉氏。コーポレート・エグゼクティブ, ソフトウェア開発本部 本部長, 兼ネットワークシステム開発部 部長)とか、うちの開発のチームのあごが上がっちゃうかもしれないけど。ここでやらなかったら、次にいつどこでやるよ、っていうのがあるから。
●基本サービスの上のコンテンツでビジネスをする 【Q】 しかし、これまでカンファレンスなどではネットワークの部分をあまり強調していないように見える。7年前に、e-Distributionをビジョンとして掲げたのとは差がある。 【久夛良木氏】 販売店と、ネットサービスについての話をしてもというのはあるから、E3ではそれほど言わなかっただけ。 【Q】 流通向けには、ビジネスの部分があるのでネットワークを押し出すことができなかった? 【久夛良木氏】 でも、ネットワークでのマッチングサービスや何やの基本的な部分からはお金をいただかない。そういったところは、PCでは当たり前じゃない。PCで当たり前のことを、家庭用のコンソールで何をたいそうなことを言うのかな、というのがある。 だから、基本サービスは当たり前にしておいて、コンテンツでビジネスしちゃおうと。例えば、「GT(グランツーリスモ、SCEIのカーレースゲーム)」とかでも、(ユーザーの側から)これが欲しいというものが出てくると思う。サーバー側を、Cellサーバーにするという話もあるし。 【Q】 ネットワークコンテンツが浸透するにはどれくらいかかると思うか。 【久夛良木氏】 そんなに時間かからないと思う。ネットワークが当たり前になって、つながるインフラが当たり前になって。1年~2年たったら当たり前と皆思っていると思う。 【Q】 '99年の講演では、2005年頃にネットワークのコンテンツの時代だと語っていた。多少のずれがあるが、ほぼ予想通りか? 【久夛良木氏】 まあ、そんなものだと思う。すでに、Apple Computerがここまでやっているわけじゃない。Googleだって当たり前にのように(ネットワークを)使っている。もう、目の前に来ている。ところが、Microsoftは、(Xbox 360は)ゲーム機だよと言って、ちょっと前のステップにいるんだよね。 ●e-Distributionが進むと最終的にはディスクはなくなる 【Q】 e-Distributionのアイデアからすると、光学ディスクドライブは盲腸のように見える。ネットワークデジタルエンターテイメントの時代になったら、最終的にはローカル側の光学ドライブは重要ではなくなって行くのでは。例えば、HDDだけのPLAYSTATIONとか。 【久夛良木氏】 本当はHDDもないはずなんだけど……最終的にはね。サーバー側にデータを全部持って行くなら、いつかは(ドライブは)いらないとなるかもしれない。同じような話はあって、Google端末なんてアイデアも出ているみたいだけど、それが実現したら、超シンクライアントだよね。でも、(ディスクレスを実現する)そのためには、サーバーが大事で、なかなか難しい。 【Q】 最終的にはPLAYSTATIONもネットワークのクライアントになるかもしれないけど、中期的には光学メディアでの配布が必要と考えているのか。 【久夛良木氏】 家庭用のTVで、これから2K1K(フルHD解像度)が表示できるようになる時に、それを十分楽しめるだけのビットコンテンツがサーバ側にあるという世界はまだちょっと難しい。だからBDは配布メディアとしては十分存在できる。 また、産業界、流通界はそうじゃないとやっていけない。今、DVDのセールスが落ちて一生懸命次を見つけたいと皆思っているわけで、PS3は大ウェルカムだよね。フラットTV売りたい側からとってもPS3は起爆剤。でも、僕がまた、5年先みたいな(ビジョンの)話をしたら、みんな食えないじゃない(笑)。 でも、PS3の発売直後から当然のようにサーバーにつなぐ状態となったら、流れとして、そこ(e-Distribution)に行っちゃうと思う。 ●Cellコンピューティングへと続くe-Distribution 【Q】 e-Distribution構想の中には、コンテンツを配布するだけでなく、コンピューティングもサーバー側で行なう分散コンピューティング、つまりCellコンピューティングも含まれていると理解している。 【久夛良木氏】 そう、それもやりたい。Cellコンピューティングというと、遠い話みたいだけど、すでに、ある意味、Googleがそうじゃない? セントリックコンピュータ側で処理する、あれだね。仕組みは言わないと言ってるけど、ローカル(PC)側でやっていないのは確かだから。Googleだけじゃない。みんなもうやり始めている。 【Q】 Cellコンピューティングは、それをリアルタイムコンピューティングの世界でやろうとするところが違う点だ。今年2月の半導体カンファレンス「ISSCC 06」でのあなたのキーノートスピーチでは、最後の大きな丸は'99年のネットワークドエンターテイメントではなく、リアルタイムコンピュータになっていた。 【久夛良木氏】 いや、前から、頭の中では、(ネットワークドエンターテイメント)はリアルタイム(コンピューティング)に決まっていると考えていた。ゲーム機から始まったんだから、それは当然でしょ。リアルタイムでなければザネット(インターネット)がすでにあるんだから。
【Q】 ISSCCのプレゼンテーションは、コンピュータとしての視点で、それを明示しただけということか。 【久夛良木氏】 そうだ。最初は、Cellコンピューティングは、PS3という、箱庭の世界で始まるが、その先では、ネットワークに広がってゆく。 ●Cellコンピューティングについては平行して開発 【Q】 Cellコンピューティングをネットワークで実現するには、Cellオブジェクトをネットワーク上で交換するためのソフトウェアプラットフォームが必要となる。その開発の状況があまり見えてこない。 【久夛良木氏】 Cellコンピューティングについては、まだ言うのはちょっと早いかもしれない。だけど、(ゲームプラットフォームの整備と)平行でやっている。これは、茶谷(CTO)が担当して、進めている。E3はトレードショーだから、本体とゲームソフト。年末に向けてナンボっていう感じで、リテーラーとのミーティングがほとんどだった。そこでCellコンピューティングといっても仕方ないから、言わなかった。CES(Consumer Electronics Show:米ラスベガスで開催される家電ショウ)だったら、違うだろうけど。 【Q】 Cellコンピューティングの要素の1つとなるCellサーバーの進展はどうか。 【久夛良木氏】 IBMさんと共同で色々やっている。 【Q】 SCEIからサーバーを出す可能性はないのか。 【久夛良木氏】 あるかもしれない。 【Q】 やるならゲームサーバー向けになる?
【久夛良木氏】 1つは、ゲームサーバー。これは、無茶苦茶、面白いことができる。E3でも、開発ツールをスタック(ラックに重ねて設置)しているのは、Cellサーバーのイメージを先取りしたかったから。E3会場では、2Uのユニットをスタックして、各ユニットをFTPサーバーに結んだ。だから、日々、(サーバーにアップするゲームプログラムを更新することで自動的に)より進化したゲームがE3期間中楽しめるようになっていた。 そのうちポリフォニーデジタル(SCEIのゲームスタジオ、グランツーリスモシリーズなどを開発している)のサーバーにつないだりできるようになる。だから、そのサーバがCellになってほしいというのはある。Cellを1,000台以上、数千台とか、電源が持つ限りつないで、サイバーワールドを造るなんてことをやってみたい。 ●インタビュー解説 ビジョン自体は非常に明瞭だ。未来はネットワークにあり、ネットワークでディストリビュートされるデジタルコンテンツへと向かう。PS2の時に掲げたこのターゲットはぶれてはいないが、PS3になってようやくそのピースが揃ったと考えていることがわかる。PS3では、ローンチ時からネットワークサービスも提供するのは、その先のネットワークデジタルコンテンツ中心の世界への道を舗装するためだ。 このあたりは、Xbox 360のXbox Liveと戦略は共通する。敷居を低くすることで、SCEIは「PS3=ネットワーク当たり前」の状態に持って行こうとしているようだ。いったんユーザーがネットに乗ってしまえば、ネットワークコンテンツへと誘えるだろうと見ている。 もちろん、完全にe-Distributionに移るには、年単位の時間が必要となる。しかし、コンシューマ向けTVディスプレイの解像度はHDTVでいったん踊り場となる。それに対して、ネットワークの帯域は連続して広がり、サーバーのコンピューティングパワーも上がってゆく。そうすると、どこかの時点で、コンテンツの容量に十分なネットワークインフラが整うため、ネットワークコンテンツへと比重が変わって行くと考えるのは自然だ。 PS3ではBDがクローズアップされることが多いが、より長期のビジョンでは、実はSCEIが光学ディスクメディアにこだわっていないことがわかる。現状では、ネットワーク帯域とデータ量のバランスから光学メディアは重要だが、ネットワークへと次第に移ってゆくというビジョンだ。これは、すでにネット中心に回っているコンピュータの世界では、ごく当たり前のビジョンだが、物理的なメディアへのこだわりの強いゲーム業界では、インパクトがある。ビジネスモデルの再改革になるからだ。 さらに、e-Distributionは、分散コンピューティングを前提に設計されたCellが加わることで、もうワンステップ上がった。Cellコンピューティングでは、パッケージ化されたソフトウェアCellをネットワーク経由で分散することで、ローカルのPS3以上のコンピューティングパワーを使えるようになる。インタビューでは言ってるように、現状のインターネットではリアルタイム性の強い分散化は難しい。しかし、Cellコンピューティングによって、分散型のリアルタイムコンピューティングを実現するというのが、理想のビジョンだ。ただ、Cellコンピューティングについてはインタビューでもニュアンスが伝わるように、フェイズはずれそうだ。 PS2では、ネットワークコンテンツ化は理想としてはあっても、世の中のネットワークインフラだけでなくSCEI自体の態勢が全然追いついていなかった。しかし、PS3世代では、「ここでやらなかったら、次にいつどこでやるよ」と言う言葉でわかるように、かなり真剣に取り組んでいる。しかし、SCEIにとって、経験が薄い領域であり、ハードルが高いことは確かだ。 □関連記事 (2006年6月9日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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