■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
PSP go |
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、米ロサンゼルスで開催されたE3(Electronic Entertainment Expo)でPSPの新バージョン「PSP go」を発表した。UMDドライブを外し、16GBのNANDフラッシュにコンテンツをダウンロードするタイプのPSPだ。筐体サイズは、オリジナルPSPより50%小さく、そして40%軽くなった。しかし、チップアーキテクチャ自体はアップデートはされなかった。SCEは、PSP goの後に、それを刷新した次世代PSPのプランを持っていると考えられる。
SCEのPSP go戦略が、対iPhoneなど携帯電話系デバイスへの対抗にあることは、そのコンパクトな筐体を見れば明らかだ。しかし、筐体のコンパクト化は、PSPの一部のユーザーの期待を裏切るものだった。
長い間、コアなゲーマーのPSPに対する不満は、UMDのロードタイムを除けばコントローラ部分にあった。デザインが優先されたPSPの操作系は、激しい操作が要求されるタイプのゲームでは、決して使いやすいものではなかった。
特に、よく聞かれる不満は、PSPに操作しやすいアナログスティックがないことだった。PSPでは、スティックとはとても呼べない、アナログパッドが左側に配置されているだけ。そのため、操作がクリティカルなゲームでは、操作性が問題となることがあった。
こうした事情から、PSPのフォームファクタの刷新では、使いやすいアナログスティックが欲しいという要望がユーザーの間にはあった。しかし、SCEは今回、そうしたハードコアゲーマーの声に応えなかった。スライド式のコントローラが、従来のPSPより操作性が優れるとは見られないため、操作性の面での改善は今回は見送られたことになる。
PSP goの目的は、より広いデジタルコンシューマ層(デジタルコンテンツをダウンロードして楽しむことに慣れたユーザー)の取り込み。そのためのフォームファクタの小型化の中で、相対的に狭いハードコアゲーマー層の声は反映されなかった。
ここで沸いてくる疑問は、コアゲーマーを軽視しデジタルコンシューマを重視する姿勢が、果たして長期間でのSCEの携帯ゲーム機戦略になるのかどうかという点だ。例えば、PSP goの次のPSP2世代でも、デジタルコンシューマを重視したフォームファクタやコントローラになるのか。
●携帯ゲーム機でもマンマシンインターフェイスが大きなポイント実はこれは、極めて根源的な問題をはらんでいる。最終的には、大きな方向の変化になって行く可能性があるからだ。ちょうど、PS3とXbox 360の方向が、Wiiの方向と異なったように。
今回のPSP goでは、フォームファクタは変えたが、インターフェイス回りの機能の拡張はほぼ行なわなかった。内蔵すればわずか数ドルの部品コストで済むカメラモジュール(任天堂はDSiでこれを入れた)も組み込まなかった。前記事で説明したように、それはPSP goでなければ使えない機能を加えないという、SCEの互換性戦略のためだ。しかし、それが、今後のPSP2世代にも引き継がれるとは思えない。
SCEが今後、新しいデジタルコンシューマの取り込みに邁進するとしたら、そのカギとなるのは、マンマシンインターフェイスもそちらに向けて拡張することとなるだろう。例えば、アナログスティックを充実させることは、従来のゲームコンソールのコントローラに慣れたコアゲーマー層には受ける。しかし、新しいユーザー人口の開拓には繋がらない。
SCEが狙うデジタルコンシューマ層は、米国ならiPhoneのタッチパネルに、日本ならケータイのキーパッドに慣れている。Wiiがリモコンに慣れた層を取り込んだように、モバイルデバイスでも新規層をゲーム機に誘い込もうとしたら、ユーザーインターフェイスはそちらに近づける方が合理的と考えるかもしれない。
今回、E3のカンファレンスでは、SCEとMicrosoftの両社とも、据え置きのゲームコンソールではマンマシンインターフェイスの拡張にコンピューティングパフォーマンスを使うと宣言した。画像認識や音声認識をベースにした、よりナチュラルなマンマシンインターフェイスだ。任天堂が火を付けた改革が、ようやくSCEとMicrosoftにも波及した。SCEがそうした戦略を今後、携帯機でも拡張しようとしたら、将来のPSPはハードウェア的にもインターフェイスが拡張されるだろう。
●携帯向けシリコンの進化で、PSPシリコンのアップデートが必要となるiPhone 3G S |
すでに説明したように、SCEは、おそらくPSPのシリコンのアップデートを用意している。その必要があるのは、SCEが明確にターゲットにしているiPhoneなど携帯電話系デバイス(=デジタルコンシューマの使っているデバイス)が、継続的にシリコンを進化させており、パフォーマンスで現行PSPに並んできたからだ。
初代のiPhoneの性能レンジは、前世代の据え置き型ゲームコンソールDreamcast相当。PSPのようにフルカスタムのシリコンを使うことなくこの性能が出せている。裏を返せば、今はどのメーカーもその程度の性能の携帯マシンを作ることができる。IntelがAtomで攻め込みつつあることもあって、携帯デバイス向けのチップの進化は急加速されつつある。
Appleにしても、おそらくiPhone 3G Sは中継ぎに過ぎず、その後に、シリコン設計をリニューアルした次世代iPhoneが控えていると考えられる。その世代では、パフォーマンスをさらに倍増して来るだろう。
半導体プロセス技術を考えれば、これは当然の帰結だ。例えば、代表的なファウンドリであるTSMCのロードマップをみると、2009年はローパワーでハイパフォーマンスなLPG系プロセス(LPとGの混合)なら、40nmの「CLN40LPG」で製造できる。TSMCは、ローパワーハイスピードでは55nmと45nmをスキップして65nmの「CLN60LPG」から40nmへとジャンプした。半導体業界は、モバイルと無線デバイスの発展によって、低消費電力でパフォーマンスの高いプロセスが主流となり、ニーズが増えている。
TSMCのローパワープロセスでの90nmと40nmを比べると、周波数当たりのアクティブ電力は28%に、スタンバイ電力は37%に下がっている。PSPチップが最初に開発された90nm世代と比べると、今は、同じTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)とバッテリ消費電力で、より高性能なチップを作ることができる。
この例が示すのは、半導体的に、今後、携帯デバイスのコンピューティングパフォーマンスがもっと高まるということだ。そして、PSPは、そうした機器と戦わなければならない。それも、ゲーム機のように数年間スペック固定ではなく、毎年性能が向上するマシンと。
もし、PSPが今のままのシリコン性能なら、2年程度(32nm世代あたり)で、コンピューティングパフォーマンス的にはすっかり時代遅れになってしまうだろう。ゲーム業界的には、iPhone上のゲームの方が、PSPゲームより、高いコンピューティング&グラフィックス性能を享受できるようになり、例えばシェーダーグラフィックスのように、ずっと進化したものになる可能性がある。それと競合するには、再びゲーム機の性能を飛躍させ、フルカスタムでなければ到達できない性能レンジに持って行く必要がある。
●2010~2011年なら45nmから32nmプロセスで製造可能もちろん、今、ゲーム開発を引っ張っているのは、ハードウェアの生性能ではなく、ソフトウェアの生産性、つまりソフトウェア開発支援だ。ハードのスペックが全てだった時代は終わっており、開発のフレームワークをうまく提供することがカギとなっている。とはいえ、ハード性能で大差がつき始めると、タイトル開発に影響は出てくる。ゲーム機が携帯電話に勝ち続けるためには、やはり、一定の性能のアドバンテージは保つ必要があるかもしれない。
そのため、SCEはPSPのシリコンをアップデートする必要があると推定される。時期を考えるとロジックチップのプロセス技術的には、枯れたプロセスなら45nm(含む40nm)、先端プロセスなら32nmとなる。メモリチップは、DRAMは2G-bit品(LPDDR2なら1G-bitの可能性も)に、NANDフラッシュは2-bit MLCなら32G-bit品となると推定される。DRAMは1チップならメモリは128MB、2チップなら256MB。NANDは8ダイ(半導体本体)なら32GBとなる。
PSPを立ち上げた時、SCEはゲーム機向けのロジックチップ(CPUやGPUやSoC)を、自社半導体Fabや東芝Fab、共同出資Fabで製造していた。しかし、先端プロセスの開発が高騰した時点で、SCEは先端プロセスの開発を続ける余力がなくなった。そのため、現在のSCEは、先端プロセスでのPSPチップを製造委託しなければならない。
ここでSCEにとっていいニュースは、SCEが委託するIBM/東芝のプロセス開発連合が大きく広まってきたことだ。IBMを中心とするパートナーシップで、ベースラインのプロセス技術を共同開発する半導体ベンダーは増えている。SCEは、これまでのIBM/東芝ラインを受け継ぐなら、そのパートナーシップの中で製造委託先を選ぶことができる。その中には、従来のファウンドリより高性能プロセスに注力するGLOBALFOUNDRIES(AMDからのスピンオフ)も含まれる。