後藤弘茂のWeekly海外ニュース
なぜインド映画産業にAMDが入れ込むのか
(2014/9/29 13:32)
興隆するインド映画産業のCG化の並に乗るAMD
『きっと、うまくいく』、『ロボット』、『ボス その男シヴァージ』、『恋する輪廻オーム・シャンティ・オーム』。古くは『ムトゥ 踊るマハラジャ』から、日本でもインド映画が次々と公開され旋風を巻き起こしている。そのインド映画界を、AMDが狙う。
AMDは、先週インドのゴアで開催したイベント「AMD Technology Showcase 2014」で、可能性を秘めたインドのエンターテイメント産業に力を入れる同社の戦略を鮮明に示した。成長が続くBRICs(Brazil, Russia, India and China)諸国を初めとした未開拓の市場に力を注ぐ。最近のコンピュータ業界のトレンドを反映した動きだ。
中でもインドは、年間1,000本を超える(米国の約2倍以上)映画が制作されるほど映画産業が膨れ上がっている。踊るマハラジャが紹介された当時は、歌と踊りの人海戦術的な制作ばかりが日本では目立ったインド映画だが、実際にはもっと厚みがある。日本でもヒットした『きっと、うまくいく』のようなインドインテリ層の直面する歪みをコミカルに描いた映画から、『ロボット』のようなCGを多用した娯楽作品までさまざまなタイプの作品が溢れている。そして、映画制作産業が成長するに連れて、コンピュータグラフィックスがインド映画に浸透しつつある。派手な作品が多いインド映画には、CGによる派手な映像演出がよくフィットするからだ。コンテンツ制作に重要なGPUを持つAMDにとっては狙い目のクリエイティブ産業となっている。
そのため、AMDは、同社のワークステーション向けグラフィックス製品ファミリ「AMD FirePro」のインドでの発表イベントを今回大々的に開催した。AMDでビジュアルコンピューティング関連の部門を統括するRaja Koduri(ラジャ・コドゥリ)氏(Corporate Vice President, Visual and Perceptual Computing)がわざわざ赴き、海外メディアにも公開した。この発表会でインドに紹介されたFirePro製品系列「AMD FirePro W9100」、「AMD FirePro W8100」は、すでに日本では紹介済みの製品。モノ自体に新味はないが、AMDのインドへのアプローチには新味があった。
発表会にはTVドラマ『24』のインド版などに出演している女優のMandira Bedi(マンディラー・ベーディー)氏が登場。FirePro W9100/8100のお披露目をAMD幹部とともに行なった。Bedi氏の登場は強烈で、登壇するなり「私はハードコアゲーマーよ、アングリーバードが好きなの」とおとぼけをかました。さらに「Oculus(オキュラス)は素晴らしいわ。あれが欲しいの」と、AMDの製品ではなくOculus Riftを褒め称える“外し芸”に会場は沸いた。
インドのIT産業拠点と重なるインドの映画産業拠点
公用的な言語だけで22言語もあるインドは、映画も言語によって分かれている。ヒンディー(Hindi)語映画、テルグ(Telugu)語映画、タミル(Tamil)語映画が3大映画言語だ。言語間で吹き替え版が作られることもあるが、各映画のオリジナルの言語は分かれる。ちなみに、タミル語とテルグ語はドラヴィダ語系だ。インドでは言語圏によって地域政治の単位である州が編成されているため、各言語の求心力は強い。
ヒンディー語映画はムンバイ(Mumbai:古名ボンベイ)が中心地であるため「ボリウッド(Bollywood)」と呼ばれる。ボンベイと、アメリカ映画産業の中心地「ハリウッド」を組み合わせた造語だ。テルグ語映画はハイデラバード(Hyderabad)が中心地で「トリウッド(Tollywood)」、タミール語映画はチェンナイ(Chennai)が中心地で「コリウッド(Kollywood)」とそれぞれ呼ばれる。いずれも南インド地域にある。
ここで興味深いのは、ムンバイ、ハイデラバード、チェンナイは、どれもIT産業が非常に盛んな土地である点。インドのIT産業では他にバンガロール(Bangalore)が有名だが、それ以外の3拠点はいずれも映画産業と重なっている。もちろん、これらがいずれもインド有数の大都市だからという点もあるが、インド映画産業マップは、インドのIT産業マップと重複している。インドの映画産業にアプローチすることは、インドのIT産業にも近づくことになる。
インド映画と人脈的なつながりを持つAMD
AMDは、インド映画産業とは、個人的な人脈レベルでも強い結びつきを持つ。現在、AMDのビジュアルコンピューティング部門を担当するインド系のRaja Koduri氏は、テルグ語映画界の新星人気監督のS.S. Rajamouli(SSラジャマウリ)氏と従兄弟同士。AMDのカンファレンスにビデオ登場したRajamouli氏は、映画制作での従兄弟との関係を強調した。
Rajamouli氏はCGを駆使した『マッキー/Makkhi(テルグ語の原題はEega)』で2012年に話題をさらった監督だ。日本でも公開されたマッキーは、死んだ男がハエになって蘇り、自分を殺した恋敵と戦うというストーリ。ハエのありえないアクションがCGで描かれる。日本ではまだ知名度の低い監督だが、インドではトップ人気監督の1人。2009年に撮った、前世の恋人を追う映画『Magadheera』で、中世インドの戦闘シーンにCGを多用して有名になったという。
こうした人脈も活用して、AMDはインド映画産業のCG制作の世界に食い込もうとしている。もっとも、Koduri氏は、AMDのグラフィックスの責任者だからインド映画産業に近付いたわけではない。Koduri氏は、2009年にAMDを離れてAppleでグラフィックスアーキテクチャのディレクターとして務めていた。そして、Koduri氏は、Apple時代の昨年(2013年)3月にインドの映画特殊撮影スタジオのMakuta VFXに、チーフテクニカルアドバイザとして迎えられている。Makutaスタジオは、Rajamouli監督のCG制作を請け負っている。Koduri氏自身が持っている、出自のインドとの強い結びつきが、AMDに戻った後も活かされている形だ。
インドのCG教育にも協力するAMD
AMDはゴアでの発表会で、エンターテイメント産業でのコンテンツクリエイションでのFireProの利点を強調した。IT産業と映画産業が融合して行くインドで、コンテンツ制作にFireProを浸透させようという戦略だ。
しかし、インド映画のCG導入は、まだ始まったばかり。AMDと関係のあるRajamouli氏の映画、EegaやMagadheeraなどはYoutubeで視聴することができるが、まだ、CG業界で話題になるほどには達していない。その分、伸びしろがあるとも言える。今回のゴアのイベントでは、インドの大手アニメーション&VFXスクールのMAAC(インドに80校を持つという)のRam Warrier氏(Business Head, MAAC)が登場。AMDのFireProを全面的に導入することを発表した。
ちなみに、イベント会場では、AMDのOpenCLベースのレイトレーシングソリューションも紹介され、デモも公開された。AMDのKoduri氏は、ネストする条件分岐に弱いGPUの問題を克服するため、このPathtracerでは、Wavefrontの再パック(RePack)をソフトウェアで行なっていると説明。ハードウェアで再パックをサポートするとより効率的になるため、考慮していると語った。また、Oculus Riftのデモでは、新たにCrytekのゲームエンジンCryEngineのデモが公開された。
このほか、この発表会時のインタビューでは、Radeon R9 285(Tonga:トンガ)の詳細なども紹介している。