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この先ブレイクスルーが必要なApple iPadのDRAMメモリ技術



●iPadのDRAMパッケージと前回の間違いの訂正

 前回のAppleのAxシリーズの記事で大きな間違いがあった。A5XのDRAMインターフェイスで、LPDDR2のx64デュアルチャネルではなく、x128(128-bitインターフェイス)クアッドチャネル構成となっている。従って、正確な図は下のようになる。なぜ、64-bit幅インターフェイスではなく128-bit幅インターフェイスなのかがわかるかというと、DRAMパッケージの型番が示しているからだ。

AppleのAxシリーズSoCのブロックダイヤグラム

 新しいiPadは2個のDRAMチップパッケージを搭載しているが、これはそれぞれ2個のDRAMダイ(半導体本体)を載せた積層パッケージとなっている。新iPadにはエルピーダとSamsungのLPDDR2が採用されており、iPadのロットによって異なるようだ。

 エルピーダのDRAMパッケージは「B4064B2MA-8D-F」となっている。エルピーダのサイトのパーツナンバーデコーダのファイルには、スタックのモバイルDRAMパッケージの例がない。しかし、規則から頭の「B」がDDR2モバイルRAM、「40」がパッケージ容量で4G-bit品であることを示していることがわかる。問題は次の「64」で、ここに2桁の数字が来る場合はエルピーダでは通常DRAMの構成を示している。そのため、このパーツがx64のパッケージであることが推測できる。また、「8D」の部分は通常はスピードグレードを示すので、800Mbpsの転送レートであることも推測できる。

 一方、SamsungのDRAMパッケージには「K3PE4E400E」と刻印されているようだ。Samsungの規則は一貫性があり、「K」はメモリ製品であることを、「3」はモバイルDRAMの積層パッケージであることを、次の「P」はLPDDR2であることを示している。積層パッケージは2アクセスポート仕様となっており、Pの次の「E4」はAポートIFの仕様で、次の「E4」がBポートIFの仕様だ。Samsungの型番からは、E4の示す内容がわからない。とはいえ、LPDDRでのこの部分の記号はこれまで常にx32を示して来た。例えば、「E3」は1G-bit x32となっている。そもそもLPDDR2はx32品が標準なので、E4は2G-bit x32を示している可能性が極めて高い。その場合は、チップパッケージ全体で4G-bit品で、インターフェイスは合計でx64となる。

 こうしてDRAMパーツをよく見てみると、新iPadに積まれているDRAMパッケージが、積層のx64品が2個の構成であることが推測できる。従って、A5Xの方のDRAMインターフェイスは128-bit幅で、x32の4チャネルとなる。

●メモリ回りだけで1Wも消費してしまうLPDDR2のx128構成

 この可能性を前回の記事で見逃していた理由は、通常はこんなメモリインターフェイス構成をモバイルデバイスでは採らないという先入観があったからだ。

 なぜしないのか。それは、消費電力とコストとチップ数と実装面積の全てを押し上げるからだ。電力面では電力食いのDRAMインターフェイスが2倍になることで、まずアクティブ電力がぐんと跳ね上がる。

LPDDR2のx32のバンド幅と消費電力の関係

 どの程度消費電力が上がるのか。JEDECが昨年(2011年)5月のMobile Memory Forumで行なった説明によると、LPDDR2のx32シングルチャネルで800Mbpsで転送した場合の電力は250mW(IDD4リード&ライト動作が50%の場合)。x128クアッドチャネル構成の場合は4倍で、メモリチップとメモリコントローラだけで、なんと1Wも消費してしまう計算になる。

 電力を数十mW単位で削るモバイルデバイスのメモリで、このスペックは通常は考えにくい。JEDECのカンファレンスでも、クアッドチャネルLPDDR2は現実性の面で難しいという前提で説明していた。

 PC的な感覚からすれば、この程度の電力の増大はたいしたことにないように見える。しかし、ちょっと前までDRAMの消費電力がせいぜい200mW台だったモバイルデバイスの常識からすれば非常に多い。モバイルCPUコアですら、Cortex-A9のTSMC 40nmのハードマクロは、ピーク2GHzのデュアルコアで10,000DMIPS時にたった1.9Wしか消費しない。CPUとDRAMの消費電力の比率としては、モバイルメモリのx128は電力消費が大きい。

 ピーク時の電力消費が大きいため、新iPadにとっても負荷が高いアプリケーションが増えると、バッテリ駆動時間が減って行く可能性が高い。また、アイドル時の電力も、DRAM個数が増えた分、余計に増加する。LPDDR系メモリはアイドル時の電力は、通常のDDR系メモリよりずっと少ないが、それでもインパクトがある。そのため、バッテリ重量を減らしてiPadをより軽くすることが難しい。

●積層パッケージで4枚のDRAMダイを収める新iPad

 新iPadでは、DRAMのダイは2個の積層パッケージで合計4ダイになった。そのため、新iPadではDRAMをプロセッサのPoP(Package On Package)パッケージに収められなくなり、個別パッケージとして実装している。DRAMのダイ数が増えたのは、LPDDR2ではx32が標準で、1チップ当たりの帯域が制約されているからだ。x64品を作るとダイが大型化してしまうので、通常品ではない。そのため、帯域を増やすには、ダイの数を増やさなければならない。

 ちなみに、ここから、新iPadでDRAMメモリ量が増えたのは、DRAMダイ自体が大容量化したためではなく、DRAMダイの個数が増えたためであることが分かる。これまでは2G-bit品が2ダイだったのが、2G-bit品が4ダイになったため1GB容量になった。ダイ数が増えたために、必然的にDRAM容量が増えたのが今世代だと推測される。

 その分、実装面積が増えている。A4/A5にPoPで収められていたDRAMが、別パッケージで基板に実装されているからだ。これは、iPadではともかく、ボード面積の小さなiPhoneでは実装上の難度を上げる。インターフェイスの増加で、増える等長配線数も、やっかいな問題(基板層数が多いためPCよりも問題は少ない)で、設計上の自由度を減らしてしまう。つまり、小さな基板に収める難度が高くなった。

 コスト面では、2G-bitのダイの積層パッケージ品の4G-bitチップは、かなり割高になる。LPDDR2ではシングルダイで4G-bitのチップが、ビット単価で一番安くなっているが、新iPadはそのコストダウンの恩恵を受けることができない。具体的には、メモリ価格情報サイトのDRAMeXchangeでは、LPDDR2 4G-bitの契約価格が平均で7.5ドルで、LPDDR1 2G-bitが4.8ドルとなっている。4G-bitの方が容量当たりの価格が安い。つまり、Appleは割高なDRAMチップを使わなければならない。実際に、iSuppliのiPadのコストの分析のプレスリリースを見ると、iPad2に対して新iPadはDRAMのコストが7.6ドルから13.9ドルへと2倍近くに上がっている。コンシューマデバイスでは、セント単位でコストを切り詰めるため、DRAMは無視できないコスト上昇だ。

 こうした不利があるのに、なぜAppleはLPDDR2の積層パッケージでのx128クアッドインターフェイスを採用したのか。それは2012年前半では、選択肢が他にないからだろう。正確には、他の選択肢としてMobile XDR DRAMがあるのだが、Appleはその方法は採らなかった。

 下はモバイルDRAMのロードマップだ。今年の末から来年(2013年)にかけて2倍転送レートのLPDDR3が登場して、x64で12.8GB/secが実現できる。そして、2013年から2014年にかけてワンチップで12.8GB/secのメモリ帯域のWide I/Oが登場する。

低消費電力メモリのバンド幅ロードマップ
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LPDDR2、LPDDR3、Wide I/Oの帯域あたりの消費電力

 しかし、2012年の時点では、製品として利用できるのはLPDDR2までで、帯域を引き上げるには4チャネル化しかない。技術的にはMobile XDR DRAMならx32(ディファレンシャルシグナリングなのでピン数はシングルエンデッドのx32より多い)で12.8GB/secを達成できるが、DRAMベンダーにMobile XDR DRAMを量産してもらう必要がある。つまり、Appleは現行のDRAM製品で、帯域を伸ばすことができる唯一の手段を採ったわけだ。

 電力的には、LPDDR2は帯域当たりの電力が80mW/GB/secであるのに対して、LPDDR3は70mW/GB/secへとやや減り、Wide I/Oでは40mW/GB/sec、Mobile XDRに至っては17.6mW/GB/sec(JEDECメモリと同条件かどうかは不明)。LPDDR2は圧倒的に不利だが、Appleは待ちきれなかったことになる。

●Wide I/Oなど新メモリ技術のけん引役として期待されるApple

 以上の理由から、Appleがプロセッシングとメモリ帯域のバランスを取ろうとしていることがわかる。前回の記事の前半で、バランスが崩れていると指摘したことは誤りだった。しかし、バランスを取るために、通常のモバイルSoCでは決して採らない方法で、メモリ帯域を伸ばしていることが明らかになった。

 こうして見ると、前回の記事で指摘した、Axファミリの脱モバイルアプリケーションSoC的な流れは、メモリインターフェイス面にもあったことになる。AppleはAxシリーズを、PCプロセッサ並のダイサイズのSoCにした。それによって、少し前のPCプロセッサ並のプロセッシング性能とメモリ帯域を実現しようとしている。発想が、携帯電話のアプリケーションプロセッサから、PCクラスのシステムのそれに近くなっている。

AppleとIntelの大サイズ比較
Appleダイサイズ移行図

 これは、ある意味で、モバイル向けSoCの概念を破壊して再構築しつつあるとも言えそうだ。ただし、他のチップベンダーが追従できるかどうかは、難しい。アプリケーション側にとっては、性能が伸びる分だけ嬉しい話だが、ハードウェアの設計側にとっては電力や実装での困難が増えるからだ。

 もっとも、電力の制約のために、これだけ無理をしても、まだPCシステムには、プロセッシングでもメモリ帯域でも追いつかない。特に、メモリのようなオフチップのデータ転送は、電力コストが高いため難しい。現状でも、まだPCでのDDR2-800のデュアルチャネル(x128)相当のメモリ帯域でしかない。ブレイクスルーは、すでに説明したWide I/O系のダイを積層するメモリ技術やMobile XDR DRAM系のディファレンシャルで低振幅のメモリインターフェイス技術で、Appleがそうした技術を牽引できるかどうかにモバイル業界全体のメモリの動向が左右される。今回、コスト増を押してもメモリ帯域を引き上げたことは、Appleがコスト的に高くつく技術でも採用する可能性が増えたことも示している。

 Wide I/Oは、3Dダイスタッキング(積層)技術を使い、モバイル向けSoCの上にDRAMチップを重ねるメモリ技術だ。512-bit幅の広いメモリインターフェイスで12.8GB/sec以上の広帯域を実現する。Wide I/Oの最大の問題は、コスト面では不利なこの規格がきちんと立ち上がるかどうかという点にある。AppleがWide I/OまたはWide I/O DDRを率先して採用すれば、流れがWide I/Oへと向かう可能性がある。量産によってコストも下がり、他のベンダーも使いやすくなる。

Wide I/Oの積層構造

 同様のチャンスはMobile XDR DRAMにもある。Appleが2013〜14年の段階で20GB/sec台のメモリ帯域を求めた場合に、それを実現できる技術は現在のロードマップではMobile XDR DRAM x64しかないからだ。Wide I/O SDRを使っても現行と同じ帯域で電力を半分に落とすことしかできないが、Mobile XDR DRAMを使うと2倍帯域で電力も大幅に下げることができる。ただし、DRAM価格については、他のモバイルSoCベンダーが追従しなかった場合には、カスタムDRAM的な高価格になる可能性がある。また、XDR DRAMでRambusの一番のパートナーだったエルピーダの今後がわからない現状では、難しいだろう。

●NANDのコスト低減は価格に反映しないApple

 電力はともかくとして、増えるデバイスコストは、どうやって解決しようとしているのだろう。この点で、明瞭な戦略は、NANDフラッシュメモリ容量の据え置きだ。

 Appleは、iPadのNANDフラッシュメモリの容量を据え置いたまま世代交替させている。ストレージは16/32/64GBの3種類で、それぞれ499/599/699ドルという価格構成だ。世代とともに、同じ価格帯のデバイスのストレージを大容量化していない。これは、3世代のiPadのNANDチップ自体の微細化を考慮すると、奇妙に見える。

 初代iPadでは、搭載しているNANDフラッシュは4xnmプロセス世代だった。それが、次のiPad2では3xnmプロセス世代になった。そして、3代目のiPadでは2xnmプロセス世代へと移行したと言われる。プロセス技術が微細化すれば、当然、NANDのダイ面積当たりの容量は大きくなり、それに伴い製造コストが下がり、価格も下がる。NANDの世代毎の容量とダイサイズは下の図の通りだ。

FLASHのプロセス技術とダイサイズ
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FLASHのプロセス技術と密度
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 4xnmプロセス世代では、16G-bitのダイがスイートスポットのサイズだった。3xnm世代では、32G-bitのダイがスイートスポットに入り、そして、2xnmでは64G-bitのダイがスイートスポットに収まっている。つまり、3世代のiPadのNANDフラッシュは、ダイ当たりの容量は着実に増えてきている。そして、NANDの価格もそれに伴って下がって来た。

 これだけを見ると、AppleはNAND容量を増やすことが当然のように見える。しかし、Appleはそうしなかった。それが意味するのは、AppleがiPadのコストの中での、NANDフラッシュの比率を下げているということだ。

 調査会社iSuppliが発表したiPadのコスト分析のプレスリリースでは、初代iPadでのNANDフラッシュのコストは16GB版で29ドル50セントとなっていた。64GBなら単純計算で4倍のコストだ。それが、3代目iPadになるとiSuppliの発表では16GBが16ドル80セントとなっている。つまり、かつてiPadのコストのかなりの部分を占めていたNANDのコストは、世代とともに圧縮されつつある。

 こうして見ると、AppleがNANDストレージ容量をアップさせないのは、NAND部分のコストを抑えて、他の部分に、よりコストをかけるためだと推測される。もちろん、モバイルデバイスであるiPadでは、ストレージの大容量化の要求が相対的に低いという背景もある。クラウド型サービスで解決するなら、ストレージを大容量化する必然性は薄い。

 ただし、そのために、相対的に大容量NAND版のiPadほどお買い得感は薄れている。NAND容量によるコスト差が小さくなっているからだ。逆を言えば、Appleにとっては下位のモデルほどマージンが薄く、上位のモデルはよりマージンが厚くなっている。上位モデルほどiPadマニアが購入するため、価格で競争する必要が薄いというAppleの特殊事情を反映しているとも言える。