元麻布春男の週刊PCホットライン

3D立体視対応のPCを考察する



●3D表示の方式

 人が対象物を立体的に見ることができるのは、左右の目の視差を利用するからだと言われる。左の目が捉えた対象と、右目が捉えた対象の角度の違いが、脳内に立体像ををうかばせるというわけだ。言い換えれば、脳内に立体像を描くには、左目と右目に適切な視差のある画を見せれば良いことになる。

 とはいえ、これはなかなか容易なことではない。人間の目の視界はかなり広く、左目と右目それぞれに、それぞれ用の画だけを見せるのはちょっとした工夫を要する。右目に左目用の画が見えたり、その逆が生じると(クロストークと呼ばれる)、立体視の効果が著しく低下したり、画像がチラついたり二重に見えたりといったことになってしまう。

 この立体視を可能にするためにさまざまな手法が考案されているが、ポピュラーなのはクロストークを防ぐためのメガネを用いる方法だ。裸眼で立体視を可能にする手法も存在するが、目から画像までの距離がシビアだったり、画像(ディスプレイ)のサイズに制約があったり、さらには見る側にある程度の訓練が必要だったりと、かえって制約が多い。映画館、家庭用TV、さらにはPCなどで使われている3D立体視技術のほとんどは、メガネを必要とする。

 現在、家庭向けの3D立体視に使われている主要なディスプレイ技術は、大きく分けると4通りある。アナグリフ、偏光フィルム、フレームシーケンシャル、そしてヘッドマウントディスプレイだ。最後のヘッドマウントディスプレイは、メガネのレンズに相当する部分に液晶ディスプレイを持つ、それ自身がディスプレイであるため、いわゆるメガネとは異なるが、形状が近いのでここに含めることにする。

アナグリフ形式の3Dメガネ

 アナグリフというのは、3Dと聞いて連想されることの多い、いわゆる赤青メガネを用いたもので、雑誌の付録等についてくるアレである。単純な赤と青のセロファンを貼ったメガネでも利用できるこの方式は、とても安価でチラつきも少ないが、ゴーストのようなブレが生じることはある。ただし、決定的な難点として、色再現性が悪く、健康的な肌色とかを表現するのは苦手だ。この発展型としてプロ(映画館)用途には、カラーチャンネルを増やすことで自然な色再現を実現したもの(ドルビーデジタル3D)も考案されているが、多層コートの高額なメガネが必要になる。

 偏光フィルム方式は、画面の走査線の1本おきに左目用と右目用の画を描画し、それをディスプレイ上の偏光フィルムで円偏光をかけ、偏光フィルタを貼り付けたメガネで、それぞれの目に届ける。ディスプレイに対する追加コストが低く、メガネも比較的安価で軽いが、左右の画に走査線の半分づつを用いるため、垂直解像度が半分になってしまう。また、首の傾きにはあまり影響されないものの、ディスプレイとの距離やディスプレイの角度(特に仰角)には影響を受けやすい。

エイサーの3D対応ディスプレイ「GD245HQbid」

 フレームシーケンシャル方式は、ディスプレイに左右の画を交互に表示し、液晶シャッター付のメガネで、左の画の時は右目を、右の画の時は左目のシャッターを閉じることで、左右の画をそれぞれの目に届ける。シャッターを閉じる関係上、輝度の低下が大きめになるほか、左右の画を交互に表示するためフレームレートが半分になってしまう。これを補うため、通常のディスプレイの2倍以上のリフレッシュレートを持つディスプレイと組み合わせる。現在、PC用の3Dディスプレイでは2倍の120Hzだが、家庭用TVではさらにその2倍の240Hzのリフレッシュレートをサポートした製品が登場している。ブレやチラつきが少なく(120Hzではまだチラつきが気になるという人もいる)、高い3D効果を得やすいため家庭用3D TVで主流となっているが、メガネが比較的高価で、充電が必要という制約がある。PC用としては、GPUへの負荷が高く、高リフレッシュレートであるため、バッテリ駆動には適していないという問題ある。

 最後のヘッドマウントディスプレイは、左目と右目、それぞれに専用の小型ディスプレイを用意する方式であり、コストはかかるものの、ある意味もっとも妥協のない方式だ。しかし、実際の製品となると全く問題なしとはいかない。ヘッドマウントするためのディスプレイは超小型になるため、家庭向け製品ではネイティブ解像度はVGAクラスとなる。この解像度でも映画等の映像コンテンツを見るだけなら、あまり大きな問題ではないが、字幕等を読むのはかなり厳しい。ゲームも、細かな字を読まなければならないものには向かない。

 表は、以上の方式のメリットとデメリットをまとめたものだが、どの方式を採用するにせよ、何らかの犠牲が必要になる。コストを抑えるなら偏光フィルム、コストの上昇に目をつぶれるのであればフレームシーケンシャルというところだろうか。

【表】現在、3D立体視をサポートしたPCおよびPC周辺機器で使われている主な3D立体視方式
3D立体視方式メガネの種類犠牲3D効果ブレ、チラつき輝度低下コストPC負荷
アナグリフカラーフィルタメガネ(パッシブ)色再現性
偏光フィルム偏光めがね(パッシブ)解像度
フレームシーケンシャル液晶シャッターメガネ(アクティブ)フレームレート××
ヘッドマウントディスプレイ液晶ディスプレイ内蔵メガネ(アクティブ)(解像度)×

●3D映像の記録フォーマット

 こうした表示方式とは別に、3D映像の記録フォーマット、さらにはメディアの標準という問題もある。左右の目に見せる絵をどうやってパッケージングし、メディアに記録するか、という問題だ。3D立体視ディスプレイと同じように、赤と青で記録したり(アナグリフ)、走査線1本おきに左右の画を書いておいたり(インターリーブ)、連続するフレームに左右の画を書いたり、というのは、そのまま上のディスプレイ方式に直結した記録方式だ。だが、3D立体視するには、左右の目に応じたそれぞれの画があれば良いから、ディスプレイ方式に必ずしも制約されるわけではない。

パナソニックの世界初の3D対応プラズマTV「VIERA VT2」

 現時点で、最も広く使われている3D立体視記録方式の1つは、左右の画を1つのフレーム内に左右に並べて記録するサイドバイサイド方式だ。BS 11の3D放送はこの方式を用いているし、先日発表されたパナソニックの家庭用ムービーも、このサイドバイサイド方式を採用する。

 サイドバイサイドで16:9の画面に左右の画を並べると、それぞれは8:9となる。したがって、再生時には16:9に引き伸ばさなければならない。それを見越して、それぞれの画は左右を圧縮した画になっている。つまりこの方式では水平解像度が犠牲となる。同じように左右の画を上下に並べる方式(トップアンドボトム)もあるが、この場合は垂直解像度が犠牲になる。

富士フイルムのFinePix 3D W1

 一番素直な記録方式は、左右の目に応じた画をそのまま記録し、再生時の処理に任せる方法だろう。富士フイルムのFinePix 3D W1は静止画をMPフォーマット、動画を3D-AVIフォーマットで記録するが、これはW1が内蔵する2組のカメラの映像出力(静止画JPEG、動画Motion JPEG)を、それぞれ1つのファイルにしたものだと考えられる。再生時に、再生側で2つの画を適切に処理して、3D立体視表示を行なうことになる。

 一方、Blu-ray 3Dでは、左目用あるいは右目用のどちらかの画を基準映像として、残る片方の画を生成するのに必要な情報を差分として記録する(MPEG-4 MVC)。これにより、従来のBlu-rayプレーヤーでは基準映像のみを再生することで互換性を確保できるし、2ストリームの動画を記録する場合に比べて、約1.3倍の圧縮効率アップ(パナソニック・プレスリリースより)が実現できたとしている。

 この例でも分かるように、3D立体視を実現したディスプレイ方式には、原理的に最も近い3Dデータの記録方式が存在する。が、だからといって再生はその記録方式に限定されるものではない。特にプログラマブルなPCであれば、原理上はいかなる方式で記録されていようと、プレーヤーソフトさえ対応できていれば、搭載する3D立体視ディスプレイ方式に合わせて変換することが可能だ。記録方式はあくまでも左目用と右目用、それぞれの画像を1つのファイルにまとめる手段に過ぎない。プレーヤーソフトは、それを左目用と右目用にそれぞれデコードし、その2つの画をディスプレイ方式に合わせた形にエンコードして出力する。3D立体視の効果はディスプレイ方式に依存するが、特定方式の3Dコンテンツを3Dとして再生できるかどうかは、ディスプレイ方式ではなく、プレーヤーソフト(記録フォーマットへの対応とディスプレイ方式への対応)に依存するわけだ。

●ユーザーが使える3D記録の標準がない

富士通のESPRIMO FH530/3AM

 今回、筆者は富士通の「ESPRIMO FH530/3AM」を試用してみた。偏光フィルムによる3D立体視ディスプレイをサポートした本機は、Blu-ray 3D再生ソフトとして富士通版PowerDVD9 3D Playerを搭載する。このPowerDVD9 3D Playerは、もちろん通常のBlu-rayやDVD、さらには2D DVDの簡易3D変換機能も備える。また、サイドバイサイドとトップアンドボトム方式のコンテンツの3D立体視にも対応している。

 このほか、本機で最も大きな特徴は、ディスプレイ上部に3Dに対応したWebカメラ(各130万画素)を備えていることで、インターリーブ方式で3D静止画と3D動画を撮影することができる。ファイルフォーマットは、静止画が.JPG、動画が.AVIで、付属の3Dカメラビューアで撮影と再生が可能だ。現時点で、この3Dカメラビューアで作成したデータは、本ソフトでの再生しか保証されていないから、3D非対応PCのユーザーはもちろん、本機以外の3D立体視PCのユーザーにメール等で渡しても、正しく再生できない可能性がある。

 このあたり、現状では3D画像をやりとりするための標準フォーマットが存在しないことが大きな要因だろう。3D非対応PCのユーザーにどうしても3D画像を渡したい場合は、その気になればメガネを自作できるアナグリフ方式を用いるのが一番確実だ。しかし、意外とアナグリフ方式から搭載する3D立体視ディスプレイ方式に変換可能なPCはなかったりする(赤青のアナグリフをデコードして左右の画を作り出し、それを120Hzのフレームシーケンシャルに変換するなど)。3D立体視をサポートした環境(対応PCおよび3D TV)を前提にすれば、一番サポートされているのはサイドバイサイドだ。

 Blu-ray 3Dのように、メディアに対して標準記録フォーマットが定められていれば良いのだが、一般コンシューマが3D静止画や3D動画をやりとりする際に使う標準は今のところ存在しない。上述したFinePix REAL 3D W1の静止画や動画のフォーマットも、広くサポートされているとは言い難い(実際、本機で3D立体視することはできない)。 

 こうした標準の欠如は、もちろん富士通の責任ではない。が、これにより、せっかくの内蔵3Dカメラも、使い道が限られてしまう。従来からの2D環境の上位互換となるような、標準の登場が待たれるところだ。

 いずれにしても、Blu-ray 3Dのタイトルが国内販売されていないことも含め、現状では3Dのコンテンツが圧倒的に不足している。少なくとも、当面の間、利用の中心は2Dで、たまに3Dのコンテンツを楽しむ、という形になるだろう。

 そう考えた時、本機の価格設定が、比較的リーズナブルになっていることに魅力を感じる人もいるかもしれない。このESPRIMO FH550/3AMの直販価格が199,800円であるのに対し、下位モデルであるESPRIMO FH550/3Aの価格は164,800円と約35,000円の開きがある。しかし、この価格差には3D立体視機能だけでなく、地上デジタルTVチューナ(ダブル)とBlu-rayドライブも含まれている。3D立体視機能だけの価格上昇分は、1万円台であろう。このクラスのPCを購入する予定があり、1万円少々追加することで、秋に登場すると言われるBlu-ray 3Dタイトルの再生機能がついてくると考えれば、それほど悪い気はしなくなる。そのあたりが、判断の分かれ目となるだろう。