■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
日本マイクロソフトの樋口泰行社長 |
「Windows 8は、従来路線からの変更ではない。Windowsの広がりを実現するOSになる」--。日本マイクロソフトの樋口泰行社長は、米Microsoftが正式に発表したWindows 8についてこう位置づけた。樋口社長をはじめとする日本法人幹部がWindows 8に関して言及したのは、今回の樋口泰行社長へのインタビューが初めてとなる。また、2011年7月1日から始まる同社2012年度においては、コンシューマ向け営業部門の再編を予定していることも明らかにした。日本マイクロソフトの新年度事業方針の方向性を交えながら、樋口社長に話を聞いた。
Windows 8のタイルUI |
--米MicrosoftのWindows & Windows Live担当プレジデントのスティーブン・シノフスキー氏が、米国時間の6月1日にWindows 8を正式に発表しました。日本法人においては、この新OSをどう捉えていますか。
樋口 残念ながら現時点で日本法人から発信できる内容は何も無いというのが正直なところです。もちろん、想定される製品出荷のタイミングから逆算すれば、今後、日本の開発者向けに情報を提供するといったことも行なわれることになりますが、このスケジュールについても、現時点ではなんらお話しをできる状況にはありません。
ただ、Windows 8の新たなインターフェイスを見て、まったく異なるものが登場してくるのではないかということを懸念する人もいるかもしれませんが、確かなのはこれまでのWindowsの路線からは変わるものではないということ、そして、Windowsが動くデバイスの選択肢を広げるものになるということです。
スレートPCは、生産性向上のツールとしての活用には難しいといわれますが、店舗などにおける顧客接点で活用するツールとして、保険業界などにおいて訪問先で活用するツールとしての利用には適しているデバイスです。こうした領域において、Windows 8は活用できるものになります。これまでのスレートPCよりも、高い完成度を持った製品が登場することになるのは間違いないでしょう。さらに、これまでのWindowsベースのアプリケーションは、Windows 8上でも動作しますから、企業にスレートPCが導入された場合にも、IT部門がより管理しやすい環境が実現されることになる。これは企業IT部門にとっては大きなメリットとなります。
--日本では製品投入が遅れているWindows Phone 7も、いよいよ年内には日本において、搭載したスマートフォンが登場することになります。一部では、日本の携帯電話メーカーから、Windows Phone 7搭載スマートフォンは登場しないのではないかという指摘も出ていますが。
樋口社長自らもすでにWindows Phone 7搭載スマートフォンを利用している |
樋口 日本の携帯電話メーカーから次期Windows Phone(コードネーム:Mango)を搭載したスマートフォンが投入されないということはありませんよ。日本のデバイスメーカーと、日本法人がしっかりとしたパートナーシップをとることで、すばらしい端末が登場すると思っていていただいて構いません。
大きく異なるのは、これまでのWindows Phone Mobileがビジネスフレーバーの製品であったのに対して、Mangoは、コマーシャルデバイスにも、コンシューマデバイスにも対応したOSになるという点です。PC向けのWindows OSは、1つのOSで、コマーシャルにも、コンシューマに対応しています。これと同様に、技術的な観点では、1つのOSで双方に対応できるものです。しかし、マーケティング戦略という点での訴え方はそれぞれの市場に向けて変えていくことになります。Mangoは、日本のパートナー各社との強い結びつきの中で、日本におけるスマートフォン市場の開拓に取り組んでいくことになりますし、絶対に引き下がることができない市場でもあります。
もし仮に、ここでやめることがあったとしたら、我々は2度とこの市場には参入できないでしょう。全社員がそうした気持ちを持って取り組んでいくことになります。
Mangoは、5月23日に国内で開催された「Microsoft Developer Forum 2011」で明らかになった | 米国で発売されているWindows Phone 7搭載スマートフォン |
--日本マイクロソフトは、2011年6月で年度末を迎えますが、その成果はどうですか。第4四半期(2011年4月~6月)における東日本大震災の影響も気になるところですが。
樋口 企業や自治体においては、優先すべきテーマが明らかに変化しています。まずは建物や設備などの復旧を優先する必要がありますから、どうしてもIT投資の検討に関しては優先順位が低くなる。そうした点での影響は出ています。
しかし共通しているのは、BCPの策定に代表されるように、災害時に強い企業、災害時に強い自治体を目指す意識が高まっている点です。クラウド・コンピューティングの導入を前向きに検討する機運が高まっているのもその一例です。一方で、年間を通じますと、クライアントOSでは、Windows 7へのニーズが底堅く、企業におけるWindows XPからWindows 7への移行が進展しています。あわせてOffice 2010へのニーズも高まっている。さらに、ソリューション分野における製品群が好調に推移しています。日本の企業のグローバル化にあわせて、メインフレームやUNIXといったレガシーシステムから、Windows環境へと移行する企業が増えている。企業のグローバルマインドと、ITにおけるグローバルスタンダードの採用とはリンクしていることが多いですね。ExchangeやSharePoint、SQL Serverといった製品が堅調な伸びをみせています。
Kinectの発売でXbox 360の売れ行きにも弾みがついたという |
またコンシューマ分野においては、エコポイント制度の影響を大きく受けるとみていましたが、結果としてはそこまでの影響が出ていない。足下の状況をみても、地デジチューナ搭載PCの販売が好調ですし、それにあわせてデスクトップPCの販売数量も増加しています。Xbox 360も、Kinectの発売によって全世界で弾みがついている。日本では任天堂やソニー・コンピュータエンタテインメントにはまだ負けてはいますが、着実に販売数量を増やしています。日本マイクロソフト全体でみた場合、社内的に掲げた年初計画を達成することは間違いありません。これは、前年実績を上回る内容となっています。
--7月から始まる新年度では、どんな点がポイントなりますか。
樋口 コンシューマ事業部門を大きく再編します。すでに米国でも発表していますが、製品ごとに分かれていたコンシューマ事業部門を、コンシューマチャネルグループとして再編し、日本においても同様の組織として編成します。コンシューマチャネルグループは、Windowsのコンシューマ向けPC、スレートPC、Windows Phone、Xboxなどの販売を統括する組織となり、コンシューマチャネル向けの戦略を、世界規模で強化していくことになります。これによって、統一したマーケティング戦略を打ち出すことができますから、日本でもコンシューマチャネルビジネスを一層加速させることができる。特に、これからは、スレートPCやスマートフォンビジネスが重要な鍵になりますから、新組織の発足によって、これらのビジネスの強化へとつなげたいですね。
--一方で、コマーシャルビジネスの強化点はどこになりますか。
樋口 過去3年間に渡って日本法人が強化してきたのが、コマーシャルビジネスの強化であり、この領域におけるパートナーシップの強化です。データベース製品でも、仮想化関連製品でも、そしてクラウドビジネスにおいても、日本では強固なパートナーシップが実現されている。これはMicrosoft製品に対する信頼、日本マイクロソフトという企業に対する信頼、そして社員に対するパートナー各社の信頼が高まってきたことが大きい。この点は今後も引き続き強化していかなくてはならないものだといえます。
--クラウドビジネスについてはどうですか。
樋口 Windows Azure、BPOS、Dynamics CRM Onlineに加えて、今後、Office 365が登場することで、クラウド・コンピューティングの領域に強力な製品が出揃うことになります。まさにこれからが本番だといえます。大手企業がITシステムを丸ごとクラウドに持っていくという話も出ていますし、震災復興にクラウドを活用していきたいという話も増えている。
また、トヨタ自動車との提携のように異業種とのパートナーシップも始まっていますし、8月1日から本格的にサービスを開始する富士通とのAzureにおける提携も、日本におけるクラウドビジネスの拡大に大きな意味を持つことになります。こうした点を考えると、新年度における日本マイクロソフトのクラウドビジネスは、さらに加速することになるでしょう。クラウドビジネスに関する営業、サポート体制をみても、昨年のいまよりも確実にいいポジションにいるのは間違いない。クラウドパートナーの数も、昨年宣言したように、この1年で1,000社にまで到達しました。新年度のクラウドビジネスの売上げ規模は、前年比2倍近い伸張も見込めるといえます。
--これまではクラウドビジネスにおいては見込み件数の獲得を重視していましたね。
樋口 その姿勢はこれからも変わりません。クラウドは簡単に導入できるというメリットがありますが、それは言い方を変えれば、小口で入って、大きく拡大できるということでもあります。つまり、会社全体の仕組みばかりを狙っていると、動きが遅くなり、他社にくさびを打ち込まれる可能性が出てくる。そこから浸食される可能性もあるわけで。これは同じように、我々がクラウドビジネスを推進する上でも、小さなところから突破口を作れる可能性が出てくるともいえます。まず多くの企業に、Microsoftのクラウドを活用していただくことを重視したい。面での展開ではなく、点での展開を推進するというのがクラウドビジネスのやり方。ですから、見込み件数やトライアル企業の数を増やすというのは新年度においても重要な要素なのです。
--依然として震災の影響が残るとみられますが、新年度の計画はどうなりますか。
樋口 具体的な業績目標は明らかにはできませんが、日本法人においては、引き続き、前年比プラス成長の計画を打ち出していきます。