■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
「レノボとNECのPCビジネスを、これまで通りに維持することが、今回の合弁においては最大の優先事項となる。その上で、両社のベストプラクティスを共有し、ともに成長を図っていきたい」。
レノボ・ジャパンのロードリック・ラピン社長は、NECとレノボの合弁による成果をこのように設定する。レノボ・ジャパンにとっては、NECが持つ日本におけるインフラなどを活用するメリットがある一方、NECの先進的技術を採用したPCを世界展開することも検討材料の1つに掲げている。「この提携を『WIN-WIN-WIN』の形にもっていきたい」とするラピン社長に、NECとの合弁における狙いを聞いた。
--レノボとNECとの合弁発表から約1カ月を経過しましたが、ラピン社長の気持ちや、社員の認識に変化はありますか?
ラピン 私個人の意識が変わったということはありません。昨年(2010年)4月からこの合弁に関する話し合いに参加し、その間、NECはどういう会社であるかということも深く理解をしてきた。NECパーソナルプロダクツの高須英世社長や役員の方々とも緊密な関係をとり続けています。
一方、先行する形で一部新聞報道があった際に、予想外の出来事にショックだったレノボ・ジャパンの社員もいたでしょう。私は、社長に就任以来、社内をオープンにすることや、透明性を持つことを優先課題に掲げています。1月27日に正式発表があった翌日(28日)午前中には、レノボグループのユアンチン・ヤンCEO、ワィ・ミン・ウォンCFO、私の上司のミルコ・ファン・ドュイル上席副社長、大和研究所を統括している内藤在正副社長、そして私が、レノボ・ジャパンの全社員に対して説明を行ない、質疑応答を行ないました。これは約3時間に渡るものでした。全体的にはポジティブな雰囲気の中でのやりとりが行なわれたと感じていますし、そのミーティング以降は、社員の間には動揺はなかったと思っています。レノボ・ジャパンの社員は、レノボ・ジャパンの仕事を行ない、NECの社員はNECがやるべきことを行なうという形で、この1カ月が経過しています。
--レノボ・ジャパンの社員が心配していたこととはどんな点ですか。また、社員との質疑応答の中ではどんなやりとりが行なわれましたか。
ラピン NECという大企業との合弁ですから、自分たちはどうなるのかという不安を持つことは自然な反応だと思います。しかし、今回の合弁では、それぞれが独立した形で事業を推進し、フロントエンドの部分は別々であるということを改めて確認しました。NECは強いテクノロジー、日本における高いブランド力、そして、顧客満足度ナンバーワンという力がある。それは継続的に守っていくことになる。
また、レノボ・ジャパンは、日本で最速の成長を遂げているPCメーカーであり、顧客やパートナーにフォーカスするという姿勢はこれからも変わらない。これらの点を継続していくことを、しっかりと理解してもらった。
社員との質疑応答の中では、リテール営業チームからこんな質問が出ました。「NECは、リテール市場においてプレゼンスも高い、ブランド力や強い営業体制もある。しかし、レノボの体制はまだまだ脆弱である。この部分はどうなるのか」。これに対しては、当面、2つの会社の営業体制は別々にやっていくことを示しました。そして、レノボ・ジャパンのリテール営業部門は、目標を上回る成果を出していますから、その勢いを持続して欲しいという要望も出しました。
また、「今回の合弁が、NECとレノボにもたらすメリットはなにか、顧客に対してのメリットはなにか」という質問もありました。NECは日本でのブランド力、顧客満足度ではナンバーワンであり、最新技術をいち早く市場に投入するという点でも、恐らくナンバーワンでしょう。日本のユーザーは、テクノロジーを高く評価する傾向がありますが、その市場において高い実績を持っていることは、技術力の高さを証明しているともいえます。
それに対して、レノボは何を提供できるのか。それは、サプライチェーンであり、工場のキャパシティであり、効率化であるといえます。2社が協業することで顧客に対して新たな価値をシナジー効果として提案できるようになる。同時に、2社の意思決定のスピードも加速することができると考えています。サプライチェーンの効率化は、両社ともにコスト削減のメリットが生まれます。これによって生まれた資源を、製品の価格に反映させるのか、あるいは研究開発に反映してより優れた製品として顧客に還元するのか。その点では、エキサイティングな選択を迫られることになります。私にとっても楽しみです。
--合弁会社がスタートするまでの間、NEC側と最重点の項目として話し合っていくテーマはなんでしょうか。
ラピン 最終的には日本政府の承認を待たなくてはなりませんし、案件がすべてクローズしたわけではありません。ですから、まだ機密情報まで共有できるレベルにはありません。しかし、今後、何を最優先でやるのかを考えた場合、やはりサプライチェーンということになります。
また、お互いの企業文化をすりあわせていくことも必要でしょう。それはレノボグループとNECのすりあわせではなく、レノボ・ジャパンとNECパーソナルプロダクツのすりあわせということになります。そして大切なのは、既存の両社のビジネスを守っていくことです。これは必ず維持しなくてはならない点です。NECが持つ顧客へのサービス水準、製品品質は、これまで同様に妥協しない体制を維持する。レノボ・ジャパンも現在のパートナーとの良好な関係や、高い成長率を継続するための体制を維持していく必要がある。お互いのビジネスをきちっと維持していくことが大前提です。
--記者会見の席上でも、ラピン社長は、新たな企業アイデンティティを生みたいと発言していましたね。NECから取り入れたい企業文化とはどんなものですか。
ラピン NECは日本の顧客に主眼をおいたメーカーであり、製品の品質レベルや、研究開発の歴史には、素晴らしいものがある。一方、レノボには、イノベーショントライアングルとして、米国・ノースカロライナ、中国・北京、そして昨年(2010年)12月に横浜のみなとみらいに移転した日本の大和研究所という、3つの研究開発拠点がある。お互いに、研究開発部分では学ぶ部分があり、お互いのベストプラクティスを共有し、進化することができる可能性がある。レノボとNECのベストプラクティスを共有することで、より強力な会社を作りたい。ベストプラクティスというのは、品質や顧客満足度だけでなく、社員に対しての福利厚生やキャリアアップという点にも広げていきたいと考えています。
--改めてお伺いしますが、それぞれを別会社として残した狙いはどこにあるのでしょうか。
ラピン 既存のビジネスを守りたいということが背景にあります。顧客に愛されているNECのPCを守るためには、2つの会社を1つにするということはあり得ません。今回の合弁は、お互いのアイデンティティを維持し、バックエンドにおいて連携し、お互いが成長するための合弁にしたい。そう考えています。
--NECパーソナルプロダクツの高須社長は、2社合計で国内30%のシェアを取りたいといっています。ラピン社長はどう考えていますか。
ラピン 30%というのは大変エキサイティングな目標です。レノボはホームマーケットである中国市場では32.2%のシェアを獲得しています。これは大変成功しているといえる数字です。日本は、NECにとってのホームマーケットですから、やはりここで30%という目標は、我々が目指すべき数字だといえます。
--30%のうち、レノボ・ジャパンはどの程度のシェアをとりますか。
ラピン まだ具体的には決めていませんが、レノボ・ジャパンは、かねてから日本で10%のシェアを獲得することを目指していますし、NECもサプライチェーンやベストプラクティスの共有によって得られるメリットでさらに成長することができます。むしろ、どちらがどう伸びるのかという結果は、日本のお客様次第であるといえます。日本の顧客の声、パートナーの声に耳を傾けていくことが大切です。
--レノボとNECの製品が直接競合する領域もありますね。その点ではどうなりますか。
ラピン 確かに競合する部分もありますが、製品ラインナップ全体を俯瞰してみると、私は、お互いに補完する部分の方が多いだろうと感じています。コンシューマ向け製品をみても、レノボはメインストリームの領域にフォーカスしているのに対して、NECはプレミアム製品にフォーカスしています。また、市場セグメントをみても、NECは公共分野に強いのですが、レノボはそこまでの実績はありません。今後は、製品戦略を両社で練っていくことで、顧客やパートナーからみても、シンプルでわかりやすい製品戦略を立て、ぶつかりあう部分は最小限にしていきたいと考えています。
--つまり、今後は、両社で話し合いを進めながら、製品ラインアップを決めていくことになるのでしょうか。
ラピン もちろん、そうです。営業体制は別々ですが、製品企画の部分ではお互いに棲み分けていくという方向になります。NECは、素晴らしい技術を持っている。例えば、量販店で展示されているNECのPCは、LEDを採用したパネルを採用しているモデルがほとんどです。これは競合他社には見られない先進的なものです。
また、NECは、革新的な技術を持つ数多くの日本のサプライヤーとの関係が良好ですから、レノボはこの関係を活用することができる。そして、NECが生み出した製品を、レノボが海外に持っていって展開することもできる。NECは、日本のコンシューマのことをよくわかっている。それをもとにした製品を海外に持っていけば、グローバルでも通用するという確信がある。もちろん米国では、電車通勤する人は少ないですから、日本ほど薄型軽量のPCが求められているわけではない。ただ、競合他社よりも先進的な技術を搭載した製品を、海外市場でいち早く展開できると考えています。
レノボには、高品質、堅牢、そしてグローバルで通用する製品を作ってきた伝統がある。この伝統を生かして、NEC製品を海外で展開すれば、大きなシナジーが発揮されるでしょう。市場ニーズを調査して、可能性を判断して、レノボ製品やNEC製品を展開していきたい。ただこの点に関しては、具体的な話し合いができているわけではありません。どのブランドで出すのか、どのルートで海外に出すのかはまだ白紙の状態です。どこでどんな市場があるのかを見極めた上で展開したい。
--日本でPC事業を展開するレノボ・ジャパンにとってのメリットは、NECパーソナルプロダクツが持つ群馬事業場の修理、保守といったサポートインフラ、そして米沢事業場が持つ企業向けカスタマイズ機能だと捉えていますが、どうでしょうか。
ラピン 群馬事業場や米沢事業場が持つインフラは、レノボ・ジャパンにとってメリットの1つにはなりますが、今回の合弁で一番のプライオリティは、両社のビジネスを維持、成長させることです。その話し合いの上で、お互いをよく知り、ベストプラクティスを共有活用することを考えていきたい。そしてリテールだけでなく、コンシューマユーザーからも高い評価を得ているのがNECの強みだといえます。繰り返しになりますが、まだ細かな話し合いが行なわている段階ではありません。しかし、成果につながるものは、早期に共有したいと考えています。
--2011年は、レノボ・ジャパンにとって、どんな1年になりますか。
ラピン 4月以降に新たな方針を発表することになりますが、もちろん、ここにNECとの提携が大きく影響してきます。レノボ・ジャパンは、「WIN-WIN-WIN」を目指したい。1つめのWINは、NECがレノボのベストプラクティスを活用することで、今後も成長を続けていけるようにすること、2つめのWINは、NECの顧客に対する姿勢をレノボが学び、さらにお互いがスケールメリットを共有していけることです。そして、最後のWINは、日本の顧客、パートナーの声に対して、今よりもっと耳を傾けていくことを約束し、効率化やコスト削減で得た原資をもとに、より革新的な製品を提供していくこと。そのためには、サービス、製品品質、カスタマーサービスといったすべてを領域において、NECと、レノボが、それぞれにステップアップしていかなくてはならない。2011年は、大きな成長の1年になると考えています。