■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
2010年は、IT/AV業界は好調な1年だったといえよう。
PCは、2009年9月に企業向けWindows 7の出荷が開始されて以降、最新データとなる2010年11月まで前年実績を15カ月連続で上回る出荷台数を記録。また、薄型テレビも、エコポイント半減前の駆け込み需要によって、2010年11月には月間600万台ものテレビが販売されたとされ、2010年の販売台数は、年間2,300万台とも、2,500万台ともいわれている。例年ならば1,000万台規模で推移していることに比較すると2.5倍規模の需要が見込まれることになる。
だが、2011年もこの勢いが持続するとは言い難い。
PCにおいては、出荷金額では11月時点で前年実績を下回る結果となっている。価格下落の影響とともに、今後は比較される分母が拡大することで出荷台数でも前年割れになるといった動きも予測される。
業界を大きく動かすような大型プロダクトが少ない1年ともいえ、スレートPCなどの新たなPCがどこまで貢献するかが、PC市場の動きを左右することになろう。
AV市場においてはさらに深刻だ。3月末までのエコポイント制度の終了、7月24日の地上デジタル放送の完全移行後のテレビ需要は極端に減少するとみられているからだ。それでも2011年は、年間1,000万台から1,300万台規模の需要が予測されている。しかし、2012年には、さらに落ち込みが深刻なものになると予想されている。
日本のエコポイント制度をはじめとする各国における経済政策効果の一巡や、新興国での緊縮施策やインフレ懸念、引き続き円高の影響や欧州金融不安の影響、北米市場の回復遅れなども懸念材料に指摘されており、2011年は慎重な姿勢を崩さないといった動きも各社に共通したものだ。
では、2011年はどんな1年になるのだろうか。
新年恒例の言葉遊びによって、2011年を占ってみたい。
●SUCCESSに込められた今年のトレンド2011年を示すキーワードは、「SUCCESS」である。
2011年を「成功」に導くことができる1年にしたい、という想いも込めて、「SUCCESS」を通じて、2011年をみてみよう。
スレート型コンピュータという新しいジャンルを拓いたiPad |
「SUCCESS」の最初の「S」は、「スレートPC (Slate PC)」だ。
2010年のiPadの発売によってスレートPC時代が到来。これにより、カジュアルコンピューティングのツールとして、市場から高い評価を得たのは周知の通りだ。2011年は、先行したiPadの進化も当然想定されるが、それ以上に、Androidを搭載したスレートPCが主要各社から登場すること、そして、この分野で後れをとっているマイクロソフトがどんな巻き返しを図るのかが注目されるポイントだ。
オンキヨーはスレートPCに力を入れている | 富士通の試作機。保険業界での成功例も伝えられている | Galaxy Tabは、スマートフォンとタブレットの中間のサイズで独自性を発揮している |
さらに、スレート型では電子書籍端末の動きも見逃せない。シャープのGALAPAGOSやソニーのReaderといった電子書籍端末の真価が早くも問われる1年となる。
さらには、携帯電話キャリアもスレート端末に積極的な動きをみせており、NTTドコモのGalaxy Tabや、KDDIのBiblio Leafといったスレート型端末の動向も気になるところだ。
シャープのGALAPAGOSは、ソニー Readerと同日の12月10日に発売された | KDDIのBiblio Leaf。携帯電話業界からの読書端末の提案 |
スレートPCおよびスレート型の電子書籍端末の動きは、2011年の最大の目玉といえ、これがPC市場全体の喚起につなげることができるかが楽しみだ。
2012年に向け「WiMAX 2」も準備が進んでいる |
「U」は、「Ubiquitous(ユビキタス)」である。
「いつでも、どこでも、誰でも」を意味するユビキタスは、2011年に本当の意味で実現されることになるだろう。
すでにサービスを開始しているUQコミュニケーションズの「UQ WiMAX」は、下り最大40Mbps、上り最大10Mbpsを実現。主要PCメーカーから発売されたモバイルノートPCのうち約7割がWiMAX内蔵モデルになっているという。さらに、2012年には下り330Mbpsを実現する「WiMAX 2」を用意する計画で、2011年はその準備を進める1年となる。
また、NTTドコモが、2010年12月からサービスを開始したLTEサービス「Xi(クロッシィ)」は、下り最大37.5Mbps、上り最大12.5Mbpsのデータ通信サービスで、一部の屋内施設では下り最大75Mbps、上り最大25Mbpsを実現するという。2011年度中には約5,000局の基地局を設置し、県庁所在地にまでエリアを拡大。LTEの世界をリードすることになる。
さらに、ソフトバンクは、2011年2月から、DC-HSDPAサービス「ULTRA SPEED」を開始。42Mbpsの高速通信サービスを実現し、2011年6月には人口カバー率を60%にまで引き上げる計画だ。
こうした環境の実現によって、PC、スマートフォン、ゲーム機、電子書籍といった端末を利用したユビキタスの世界が広がることになる。
エンタープライズ市場では、クラウドコンピューティングが注目の的 |
SUCCESSで2つ続く「C」のうち、1つめの「C」は、「クラウドコンピューティング(Cloud Computing)」だ。
2010年は、クラウドに始まり、クラウドに終わった感もあるIT業界。2011年もクラウドが最重要なトレンドとなるのは間違いない。
IDC Japanによると、日本国内のパブリッククラウド市場規模は、2014年まで年平均成長率は37.5%で成長。同年には2009年比で4.9倍となる1,534億円の市場規模と予測。一方で、プライベートクラウド市場は、年平均成長率は30.7%で推移。2014年の市場規模は3.8倍の3,759億円になるとしている。
2010年までは、ユーザー企業の関心は高いものの、実装まで踏み込んだ企業は少なく様子見の状態だったが、2011年は、基幹システムへの適用を含めて、クラウド導入が本格化することになろう。
ユーザー企業の意識が、「所有」から「利用」へとシフトすることで、ITシステムの柔軟な導入および運用、コストダウンが可能になる一方、システムインテグレータ、ベンダーにとっては、利用型ビジネスモデルへの転換が求められることになる。
もうひとつの「C」は、「コンテンツ(content)」だ。
昨年のトレンドとしてもコンテンツを取り上げたが、2011年はさらに重視されるキーワードになろう。
ネットワークを通じたコンテンツ事業は、ユビキタス環境におけるネットワークインフラの浸透、家庭内および屋外で利用するモバイル型端末において、ネットワーク化が広がることで、より現実的なものになる。
地上デジタル放送への完全移行に伴って、テレビがデジタル化。これに伴い、インターネットへの接続が可能なテレビが多くの家庭に広がったともいえる。これも、コンテンツビジネスの拡大を後押しする土壌が出来上がったことを意味する。
音楽、映像、ゲームといったコンテンツ配信は、今後さらに広がりをみせ、ネットワークを通じたビジネスがより拡大するだろう。そして、新たな動きとしては、電子書籍コンテンツや3Dコンテンツの広がりが、2011年は注目されるものになるだろう。
「E」は、「エコポイント」だ。
2010年のAV業界を元気にしたのは、エコポイント制度の影響が大きい。
総務省によると、2010年9月末時点の地上デジタル放送対応受信機の世帯普及率は90.3%。「2010年7月までにテレビの購入予定がある」と回答した未対応世帯を足すと97.9%への世帯普及が見込まれている。
2011年1月からスタートした新エコポイント制度は、テレビの場合、買い換えに対象が限定されるが、2011年3月の終了までは、このエコポイント制度がテレビ需要を牽引するのは明らかだ。
だが、電機各社の懸念事項は、3月末のエコポイント制度終了および7月24日の地デジ完全移行後のテレビ需要の低迷だ。
「地デジ」を象徴するキャラクタ「地デジカ」。7月には地上アナログ停波の予定だが |
家電量販店では、7月以降のテレビ需要の落ち込みを埋めようと、太陽光発電システムや電気自動車といった新たな商材の販売を開始したり、成長著しい中国市場へ進出するといった動きがみられる。また、電機大手もデジタルテレビに接続可能な製品群の販売強化や新興国をはじめとする海外展開の強化に乗り出す考えだ。
しかし、国内市場においては、新たな製品群の販売強化やコンテンツ販売の拡大でも、テレビの販売減の大きな穴を埋めることができないのは明白。2010年には3兆円規模だった国内IT/AV市場は、2011年は7月までの旺盛な需要が見込まれることから落ち込みは限定的だが、これが年間を通じて影響することになる2012年には2兆円規模にまで減少するという試算もある。3分の2に市場が縮小する計算だ。
デジタルテレビの成長期から、成熟期に移行する節目を迎えるのが2011年。その中で事業の舵取りをどう行なうかが各社の課題となる。
最後に並ぶ2つの「S」のうち、最初の「S」は、「スマートフォン(Smart Phone)」だ。
国内市場には遅れて登場する「Windows Phone 7」。iPhoneやAndroidに対抗できるか |
2010年において注目の製品となっていたスマートフォンだが、2011年もその地位には変わりがない。いや、むしろ更に注目を集めることになるだろう。
Android搭載スマートフォンが各社から登場するほか、Windows Phone 7搭載のスマートフォンも2011年後半には国内市場に投入されることになろう。そして、この分野で先行するiPhoneも当然、進化を図ることになる。
PCの利用領域を浸食するといわれるスマートフォンだが、フィーチャーフォンからの移行促進とともに、PCの一部領域を凌駕するのは、やはり間違いないだろう。
そして、最後の「S」は、「ソーシャルメディア」のさらなる広がりだ。
140文字のつぶやきでコミュニケーションするTwitterをはじめ、日本でも会員数が急増し始めた世界最大の会員数を誇るFacebook、日本独自のSNSとして2,000万人の会員を突破したmixiといったように、SNSは急速な勢いで日本に浸透し始めている。またソーシャルゲームの広がりも2010年から2011年にかけての大きなトレンドとなるだろう。
2011年に注目される動きとして見逃せないのが、SNSをビジネスシーンに取り込もうという動きだ。
セールスフォース・ドットコムのChatterをはじめとして、企業が利用するコラボレーションソフトウェアのなかにソーシャルメディアの仕組みを取り込む動きが加速しているほか、海外ではスターバックスやシアーズが顧客とのコミュニケーション強化にTwitterを活用するなどの動きがある。
ちなみに、2011年は、「S」を頭文字としたトレンドが多い。
SUCCESSという言葉には、「S」が3つも使われており、今回の言葉遊びのなかでは、スレートPC、スマートフォン、ソーシャルメディアという3つを当てはめた。そのほかにも、「S」で始まるものとして、さらにIntelの次世代CPUである「Sandy Bridge」が挙げられる。これは、今年前半の注目ポイントだ。
さらに幅広く、家電の視点を盛り込めば、スマートハウスやソーラーパネル(太陽電池)という言葉も当てはまる。
スマートハウスは、「HEMS(ホーム・エナジー・マネージメント・システム)」という言葉でも表現されるが、エアコンや洗濯機、冷蔵庫、インターフォン、照明器具、太陽電池などをネットワークで結んで一元的に管理し、より豊かな生活を実現するというものだ。例えば、雨天の場合には、屋根のセンサーなどがそれを関知して、すでに稼働している洗濯乾燥機の運転を、乾燥まで行なうように自動変更するといった使い方ができるようになる。
ここでは、薄型テレビやスレート型端末などが、それを操作および管理するためのコンソールと位置づけられ、これが家庭内の新たな情報端末として機能する時代が訪れることになる。
2010年の全世界におけるスマートハウス関連市場は、前年比27%増の2兆1,486億円。このうち、国内市場が1兆252億円。2020年には、2009年比で約9倍となる18兆5,923億円の規模が見込まれているという。
一方、社会的な動きとしては、「S」を頭文字としたスカイツリーの竣工も大きな出来事。東京スカイツリーは、2011年12月に竣工予定であり、2012年春から開業。そして、2013年1月には、東京スカイツリーから地上デジタル放送の本放送配信が予定されている。東京の新たなランドマークの完成が2011年後半の大きな出来事になりそうだ。
今回でちょうど10年目を迎えた新春恒例の「言葉遊び」だが、2011年も厳しい環境は変わりがないようだ。
だが、家庭内でも、モバイル環境においても、2011年を境に、ネットワークインフラやデジタルインフラなどが新たな世界へと移行し、一歩進んだ点には着目したい。
見方を変えれば、こうした新たなインフラを活用することで、新たなビジネスを創出する環境が整ったともいえまいか。
需要低迷や景況感の不透明感はあるものの、そうした時期だからこそ、新たなビジネスチャンスがあるともいえる。
ぜひ、新たなインフラを活用したSUCCESS「ストーリー」を、業界関係各社には歩んでほしい。
ここにも「S」という文字が隠れている。