大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ソニーの新ブランドメッセージ「make.believe」はこうして生まれた



 ソニーは9月2日(現地時間)、ドイツ・ベルリンで開催したプレスカンファレンスにおいて、ソニーグループのブランドメッセージとして「make.believe」を導入すると発表した。読み方は「メイク・ドット・ビリーブ」。

 ソニーの会長兼社長兼CEOのハワード・ストリンガー氏は、「ソニーの変革を推し進め、エレクトロニクス、エンターテインメント、技術における最強の企業としての地位を確固たるものとするために、ソニーグループとして1つのブランドイメージを確立することの重要性は、これまでにないほど高まっている。“make.believe”の活動によって、ソニーの社員1人1人、そして商品の中に息づくイノベーションの精神に改めて火を灯し、さまざまな競合他社から自らを差異化し、またお客様にソニーの幅広さと奥深さを知っていただくことを目指す」と語った。

 9月4日からベルリンで開催されたIFA 2009にあわせて、事前に行なわれた会見でのブランドメッセージの発表直後から、ベルリン市内では「make.believe」の文字があちこちに見られ、IFAのソニーブースでも、「make.believe」の文字が踊った。

IFA会場で初めて公開されたmake.believe
IFA会場IFAの会場で表示された英語、ドイツ語のマントラベルリン市内のソニー直営店Sony Style Storeでも、早くもmake.believeの文字が表示されていた
IFA会場で配布された紙のバック 

 make.believeは、文章で表現されることが多いタグラインには珍しく、単語の組み合わせで構成されている。しかも、それを「.(ドット)」でつなげた異例のメッセージだ。

 ソニーの説明によると、「make」は、思いや着想を実際の商品や体験として形にするソニーの行動を表現。そして、「believe」はアイデアや理想像などのソニーの精神を表現。その間にある「.」は、精神と行動をつなぎ、想像を現実へと結びつけるソニーの役割そのものを象徴するという。

 make.believeからドットを抜いたmake believeという言葉は、「××似」、「○○ごっこ」で使われるなど、見せかける、ふりをする、偽りのといったように、あまりいい意味を持たない。だが、ソニーでは、「make」、「believe」をそれぞれ単語として捉え、単語1つ1つに、ソニーの向かうべき方向性を意味づけた。文章ではなく、単語であることが、このブランドメッセージの基本的な考え方なのだ。

ストリンガー会長は2年前からmake.believeの構想を考えていたというベルリンで開催した記者会見でmake.believeを発表するハワード・ストリンガー会長makeには行動、believeには精神の意味がこめられている

●make.beliveの真の意味は

 その意図を理解するには、ブランドメッセージの本質を示すマントラを読み解いた方がわかりやすいだろう。

 ソニーでは、ブランドメッセージのマントラを39言語で表現。日本語では、「好奇心から、創る力が生まれる。創る力を信じれば、夢は実現できる。」と表現されている。

 ソニー業務執行役員SVP グローバルマーケテイング部門 部門長 鹿野清氏は、「ソニーが生まれながらにして持っているスピリットを、いまの言葉に置き換えたのがmake.believe。夢を持つことは誰でもできる。しかし、作らなければ、ただの夢で終わる。これを製品として世の中に、しっかりと届けていこう。そうした意図も、make.believeの中に含まれている」とする。

 makeやbelieveという単語は、いずれもかなりストレートな単語だともいえる。

 「これまでのソニーであれば、makeの代わりにCreativeといった言葉を使っていたかもしれない。また、believeの代わりにはDreamという言葉を用いていたかもしれない。しかし、創造性とか、夢とかという言葉で示すのではなく、よりシンプルで、多くの意味を持つ単語を用いることで、makeとは一体どんなことなのか、believeとは何かといったことを、社員1人1人が考えられるようにしている。社内では、自分にとってのmake.believeはなにかといった声を募集している。ソニーらしさとはなにか。それを、社員が改めて考えるきっかけにしたい」(鹿野氏)

 プレスリリースでは、「ソニーは、make.believeの姿勢に則り、個々の事業領域を引き続き強化し、また複数の事業領域を組み合わせることで、ソニーにしか実現できない、新たな顧客体験の創出に挑戦してまいります」と、このブランドメッセージにかける想いを説明している。

ソニー業務執行役員SVP グローバルマーケテイング部門 部門長 鹿野清氏make.believeの日本語のマントラ。ファウンダーが生み出したソニースピリットが反映されているという

 井深大氏と盛田昭夫氏の2人のファウンダーは、力をあわせれば、どんなアイデアでも実現できるという強い信念を持っていた。make.believeには、ファウンダーが中心となって培ってきたソニーらしさをもう一度徹底し、それを製品として結実させようという狙いがあるといっていい。

 ストリンガー会長は、make.believeをブランドメッセージとすることを、2年前から腹案として持っていたという。

 過去2年間に渡り、ブランドメッセージの策定を側で支えた鹿野氏は、「いつ発表するのが最適なのか、その発表のタイミングを測っていた」と語る。

 ソニーとっては2009年は、周年行事にあたるタイミングではない。では、なぜ今なのか。

 それは、ストリンガー会長が推進してきた「Sony United」への取り組みの成果、それに伴なう大幅な構造改革への取り組みの開始、そしてリーマンショックに端を発した世界的な経済環境の減速によるソニーの業績悪化という状況が、このタイミングでの発表を後押したからだ。

 ストリンガー会長は、会長就任以来、Sony Unitedを標榜し、サイロと呼ばれる事業部門の壁や、国内外の事業の壁を崩壊し、グループ会社が相互に連携する必要性を、ソニーグループ全体に対して訴えてきた。また、それに伴なう組織体制の変更にも積極的に乗り出している。

 最大の変更は、今年4月に実施したネットワークプロダクツ&サーヒスグループ(NPSG)と、コンスーマプロダクツ&デバイスグループ(CPDG)への再編だ。今後のネットワーク時代に向けたデバイス、サービスを展開するNPSGと、ソニーが得意とする薄型TVやビデオカメラ、レコーダーなどの製品群を集約したCPDGとに切り分け、その上で、ハード、ソフト、サービス、コンテンツが連動する体制を整えた。

 特に、NPSGには、別会社となっているプレイステーションのソニー・コンピュータエンタテインメント、携帯電話事業を行なうソニー・エリクソン、映画などのコンテンツを取り扱うソニー・ピクチャーズとの緊密な連動が視野に入っており、まさにサイロを壊した事業体制がようやく整ったといえる。

 これをストリンガー会長は「New SONY」と、やはり、わかりやすい単語で表現する。

 一方で、ソニーの業績は、先進国を中心とした海外依存度が高い分、その影響を大きく受けている。来年以降に期待される景気回復に向けて、これをキャッチアップする形で、ソニーが業績を回復できるかどうかは大きな鍵となる。

 これまでの経緯から、景気低迷時には、世の中の動きと一緒に業績が悪化するが、景気が回復した時には、ソニーだけが業績回復が遅れることが多いという指摘があるだけに、景気回復にあわせて迅速に立ち上がるためにも、いまからテコ入れが必要というわけだ。こうした背景に対し、ソニーはこの時期にmake.believeのブランドメッセージを発表した。

 「新たなソニーの力が、来年以降、本格的に発揮されることになる。いまこそがmake.believeを発信する最高のタイミングだと判断した」(鹿野氏)

 社内では、今年5月に開催された経営幹部を対象としたマネジメント会同で初めて発表。社員に対しては今年8月に正式に公表された。そして、9月2日の対外的な発表につながっている。

 しかも、これはソニー始まって以来となる、エレクトロニクス、ゲーム、音楽、映画、携帯電話、ネットワークサービスなど幅広い領域において使用するトータルなブランドメッセージとなる。

 対象となるグループ企業は350社以上。唯一、ソニー・エリクソンだけが「Sony Ericsson」のロゴの下にmake.believeの文字が書かれるが、その他の企業は、TVも、ゲームも、映画も、すべて「SONY」ロゴの下にmake.believeが使用される。

 これまでソニーが採用してきた「like no other」、「Digital Dream Kids」、「It's a Sony」といったブランドメッセージは、エレクトロニクス事業だけを対象としたものだった。だが、今回のブランドメッセージは、グループ全体を巻き込んだものとなる。

 「like no otherのメッセージが古くなったからとか、なにかの記念のタイミングにあわせて代えるという次元のものではない」

 つまり、make.believeは、これまでのエレクトロニクス事業向けのブランドメッセージの延長線上で対象を拡大することで生まれたものではなく、Sony Unitedを発端としたグループ経営の観点から誕生した、まったく別の生い立ちを持ったブランドメッセージとなる。

 気になるのは、日本での発表ではなく、独ベルリンでこのブランドメッセージが発表されたことだ。

 ウェールズ出身のストリンガー氏は、欧州で開催されるIFAが、電機業界における世界三大イベント(IFA、CEATEC、CES)の中でも、もっとも地元であると感じるのかもしれないが、そうした感傷的なものよりも、ソニーが昨年から、突然、IFAの展示を重視し、2年続けて、新製品発表の場としている点が見逃せない。

 「2008年からは、IFAにおいて、ホリデーシーズン向けの最新製品を発表し、日本のCEATEC、米国のCESへとつなげていく仕組みとした。CEATECで新製品やブランドメッセージを発信するのでは認知浸透などで遅れを生じる。make.believeの発表は、IFAのタイミングが最適だと考えた」。(鹿野氏)

 かつてのlike no otherは、欧州のエレクトロニクス事業部門が、世界中で最も積極的に活用していたという。その地において、新たなブランドメッセージを発信するという点にも大きな意味があったのだろう。

●make.believeから始まった試み

 先に触れたように、make.believeは、エレクトロニクス事業の枠を越えたブランドメッセージとなる。

 今後、世界各地の宣伝広告やスポーツなどのスポンサーシップ活動、製品のパッケージやカタログ、さらには販売店の店頭のPOPやポスター、インターネット上でのプロモーションコンテンツなどにも利用。ソニー・ピクチャーズが配給する映画が、全世界の映画館で上映される際にも、make.believeの文字が登場することになる。

 そこでソニーは、make.believeのブランドメッセージを広げるに当たって、1つの試みを開始している。それは、動画によるブランドメッセージの表現だ。

 「動画を取り扱う製品やサービスを提供する企業のブランドメッセージがなぜ静止画なのか。動画で表現できないのか」。

 実は、make.believeのブランドメッセージは、まず動画から制作された。makeとbelieveをそれぞれ青と黄色のカラーで示し、これが回転して表現される。そして、2つの色の中心に、白で表現される「.」が間を取り持つという内容だ。動画の最後には、白い光が「.」部分に集約し、「ピン」という高い音が鳴る。この高い音は、さまざまな音を試した結果、人を振り向かせる、気がつかせるという観点から選定したという。

 「.」を電源のスイッチのような形で表現するバージョンもあり、このボタンを押すことで、新たなソニーから製品、サービスが生まれるという意味も持たせている。

 TVやインターネットで配信するものには、60秒バージョンや90秒バージョンという長尺のものもあり、ここからも動画によってブランドメッセージを伝えたいという同社の意志が伝わってくる。

 そして、ソニーは、訴求展開のなかで、若年層を狙った訴求も開始する。

 「ソニーの存在感が若い世代で薄くなっていることを感じている。これからのソニーを支えてくれる人たちに対するブランドメッセージの訴求を増やしていきたい。新聞、TVだけでなく、インターネットを介したアプローチを積極化させる」。

 まずは、社内を対象にMy Dot Momentといったサイトを開設。自らの経験から、何を夢見て、どんな取り組みをして、何ができたのかといったことを紹介。これを次のステップとして外に発信して、世界中の若者が、「自分にとってのmake.believe」を表現できる場を提供するという。こうしたデジタル時代における新たなマーケティング活動を実行することで、若年層への訴求を図るという。

 最後に、make.believeという言葉は、何年先まで通用する言葉であるのかを、鹿野氏に聞いてみた。

 鹿野氏は、「ソニーの社員は、全世界に約16万人。主旨を理解し、すでに自らの活動に当てはめている社員もいれば、まだまだこのメッセージの意図を理解できていない社員もいる」と前置きし、「ただ、多くの社員がソニーが変わるタイミングに来ていることを実感している。これから登場する製品やサービスが、ソニーらしくあり、Sony Unitedを実現した、make.believeを前提としたものでなくてはならないことを感じている」。

 そして、「次の段階では、make.believeが、動詞のように使われるようになるといいだろう。また、その先にあるのは、なにも言わなくてもmake.believeを実現できる体制。いい変えれば、社内にmake.believeが浸透しこの言葉が早く使われなくなることを期待したい」と語る。

 果たして、make.believeは、ソニーの変化と成長を象徴する言葉になるのだろうか。

社員の中には、すでにmake.believeのロゴが入った社員証ホルダーを使っている人も日本で最初にmake.believeの文字が入った製品カタログとなったBRVIAのZX5
9月以降のカタログ(左上)にはmake.believeが入る。右側は9月以前のカタログmake.believeは色と動画でも表現されることになる