大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
CESでプリンタを展示しなかったエプソンの狙いを碓井社長に聞く
~医療機器認可を受けウェアラブル事業拡大へ
(2015/1/13 06:00)
セイコーエプソンの碓井稔社長は、米ラスベガスで開催中の「2015 International CES」の会場で取材に応じた。同社は、ウェアラブル機器のラインナップを積極的に強化。2014年度には数十億円規模だったウェアラブル機器の売上高を今後3年で100億円規模にまで拡大するという。
眼鏡型の「MOVERIO」シリーズでは、88gの重量を次期製品では3分の1となる30gを目標にするほか、腕時計型活動量計の「PULSENSE」では、年内にも医療機器としての認可を受け、販路を拡大する計画を明らかにした。また、新興国で展開していた大容量インクタンクシステム搭載インクジェットプリンタを、ドイツなどの先進国で展開。今後、日本での導入に向けた準備が整っていることを示した。碓井社長にウェアラブル機器を中心に、同社の戦略について聞いた。
プリンタを展示しなかったCESのエプソンブース
--2015 International CESにおけるエプソンブースの展示の狙いはどこにありますか。
【碓井】今回のCESでは、ウェアラブル機器だけの展示でブースを構成しました。エプソンは、プリンタやプロジェクタのイメージが強いのですが、今回のCESでは、ウェアラブル機器という先進的なデバイスに対しても、積極的に取り組んでいる企業であるというイメージを定着させたいと考えました。
エプソンには、プリンタ以外にも強い技術基盤がある。そこにレバレッジをかけていきたいのですが、まだやり切れていないところがあります。ウェアラブル機器もその1つです。
シースルーモバイルビューワのMOVERIOシリーズの場合も、エプソン自らが開発したマイクロディスプレイを採用し、プロジェクタで培ってきた光学技術があるからこそ実現したものです。あちこちから技術を集めてきても、MOVERIOのようなスマートグラスはできません。ベースになる技術基盤を自前で持ち、最終的な商品を具体的にイメージして、作り込んだ結果、完成したのがMOVERIOです。
腕時計型のRUNSENSE(Wristable GPS)についても、省エネでありながら、感度の高いGPSセンサーがなければ実現しない製品。そこまで尖った性能を持った部品はありませんから、よそから買ってきて組み合わせるといった作り方では実現しえません。自分たちでリスクを取りながらデバイスを開発した結果の製品です。
これからは、こうしたエプソンの特徴をしっかりと発信していきたい。CESでの展示は、その取り組みの第一弾ともいえます。エプソンのウェアラブル機器に対する来場者の関心は高く、エプソンブースの近くに集中しているウェアラブル関連企業の展示ブースの中でも、最も賑わっているのがエプソンブースだったのではないでしょうか。
ウェアラブルでスポーツ/医療分野を狙う
--エプソンがウェアラブルデバイスでターゲットとする市場はどこになりますか。
【碓井】1つはスポーツ分野ということになります。RUNSENSEもスポーツ分野での利用を訴求し、そのために各種スポーツ分野のアンバサダーと契約して、訴求活動に取り組みます。ボストンマラソンで優勝したメブ・ケフレジギ選手や、ゴルフのレッスンプロとして有名なデビッド・リードベター氏とのアンバサダー契約を結んだのもそうした狙いからです。センサーを活かしたたM-Tracerも、ゴルフの切り口などからスポーツ分野への提案が行なえます。スポーツを楽しみたい、上手になりたいという点をサポートしたいと思います。
もう1のターゲットは、ヘルスケアです。まずはフィットネスを切り口とした取り組みが中心ですが、最終的には、医療分野に向けてエプソンの技術基盤を活用した新たな提案ができないかと考えています。精度の高いセンサーを活用し、生体情報をセンシングすれば、医療情報として活用できるようになります。高いセンシング精度とともに、小型化、そして低コストというメリットがあり、24時間いつでも、誰でもデータ転送ができ、継続した環境での生態情報の変化を捉え、そこから予防をするといったこともできるわけです。
エプソンのセンサー技術は、脈拍だけを計測するのに留まらず、血流まで計測できます。これによって、心臓の動きや血圧の状態までを精度を高く知ることができます。一般的に腕時計型のウェアラブル機器は、スマートフォンとの連動が中心となっていますが、エプソンのウェアラブル機器はそうしたことだけに留まるのではなく、むしろ、これまでは計測できないような生体データを、24時間、正確に計測できるといったことに着目していきます。ただ、医療分野に展開したからといって、すぐに事業が拡大するとも思っていません。焦らずにやっていきたいと考えています。
--エプソンが目指すウェアラブル事業の規模はどうなりますか。
【碓井】すぐに爆発して急成長する市場になるとは見ていません。ただ、成長分野であるの確かです。時期は明言できませんが、将来的には1,000億円規模を目指したいと考えています。2014年度は国内だけのビジネスですから、十数億円の売り上げ規模でした。これを3年後には100億円規模、5年後には200億円規模にしたいと思っています。2015年度からは北米、欧州にもウェアラブル機器の展開を開始しますし、ラインナップも増加させたいです。機能を高めるといった進化や、使用シーンに合わせた提案を行ないたいですね。スマートグラスも、ビジネス利用が顕在化するでしょうから、それに合わせたラインナップ強化も行なっていきます。
プロジェクタも1,000億円の事業になるまでに10年かかりました。この成長を支えたのは、企業におけるPowerPointの普及でした。プレゼンテーションに使用するという用途が増加したことでプロジェクタが企業に導入されていきました。
実は、振り返ってみると、プリンタがここまで普及した背景も、写真プリントの増加という外的要因が見逃せません。自分たちでは想定しなかったような動きが、事業成長を支えています。例えばウェアラブルについても、少子高齢化の動きや、健康に対する感度が高まっている中で、そこに成長の機会があるかもしれません。自らの健康状態を知るために、今は年に1回の健康診断を受けていますが、ウェアラブル機器を使えば、生体情報を常に収集できます。また、それを精度が高く収集できれば医療現場を変えることもできるというわけです。
--エプソンにとって、ウェアラブル機器が成長するきっかけになるのはどんなポイントだと考えていますか。
【碓井】もっと省エネであること、そして、精度の高い情報が取れる、安心してその情報を活用してもらうということが認知されること、具体的に使用シーンが想定されることも大切だといえます。医療に展開するという点でもそうした狙いがあります。
脈拍を測るという点では、医療機器としての認可を取得する方向に向けて活動を開始しており、すでに医療機器の製造認定を取得しています。まずは、PULSENSEがその対象となります。これまでにも、健康保険組合向けに、生活習慣改善プログラムを提供し、歩行時の脂肪燃焼ゾーン、消費カロリー、歩数などを常時測定してメタボ対策に効果を発揮していますが、こうした取り組みをさらに進化させることになります。より小型で、省エネ、精度が高く計測できるものができていますので、医療分野で使ってもらえるようになります。
これによって、さまざまな病気を発見したり、症状改善のプログラムに生かすといったことができると考えています。認定時期については未定ですが、私の個人的な意見としては、2015年の早い段階で認定を得たいと考えています。ウェアラブル機器としては、初の医療機器認定になるのではないでしょうか。
尖ったデバイスを自ら作り、自ら最終製品も作る
--エプソンは、BtoBビジネスに力を注ぐ方針を掲げていますが、ウェアラブルは、BtoBビジネスを加速する要素になりますか。
【碓井】そういう位置付けにはならないと思います。エプソンがBtoBを伸ばしたいと考えている大きな要因は、コンシューマに頼る体質から脱皮したいというのがベースにあります。我々が持つ核になる技術は、コンシューマにこだわらず、新たな顧客層にもアプローチできるものであるということをしっかりと植え付けたいと考えています。
例えば、プリンタでも、これまではコンシューマ中心でやってきましたが、これからはオフィスや産業向けもさらに強化します。技術を極めて、極める中で、差別化しながら新たな販路を切り開き、既存のレーザープリンタやアナログ技術を置き換えていくことができますと考えています。
もう1つは、半導体、表示体、水晶といったデバイス技術についても、エプソンとしての最終製品をイメージすることが大切です。デバイスビジネスというのは、汎用的な利用を想定してモノづくりをすることが多く、尖った商品を作ってしまうと、対象市場が小さくなってしまいます。
ただ、エプソンの特徴は何かというと、「省・小・精」の技術を使って尖らせたものを作ることにあります。とはいえ、尖らせたところには大きなマーケットはありません。それならば、その尖ったところを活かして、価値を持った最終的な製品を、自分たちで作ればいい。エプソンは最終製品を作るノウハウがあるわけですから、それを生かせばいいのです。そのときに、コンシューマしかやらないのでなく、尖ったパフォーマンスはビジネス市場や産業用市場にでも生かせばいいわけです。
液晶は事業譲渡し、半導体は事業を縮小しましたが、コアになる技術は自分たちの中で担保しています。例えば、半導体において省エネを徹底的に追求する技術は、エプソンの社内に残っています。それが尖ったものを作ることに繋がっています。その点では、ウェアラブルも同様です。
Appleの「Apple Watch」や、Samsungの「Gear」といった時計型ウェアラブル機器は、あちこちから技術を集めてきて作り上げたものですが、エプソンの製品は、徹底的に省エネを追求して、センサーの精度を高めて、尖った製品として提案できるという点が違います。汎用的な技術を集めて作ったものは違うというわけです。尖ったデバイスを作ると、それを外販しても、そこまでの機能はいらないと言われてしまいます。だから、尖ったデバイスがなくなり、尖った最終製品ができあがらない。そこまでの機能はいらないというところまでこだわったデバイスの存在が、エプソンの尖った製品作りを実現しています。
もう1つ、我々のモノづくりの姿勢の違いがあります。例えば、Apple Watchのように、たくさんの機能を搭載して、これを使おうとすると、バッテリが大きな問題になるのは明らかです。しかし、我々が目指しているのは、医療分野やスポーツ分野での利用において、生体情報をしっかりと収集するという点であり、そのためには省エネ性能が大変重要になります。現時点では約30時間の駆動が可能ですが、これをさらに伸ばして、100時間かけた山登りでの利用などにも対応できるということを考えています。
機能を満載するのが我々のウェアラブル機器の考え方でなく、特定の領域において特徴を出すというのが我々のやり方です。これをやるためには汎用的なデバイスでは実現できません。そこにエプソンの強みが発揮できるわけです。汎用的な部分でシェアを取りたいとは思っていません。特定の領域において圧倒的なシェアを取ることを目指したいですね。
--スマートグラスのMOVERIOは、当初は、コンシューマ向けという打ち出し方でしたが、CESの展示をみても、ビジネス向けアプリが数多く展示されています。その点でも方向転換を感じますが。
【碓井】核になる技術が山のようにある会社はありません。核になる技術をどう生かすかという場合に、コンシューマ向けに限定しないということであり、ビジネス分野で価値が見いだせるのであれば、そこにフォーカスさせるということです。エプソンはコンシューマに強い販路がありますから、どうしてもそちらを優先する傾向があります。ですが、「エプソンは、コンシューマ向けのブランドである」という壁を自ら作るのではなく、広く挑戦して行こうということです。
技術だけでは、どんなニーズに届くか分からないということは多いですね。しかも、ニーズを自分たちだけで提案できるかというとそれも難しい。使っていただける方とのコラボレーションで生まれることも多いわけです。MOVERIOは、実際にモノを出してみて、そこでどんなことができるのかということを模索をしているというところです。アプリケーションの開発についても、多くの企業とともに一緒にやっていきたいですね。
エプソンがスマートグラスでシースルーにこだわっているのは、自然界をそのまま見ながら、そこにデジタルデータを重ね合わせて利用するということを実現したかったからです。バーチャルの世界とリアルの世界を合体させることで、ゲームでの利用のほか、高度な修理知識が求められる場合にも、専門家とネットワークで結んで、修理に関する指示を出すといったことにも使えます。さらに、手術の現場といった医療分野でMOVERIOを使用するという例も出ています。これからさまざまな用途への応用が期待できるでしょうね。これまで見えなかったような情報が映し出されることで、これまでには解決できなかった問題も解決できるようになるでしょう。
88gという重量はまだ重たいですが、最終的にはサングラスの重量ぐらいにまで落とし込めるめどが立っています。まずは、次期製品で3分の1となる30gを目標にして、さらにその先でも重量を3分の1に減らしたいですね。ただ、データ処理のためのCPU性能の確保や、表示輝度の確保という点ではバッテリ部が必要であること、そのために別にコントローラ部が必要であること、それをスマートグラス本体と接続するには、ワイヤレス通信では限界があるという点でも課題はありますね。全てをさらに省エネ化しないといけないですね。また、実用的なアプリを揃えるということも大切だと考えています。
ステータス感を持つデザイン性も重要な要素に
--エプソンが次に取り組むウェアラブル機器は何になりますか? ウェアラブルの総合メーカーという方向性もあるのでは。
【碓井】価値のある生体情報を収集するには、やはりリストバンド型が最適です。靴や靴下、腰ベルトといったものがあるかもしれませんが、今は、腕時計型や眼鏡型が、一般的に使われているものなので、そこにフォーカスしています。
問題は、センサーを埋め込んで、どんな価値を提供できるという点ですね。腕時計型1つをとっても、もっと省エネ化を追求して、幅広い用途に展開していくことが必要ですし、腕時計の代わりに装着してもらうためには、デザイン性における価値というものを追求していく必要がある。身につけていて、ステータスを感じるようなものが必要でしょう。実際に腕時計だって、単に時間を見るだけであれば、あんなに高級な時計は買いませんよ。そこにステータス感があるから買ってもらえる。同様に、ウェアラブル機器を腕に巻いて、生体情報を収集するという使い方だとしても、見えるところにつける機器ですから、やはりステータスという観点も意識しないわけにはいかないと思っています。現時点では、Apple Watchも、高級腕時計の市場にまで影響を及ぼすということは考えにくいですね。
--現在のウェアラブル機器には、時計のデザイン部門が関わっていますか。
【碓井】まだスタートしたばかりの製品ですから、ウェアラブル機器の専門チームを編成して取り組んでいます。そうしないと、ほかのモノに目がいって真剣にやってもらえません(笑)。次のステップでは、時計のデザイナーにも参加してもらうということも考えたいですね。
大容量インクシステムプリンタを先進国で展開
--新興国向けだけに展開していた大容量インクジェットシステム搭載インクジェットプリンタを2014年から、一部先進国向けにも展開を開始しましたが、これは日本でも展開することになりますか。
【碓井】2014年から、ドイツ、英国などで開始しています。欧州は環境に対する感度が高いですし、純正インクの利用率が低い。そうしたことから欧州での事業を開始しました。ここでは既存製品とはユーザーターゲットを明確に変えています。大量に印刷するため、インクの価格を気にするユーザー、カートリッジの交換が頻繁であり、それを解決したいというユーザーに展開しています。価格は決して安いというわけではありません。カートリッジモデルと競合するような設定にはなっていません。
日本市場向けの展開は検討している段階です。欧州での状況を見ながら判断したいですね。そうして点では、大容量インクジェットシステム搭載インクジェットプリンタを日本でも準備をしているのは事実です。ただ、日本においても一定の需要があると思いますが、このビジネスモデルが主力になるとは思っていません。特定のニーズを持ったユーザーに対して提案していくことになります。欧州では量販店ルートで販売していますが、日本においては、どんなルートで展開するのかも検討していくことになります。日本の市場性やニーズを見極めて、判断したいですね。
2014年度は過去最高利益に
--2014年度の業績見通しでは、過去最高益の達成が視野に入っていますが、その要因は何ですか。
【碓井】円安の影響もありますが、インクジェットのビジネスモデルを変えたり、ラージフォーマットプリンタの事業が拡大するといった要因のほか、プロジェクタについても3Dマッピングなどに使える高輝度をラインナップし、限界利益率の高いものが増えてきています。こうしたことがプラスに繋がっています。しかも、これらの事業を同じ陣容でやっています。今年度の最高益は、計画通りに行けば達成できると思います。