大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ソニー、来年8月に教育分野向けLinux搭載タブレット発売へ

〜倉敷の中学校での実証実験の取り組みを追う

倉敷市立多津美中学校

 ソニーグループが開発した小中学校向け教育専用端末「Tenobo(テノボ)学習システム」を活用した実証実験が、倉敷市立多津美中学校において、今年(2014年)9月から開始されている。このほど、その様子が初めて公開された。

 Tenoboは、ソニーエンジニアリングが開発した製品だが、実はまだ正式には発売されていない。2015年8月の発売に向けて準備が進んでいるところだ。だが、多津美中学校では、先行した実証実験において、すでにTenoboならではの導入成果が生まれており、ソニーらしい提案の1つとして関係者の間からも注目を集めている。実際に導入現場を訪れ、Tenoboの実証実験の取り組みを追った。

教育市場に再参入するソニーの本気ぶり

 Tenobo(テノボ)学習システムは、2012年から、ソニーグループで唯一、商品設計を行なう専門会社のソニーエンジニアリングが、同社・加藤哲夫社長の肝入れで、自主製品として開発。約130台を限定で生産。2012年夏には、米ニューヨーク州の公立小学校で、約10カ月間に渡る実証実験を行なったほか、2014年には都内の区立小学校で、7月までの約半年間、実証実験を行なった。

 その一方で、国内販売を担当するソニーマーケティングでは、2014年4月から、法人営業本部開発営業課を新設。同部門によって、Tenobo学習システムを国内販売する体制を本格的に整えた。

 ソニーマーケティング 法人営業本部・佐藤倫明本部長は、「かつてソニーは、教育分野に向けては、LL教室向けシステムなどの納入実績があったが、その後、教育市場から撤退した経緯がある。今回のTenoboによって、改めて教育市場に向けたアプローチを開始することになる。ソニーマーケティングにとっても、大きなチャンスがある市場だと考えている。今後、小学校、中学校における生徒1人1台の整備や、塾などの市場も対象になる。Tenoboが持つ特徴を活かしながら、この分野に対して本気になって取り組んでいく」と意気込む。

ソニーマーケティング 法人営業本部・佐藤倫明本部長
教科教室型システムを採用。数学教室は数学を楽しもうという意味を込めて「数楽教室」と命名
数楽教室でのTenoboを使用した授業の様子
実証実験で利用しているTenoboは2画面タイプの試作モデル
授業では必要に応じてTenoboを机から出したり、しまったりしていた

教材とノートを組み合わた利用提案

ソニーマーケティング 法人営業本部開発営業課・中川光治シニアセールスマネージャー

 Tenobo学習システムの特徴は、大きく3つに集約されるだろう。

 1つは、2画面を基本構成としており、片方に教科書を始めとする教材を表示。もう1つの画面は、手書きで書き込むことができるノートとして利用できる点だ。

 「Tenobo学習システムは、従来から慣れ親しんできた教科書と、ノートの世界観にヒントを得ている。教材用とノート用の作業スペースは、それぞれに十分に確保し、また同時に表示させることで、見ながら書ける使いやすさを実現している」(ソニーマーケティング 法人営業本部開発営業課・中川光治シニアセールスマネージャー)という。

 ペンは電磁誘導方式を採用。教材のノートへのコピー機能によって、ペン操作で、ノートの整理を行なえるようにしている。また、画面の表示を上下に切り替える機能を活用して、右利きの生徒には右側の画面をノート用とし、左利きの生徒は左側をノート用に設定でき、生徒が書き込みやすい環境を実現している。なお、横方向への表示切り替えには対応していない。

 ちなみに、Tenoboの名称は、教科書スペースである「Textbook」の「Te」と、ノートスペースの「Notebook」の「No」と、どちらにも含まれる「Book」の「Bo」で構成される。製品の特徴そのものを表した名称なのだ。

左画面に教科書の問題を表示、右側に書き込めるようにしている
左利きの生徒の場合には、左側を書き込める画面にできる
教材は後出の馬越先生による手作りのもの
線を書き込む際にも定規を使わずに真っ直ぐな線を書ける。図形の授業には最適
Tenoboの操作が分からない時には生徒同士で教えあうシーンも見られた
生徒は自由な姿勢でTenoboを利用している

作業履歴とリアルタイムコミュニケーション機能を搭載

 2つ目は、生徒の作業履歴を確認できる点だ。

 教育分野向けの製品の中にも、作業履歴を確認できるというものがあるが、その多くが、生徒がデータをセーブした時点での履歴確認となっている。だが、Tenoboでは、生徒がペンでの入力を止め、一定時間が経過した時点でデータをサーバー上に保管する。

ソニーマーケティング 法人営業本部開発営業課・井上人彦統括課長

 「授業に遅れている生徒や、理解ができなかった生徒がどんなところでつまずいているのかといったことを、後日、ノートへの書き込み履歴を見ながら確認することができる」(ソニーマーケティング 法人営業本部開発営業課・井上人彦統括課長)という使い方が可能になる。

 教育現場の先生達は、「ノートを見れば、生徒がどこでつまずいているのか一目で分かる」とも言われるが、スナップショットのような形で生徒の作業履歴が確認できるこの機能は有効な役割を果たすものと見られる。これはTenoboならではの機能の1つだ。

 3つ目は、先生と生徒のコミュニケーション機能である。先生は、リアルタイムに生徒のノートをモニタリングできるほか、生徒の画面に対してコメントを入れたり、プロジェクタを利用して、クラス全体にその内容を紹介するといった使い方も可能だ。

 実は、このリアルタイムモニタリング機能は、Tenoboが高い評価を受けている機能の1つだ。先生は、生徒の作業画面をリアルタイムで見ながら、生徒が間違っている部分を指摘。その場でヒントを与えることで、生徒の理解度を高めることができるという。

ライフログの使い方を教育分野に活かす

 Tenobo学習システムの実証実験に取り組んでいる倉敷市立多津美中学校は、JR倉敷駅から車で約15分の場所に位置する。

 同校は、数学は数学教室で、国語は国語教室で学習するという教科ごとに専門教室を設けた「教科教室型システム」に取り組んでいるのが特徴だ。

倉敷市教育委員会・門田哲也参事

 実証実験のきっかけは、今年5月に、東京・有明の東京ビッグサイトで開催された教育ITソリューションEXPOにおいて、倉敷市教育委員会の門田哲也参事が、参考展示されていたTenobo学習システムを初めて目にしたことだった。

 「関心を寄せていたのは、レーザー光源プロジェクタ。その横に展示されていたTenoboが偶然目に入った」と笑いながら当時を振り返る。

 説明を聞いて門田参事が注目したのは、データを蓄積し、これを情報として活用できる仕組みだった。

 「ソニーのXperiaシリーズで提供しているライフログのような感覚で、生徒の学習ログを蓄積し、教師の指導に活かせないかと、直感的に感じた」と、倉敷市教育委員会の門田哲也参事はその時を振り返る。

 改めて開発元のソニーエンジニアリングから説明を受けたのち、教育委員会で検討を行なった結果、今年8月に実証実験を開始することを急遽決定。9月からスタートするというスピード導入となった。

 「学校現場で乗り気でないようならば、無理強いはしないと考えていた。だが、多津美中学校の今田尚登校長が興味を示し、同校にこうした先進的な取り組みに関心が高い教諭がいることも後押しとなった」と、門田参事は語る。

 8月から準備を開始し、9月10日からTenoboの導入を開始。対象となったのが、高校受験を直前に控える3年生の第2学期という点でも、教育委員会からのお仕着せではなく、現場の先生が「効果がある」と判断したことに基づいて、実証実験が開始されたことの裏付けになるだろう。

倉敷市立多津美中学校の今田尚登校長

 倉敷市立多津美中学校の今田尚登校長は、「最初は、どんな形で使えるのかという疑問があった。また、教材を開発するためのマニュアルが英語であり、どこまで使えるのかという不安もあった。しかし、興味を持った教員が中心となって、使い方にさまざまな工夫を凝らし、使い方が広がった。生徒の関心を高め、先生の指導力の向上に繋げるという意味で、Tenoboという新たなツールを使ってどんな成果が出るのか。私自身もTenoboの可能性に大きな期待を持った」と語る。

 今田校長自身も、教育におけるICT活用には長年の実績があったことも、同校での実証実験を促進する理由の1つになっていると言えよう。

 また、「OSがLinuxであるという点でも、オープンソースを推進する倉敷市にとってもプラスの要素になった」と、倉敷市教育委員会の門田参事は語る。

Tenobo無しでは授業スタイルが成り立たない

倉敷市立多津美中学校の馬越章子教諭

 Tenobo学習システムの実証実験の中心となっているのは、多津美中学校の馬越章子教諭である。

 「最初は、教材が全く用意されていないこと、しかも、準備期間が短いこと、ソフトウェアの操作方法に慣れないという点で苦労した」と語るが、「結果として、自らの授業のやり方に最適な教材を作ることができたという点では良かったと思っている」と振り返る。ソフトウェアの操作にも約2週間で慣れたという。

 馬越教諭は、数学の授業を担当。ここで、Tenoboを活用している。

 教材や問題などを片方のページに表示。もう1つのページに生徒が回答などを書き込むといった具合だ。さらに、生徒が課題に取り組んでいるときには、生徒が書いた内容を前面のプロジェクタに表示。ほかの生徒にヒントを与えるといった使い方も行なっている。

 「Tenoboの特徴は、生徒の学習内容をリアルタイムで確認でき、それを匿名で掲示することができ、クラス全員で共有できる点にある」と馬越教諭は語る。

 公開授業では、授業の冒頭にTenoboを使った小テストを行ない、5分の制限時間内に、3ページ分の問題に生徒が挑んだ。

 この際に馬越教諭は、教壇のPCで、生徒のそれぞれの進捗状況を確認。解き方が間違っていたり、つまずいていた場合には、生徒に向けてヒントを出すといったことも行なう。

 「これまで小テストを行なう場合には、教室内を机間巡視して指導していたが、中には内容を見せたがらない生徒がいたり、教室全体を回るのに時間がかかるといったことも起こっていた。だが、Tenoboを使うことで、生徒の答案用紙をリアルタイムで確認でき、その場で問題点を指摘できる。私自身にとって、いまや小テストの時間が、最も集中して指導を行なう時間帯になっている」とする。

教壇にはTenoboとともにPCを用意
先生のPCにはリアルタイムで生徒の画面が表示される
必要に応じて生徒の画面をプロジェクタに表示
答え合わせにはTenoboの画面をプロジェクタを利用して説明する場合も

 小テストの時間帯は、教師にとって作業をすることが少なくなる時間帯とも言えただろう。だが、Tenoboを活用することでそれが大きく変化したわけだ。

 ここでは馬越教諭が、生徒の名前を呼びながら、問題点を指摘していた点も興味深い。生徒にとってみれば、クラス全員の前で間違いを指摘される状況が生まれているわけだが、名前を呼ばれた生徒も恥ずかしいという様子は見られなかった。

 「最初から名前を呼んで間違いを指摘したわけではなかった。生徒たちがTenoboの使い方に慣れた段階で、少しずつやり方を変えていった。また、このクラスは3年間に渡って付き合いがある生徒ばかり。信頼関係があるからこそ、クラス全員の前でも直接指導ができる」。

 Tenoboという機器を効果的に活用するためには、こうした教師と生徒の信頼関係がベースにあることも見逃せないだろう。

教室にはTenoboを使って生徒が書いたものを印刷して掲示

 では、生徒たちの学力向上への成果はどれぐらい出ているのだろうか。

 「まだ定量的なデータを算出する段階にはない」と馬越教諭は語りながらも、「授業に集中できたといった声があがっている。小テスト中にも、リアルタイムで直接指導できることで、生徒もその場で問題点に気がつくことができ、そうした繰り返しが学力向上に繋がっている手応えがある」とする。

 さらに、「数学は、何度も繰り返して書くことで覚えることができる。だが、書いたものをいつまでも保管しておく必要がないものも多い。Tenoboを使って、何度も繰り返して書いて、それをあとで消去することもできる」とする。

 これまで約3カ月に渡って実証実験を行なってきたが、ソニーマーケティングとの話し合いの結果、来年(2015年)3月まで実証実験の期間を延長することにした。

 「今では、Tenobo無しでは、私の授業スタイルが成り立たないとも考えている。今後は、数学以外の授業で使用したり、他の先生方にも活用してもらうことにも取り組みたい」と馬越教諭は語る。

 すでに道徳の授業での利用を開始しており、課題テーマに対して生徒にTenobo上に感想を書かせ、それを生徒全員で見ながら議論を行なうといった使い方だ。また、美術の授業でTenoboを活用して絵を書くといった使い方も検討しているという。

 倉敷市教育委員会・門田哲也参事も、「想定以上の成果が出ていると感じている。現場での工夫が新たな使い方を創出し、それが効果と繋がっている。今後の横展開にも期待をしたい」とする。

授業が終わって係りの生徒がTenoboを回収する
充電用のロッカーにしまう
次の授業までに充電を行なう

8月発売モデルはタブレット型に

 一方、ソニーエンジニアリング Tenobo事業室・吉田宗弘室長は、「実証実験が決定してから、実際に動かすまでが短期間であったが、多津美中学校での実験はさまざまな成果を生んでいる。ここで得た知見を、製品に反映させて来年8月の発売に繋げたい。特に、教材を作るための環境を整えることに力を注ぎたい」とする。

 また、ソニーマーケティング 法人営業本部開発営業課・中川光治シニアセールスマネージャーは、「多津美中学校での実証実験によって、Tenoboの提案活動においても、そのメリットを、自信を持って勧めることができるようになった。この成果は、今後、Tenoboの営業活動に弾みを付けることになる」と意気込む。

 実は、Tenobo学習システムは、来年8月の発売に向けて、大きな改良を加えることになる。

 現在、実証実験で使っているのはデュアルディスプレイタイプのデバイスだ。テキスト表示側と、ノートとして書き込むディスプレイをそれぞれ用意。クラムシェル方式としている。

 だが、ソニーエンジニアリングでは、来年8月に発売するデバイスの形状をタブレットに変更。画面を2分割して、テキスト表示と手書きエリアを切り分けることになる。

 現行の試作品では、10.4型の液晶ディスプレイを2つ搭載しているが、8月発売のモデルでは、15.6型の液晶ディスプレイによるタブレットになる。

 「タブレット型とし、ディスプレイを1つにすることで、コストダウンが可能になる。予算措置の観点からもメリットがある」(ソニーマーケティング 法人営業本部開発営業課・井上人彦統括課長)とする。

 現行の試作品のスペックは、OSにLinuxを搭載していること以外は明らかにしていないが、8月発売予定のタブレット型製品では、同じくLinuxを採用し、CPUには、クアッドコアCortex-A9を搭載。メモリは1GB、ストレージ容量は4GB。ヘッドフォン出力、内蔵スピーカー、内蔵カメラを備え、IEEE 802.11a/b/g/nに準拠している。色はグリーンとオレンジの2色を用意。本体サイズ396×259.6×12mm(幅×奥行き×高さ)となっている。なお、この仕様については、発売時点までに変更する可能性もある。

 ソニーエンジニアリングおよびソニーマーケティングでは、多津美中学校での実証実験を経て、最終的な製品づくりに拍車をかけている。

 実証実験からのフィードバックを経て、Tenoboはどんな形に進化するのか。2015年8月の正式版が、最終的にどんな形で投入されるのかが楽しみだ。

8月発売予定のタブレット型のTenobo
側面には電源スイッチと、Micro USBポートを2基搭載
マイク入力、ヘッドフォン出力、ボリュームスイッチを前面部に配置
背面はデザイン性を活かしたラバーで保護
背面の円筒部分を持ち上げると使いやすい角度になる
円筒部にはペンが収納できるようになっている
Tenoboの専用ペン
Tenoboのロゴ。SONYロゴはどこにも表示されていない
実証実験で使用されている2画面タイプのTenobo
クラムシェル型のフォルムを閉じた様子
こちらは電源スイッチがスライドタイプ。ボリュームとマイク入力、ヘッドフォン出力を側面に用意
さらにUSBポートと電源ポートを搭載。こちらは通常のUSBポートだ
ペンはヒンジの間に収納する形になっている
Tenoboの起動画面。2つの画面で表示する
起動するとパスワード画面。ここで左ききを選択すると画面の上下が入れ替わり、左手で書き込みやすくなる
2画面タイプとタブレットタイプのTenoboを比較

(大河原 克行)