大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
ThinkPadブランドになったYogaは何が変わったのか
(2014/2/25 06:00)
レノボ・ジャパンが、新たな「Yoga」を発売した。液晶部が360度回転することで、ラップトップモードによるノートPCとしての利用のほか、スタンドモード、テントモード、タブレットモードという4つのスタイルで利用できることが最大の特徴となるYogaは、今回の進化で、初めてThinkPadのブランドを与えられ、そのブランドに恥じない堅牢性、使い勝手、性能を実現したと言えよう。
「ThinkPad Yoga」の開発を担当したレノボ・ジャパン 先進システム開発・第二先進システム設計の小杉智映マネージャーと、機構技術・第二機構システム・木下宏晃氏に、そして、レノボ・ジャパンThinkClientブランドマネージャーの土居憲太郎氏にThinkPad Yogaの進化について聞いた。
大和→北京→大和で生まれたThinkPad Yoga
レノボが発売するYogaは、2012年11月に発売した「IdeaPad Yoga 13」を皮切りに、IdeaPadブランドの製品群として、ラインナップを拡充してきた。だが、今回発売したThinkPad Yogaは、初めてThinkPadシリーズのブランドを冠した製品となっている。
「IdeaPad Yogaは、中国・北京で開発された製品。しかし、そのヒンジ構造などにおいて、日本の大和研究所が開発した技術を活用しており、その点では協力体制をとってきた。今回のThinkPad Yogaは、従来のYogaの技術をベースにしながらも、大和研究所で全てを開発し、ThinkPadのクライテリア(基準)に則って開発したもの」と、レノボ・ジャパン 先進システム開発・第二先進システム設計の小杉智映マネージャーは語る。
大和で生まれた技術を活用して、北京で製品化し、それがまたThinkPadとして、大和で大きな進化を遂げたというのが、今回のThinkPad Yogaの生い立ちと言っていいだろう。
今回取材に応じた小杉智映マネージャーと、木下宏晃氏も、ThinkPad Yogaの開発に携わる前は、同じく4つのモードを実現するThinkPad Twistの開発を担当していた。これまでのYogaのノウハウだけでなく、ThinkPad Twistの開発ノウハウが、ThinkPad Yogaへの進化を支えたともいえよう。
一方で、ThinkPadシリーズには、中央から液晶部が回転する「ThinkPad X230 Tablet」や、液晶部を取り外してタブレットとして利用できる「ThinkPad Helix」といった2-in-1タイプの製品が存在する。だが、ThinkPad Yogaにはテントモード、スタンドモードといったように、これらの製品にはないスタイルでの使い方が可能だ。
「液晶が360度回転するYogaだからこそ可能となるのが、スタンドモードとテントモード。中でも、スタンドモードは膝の上に置いて、タッチ操作を行なう際にも適したスタイルだといえる。ビジネスシーンでも活用できるモードとして大きな特徴になる」と、レノボ・ジャパンThinkClientブランドマネージャーの土居憲太郎氏は語る。
ThinkPad基準で製品づくりを行なった新たなYoga
では、YogaがThinkPadブランドになったことで何が変わったのだろうか。
大きな変化は、堅牢性の差、そして使い勝手の差だ。その差は、「ビジネスシーンで耐えうる堅牢性の実現」(小杉氏)という言葉で表現される。
例えば、IdeaPad Yogaでは、25,000回の開閉テストを行なっている。これによって、ヒンジ部の堅牢性を確認している。だが、ThinkPad Yogaでは、「回数は公表できないが、それよりもかなり多い開閉回数のテストを行なっている」(小杉氏)という。
Yogaのヒンジ部は2カ所に分かれているが、ThinkPad Yogaでは2つのヒンジ部が、IdeaPad Yogaの2つのヒンジ部よりも10mmほど横幅が長い構造となっている。これは堅牢性の追求とともに、ラップトップモード、スタンドモードで画面にタッチした際に、揺れが少ない構造を実現することにもつながっている。
キーボードへのこだわりも、やはりThinkPad基準となっている。キーピッチは18.5mmと同じだが、キー配列はThinkPadシリーズ共通のものとなっており、IdeaPadとはレイアウトが異なる。ThinkPadユーザーにとってはそのままの操作環境を維持できる。そして、キーストロークは、IdeaPad Yoga 2 Proが1.4mmであるのに対して、ThinkPad Yogaは1.8mm。長時間のキーボード入力にも適したキーストロークを確保している。
キートップ表面はスロープ形状を採用することで、指に吸い付くような操作感を提供。バックライトを搭載するとともに、しっかりとした打鍵感を維持するために、キーボードの下には、それを支えるために板を敷く構造としている。そして、ThinkPadシリーズの象徴であるトラックポイントも、ThinkPad Yogaには搭載されている。
タブレット使用時の快適性を実現するLift'n' Lockキーボード
Yogaに共通した最大の特徴は、なんといっても、液晶部が360度回転することだろう。だが、タブレットモードにしたときに、背面部にはキーボードの表面部分がきてしまうことから、タブレットとして操作した際に、背面部の手触りが良くないという問題が発生する。これはIdeaPad Yogaで課題の1つになっていた点だ。
特に、ThinkPad Yogaの場合、トラックポイントを搭載しているため、背面でそれが引っかかりやすくなり、IdeaPad以上に気になる構造といえる。場合によっては、トラックポイントのキャップが取れてしまうという問題にもつながることになる。
「ThinkPadでYogaの構造を採用する上では、この点は、なんとしてでも解決しなくてはならない課題だと考えた」と小杉氏は語る。
解決策の1つとして、背面部にカバーを取り付けるという方法がある。一部PCメーカーでも採用している仕組みだ。だが、「外したカバーはどうするのか。特にタブレットモードは、モバイル環境で利用するため、カバーを持ち歩かなくてはならないということになる。カバーの分だけ、本体に厚みが出てしまうこと、そして重くなることから、企画初期の段階でこの方法は却下された」という。
では、この問題を解決するにはどうするか。
同社が辿り着いたのは、液晶回転時にキーボードおよびトラックポイントが沈み込んでキーを固定する「Lift'n' Lock(リフトンロック)キーボード」という構造だった。
Lift'n' Lockキーボードの構造を担当した木下宏晃氏は、「早い段階から、周りのコスメティックフレームを持ち上げれば、キーをロックでき、キーのフカフカ感を解消できるのではないかと考えていた」とする。だが、「考え方は出来上がっていても、それを実現する構造をどうするかという点で時間がかかった」という。小杉氏も、「社内に説明をしても、反応の多くは、本当にできるのかというものだった」と、今から1年以上前の状況を説明する。
試行錯誤の結果、次のような構造とした。
液晶部を回転させると、左右それぞれに、ヒンジの動きと連動する金具によって、前後方向の動きへと変換。その動きによって、左右両側の金具に動作を伝達。ここでは、金具が前後に動くことで、キーボードの各配列にあわせて設置された7本の細い棒状のワイヤーが持ち上がることになり、キーボードまわりのフレームを引き上げて、キーボードがフレームの中に埋まり、ロックするというものだ。この機構では、キーボード部のロックだけでなく、液晶の動作に連動して、キーボード側に配置したゴム足が上下に動き、タブレットモード使用時に、机の上などに置いた場合にもしっかりと固定できるようになっている。これがLift'n' Lockキーボードと呼ばれる仕組みだ。
「試作を見せた際には、多くの人が驚いた。その驚きの顔を見ることも楽しい経験だった」と、木下氏は試作完成時を振り返る。
Lift'n' Lockキーボードの実現を阻んだいくつもの課題
だが、これを実現するには、いくつかの課題があった。
まずはパーツの数を最小限に留め、なるべく最小化するという点だ。機構が大掛かりなものになってしまっては、重量増に直結するのは明らか。場合によっては本体サイズの見直しも求められる。狭い空間の中で、いかに少ないパーツで実現するにはどうするかという点での試行錯誤が繰り返された。
「Lift'n' Lockキーボードの採用によって、通常のキーボードよりも約30g重くなっている。だが、これは当初の見通しよりも少ない重量で収まっている。一部の素材を樹脂に変更するなどの改良を加えたことによって達成した」と、木下氏は語る。
Lift'n' Lockキーボードは、ThinkPad Yogaにおいては、『肝』となる機能。外せない機能だけに、30gの増量で抑え込んだことは、製品の仕上がりに大きなプラス要素となった。
また、当初は耐久性が課題であったが、それも構造の見直しなどで解決したという。「経営トップからも、タブレットとした使用した際の剛性感の維持について、改善することを強く指摘された。その点は最優先で改良を加えた」(木下氏)という。
かつてThinkPadには、「ThinkPad 701c」でバタフライキーボードを採用。4:3のディスプレイサイズでありながらも、操作性の高い横長のキーボードを変化させるといった構造を採用した経緯がある。Lift'n' Lockキーボードには、バタフライキーボードほどの派手さはないが、「キーボードを変える構造としてはそれ以来の取り組み」(土居氏)となる。
それだけに開発は困難を極めた。
「当初は、フレームがちゃんと持ち上がらないという問題もあった」と、木下氏は開発当初を振り返える。小杉氏も「最初はちゃんと動くのか、というところから始まっている」と苦笑する。
最初の量産試作では数百台生産したうち、確実に機構が動作したのは数台だけだったという。設計上の課題を解決しても、量産時には別の問題が発生する。この歩留りの悪さではとても商品化はできなかった。「最初は、製造部門からもかなり叱られた」(小杉氏)というのも当然だ。
そこで、キーボードのアセンブリ工程では、キーボードを直接本体に組み込むのではなく、動作用のパーツとキーボードを組み合わせるという工程をサブアセンブリという形で同一工場内に別途用意。Lift'n' Lockキーボードとしての機構を完成させた後に、モジュールとしてPC本体に組み込む形にした。これにより、パーツレベルでの動作確認、モジュールレベルでの動作確認が事前に可能になり、本体生産時の不良率を下げることができたという。
上下に移動するフレームが上がったときの高さ、また戻ったときの高さが一定ではなく、品質にばらつきがあった問題も、1つ1つのパーツごとの品質安定性を追求することで改善したという。
「パーツレベルでの検査、モジュールレベルでの検査というように段階的な検査が行なえ、なるべく上流の工程で問題を発見できる形を採用したことが、量産品質の向上に貢献した」(木下氏)というわけだ。
こうした量産に耐えうる品質を確保できたのは、実は量産開始1カ月前。試行錯誤の連続が、ぎりぎりのタイミングで実ったという格好だ。
ビジネスユースのためにこだわる数々の仕様
そのほかにも、ThinkPad Yogaには、これまでのIdeaPad Yogaにないこだわりがある。
ThinkPad Yogaでは、液晶に12.5型のフルHD(1,920×1,080ドット)パネルを採用。非光沢パネルの選択もできるようにしている。
「ThinkPad TwistやThinkPad X230 Tabletでも、12.5型を採用していたように、ビジネスシーンで活用する小型PC、あるいはタブレットとしては最適なサイズであると考えている。ThinkPadとしてのインチサイズを追求すれば当然の仕様。そこに、日本のユーザーを中心に挙がっていた、解像度をフルHDにして欲しいという要望にも合致できるパネルが調達できるようになった」(小杉氏)という。
また、1,024段階の筆圧検知に対応するワコム製のデジタイザペンも搭載している。
小杉氏は、「コンセプト段階から、ペンは必要だと考えていた」と、ThinkPadブランドであるからこその必須機能であることを強調する。ThinkPad X230 Tabletの流れを踏襲しているという点でも、ペンの搭載は正常進化の証明でもある。
「ThinkPad X230 Tabletを導入している企業ユーザーでは、ペン操作ができることを理由として購入している例が多い。屋外で手袋をしながら作業するといった用途でもペンは適している。また、ビジネスシーンで利用することに耐えうるだけのペンの解像度を考えれば、パッシブペンではなく、コストは上昇してもデジタイザペンを採用した方がいいと判断した」とする。
ペンは、本体前面に収納することができるようになっている。それも構造上、譲れない要素としてこだわった点だ。ビジネスシーンで利用するには、内蔵したペンを利用する環境が最適だからだ。
なお、フルHD表示および光沢無しの液晶表示パネルを選択した場合、ペンはオプションとなる。
新たにAdvance Active Protection Systemを採用
さらに、特筆できるのが、「Active Protection System」をThinkPad Yogaに合わせて進化させた点だ。
Active Protection Systemは、落下や衝撃の予兆をセンサーで察知。ディスクへアクセスしている最中でも、わずか500msで磁気ヘッドをディスク外の安全な領域へと退避させ、HDDに保存してあるデータを、物理的トラブルによる損失から保護するというものだ。
だが、タブレット状態で使用していると、Active Protection Systemが利きすぎて、すぐにHDDが止まってしまうという問題がThinkPad Twistで発生していた。これを解決するために、タッチ操作やペン操作時の検知を、少しの時間、保留するという仕組みを採用。これにより、タブレット使用時にも、安全性を担保しながら、快適に操作し続けることができるようになったという。
この新たな仕組みは、「Advance Active Protection System」と呼ばれ、今後、HDDを搭載した2-in-1 PCに搭載していくことになるという。
一方、インターフェイスに関しては、IdeaPad Yogaよりも、「ThinkPad Twistを踏襲した」としており、USB 3.0×2、Mini HDMI出力、4-in-1のメモリカードスロットなどを採用。基板の形状はIdeaPadとは全く異なるものであり、これもThinkPadを基準としたインターフェイスの実現に寄与している。さらに、IdeaPad Yoga 2 Proでは、くさび型のデザインを採用していることもあり、レイアウト上、USB 3.0を1基しか採用できないが、ThinkPad Yogaではデザインが異なることで、USB 3.0を2基搭載できたという。
また、ThinkPad Yogaでは、新たにポートリプリケータのLenovo OneLinkにも対応しているのも特徴だ。Lenovo OneLinkを活用することで、ビジネスシーンで求められるインターフェイスに対応できるようにしている。
細部にこだわった2-in-1の意味とは?
ThinkPad Yogaは、「細部にこだわった2-in-1」という表現を用いている。
これに関して土居氏は、「4つのモードによって、さまざまな使い方をする際にも、それぞれのモードにおいて、ユーザビリティを損なわない最適な環境を、自動的に実現するのがThinkPad Yoga」と、その意図を語る。
小杉氏も「開発している時には、あれもこれも搭載したいと思い、必死になっていた」と笑う。それが「細部にこだわった2-in-1」の実現に繋がっている。
また、ThinkPad Yogaでは、「新しい使い方の足がかり」という提案も行なわれている。「Windows 8、そして、2-in-1 PCを普及させるための新たなPC。そして4つのモードによる新たな利用提案という役割も担っている」と土居氏は語る。
脱着式のThinkPad Helixよりも購入しやすい価格設定とした点もThinkPad Yogaの魅力の1つだ。
量販店モデルはオープンプライスだが、直販モデルでは、最廉価モデルの「20CD00BJJP」は、Core i3-4010U(1.7GHz、ビデオ機能内蔵)、メモリ4GB、1,366×768ドット対応12.5型IPS/光沢液晶(10点タッチ対応)を搭載して133,350円。CPUをCore i5-4200U(1.6GHz、同)へ変更した「20CD00BHJP」は144,900円。そして、Core i5-4200U、メモリ4GB、フルHD対応12.5型IPS/非光沢液晶(デジタイザ/10点タッチ対応)を搭載する「20CD00BNJP」は154,350円。Core i7-4500U(1.8GHz、同)、メモリ8GB、フルHD対応12.5型IPS/光沢液晶(10点タッチ対応)を搭載する「20CD00BGJP」は175,350円となっている。
「ThinkPad Yogaは、ThinkPad Helixではカバーできないユーザー層に、2-in-1を普及させるという位置付けを担う製品。より多くのユーザーに使ってもらうことを目指した。Lift'n' Lockキーボードも、実際に触っていただいて、実感してもらうことで、その良さを理解してもらえるだろう」(土居氏)とする。
開発を担当した小杉氏は、「2-in-1 PCとして、80点の自己評価ができる製品。ラップトップとして使用する際には最適なものだが、タブレットとして使用する際にはまだ重いという課題もあると考えている。将来に向けては、さらなる軽量化に挑戦したい」と、今後の進化にも意欲をみせる。また、木下氏は、「Lift'n' Lockキーボードについては、90点の出来栄え。残りの10点は、開発を進める中で、まだまだやりたいこと、改善したい点が出てきた。これを次に活かしていきたい」とする。
Yogaという同じ製品名を持つものの、ThinkPad YogaとIdeaPad Yogaはまったく異なる製品に仕上がっている。そして、ThinkPadブランドを冠した最初のYogaとなるThinkPad Yogaは、ビジネスシーンに最適化した2-in-1として位置付けられることになる。
その進化はこれからも続いていくことになりそうだ。