大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

セイコーエプソンが中期経営計画で重視するウェアラブルデバイス

~CESで実用化に向けた先進性を訴求

 セイコーエプソンが、2014 International CESの会場で、第2世代のスマートグラス「Moverio(モべリオ) BT-200」を発表。同社ブースでデモストレーションを行なった。

セイコーエプソン ビジュアルプロダクツ事業部HMD事業推進部の津田敦也部長

 Moverio BT-200は、2011年11月に同社が発売したモバイルビューワー「BT-100」の後継機種にあたるもので、セイコーエプソン ビジュアルプロダクツ事業部HMD事業推進部の津田敦也部長は、「画像を視聴したり、ゲームをプレイするといったコンシューマ利用だけでなく、ビジネス領域にも展開できる実用性の高い製品になる」と強調した。日本でもまもなく正式発表されることになりそうだ。

 さらに同社では、データから最適なゴルフスイングを導き出すことができる「M-Tracer for Golf」や、リストバンド型のウェアラブルデバイス「PS-500」および「PS-100」を発表した。同社の2014 International CESでの発表製品を通じて、同社が取り組むセンサーを活用したウェアラブルデバイス事業を追ってみる。

エプソンのDNAを活かすことができる事業

 セイコーエプソンにとって、センサー技術を活かせるウェアラブルデバイス事業は、中長期の成長戦略において重要な役割を担うことになる。

 同社は、2015年度を最終年度とする「SE15 後期 新中期経営計画」を策定しており、2015年度に売上高で9,300億円、営業利益で500億円、営業利益率は5.4%を目指している。

 ここでは、コンシューマ偏重型となっている事業構造を改革。同社・碓井稔社長は、「モノを売るだけでなく、コトを売るための基礎体力と知力をつけることに力を注いでいく」と、製品提案から、ソリューション提案へと体質転換させる姿勢を示す。

 さらに、2016年度からの次期中期計画では成長戦略を打ち出す姿勢を明らかにしており、ここでは、現在のエプソンの姿である「コンシューマ向けの画像・映像出力機器中心の企業」から、「プロフェッショナル向けを含む新しい情報ツールや設備をクリエイトし、再び力強く成長する企業」を目指すとする。

 その中で、今回発表したスマートグラス「Moverio BT-200」をはじめとするビジュアルコミュニケーション事業、センサーを活用したウェアラブルデバイスを含むセンシングシステム事業は、成長戦略において周りを固める重要な役割を担うことになる。

 ビジュアルコミュニケーション事業では、「マイクロディスプレイ技術による、まったく新しいビジュアルコミュニケーションを創造する」ことを目標とし、中でもHMD(ヘッドマウントディスプレイ)は、「生活を革新する情報ツールとして新たな価値を創出」するといった具体的なテーマを掲げている。

 また、センシングシステム事業では、「高精度センサーにより、人の生活を改善する新しい価値を創造する」ことを事業方針に掲げ、「健康、スポーツ、医療などの分野において、高精度センサーによってデータを可視化させ、それを活用する」といった新たな事業創出を目指す。ここでは、リストバンド型のGPSランニング機器や脈拍計のほか、運動データを取り込むモーションセンシング機器などによって、新規ビジネスの創出を加速する考えだ。

 さらに同社では、プリンティングシステムなどの情報関連機器とともに、これらの新規領域分野に対して、今後3年間で1,200億円を投資する計画を打ち出している。

 センサーを活用したウェアラブルデバイスは、セイコーエプソンが強みを発揮できる分野であるという意識は社内に強い。1985年には、世界で初めての腕時計型コンピュータを発表したというDNAも、この事業を下支えすることになろう。

CESでは実用化での先行ぶりをみせる

 そうした点で、今回の2014 International CESにおけるセイコーエプソンのブース展示は、将来の事業の柱とすべく、実用化を視野に入れた意欲的なものだったといっていいだろう。

 その中でも象徴的なのが、第2世代のスマートグラス「Moverio BT-200」だ。

 Moverio BT-200は、Android搭載のシースルー型のスマートメガネであり、メガネをかけると、16:9の960×540ドット(QHD)の解像度でグラス上に明るく画面を表示できる。また、有線でつながるコントローラユニットを用意。コントローラにはパッド部があり、メガネ上に表示されたアイコンなどを操作できる。

 メガネタイプのディスプレイ部は、小型化されたLCDベースの投影レンズと、ガラスの各側面における光ライトガイドを使用。遠くに視線をおくと、表示される画面が視界一杯に大きく広がる。臨場感のある映像の視聴が可能だ。

 ジャイロスコープ、加速度計、モーションセンサーといった各種センサーを搭載し、前面のカメラを活用して、AR(拡張現実)アプリケーションの利用や、画像、ビデオの表示だけでなく、マーカーでの検出を可能にし、ハンズフリーでの操作を可能とする。

 さらに、HDMI接続を可能にし、MPEG-4 AVC/H.264と、AACエンコーディングをサポート。Bluetooth 3.0のサポートにより、ヘッドセットやスピーカー、キーボードなどの周辺機器とのワイヤレス接続を可能にしている。さらに、microSDカードスロットを搭載。収録されたコンテンツを再生でき、ドルビーデジタルプラスにより、7.1chのバーチャルサラウンドも体験できる。

 米国では3月から販売を開始。価格は699ドル。日本を含むグローバル展開は4月から開始する予定。日本でも1月中に正式に製品発表が行なわれることになりそうだ。

メガネ部とパッド部で構成されるMoverio BT- 200
メガネ部は従来比で約60%の軽量化を達成したという
BT-200を装着したところ

 今回の2014 International CESでは、主要各社からウェアラブルデバイスが展示されていたが、その多くが試作品であったり、モックアップとして展示されていたのに比べると、セイコーエプソンの展示は、実用化という観点で、明らかに一歩進んでいたといえる。

 セイコーエプソンのブースでは、CES向けのデモアプリケーションとして、テーブルトップの仮想格闘ゲーム「SketchbookFantasy(スケッチブックファンタジー)」を展示。拡張現実の機能を利用して、絵が書かれた場所をMoverio BT-200で見ると、メガネの画面上にキャラクターが表れ、コントローラ部のパッドでキャラクターを操作できる。また、絵のページをめくると別のシーンが表れる。

 さらに、Moverio BT-200を活用したいくつかのビジネスソリューションの事例も紹介した。

 独Metaioでは、三菱電機のエアコンの保守にMoverio BT-200を使用し、ARによって修理方法などをメガネの画面上に表示し、作業を支援することになる。現在は、米国市場で、1機種だけのサポートとなっているが、今後対応機種を増やし、米国以外での活用も想定しているという。

「SketchbookFantasy」
Metaioでは、三菱電機のエアコンの保守にMoverio BT-200を使用
ARによって修理方法などをメガネの画面上に表示する

 APXラボでは、BT-200のカメラ機能を用いて遠隔地の人に周辺の様子を伝えながらミーティングを行なうソリューションを展示。クレーンモーリーでは仮想現実の機能により、自動車産業向けのトレーニングアプリを開発。視線を合わせた場所の部品や機能などを画面に表示するといったアプリーションを紹介した。

 また、Evena MEDICALでは、メガネのディスプレイ上に血管を映し出すデモストレーションを行ない、看護師が採血する際に、ハンズフリーで正しい位置で採血できるようにしたという。採血する際に、黒人は血管の位置がわかりにくということもあり、そうした用途でも活用されることになる。

APXラボでは、カメラ機能を用いて遠隔地の人に周辺の様子を伝えながらミーティングを行なうソリューションを展示
Evena MEDICALでは、メガネのディスプレイ上に血管を映し出すソリューション
専用機器をBT-200に装着する形で利用する
看護師が採血する際に、ハンズフリーで正しい位置で採血できるようになる

 このように、ウェアラブルデバイスを活用した具体的なビジネスソリューションを数々展示していたのはエプソンだけだったと言えよう。

 セイコーエプソン ビジュアルプロダクツ事業部HMD事業推進部の津田敦也部長は、「BtoCとしての利用提案に加えて、BtoBはBT-200にとって、重要な切り口になる。BT-200を活用した具体的なソリューションを提案するのはパートナー企業各社であり、当社はそれに向けてSDKを提供するなどの支援体制を取っている。仮想現実やカメラを活用した提案が多いが、これまでの概念にとらわれない、ハンズフリーの強みを活かした今後の用途提案の広がりにも注目している」と語った。

センサー技術の強みを生かした活動量計

 さらに、セイコーエプソンは、活動量計としてのウェアラブルデバイスを発表した。

 表示画面を持った腕時計型の「Pulsense(パルセンス) PS-500」(価格199ドル)と、リストバントタイプの「Pulsense PS-100」(価格129ドル)で、表示以外の基本機能は両方とも同じ。肌に接する面にセンサーを配置し、ランニングなどのスポーツを行なっている時や、日常生活を送っている際に、心拍数を図り、消費カロリーや、有酸素運動状態や睡眠状態などを計測して表示する。

腕時計型の「Pulsense PS-500」(左)と、リストバントタイプの「Pulsense PS-100」(右)
PS-500を装着したところ

 「活動量計としてのウェアラブルデバイスは、米国市場ではかなり出回っているが、エプソン独自のセンサー技術と、アルゴリズムによって、高い精度で計測することができる。その点では他社の活動量計とはまったく異なるものになる」とする。

 心拍数を直接計るとともに、センサーでは、赤血球からの反射光量を測定し、血管収縮や赤血球数の増減などを記録。加速度計とエプソン独自のセンサーと特許取得済みのアルゴリズムを組み合わせることで、リアルタイムで消費カロリーも表示可能だ。また、有酸素運動を行なっていることを表示し、脂肪燃焼しやすい状況であることを表示し、より効率的なダイエットなどにも活用できるという。

裏側にはセンサーが組み込まれており、赤血球からの反射光量を測定し、血管収縮や赤血球数の増減などを記録
データはタブレットなどに表示。濃い緑色が有酸素運動をした部分

 これらのデータは、480時間分を本体に記録できるほか、Bluetoothを通じて、タブレット端末やPCに表示することが可能であり、過去の履歴や、最新の情報などの表示も可能となる。今後は、パートナー企業との連携によって、ソリューションを広げていく考えだという。

 Pulsenseは、2014年夏には米国での出荷を予定。日本をはじめとするグローバル展開は2014年内を目標に検討しているという。

 米国では、すでにウェフラブル型の活動量計の市場が確立されており、エプソンは、その市場においてポジションを獲得することを優先する考えだ。

センサー技術をスポーツ領域に活かす

 そして、もう1つのセンサー技術が「M-Tracer」だ。2014 International CESでは、ゴルフクラブにM-Tracerを取り付けることで、スイング時の動作をデータとして分析する「M-Tracer for Golf」をデモストレーションした。

 M-Tracerは、Motion Tracerの略称であり、会場ではゴルフクラブに取り付けたM-Tracerから、スイングの速度や、ボールとヘッドのインパクトなどの情報を検出。M-Tracerの取得データからゴルフのスイングに必要な各種情報を導き出すために、同社が独自に開発した運動アルゴリズムを活用することになる。Bluetoothを通じてスマートフォンやタブレットに結果を表示することが可能で、これにより、最も理想的なゴルフスイングのデータを導き出し、スイングの改善ポイントなどを提示できる。

 ブースでは、セイコーエプソンに所属する女子プロゴルファーの横峯さくらさんに、実際にスイングしてもらい取得したデータを表示し、理想のゴルフスイングの様子を示していた。

ゴルフクラブにM-Tracerを取り付けることで、スイング時の動作をデータとして分析する「M-Tracer for Golf」
横峯さくらさんに、実際にスイングしてもらって取得した理想のゴルフスイングのデータ

 すでにセイコーエプソンは、M-Tracerを活用したいくつかのソリューションを提供しており、ダンロップスポーツとはテニススイングの計測・解析により、ユーザーに最適なテニスラケットを選択してもらうサービスに繋げている。また、ミズノとは、ゴルフクラブ選択支援サービスにおいて、M-Tracerを活用している例がある。

 このようにM-Tracerを活用した用途および研究開発に関して、さまざまな分野の有識者と協業を進めており、スポーツ、健康領域に対して、新たなビジネスを展開していく考えだ。

 M-Tracerは、ゴルフクラブやテニスラケットに取り付けるという点で、ウェアラブルデバイスとは言い難いが、その大きさや精度、性能を考えれば、将来、ウェアフラブルデバイスとして活用しやすいセンサーだとも言えよう。

 このようにセイコーエプソンは、センサーを活用したウェアラブルデバイスに力を注いでおり、これが中期経営計画「SE15」においても重要な柱となっている。

 健康、スポーツ、医療分野において、セイコーエプソンが強みを持つセンシング、省電力、ウェアラブルの技術を結集することで、新たな価値を実現する商品・サービスを提供。人々の健康・安心・豊かな生活を支援するのが、セイコーエプソンのウェアラブルデバイスおよびセンサービジネスの狙いだ。

 そして、パートナーとの協業により、実用化への歩みを着実に進めていることが、他社との違いともいえよう。現時点では、ウェアラブルデバイスは、どんな利用をするのかということを、模索しながらのビジネスとなる。つまり、ソリューション提案が鍵になる。

 「モノ」から「コト」へと転換を図る同社にとって、ウェアラブルデバイスは、それを具現化する象徴的な製品といえるのかもしれない。

(大河原 克行)