大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
国内PC生産は生き残れるのか
~富士通アイソテックが「インフラ工業化」を加速する理由
(2013/8/21 00:00)
富士通のデスクトップPCの国内生産を行なう富士通アイソテックは、PCおよびPCサーバーのカスタマイズ対応を拡大する。これまでにも、社内で「インフラ工業化」と呼ぶ、顧客ごとの仕様にあわせたカスタマイズ対応を実施してきたが、これを行なうためのエリアを、今年度下期から2倍規模に拡大。2014年1月を目標に本格的に稼働させる考えだ。
また、同社では、Windows XPからの買い替え需要にあわせた増産体制へとシフト。8月は土曜日返上で生産を行なっている。だが、中長期的にみれば国内のPC需要は急激に拡大するということは考えられない。その中で、国内生産拠点のあり方が改めて模索され始めていると言えよう。富士通アイソテックは今後、国内生産拠点としての存在感をどう発揮するのだろうか。2013年6月に富士通アイソテックの社長に就任した岩渕敦社長に話を聞いた。
Windows XP特需で増産体制へ
福島県伊達市にある富士通アイソテックは、富士通のデスクトップPCおよびPCサーバーの国内生産拠点だ。約800人の従業員が勤務。1957年に印刷電信機、電子計算機用端末機の開発製造でスタートして以来、56年の歴史を持つ。
デスクトップPCおよびPCサーバー、シリアルインパクトプリンタおよびサーマルプリンタの生産、機械精密加工事業、教育事業のほか、敷地内に富士通東日本リサイクルセンターを開設し、PCを始めとする情報機器のリサイクルも行なっている。
同社では、2013年度のデスクトップPCの生産計画として、年間90万台強を想定していたが、7月以降、Windows XPの買い替え需要が顕在化しはじめたことを背景に、増産体制へとシフト。年間110万台規模にまで生産量が拡大することになりそうだ。年間110万台の生産台数はほぼ前年並みの実績となる。
富士通アイソテックの岩渕敦社長は、「企業向けデスクトップPCの買い替え案件が増加してきている。年間を通じて、こうした動きが続きそうだ」と語る。
同社では、5月下旬から増員と残業体制により増産。さらに、毎週土曜日と、夏季休暇期間中も一日出社する形で増産体制を敷き、需要増に対応しているという。
フリーダムラインを構築し柔軟性を確保
だが、2014年度はWindows XPの買い替え需要が一巡するのは明らか。富士通アイソテック全体としては、2015年7月にはWindows Server 2003のサポート終了を控えていることから、PCサーバーの需要増が期待できるが、増産体制から一転する大幅な需要変動を見越した体制を整えておく必要があると言えよう。
富士通アイソテックでは、それに向けた準備が着々と進んでいる状況にある。その中でも代表的とも言える取り組みが2つある。
1つは、フリーダムラインと呼ぶ生産ラインの拡充だ。フリーダムラインは、需要変動にあわせて、生産ラインを変更する仕組みを採用したもので、生産数量、生産機種にあわせて、その生産に必要な工程を組み入れたり、逆に外したりといったことができるのが特徴。特定機種の生産に縛られないラインを構築することで、柔軟性と効率性を高めることに成功している。フリーダムラインの導入からすでに1年以上を経過しているが、「生産機種にあわせて変更できるフリーダムラインは、さらに効率化を高めていく努力をしている」(富士通アイソテック ボリュームプロダクト統括部長代理兼生産技術部長の福本仁氏)という。
また、岩渕社長は、「今はデスクトップPCとPCサーバーのラインが別々となっているが、将来的にはこれを混流できるラインへと進化させていきたい。品質管理などの違いからハードルが高いものづくり改革となるが、こうした体制を作らなければ、今後の需要変動への対応、平準化の実現に踏み出すことはできない」とする。
富士通アイソテックでは、トヨタ生産方式を導入することで、生産ラインの改善に取り組んできた経緯がある。ラインの生産効率の向上により、ライン長を短くしたり、ラインのフレキシブル化を実現するといった効果が出ている。
その結果、これまでは、生産棟であるE棟の1階でPCサーバーを生産、2階でデスクトップPCを生産していた体制を変更。現時点では、1階のPCサーバー生産ラインの2本を2階のPC生産ラインフロアに統合。今年9月以降、デスクトップPCおよびPCサーバーの全ての生産ラインを、2階に設置する体制へと変更する。これは、デスクトップPCおよびPCサーバーの混流化に向けて大きな一歩を踏み出すことになるとも言えよう。
これにより、E棟2階の生産ラインは、デスクトップPC生産ラインが6本、PCサーバー生産ラインが4本、ブレード用のセルラインが1本の11本の生産ラインが敷かれることになる。
インフラ工業化に向けて作業スペースを2倍に
生産ラインの移動によって空いた1階スペースも、富士通アイソテックの生産体制の付加価値化に向け、新たな活用が行なわれる戦略的エリアとなる。
同社の岩渕社長は、2013年度下期がスタートする10月以降、1階フロアの約3分の1を倉庫として利用する一方で、残りの約3分の2のスペースを活用して、インフラ工業化への取り組みを拡充する考えを示す。
インフラ工業化とは、富士通が全社規模で取り組んでいるサービス形態の1つで、顧客の下に富士通およびグループ会社、パートナー企業が出向き、必要とされるシステム構成をインフラから含めて提案し、短期間にシステムを構築する仕組みだ。
それを具体的に展開するサービスとして、「ITインフラデリバリーサービス」を実施。富士通の工場で、ハードウェア実装、OSや各種ソフトウェアのインストール、動作確認といった構築作業を実施。顧客の導入現場では単純な設置作業だけとすることで、システム導入時の顧客の負荷を軽減するとともに、スピーディーなシステム稼動を実現できるという。
「これまでにもインフラ工業化に向けた専用スペースを1階フロアの一部に設置していたが、生産ラインの移設によって空いた1階フロアのスペースを利用することで、従来の2倍規模にまで拡張できる。今後、セキュリティ体制の強化やUPS電源の設置を始めとする各種設備を整えることで、2014年1月以降から本格的な運用を開始したい」(岩渕社長)とする。
インフラ工業化の仕組みは、デスクトップPCおよびPCサーバーのいずれにも活用できるものであり、富士通アイソテックにとって国内生産を維持するための大きな武器になるのは明らかだ。Windows XPからの買い替え需要、Windows Server 2003からの買い替え需要終了後の市場縮小に向けた対策としても、インフラ工業化の拡充は重要な切り札だといえよう。
生活習慣病から抜け出し健康体に
2013年6月28日付で富士通アイソテックの代表取締役社長に就任した岩渕敦氏は、就任後、社内に向けて「生活習慣病を克服しよう!」と呼びかけた。といっても、これは社員の健康増進について語ったものではない。
岩渕社長はその意図を次のように語る。「生活習慣病というのは、自分が気付かないうちにかかっていたり、悪化していることが多い。脂肪が多い、あるいは血糖値が高いということは、医者の診断や健康診断によって、初めて気がつく人も多い。企業も同じことがいえる。今までやってきたやり方で本当にいいのかということを自問自答し、そのためには外を見て刺激を受けたり、外から適切な診断を受けて、改善していくことも必要である。まずは自分が健康体でなければ、なにもできない」。
富士通アイソテックは、56年という長い歴史を持つ生産拠点である。「伝統を持つ企業だからこそ、改革する意識を自ら持つことが必要だ」と、岩渕社長は続ける。
岩渕社長は、同社社長就任前は、富士通で、ものづくり推進本部長などを歴任。いわば、富士通グループのものづくり現場における「主治医」役でもあった。その岩渕社長が、現場で陣頭指揮を執る上で、最初に発した言葉が富士通アイソテックにおける「生活習慣病の克服」であったことは、富士通アイソテックの社員にとっても極めて重たい言葉であったともいえよう。
岩渕社長は、「富士通アイソテックには、デスクトップPC、PCサーバー、プリンタの国内生産を維持してきたものづくりの力がある。品質面での強みだけでなく、コスト競争力においても、海外の工場と五分以上の戦いぶりをみせてきた。これは、絶え間ない生産革新活動によるもの」と前置きし、「だが、PC市場が将来に向けて大きく拡大していくということはないだろう。そうした中で、富士通アイソテックは、今後、どうやって存在感を発揮していくのか。今、その分岐点に来ている。まずは自分が健康体になること、その上で、新たなビジネスに挑戦していくことが必要である」とする。
新たなビジネスの創出については、活動が具体化するのはこれからだが、同社が持つ精密加工技術を活用したビジネスの拡大などもその1つだといえよう。
「精密加工技術では、当社で生産しているプリントヘッドの加工のほか、オートバイの部品加工などを他社から受託したり、生産ラインで使用する治具の生産実績などがある。この技術を活用して、新たなビジネスに乗り出すことも視野に入れたい」(岩渕社長)と語る。
その一方で、岩渕社長は、全国の富士通グループの生産拠点を見てきた経験を元に、「直感的なものだが」としながらも、「富士通アイソテック単独で何かをやるということは、すでに限界に達しているとも考えている。グループの生産拠点が持つ技術やノウハウを融合し、グループ連携による強みを模索することもこれからは大切だろう」とする。
国内のPC市場は、今後大幅な成長が見込まれないのは確かだろう。特に構成比が減少傾向にあるデスクトップPCであればなおさらである。その市場において、富士通アイソテックは、付加価値事業の拡大と、新規事業の創出によって、生き残りを賭けようとしている。国内生産ならではの強みを改めて構築する上で、新たな模索が始まっている。