大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

タイ洪水被害は、PC市場にどんな影響を及ぼすのか
〜すでにプリンタ、デジカメのシェアにも影響



 2011年7月に始まったタイの大洪水は、タイ国内の生活のみならず、世界的な経済活動にも大きな影響を及ぼしている。

 10月中旬には、首都バンコクの中心部でも冠水する事態となり、タイ全土では200万人以上が洪水の影響で被災しているとの試算が出ている。今月に入り、徐々に水が引いているとの情報がある一方で、収束には、まだ1カ月以上かかる可能性も指摘されている。

 タイには、数多くの日系企業が進出し、デジタル機器などの主要部品の生産拠点があることから、年末商戦では数多くの製品で品薄になると予測されているほか、その影響は来年(2012年)3月まで続くのではないかとも見られている。

 ソニーのデジタルカメラであるNEXシリーズやαシリーズ、ニコンのDシリーズ、キヤノンのプリンタであるPIXUSシリーズの生産拠点が水没し、稼働が停止している状況であり、これらの製品は商戦突入を前に、発売時期が延期になったり、すでに品不足の状況に陥っている。

 都内の大手量販店ではこれら製品の予約受付を継続して行なっているものの、製品入荷が不安定なため、「キャンセルをしてもキャンセル料は発生しません」との貼り紙を掲示し、予約しやすい環境を提示しているところだ。

 キヤノンマーケティングジャパンのコンスーマイメージングカンパニープレジデント・佐々木統取締役専務執行役員は、主力機種である「PIXUS MG6230」が、生産に影響が出る機種の1つであることを示しながら、「稼働直前となっていたタイの新工場、あるいはベトナム工場での振り替え生産を進めているが、すべての機種が、タイの新工場およびベトナム工場に移管できるわけではない。長い時間がかからずに生産を復旧できる機種と、数カ月かかっても生産が難しい機種がある」とする。

 ニコンでも、木村眞琴社長を本部長とする緊急対策本部を設置。生産拠点であるロジャーナ工業団地内のニコンタイランドの復旧に力を注いでいるところだ。同社によると、11月中に排水作業が完了し、12月からグループの生産拠点およびタイの協力工場での生産を開始。2012年1月からニコンタイランドで操業の一部を再開し、3月末までにデジタル一眼レフカメラと交換レンズを通常の生産量に戻す計画を示している。なお、Nikon 1は、中国で生産しているために供給には影響がないとしている。

●懸念されるHDD不足
Western DigitalのHDD

 そして、各報道でも明らかなように、被害が深刻なものの1つにHDDがある。

 世界のHDD市場において約3割のシェアを持つWestern Digitalでは、同社生産量のうち、約6割がタイの生産拠点で生産されており、この拠点が水没し、生産が停止。市場全体に懸念が広がっている。

 だが、それ以上に深刻なのが、HDD用モーターにおいて、全世界で約75%のシェアを持つ日本電産において、タイの生産拠点が冠水していることだろう。

 同社によると、タイでHDDモーターを生産しているのは3工場。月産1,500万台の生産能力を持つランシット工場は浸水の影響がなかったため、10月25日から操業を再開。浸水の影響を受けたバンガディ工場では11月12日からラヨン県から借り受けた工場での代替生産を開始したものの、同社最大の生産規模となる月産2,000万台体制のロジャーナ工場では工場内に浸水したため、依然として操業を停止中。ロジャーナ工場では11月8日から、工業団地内の排水を開始しており、再稼働に向けての準備が1歩ずつ進められているところだ。同社では、タイでの生産の一部を、フィリピンや中国で代替できる体制確立に取り組んでいる。

 また、HDDモーター用部品では、ロジャーナ工場のほかに、アユタヤ工場で生産。こちらは一部浸水の影響があったものの、11月4日から操業を再開している。さらに、HDD用ベースプレートの工場では、サラブリ工場が浸水の影響がなかったため操業を継続しているものの、パンパイン工場が工場内への浸水があったため、現時点でも操業を停止。11月8日から工業団地での排水が開始されている。

 同社は、10月25日に行なった2011年度第2四半期の決算発表で、第3四半期におけるHDDモーターの出荷見通しが、1億台(前年同期は1億3,100万台)に留まると発表。市場全体でも1億3,000万台と、前年同期の1億6,800万台の実績に対して、77%の生産量に留まるとの見通しを発表した。

 今後、これが第4四半期(2012年1月〜3月)にどこまで回復するかに関心が集まっているが、業界関係者は慎重な姿勢を崩していない。


●PC生産への影響は年末から年明けにかけて?

 HDDの供給不足は、当然のことながら、PCの生産にも影響を及ぼすことになる。

 調査会社である米IDCは、2011年上期におけるHDDの生産量のうち、40〜45%がタイで生産されていたことを示したが、12月までのPCの生産に関しては、すでに調達が完了しており、PC市場への影響は10%程度に収まるとの見通しを打ち出した。

 だが、2012年第1四半期まではHDDが品不足に陥ることが明確であるとし、同第1四半期のPC出荷台数は、予測に比べて20%以上減少すると見ている。HDDの供給が回復し、価格が安定するのは2012年6月までかかると予測しており、とくに規模の小さなベンダーへの供給の遅れや、低価格製品への搭載に遅れが生じると分析している。結果として、大手PCメーカーのシェアが上昇するという見通しも立てている。

 12月までのPC生産に影響がないのはPCメーカー各社からのコメントからも裏付けられる。

 富士通の加藤和彦取締役執行役員専務は、「東日本大震災以降、部材を多めに確保するという流れもあり、キーコンポーネントについては戦略在庫として増やしていた。若干多めに部材を保有していたため、タイの洪水については、11月までの生産分には影響がない」とする。だが、「11月以降は、在庫がショートする可能性もある。単価の価格上昇にもつながる可能性もある」などとする。

 NECでも、「11月分に関しては、PCの生産には影響はないと考えているが、12月以降はその影響が出始める可能性がある」とする。

 さらに、Windows 95やWindows XP、Windows Vista発売時の投資規模を上回るという大々的な年末商戦向け広告キャンペーンを展開している日本マイクロソフトでも、「PCメーカー各社の情報を集めると、12月まではほぼ安定的にPCを供給できるのではないかという感触を得た。そのため、年末商戦向けの広告キャンペーンを開始した」とするものの、「来年に入った時点でのPC出荷の状況が懸念される」と語る。

 米Dellは先週行なわれた同社第3四半期決算発表の中で、10月の洪水発生以降、リスクマネジメントチームを編成し、積極的な調達に努めたことで、10月はHDDの安定調達に成功。PCの出荷体制も安定的だったことを示したが、タイの洪水被害の影響は2012年第1四半期まで続くと予想しており、今後の業績への影響に対して慎重な姿勢で検討をしていることについて言及した。

 また、中国Lenovoグループでも、年末から2012年第1四半期において、HDDの調達に制限が出てくる可能性を指摘している。

 世界最大規模のPCメーカーである米Hewlett-PackardでPC事業を担当するパーソナルシステムズグループのエグゼクティブバイスプレジデントであるトッド・ブラッドリー氏は、自家用ジェット機を使用し、世界中のHDDメーカーとトップ商談を行なうなど、HDDの調達に精力的に動いているといわれる。

 その同社でも計画通りの数量を確保することは難しいと見られる。

●日本へのPC供給は比較的安定するのか?

 だが、それでも付加価値製品の構成比が高い日本市場に対しては優先的に製品が入るのではないかとの見方もできそうだ。

 これは外資系PCメーカーに共通した見方ともいえそうだ。

 「折角、苦労して調達したHDDならば、なるべく価格の高い市場に流したいというのが正直なところだろう。新興国向けに低価格で販売されるPCに搭載するよりも、付加価値の高い製品の出荷比率が高い日本市場向けPCに搭載するといった動きがでてくることになる。そのため、新興国などに比べて、PCの品薄感はそれほどはないだろう」(業界関係者)というわけだ。

 HDDの世界的な品薄は2012年3月までは続くだろう。日本では、そこに企業の年度末需要と、進入学需要を迎えることになる。

 これらの日本独自の商戦期に、比較的安定した形でPCが供給されれば、各社への業績も影響も最小限に抑えられることになりそうだ。

AppleのiPhoneへの影響はない

 一方で、米Appleのティム・クックCEOも、業界全体でHDD不足になることを指摘しているが、同社の場合、主力のiPadやiPhoneへの影響はほとんどないといっていい。

 また、NTTドコモの山田隆持社長も、「タイの洪水被害の影響は、スマートフォンに関してはまったくない。フィーチャーフォンについては、2機種の生産で影響が出ているが、数週間の遅れに留まる」と、端末の調達への影響が限定的であるこをを示す。

 PCが品不足に苦しむ一方で、HDDを搭載していないスマートフォンやタブレット端末の調達は潤沢。この状況が、今後の市場勢力図にどんな影響を及ぼすのかが注目される。


●すでに市場シェアにも影響を及ぼす

 すでに、国内の量販店市場においては、タイの洪水の影響が顕在化してきた。

PIXUS MG6230

 プリンタメーカーにとって、年末商戦は最大の掻き入れ時となるが、先にも触れたように、キヤノンでは主力機種となるPIXUS MG6230がタイで生産されており、その影響が大きい。

 それに対してセイコーエプソンでは、「一部情報関連機器に影響が出ることになる」としながらも、「インクジェットプリンタは、予定通り新製品を投入できており、全世界で年間1,500万台の出荷計画には変更がない」とする。

 この両社の立場の違いは、10月第2週からシェアの差となって表れており、全国の量販店のPOSデータを集計しているBCNの調査によると、それまで40%台のシェアを維持していたキヤノンのシェアは30%台に落ち込み、代わってエプソンが40%台のシェアを維持している。11月第1週にはキヤノンが33.6%となったのに対して、エプソンが50.4%と明暗を分けた格好だ。

 デジカメに関しても、レンズ交換型市場において、ニコンとソニーのシェアが減少。ニコンの10月の販売台数シェアは、9月に比べて約10ポイントも減少している。

 BCNでは、年末商戦においては、タイの洪水被害の影響により、PCでは前年同期比10%減になると予想。さらに、プリンタでは前年同期比20%減、レンズ交換型デジタルカメラでは前年同期比20〜30%減になるとの予想を立てている。


●今後、PCの価格は上昇するのか?

 気になるのは、HDDの調達価格の高騰に伴い、これがPCの価格上昇にどう反映されるかだろう。

 タイの洪水被害によってHDDが品不足となり、調達価格が上昇したことで、バッファローやアイ・オー・データ機器が、それぞれ外付けHDDドライブ製品の価格を値上げしており、中には51%増という大幅な値上げ幅が見られているように、すでに最終製品の価格上昇が見られている。

 当然、PCにもこの影響が出てくる可能性がある。

 PCメーカーの間では、2012年1月以降に発表される春モデルにおいて、価格上昇の可能性があることを示す。

 「どれぐらいの価格上昇になるかはわからないが、数%〜10%程度の価格上昇があるかもしれない」と、ある関係者は漏らす。

 しかし、その一方で、米Dellが指摘するように「ほかの部品の低価格化が進んでおり、これらの部品との相殺で価格を維持できる可能性がある」というのも事実だ。

 また、「一部のメーカーが現状価格を維持するような形を取れば、当然、それに追随しなくてはならない。利益を削ってでも価格維持に取り組む必要が出てくるかもしれない」とする。

 PCメーカー各社は、利益が少ないなかで、厳しい選択を迫られることになる。

 また、すでに企業向けに大量受注をしている場合には、納期に間に合わせるために、どんなにHDDが高くなっても、それを調達し、納品しなくてはならないという状況にも陥る。これも結果として収益悪化につながることになる。

 PCメーカー各社の幹部が異口同音に語るのは、「東日本大震災の場合には、数カ月で復旧したが、タイの洪水被害は半年という長期に及ぶ影響がある。しかも、その間に2つの大きな需要期を迎える。長期化した影響がどんなところに出てくるのかが未知数」という点だ。

 長期化するタイの洪水被害は、PCメーカーの売上高、利益率への影響は必至となるであろう。