■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
富士通 パーソナルビジネス本部先行技術プロジェクト・樋口久道プロジェクト長 |
富士通は、タッチパネル操作と、キーボード操作とを両立させたハイブリッド型PC「LIFEBOOK TH」シリーズを、2011年7月22日から出荷する。
約17.4mmの薄型筐体、1.1kgの軽量化を実現しており、タッチパネルによる手軽な操作と、ビジネスシーンなどで重宝するキーボード入力を使い分けることができるのが特徴だ。富士通では、この製品によって新たな市場を開拓できると見込んでいる。同製品の開発をリードした富士通 パーソナルビジネス本部先行技術プロジェクト・樋口久道プロジェクト長に「LIFEBOOK TH」シリーズの狙いを聞いた。
●タッチ操作とキーボード操作を両立
LIFEBOOK TH |
富士通が発売する「LIFEBOOK TH」シリーズの最大の特徴は、タッチパネル操作と、キーボード操作とを両立させたハイブリッド型としている点だ。
スレートスタイルではタッチパネルで操作。液晶部を持ち上げるようにスライドさせるとキーボードが現れ、ノートPCとして利用できる。
「2010年5月頃から、具体的な構想を練っていた製品。従来から当社が発売している企業向けのコンバーチブル型タブレットPCや、スレートPCとはまったく異なる発想で企画したものであり、コンシューマユーザーが利用することができる製品として、また量販店で販売する製品として、まずは形から考え始めた」と、富士通 パーソナルビジネス本部先行技術プロジェクト・樋口久道プロジェクト長は振り返る。
既存のタブレットPCとは、流れも、コンセプトも異なる、今回の製品を起点としたシリーズであることを強調する。
このスタイルが固まったのは2010年9月頃。携帯電話のようなスライド方式の商品企画に対して、PC事業部門の首脳陣からは「これでやってみろ」と高い評価を得たという。
「スレートPCを購入したいというユーザーの中には、どうしてもキーボードが欲しいというユーザーがいる。そうしたユーザーに対して、今活用できる技術を活用して最適な製品が作れないか」というのが、THシリーズの発端となる考え方だ。
●18mm以下の薄さにこだわる
製品化において、樋口プロジェクト長が最もこだわったのは「薄さ」の実現だった。
ノートPCであればある程度の厚みは許容されるが、スレートPCとして利用するにはノートPCにはない薄さが求められる。
「正直なところ、最初のターゲットは薄さ15mmだった」と樋口プロジェクト長は明かしながらも、「それでも18mmまでにはなんとか収めたいと考えていた」と話す。
18mmという厚みは、人が片手で持ったときに、重さや大きさをあまり感じることがないギリギリの範囲だと、樋口プロジェクト長は定義する。
筐体としての強度、一定のバッテリ駆動時間の実現、新たなスタイルで採用したヒンジに必要とされる厚みなどを考えながら、薄さに挑戦していった。
「15mmというターゲットを達成できなかったことついて、悔しさが残る。だが、強度やキーボードの操作感などを考えれば、ここまでが限界だった」。
最終的には17.4mmという薄さに収まった。キーボードを持つノートPCとしてみれば驚異的な薄さだ。
同時に1.1kgという重量、リチウムポリマーバッテリによる6時間駆動も実現した。これは当初からのターゲット通りだったという。
「何かを諦めたわけではない。高いバランスの中で、このスペックを実現した」。
実は、当初は11.6型の液晶ディスプレイを搭載することで商品企画が進められたが、試作機のデザインをみて、バランスの悪さを感じ、10.1型液晶ディスプレイへと設計変更した。
薄さを追求しつつも、キーボードの操作性も確保した |
「表示部は大きい方が見やすいと考えたが、11.6型液晶ディスプレイの試作機は、見た感じのバランスが悪かった。キーボードを当てはめてみても、縦横のバランスがしっくりとこない。スタイリッシュに持ってもらいたいという狙いからすれば、このバランスは納得できなかった。そこで10.1型液晶ディスプレイに変更した」という。
そして、CPUにIntel Atom Z670(1.50GHz)を他社に先駆けていち早く採用したのも、この薄さと重量、バッテリ駆動時間を維持しながら、高い性能を維持するための挑戦だったといえる。
「これは、Intelとの深い協業の上で搭載することができるようになったCPU。インドにあるIntelの開発拠点に富士通の技術者を派遣し、お互いのノウハウを生かして製品化につなげた」という、富士通にとっても戦略的な協業によるCPUの採用といえるものだ。
一方、価格設定は8万円を切ることを目指した。できれば7万円が目標だったという。
「THシリーズの購入者は、すでにPCを所有している人となる。2台目や3台目として購入する場合に、購入しやすい価格設定は避けては通れなかった」。
価格はオープンプライスだが、市場想定価格は8万円前後を予定している。狙った価格設定はほぼ成しえたといえる。
●ヒンジ部の開発に困難を極める開発に困難を極めたのは、新たに採用したヒンジ部だった。
これまでにないスタイルであるため、強度、耐久性など、既存のノートPCの基準を参考にしながら作り上げていった。
「ノートPCの開閉はこれまでの長年の経験の中で、最適なトルクを実現している。軽すぎても、重すぎても使いにくいものになってしまう。新たなヒンジで最もスムーズに開閉ができるトルクの実現に何度も試作を重ねた」。
適度な開閉トルクの実現とともに、ノートPCと同等の開閉回数を保証できるだけの強度の実現。さらには、ヒンジ部のコストダウンも課題となった。
当初はレールを2本敷いて、開閉をスムーズにする方法も検討されたが、重量増やコスト増の観点から採用は見送られたという。
「一般的にはパーツを足したり、減らしたり、材料を変えることでコストダウンを図るが、THシリーズのヒンジ部は、ヒンジそのものに微妙な凹凸を使うなど、形状の変化によって、強度とコストダウンを実現した」という。
●完成度を高めるために出荷を2度延期今回の製品について、樋口プロジェクト長は、「80点の完成度」と自己評価する。
「まだまだやりたいことがある。そして、キーボード無しなどを含めたラインアップの強化にも取り組んでいきたい」。
THシリーズのTには、「Thin(シン=薄い)」という意味を持たせている。薄さの追求は、同シリーズにおける重要課題というわけだ。
当初は6月下旬とされていた出荷開始を7月7日に変更。そして、再び7月21日へと延期したのは、シリーズとして最初に投入する製品として、徹底した完成度を追求した富士通のこだわりの結果だともいえる。
とくに出荷延期の要因とされるのは、表示まわりの改善に力を注いだためだ。
「THシリーズは、富士通が新たに挑戦する製品。あとからアップデートして完成度を高めるということもできたが、出荷日を優先するよりも、完成度を高めることを優先した。それが延期の要因」と説明する。
7月21日から出荷を開始して、店頭に商品が並ぶのは週末の22日からになりそうだ。全国1,100店舗での展示が予定されており、手に触って、その完成度を確認することができるだろう。
●鞄の横からサッと取り出してタッチとキーボードの二刀流LIFEBOOK THシリーズの利用シーン |
先にも触れたように、THシリーズは、2台目、3台目の用途としての購入を想定している。
「会社のPCはルールのために外には持ち出せないが、個人用のPCとしてこれを持ち運んでもらい、通勤電車の中で利用するといったシーンを想定している。電車の中で立っているときにはスレートPCとして利用していた人が、席が空いて座ったらキーボードが出てきてノートPCとして利用している。周りの人たちがそれを見て驚くというシーンが考えられる。所有している人が、ちょっとした優越感を感じる製品になるだろう」と、樋口プロジェクト長は、利用シーンのイメージを語る。
薄さにこだわったのは、鞄の横にあるファスナーがない部分に入れて持ち運ぶことを想定したという狙いもある。ビジネスマンが通勤中に新聞などを差し込んでいる部分だ。そこからTHシリーズをサッと取り出すという使い方が、THシリーズの基本動作になりそうだ。
また家の中での利用も想定している。通常のノートPCとして机に向かって操作するだけでなく、スレートPCの形状に変化させれば、ベッドに寝ころんで使うことができるという提案だ。
「スマートフォンでは2~3行のメールだが、THシリーズならば手軽に10行ぐらいのメールを書くことができる。移動中でも、家の中でもそうした使い方ができることを提案したい」とする。
PCは持って歩かないが、スマートフォンを持って歩いているというユーザーのうち10人に2人が、THシリーズのターゲットユーザー層になるのではと想定している。電車で通勤する都市部のモバイルワーカーが、主要ターゲットになりそうだ。
「自分のライフスタイルにあったPCだということを感じてくれるユーザーが必ずいるはず。モバイルノートPCやタブレットPCにはなかった新たな市場を創出することができるものと考えている。これによってPC市場のパイを広げたい」とする。
富士通は、「お客様のライフパートナーを目指す」ことを標榜している。そのメッセージのもと、24時間365日の人々の生活の中で、PCに触れることができる時間をもっと増やすためのモノづくりを推進している。
今回のTHシリーズは、まさにその方針を具現化する製品の1つだといえよう。